ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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帰ってきた男

 

同じ寮所属の職員だけが集う会議が、ホグワーツでは必要に応じて開かれている。大所帯でまとまりの悪そうなレイブンクローと違って、グリフィンドールのそれはこぢんまりとしたものだった。

 

 

禁じられた森の入り口にある森番のための小屋で、ミネルヴァ・マクゴナガルは巨大なロックケーキをなんとか固辞しようとした。リーマス・ルーピンは懐かしさに負けてロックケーキを口に入れたが、礫岩のようなそれはやはり猛烈に硬かった。ルビウス・ハグリッドの歓待精神はとどまるところを知らず、皿のようなジンジャークッキーに、レンガのようなヌガー…そんな非常に個性的なデザートを、あくまで善意から熱心に勧めた。ハグリッドは新しい闇の魔術の防衛術担当者の着任を喜び、全員に気前よく紅茶をそそいだが、崇めているのは誰よりも、この人物のことだった。

 

 

「 ささっ、ダンブルドア先生さま! 」

 

 

はしゃぐハグリッドの身体が椅子の背に触れたので、リーマスは前へとつんのめった。

 

 

「 信じらんねえ。俺なんかが、ホグワーツの先生になれるなんて!どうぞ、ダンブルドア先生さま。どうぞ、どうぞ。 」

 

 

穏やかに微笑むダンブルドアは、ハグリッドからの思いに応えて、しっかりとロックケーキを平らげて、青い瞳をキラキラさせている。相当な年齢であるはずなのに、なんて胃と歯が丈夫なのだろうか。椅子を後ろに戻しながらルーピンは、そういえば自分が子供の頃の蛙チョコカードには、「ダンブルドアは“何でもサメ化呪文”の発明者☆」と書いてあったことを思い出した。

 

今のダンブルドアに歯の本数をたずねたら、二百本だったりしないだろうか。ちょっと口を開けてみて欲しいような、怖いから見たくはないような…。

ちらちらと校長をうかがうかつての教え子に、マクゴナガルは寮監の勘を働かせた。まったく彼らの手に負えなかった好奇心に比べたら、現在いる双子たちなんて可愛いものである。

 

 

「 リーマス、わたくしはですね、あなたにこそ正しい生活をする生徒を育ててもらいたいわ。同僚として迎えられて、実に心強いこと!とっても、手口にお詳しいでしょうから。 」

 

「 おっと、私は監督生だった筈ですが? 」

 

「 バレていなかった訳がないでしょう?けれど親しくない者から忠告をされて、彼らが聞き入れたとお思い?よけいに喧嘩が増えたことでしょうよ! 」

 

「 ははは、まったくそのとおり 」

 

 

傷だらけの顔でルーピンは笑った。あまりにも硬いヌガーのせいで口のなかがズタズタだが、咄嗟に笑み崩れるほど、恩師との会話は楽しかった。

 

 

「 お変わりないようですね、マクゴナガル先生 」

 

 

あの頃実に厄介だと思わされた、厳格な横顔がしみじみと懐かしい。出くわすだけで悪いことをしたような気分にさせられる人だけれど、本当はとても優しい先生であると知っている…。

ルーピンは溜め息をついた。ほとんど誰とも会話をしない生活をしていた、一か月前までが嘘みたいに思えた。最高の職を得られて、今も、あのフクロウ便を受け取ったときからこの瞬間まで全部、全部が夢みたいな心地だ。

 

 

さて、本題の会議が始まった。

茶会の体裁をとっていても、これは重要な集いであった。穏やかなダンブルドアの口ぶりに、全員が全霊で聞き耳を立てた。

 

 

「 まずは生徒たちを守ってくれて、次に汽車からフクロウ便を飛ばしてくれて、大変ありがとうリーマス、リーマス・ルーピン先生。おおいに期待し、これからも頼りにしておるよ。今日起きたことは、既にアメリア・ボーンズへと手紙で知らせてある。魔法法執行部長である以前に、彼女は素晴らしい魔女じゃ。ホグワーツがあらゆる子供のための学び舎であることを、よぉくよぉくわかっている…彼女は信頼できる人物じゃと、わたしは思っておる。 」

 

「 では、では、ホグワーツへの吸魂鬼の配備は、見直される方向だということですか?そうでないと困ります!ポンフリーも言っておりました。あんなものにうろつかれては、倒れる子が沢山でるでしょうよと。 」

 

「 そうはいかないのではありませんか?わたしも、新聞くらいはたまに読んでいたのですよ。昨年は非常に、驚くべき記事があった。――――ハグリッド、あなたも元気そうで嬉しいよ。どんなところだったかい、アズカバンは? 」

 

 

ハグリッドは奇妙なくぐもり声を出した。少々失礼な訊き方だったと、ルーピンは自分の好奇心を恥じた。

 

 

「 すまない。どうしても気になってしまって。あとで詳しく聞かせてほしいな。とにかく、マクゴナガル先生。わたしは、現大臣は次の選挙を見据えて、実績づくりに躍起なのだと思います。 」

 

「 二年後には選挙ですものね。ああ、愚かしい。“たしかに仕事をしたという証明”よりも、“たしかな仕事”に向けて努力するべきですわ。そんなにポッターを守ってくださろうというならば、魔法省は人間の職員を1ダース寄越していただきたい! 」

 

「 連中は人件費ゼロですからねえ 」

 

「 吸魂鬼たち相手に限らずですよ、“外部の何者かに依頼を出して終わり”というのは、その組織の“仕事”や“実績”のうちに入るものですか。私たちが生徒を湖に入らせて、マーマンに任せっきりにするようなものでしょう? 」

 

 

マクゴナガルはつんけんとぼやいた。

やがてゆったりと深くダンブルドアが頷いたので、ふたりは自分たちを喋りすぎだと感じた。長い銀髪と髭のダンブルドアは、いつも偉大なエネルギーを感じさせる。彼への心からの尊敬と全幅の信頼が、この集団を自然とまとまらせている。

ダンブルドアに優しく見つめられたので、涙ぐんでいたハグリッドが震える声を出した。

 

 

「 アズカバンは、おっかねえ。おっかねえところでした。イヤなことばっかり思い出しちまうんだ。昔のことばっかり思って、頭がおかしくなる。シリウスは十二年も、あんなところにいたってのになあ…どうしてまだ捕まらないんだ?本当に、おそろしい奴だ! 」

 

 

彼はハンカチで洟をかんだ。猛烈な音と風がたったので、リーマスは咄嗟に身を固くした。同じような様子のマクゴナガルとはちがって、ダンブルドアはあくまで春の陽ざしのような穏やかさだ。

 

 

「 詳しく聞いてみたいものじゃのう、シリウス・ブラック本人に。――――何が、彼をアズカバンでも正気でいさせたのか?今から十二年前、何が、彼を高笑いさせたのか?何故、大勢のマグルを巻き込んだのか。何故、その結果をもたらす方法をとったのか?何故、敢えて“死の呪い”ではない方法で、ピーター・ペティグリューを殺したのか。何故、裏切るならばもっとも効率のよい方法で、ポッター夫妻を滅びに向かわせなかったのか。シリウスに会うことができたら、わたしには聞いてみたいことがたくさんある。『たくさんある』と感じる人が少ないのが、不思議でしかたないのじゃ。 」

 

 

お茶目にダンブルドアは締めくくった。マクゴナガルとハグリッドは、今の言葉にハッとさせられていた。

ルーピンは、じっと黙っていた。ルーピンは今ダンブルドアが示した謎についてならば、この十二年間、何度も、何度も考え続けてきた。その懊悩が彼に隈を刻みつけ、鳶色の髪に白髪をまじらせた。ルーピンは理解していた。ダンブルドアの話はつまり、彼はシリウス・ブラックとの接触を望むということだった。彼がそれを望むのであれば、その実現に向けて動かない者はこの場にはいない。

マクゴナガルもそう理解していた。彼女は口を引き結んで、毅然としてかすかに頷いた。

彼女は、道理でリーマス・ルーピンが招聘されたわけだと納得し、その一方で、決して同僚の悪口を言わないと決めてはいるが―――――ダンブルドアが今の話をハグリッドにまでしたのは、正直、賢明とは言えないのではないかと思っていた。

 

シリウス・ブラックはハリー・ポッターを狙っている。

彼は遅かれ早かれ、このホグワーツへの侵入をはかるだろう。

 

そのとき我々“真に信頼し合える教師団”は、いかにして彼を吸魂鬼たちから守り、その一方で彼を捕縛し、魔法省に引き渡すよりも前に、ダンブルドアとの接見を実現させるべきか?これは秘密作戦である。“騎士団”の裏切り者は、ウィゼンガモットではなく僚輩の前で懺悔し、“騎士団長”の裁きを受けるべきなのだ。このブリテンの大地において、それが天下の道理というものだ。

 

 

「 ひとつ質問してもいいですか 」

 

 

低い声でリーマス・ルーピンは言った。頭痛に堪えるような面差しで、ミネルヴァ・マクゴナガルは目を閉じてこれを聞いた。

 

 

「 来るときの汽車で出会いました。ガラハッド・オリバンダー。あの子は、どういう子なのでしょうか? 」

 

「 どういう子、というと? 」

 

 

髭をしごきながらダンブルドアはとぼけた。代わりに急いで目を開けて、マクゴナガルはルーピンに言った。

 

 

「 非常に優秀な生徒です。今ひとつ、前に出たがらないところがあるのですが、そのぶん思慮深くて。とても影響力のある子で――――自分で、それがわかっているような子です。心配な子なんですよ。昨年、“例のあの人”に目をつけられて…。 」

 

 

話を逸らされている。

そういうことを聞きたかったわけではないが、ルーピンは、そちらについても興味深く傾聴しておいた。

 

 

「 あの子は、自分で“ハロウィンの夜に生まれた”と言います。たしかに異界から来ているようなのです。わたくしには、それがどういうことか… 」

 

「 四年生なんですよね?つまり“時期的に”どうなんだろうなあと… 」

 

「 シリウスの子なんですかねい? 」

 

 

ハグリッドの声はむやみに大きい。そして率直だ。あまりの火の玉ストレートに、マクゴナガルは猫のように飛び上がったあと、うろたえてあちこちに手をやった。後押しされたルーピンは、つられて少々声を張り上げて言った。

 

 

「 シリウスはあの子の存在を知らないと思いますよ!まさかわたしも、あのふたりがそんなことになるとは思いもしませんでしたが―――――事実、彼は裏切った。わたしたちの知らないうちに、あの女に誑かされていたんだ。 」

 

「 お黙りなさいリーマス!! 」

 

 

マクゴナガルは金切声をあげてテーブルを叩いた。「グレイスは良い奴だった」と、ハグリッドはナントカのひとつ覚えだ。旗色の悪さを感じたルーピンは、新入りらしくおとなしく黙った。

 

 

「 ――――儂に言うことができるのは 」

 

 

重々しくダンブルドアがティーカップを置いた。

 

 

「 古来、時は来訪者の力を借りて廻るということだけじゃ。その者の姿にとらわれる者は、本質と出会うことは出来ぬ。一見、何に見えようとも、どの程度の価値のものと思えようとも、人間はそれにとらわれず来訪者をもてなし、来訪者の力を引き出さなくてはならぬ。サバト、そして宴が必要じゃ。―――盛大な宴にしようと思っておる!そうして我々の尺度では測れぬ者が森の王となり、この魔法界は“次”へと進む。おぬしたちにはそのために、尽力してほしいのじゃよ。 」

 

 

三人は押し黙った。ダンブルドアにこんな顔をさせて、へらへらしていられる人間はこの世にいない。泣いても笑ってもこのホグワーツで、獅子の道を歩む教師は四人。ハグリッドは巨体を縮ませ、緊張で顔を赤くしていた。マクゴナガルは誇りから居ずまいを正していたが、ルーピンは彼女よりも随分若かった。

 

 

「 ダンブルドア先生、“次”とは? 」

 

「 “次”は“次”じゃよリーマス。ニコラス・フラメルに言わせればのう、我々はいま黒の過程(opus nigrum)にある。わたしは、世を一本のフラスコにしたい。七度目の昇華のとき、あらゆる不完全なものは金となるように。 」

 

 

ルーピンにはよくわからなかった。

 

「わからないように話されたんだな」と、別段怒りもなくリーマス・ルーピンは思った。なるほどこれ以上は、自分は知る必要のない立場らしい。疎外されることには慣れきっていて、慣れていればいるほど敏感であった。まあいい。シリウス・ブラック捕獲作戦の人員にダンブルドアから選ばれた、それだけで“人狼”には過ぎた栄誉だ。

リーマス・ルーピンは幸せだった。皮肉でも何でもなく、“人狼”のなかでは自分は幸せだ。

 

 

「 理解が及びませんが、未来は明るいんですね 」

 

 

彼は明るく言った。けれどその声は十二年前よりも、得も言えぬ深みを増したものだった。

それを聞き逃すダンブルドアではない。

幾千の嘆きの夜を超えた男を、闇の魔術と戦う者として心強く思っていた。

 

 

「 あんないい子がやって来たんですから。“あの世”が良いところだというのは、本当みたいだ。 」

 

 

にっこりとルーピンは微笑んだ。

 

 

斯くも涙の枯れきった人間は、お幸せな人間よりも上手に微笑むことができる。

 

リア王のように叫ばんと思ったこともないような者が、魔術とか呪いとか言っているのはちゃんちゃら可笑しい。

 

恨みのひとつもなくて文字言葉に、何のが宿ろうというのか。

 

 

地という地が真っ平らになるまで踏みならし、あらゆるものを憎み噛みついて、星をも呪い墜とす咆哮を、満月の夜ごとにこの男はあげる。

イトスギの杖に導かれて、“怪物”はこの地に帰ってきたのだ。

 

 




『リア王』を引用しているくだりは、具体的には「地という地が真っ平らになるまで踏みならし」です。『リア王』の結末で唯一生き残るのはエドガー。またの名を“狂ったトム”です。
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