ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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宣命

 

夏と冬のふたつしか、ケルトの世界には区分がないのである。もう明らかに秋半ばという頃に、ルーン文字学の授業では夏の終わりについての文を読んだ。

ある夜シリウス・ブラックが校内に侵入したという知らせが響き、ホグワーツに冬がやってきた。列をなしてそれぞれの寮へと向かっていた全校生徒は大広間へと追い返され、校長先生が杖のひとふりで用意した寝袋で寝ることになった。

侵入の一報を聞いたとき、ガラハッドは血も凍る感じがした。

 

 

いったい、どうやって?

ホグワーツ城内部は姿現しができなくて、煙突飛行ネットワークにも入っていないのに。

物理的な侵入も難しい。

城壁の外には群れをなして、あの吸魂鬼たちがいるというのに。

 

 

なのにどうやって―――…というのはまあまあ考え応えのある課題である反面、所詮は現実的な手段の問題にすぎないと思う。それよりどのみち困難であるはずのその方法を、見つけだして実行にこぎつけた執念が、何より怖いと感じた。

理解ができなくて、怖い。

なぜ、シリウス・ブラックはそれほどまでにポッター家を狙い、ハリーの命をとりたがっているのだろう?ホグワーツにわざわざ乗り込んで来るなんて、魔法界きっての腕っこきたちとみすみす対決しに来るようなものだ。なぜ?いまさらハリーを殺したところで、再びヴォルデモート卿が世に戻るわけではないのに…。

 

 

ガラハッドが監督生に追いたてられて大広間に戻ったとき、そこにはまだハロウィンの宴会の装飾が残っていた。さっきまで陽気に見えたジャックオランタンは、今では邪悪に嗤っているかのようだった。ハリーは、無事に大広間の入り口付近にいた。彼も懸命にこちらを探していたようで、視線と視線がぶつかるなり、走ってこちらへ近づいてきた。

 

 

「 ガラハッド! 」

「 ハリー! 」

 

 

ふたりはお互いに駆け寄った。よかった、彼は生きていた!

レイブンクロー生の群れから離れて、ガラハッドはいつもグリフィンドール席があるほうへとやって来ていた。太った婦人の絵がズタズタにされたらしいことについて、ガラハッドは真っ青な顔のハリーから聞かされた。「え」と呟いてガラハッドは、「なんのためにそんなことを」と思った。

 

 

「 寮内部には入られていないのか? 」

「 それはいま先生が調べてる! 」

「 詰めの甘い奴だな… 」

 

 

稀代の悪党であるくせに。

ホグワーツ城は、その外部から内部に入ることが、非常に困難とされている要塞なのである。一度敷地内にさえ入ってしまえば、グリフィンドール寮への侵入なんて、シリウス・ブラックよりも自分のほうがもっと巧くやれる。そのようにガラハッドは思った。

混乱してその場で頭を掻いていると、ハリーと親しい三年生たちが近くに寄ってきた。なかでも茶髪の女の子は、「オォォォォ」と恐ろしい声をあげながらすぐそばまでやって来て、鬼火のようにハリーとガラハッドの周りをうろうろした。

 

 

「 予言よ。予言の通りよ!トレローニー先生は、ハリーには死神犬が憑いてるっておっしゃったわ! 」

 

「 誰も死んでいないわよ。それに、ブラックはグリフィンドール寮に入ろうとしただけ。ハリーを狙ったわけではないでしょ! 」

 

 

ハーマイオニーがぴしゃりと言った。

ところが辺りにいる生徒の多くは――――一度いつもはレイブンクロー席があるほうに行ってから、ガラハッドを探しに来ていた四人組も含めて、今のハーマイオニーの発言には、こぞって冷笑を浮かべた。

ガラハッドとハリーは顔を見合わせた。流石に、ガラハッドの出自のことは広く知られていないけれど、あのシリウス・ブラックが元はといえば“例のあの人”の一の子分で、つまりはハリー・ポッターの敵であることを知らない魔法族はいないと思う。ハリーは、ハーマイオニーとロンにはアラベールから聞いたことを、ずっと黙ってきたことを後悔した。それは、ふたりには心配をかけたくなかったからでもあり――――もしもふたりがブラックを口汚く罵ったら、ガラハッドは内心つらいだろうなと思ったからだ。ハリーがブラックに狙われている件について、聞かされずとも察しのついているらしいロンは、「よせよ」と言ってハーマイオニーを止めようとした。

 

 

「 ハーマイオニー、君は、自分がすごい世間知らずだってことを忘れてる。教科書ばっかりじゃなくて、くだらない雑誌とかも読め。魔法使いには魔法使いの常識があるんだよ! 」

 

「 魔法使いの常識って、馬鹿みたいに黒い犬を怖れたり、屋敷しもべ妖精に奴隷労働を強いたりすることよね?そんな常識従うべきかどうか、少しはお考えになったらどう? 」

 

 

ハーマイオニーはみすみす敵をつくっている。これには通りすがりのスリザリン生のみならず、少なくない生徒たちが顔を歪めた。ガラハッドは、周囲を見回してじわじわと緊張してきた。――――またこの子は()()()()で呼ばれるかもしれない。

 

 

「 おかしいわよね 」

 

 

ハーマイオニーは、そんなガラハッドのほうをぐいっと見上げて、露骨に自説への加勢を求め始めた。

 

 

「 だって犬というのは、決まって白か黒か茶色、その混色だわ。茂みのなかで見たり、薄暗いところで見たら、真っ白の犬以外は大抵黒い犬に見えるのよ!ハリーと一緒に、あなたも黒い犬を見たと言っていたけれど…見間違いなんじゃないの?あなた…まさかあなたまで、死神犬なんかに怯えていないわよね? 」

 

「 間違いなく、真っ黒の、犬だった! 」

 

 

ハリーが割り込んできて代わりに答えた。

ガラハッドが頷いて同意を示すと、狼狽えたようにハーマイオニーは唇を噛んだ。

 

 

「 黒くて大きい、死神犬だったんだ。実際にそれは“いる”のに、いないことにして何になるんだ!? 」

 

 

ハリーはイライラしていた。「やめてやれよ」と手で制しながら、穏やかにガラハッドは言った。

 

ハーマイオニーは、ハリーのことが心配だから、こうして明らかに不安がっているんじゃないか。不安だから、ありったけの否定材料を集めて、「気のせいよ!」と強気で言い立てているのだ。おそれていることがあるほど彼女が癇癪を起こす性質であるのを、昨年のことでガラハッドは知っている。

 

表現される結果はさまざまだが、要するに“不安による動揺病”と呼んでいいような症状が、大広間じゅうに満ち満ちて、あたりはちっとも収拾がつかなかった。ガラハッドは犬がどうとかという些事よりも、さっきからそんな集団の状態のほうを憂いていた。

 

レイブンクロー寮のところでは、またテリーが過呼吸を起こし苦しんでいるかもしれない。さっきから甲高い声でパーシーが「寝袋に入れ!寝袋に入れ!」と一年生に対してから順に言って回っているけれど、彼の慌ただしさは狂騒を煽るばかりで、逆に雰囲気を悪くしていた。つかつかと目をつり上げたペネロピーが近づいてきているので、ガラハッドたちももういい加減、自寮の列に加わって点呼を受けねばならなかった。すると最期とばかりにパドマの双子の姉が、その友達と一緒になって、目に涙をためてガラハッドの袖をつかんだ。

 

 

「 先輩…死んじゃうんですね。今までありがとうございました。 」

「 ちょっと、やめなさいよ! 」

 

 

マリエッタがその手を叩き落とした。

ガラハッドは、どんな表情をするべきか非常に迷った。――――これだ。良いか悪いかは別として、此処ホグワーツの内部には、占いや予言に信用をおくものが、少なからぬ人数、存在する。というか、そちらのほうが多数派である。当然だよな魔女と魔法使いの学校なんだから。

ガラハッドは、もちろんグリンゴッツ前で見かけたあれが死神犬だとは思わないし、群衆含めハリーにもそのように確信させたいけれど、彼らの思い込みをどうにかするにあたり、ハーマイオニーのようなやり方は巧くないと思っていた。

 

 

折しも、遠くから雷鳴が聞こえた。

 

 

 

「 ―――あはははは! 」

 

 

あれを利用してやろう。

 

ガラハッドは冷えた心算をしつつ、けろっと陽気に女の子たちの涙を笑い飛ばした。突然響き渡った場違いな笑い声に、大広間にいる者は誰しも動きを止め、音源のほうに顔を向けた。

 

 

「 あはははは! 」

 

 

狂っている!まるで、凶悪犯シリウス・ブラックのように!

 

この状況で高笑いのガラハッド・オリバンダーは、周りにはそのように見えることだろう。

 

ガラハッドは、そのことを充分わかっていた。さあみんな、こっちを見ろ――――注意を惹きつけながら不敵に微笑むときにガラハッドは、そのように強く念じていた。彼の、声はもう子供のそれではなかった。

 

 

「 予見者シビル・トレローニーは読み違えたか?否、証明したと言える!地に“杖の術”のある限り、死の追っ手といえども稲妻光るときヒイラギの杖の子・タラニス神の加護ある者を連れ去ることはできないのだと。Quod Erat Demonstrandum! 」

 

 

ひときわ大きな落雷があった。

地は揺れ、よろめいて跪く者もあった。空の姿そのままに見える天井から、魔女と魔法使いの子供たちは白い光を浴びた。猛烈な雨が降りだして、城はざあざあという音に包まれていた。真空のような静寂が、大広間の内部へと降りたった。

 

 

完全に空気は変わった。

 

 

木々が梢を揺らすように、子供たちは安堵の息をつきあった。そして、ただガラハッドの奇行を呆気にとられて見ていただけのハリーを、拝むような目つきで見るようになったのだ。ハリーは困惑していた。「オォォォォ」とまたしてもラベンダーに叫ばれ、「ハリー、一緒に寝てよ!」とネビルにすがられてしまったのだ。

 

 

「 なーんてな? 」

 

 

ガラハッドは、これを小声で言って踵を返し、ハリーたちを置き去りにしてレイブンクローの場所へと向かった。一緒に向かいながらロジャーとマーカス、チョウにマリエッタと、ほとんど唇を動かずにこんな会話をした。初めにチョウが言った。

 

 

「 今の、ハッタリだったっていうの…? 」

「 他に否定しようがないだろ? 」

「 今思いついたってだけでしょ。ハッタリではないわ 」

「 それって、何が違うのさ 」

「 ちゃんと根拠があるってことよ。“杖の術”っていう、根拠。 」

 

 

マリエッタがマーカスに囁いた。ずっと黙っていたロジャーは、珍しく監督生らしいことをしているロイの点呼を受けたあと、マーカスとガラハッドのぶんの寝袋も取って投げて寄越してきたときに、疲れたような声で小さくこう言った。

 

 

「 あんま無茶すんなよ。言ったからには、本当にならなくちゃ困るんだからさ。お前の身のためだよ。さっきのが外れたら、“杖の術”の信用はガタ落ちなんだぜ? 」

 

 

そんなの当然わかっている。ガラハッドは、神妙にロジャーに頷き返した。

 

 

 

すっかり楽しいお泊まり会会場になった大広間は初めのうち、ここそこで囁きが交わされ、誰もおとなしく眠らないでいた。入れ替わり立ち替わり一名ずつ教師が来て、監督生たちと共に巡回をした。

 

深夜、眠れる筈もないガラハッドは、誰ともお喋りしなかったけれども、蓑虫のように寝袋に収まりながら、仰向けになって蝋燭の浮かぶ天空の闇を見上げていた。

 

考え事をしていた。

 

ロジャーに言われたことはその通りで、みんなが、今安心して気ままに過ごせているのは、それぞれが魔女と魔法使いらしく、杖に選ばれた自負を持ち、自分の杖を信頼しているからである。名工ギャリックがつくり世に送り出した杖は、いずれもその信頼に恥じぬことだろう。

とはいえさっき言ったことは本当に思いつきだ。『アレクシアス』の一節をひいて、ガラハッドはあのように言った。占星術師の予言はあれども皇帝が死することはないと、神の恩寵を誇る一節。故事どおり効果は絶大だったので、昔の本って馬鹿にできないよな。

しかしオリバンダーブランドの信用がかかってくるので、老後のハリーには絶対に雷の日に死んでもらっては困るなあ。

でもまあ、なんかそこのところは、大丈夫のような気がしている。単純な確率の問題で、雷雨の日って一年のうちに本来そんなにない。なのに先程突然雷雨がはじまったのは、この城のなかのどこかにブラックを足止めするために、先生がたのどなたかが気象呪いを放ったからではないか。

ガラハッドは、「さてはダンブルドアがやったんじゃないか」と思っていた。それくらい、さきほどの嵐は凄まじいものだったからだ。

 

奇跡は、タネもしかけもあるんだよ。でもそれを巡り合わせる、人間の思いが信仰なんじゃないか。

 

それにしてもホグワーツでろくでもないことが起きるのは、決まってハロウィンの夜ばかりだ。冬の訪れ――――ホグワーツだけでなく魔法界全体で、この日は暗雲が湧き起こるのだとしたら、世に望まれぬ厄災の最たるものは、自分という存在が生まれたことだったりしてな。なにしろ自分は地獄から来た。

 

 

 

今、開きゆく傷口がある。

竜舌蘭(アガウヱ)の花のように、きまってそれは夜に開く。

 

 

寂寥、嘆き、自己嫌悪。

眠れない夜に独り、人は魔女と魔法使いへとなっていくのだ。御燈明のような蝋燭、我々を照らす弔いの灯が、目を開けているのに消えていった。

そうか消えてしまうのか。止める手段がなくて、ガラハッドは、嗚呼…―――と深く息をついた。

 

 

「 誕生日おめでとう! 」

 

「 !? 」

 

 

間近な闇から柔らかい声が降ってきた。ガラハッドは、驚いてほとんど垂直にとびあがった。慌てて上体を折って起き上がると、消えたはずの蝋燭はまだ高みで光っていて、ひととき遮られて見えなかっただけだった。振り向くと、膝に手をついたセドリックが、相変わらずローブにスカラベをくっつけたままこちらを覗きこんできていた。「悪戯成功」とその顔には書いてあって、愛用の時計を見せつけて彼は言った。

 

 

「 ぴったり0時00分だよ 」

 

「 いや…いや、それ終わりじゃん、一日の。普通それ狙うなら、誕生日の始まりの時に言わない? 」

 

「 だっていつもは夜中に会えないじゃないか 」

 

 

暗闇のなかでセドリックははにかんだ。彼だって本当は、昨夜一番にこれを言いたかった。

 

 

 




今回の元ネタは『アレクシアス』。ビザンツ帝国の歴史書です。女性歴史家アンナ・コムネナが書いたもので、近頃はこの歴史書の漫画化版が『アンナ・コムネナ』という名前で刊行されています。絶賛連載中です。
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