その晩シリウス・ブラックは拘束されず、翌日には普通に授業が行われた。昨年散々思ったことであるが、こういうのって「なんだかなあ」という感じだ。「侵入者はもういません。あらゆる場所の捜索をおこない、ホグワーツの安全は確認されました」とか言われても、昨年は何度もそういうのに騙されて、期待したぶんだけ消耗したものだ。果たして先生がたは、あの叫びの屋敷へと続く道とか、ハニーデュークス店へと続いている道までちゃんと探したんだろうか?探してもらわないと困るんだけど、探されてしまっているとこちらもちょっと困る。やさぐれた気分でガラハッドは一日を過ごし、けだるく11月1日を終えた。寝る前に“複製忍びの地図”を眺めて、どこにもブラックの名がないことを確認した。
週末、またしても朝から大雨が降った。天に雷鳴が轟き、高みにあるレイブンクロー塔からは、稲妻が地に触手を伸ばすように雲のなかを走るのが見えた。
その日は寮対抗クィディッチの開幕日。正午の鐘と同時に、グリフィンドールVSスリザリン戦が行われる日だけれども、「不吉だ」「残念だ」などとこの天候について言う者は、ガラハッドの身近にはおそらくひとりもいなかった。むしろみんな最新の雷雲の位置を知ろうとして、談話室の窓辺に鈴生りになった。彼らはどこかで稲妻が光るたびに盛り上がって、開幕戦の開催を信じているので、「こんな悪天候でも試合はあるのか」と、暇だから図書室にでも行こうとして、たまたま談話室を通ったガラハッドはびっくりした。
出ていこうとするガラハッドを事実上遮って、非常にきらきらした瞳でペネロピー・クリアウォーターは言った。
「 “地に杖の術のある限り、死の追っ手といえども稲妻光るとき、ヒイラギの杖持つ者を連れ去ることはできない”、よね?グリフィンドールのシーカーは、あのハリー・ポッターだもの!スリザリンの連中、汚い手が封じられて、今頃震え上がってるに違いないわ!!!ねえあなた最前列に座るべきよ! 」
ぎゅっとペネロピーから笑顔で抱きつかれて、ガラハッドの時は止まった。なんか…凄く良い匂いがするし、どこがとは言わないが、とっても柔らかい。ガラハッド・オリバンダーは、猫ほども目を丸くして全機能を停止させた。
斯くして、おねえさまに召しとられてしまった。
気がついたらガラハッドは競技場にいて、豪雨でも濡れないで済む魔法のかかっている観客席に立っていた。
「 ???? 」
時を駆ける魔法でも使った?
ずっと後ろから両手で肩を掴んできて、うりうりぐりぐりと頬っぺたを頭に擦り寄せてきていたペネロピーが離れていったので、ガラハッドは、くわッと正気に戻ることができた。折角にっくきスリザリン生に見せつけるため、最強の虚仮威し(って、最強でも何でもなくない?)を連れてきたのにあての外れたペネロピーは、今もガラハッドの真後ろにいて、いかにも不満たらたらであった。たった今流れていったアナウンスに対して、彼女はパーシーと一緒に文句を言いまくった。
「 ええっスリザリンは出ないの!?シーカーの子が怪我したのって、結構前じゃない。セコい奴らね! 」
「 棄権だろ?グリフィンドール不戦勝だ! 」
「 ビビってんじゃないわよ! 」
彼女の怪気炎は恐ろしい。寮対抗クィディッチ開幕戦は急遽、グリフィンドール対ハッフルパフに変わり、開始時間は後倒しにされた。
競技場の熱気って、なんだか人を凶暴にさせる。立ち竦むガラハッドの周囲には、よく見るといつものメンバーがいて、待たされているあいだにロジャーはリーダーシップを無駄遣いして、口汚く群衆を煽っていた。競技場にブーイングが響くなかで、チョウとマリエッタは爛々と目を輝かせていた。
「 偵察偵察ぅ!ハッフルパフのフォーメーション、丸裸にしてやるわ! 」
「 グリフィンドール側は私に任せて!」
「 うわぁ… 」
「レイブンクローは美女が多くて羨ましい」とかなんとか。そんなことを他寮生はよく言うけれど、それはおそらく、彼女たちの本性を知らないからである。「やっちゃいなあんたたち~!」とペネロピーは、今度はチョウとマリエッタの肩を掴んで抱き寄せて強く揺らした。そもそもがロウェナ・レイブンクローに憧れる魔女たちなのだから、どいつもこいつも大人しいわけがない。後ろのほうにいる五年生の女子たちは、この天候のもとハリー・ポッターに挑むことになるセドリックが、いかに可哀想であるかをまくしたてていた。
ガラハッドは、強い雨の降りしきる天を見上げた。
分厚い雲の向こうでは、またしても稲妻が今走っていく。瞬いて空は一瞬明るくなり、また元の重苦しい灰色へと戻った。きっとハリーを思う誰かが、厳しく行動を制限されている彼が、せめてクィディッチを楽しめるようにと…試合中にシリウス・ブラックが近づいて来にくいようにと、気象呪いでこのようにしているんだ。マクゴナガルじゃないかなとガラハッドは思った。
トーナメントというのは、キャプテン会議で決めるものだろう。セドリックは、きっと下手は打とうとせずに沈黙に徹するレイブンクローキャプテンの手前、最も若いキャプテンとして、みずから名乗りをあげたんじゃないだろうか。各寮代表のキャプテンは、セドリック以外は七年生なのだから、そのようにしか振舞いようがないだろう。きっと今頃ベンチルームでは、セドリックがメンバーに「みんな、力を貸してくれ」と訴えている。グリフィンドールチームにはフレッドとジョージもいるけれど、ガラハッドはハッフルパフを応援したくなってきた。コートを挟んで向かい側の観客席では、黄色い手旗をを持った生徒たちが、互いに腕を組んで左右に揺れ、篠突く雨のザアザア音に負けまいとしている。
「 ハッフル・パフ!ハッフル・パフ!行くぞ!がんばれ!ハッフル・パフ! 」
彼らの祈りが報われてほしい。
そう願ったとき、ファンファーレが鳴り響いた。
一糸乱れぬ編隊飛行で、両チームは競技場を一周した。そのとき実況者は選手を紹介した。心なしか、グリフィンドールチームの紹介のほうが詳しかった。
ガラハッドの間近を、赤毛そして赤いローブのふたりが、いつものへらへらした姿はどこへやら、向かい風をかききって、凛々しく脇目もふらずに飛んでいった。隊の一番後ろに、ハリーがいた。スター選手の登場に、競技場は大きく沸いた。
魔法のマイクを使って、リー・ジョーダンはノリノリで叫んだ。
『 ハリィィィイ・ポッター!!今年三年目!一度もスニッチを逃したことはないシーカーです!しかも今日はぁぁあ?どうですか、ガラハッド・オリバンダー!? 』
「 えっ!? 」
口から内臓が飛び出すかと思った。いきなり実況者から名指しされて、どんくさくもガラハッドは凍りついた。
『 今日の天気はぁ~? 』
「 か~み~な~りぃ~~~!! 」
『 イェェェエイ!!! 』
こっちはフリーズして答えていないのに、群衆は勝手に盛り上がっている。ガラハッドは「あっ俺このノリ無理だわ」と、棒立ちのまま深く直感した。あの、自分、陰キャですんで、帰らせてもらってもいいですか?そうはいっても試合は始まってしまった。
ぶっちゃけ今さら申し上げますと、実のところガラハッドは、クィディッチのルールがよくわかっていない。
とりあえず回すボールと選手に当てるボールとスニッチとがあって、シーカーがスニッチをとったら試合終了だということはわかっている。ただどのゴールに入ったら何点なのか、どういった動きが反則にあたるのかはわからない。わからないので――――ガラハッドには、あらゆる動きが神プレイに見えた。
縦横無尽に飛び回る選手たちは、なんだかもう人間じゃないみたいだ。パス回しの範囲は三次元で、靡くローブが残像になるさまはカッコいい。あらゆるものが流れるようであって、そこに渇いた音が響くのが心地よい。パシッと音を立てて或る選手がボールを掴み、遠心力を生かした速球を放ったところで、再び実況者が声量をあげた。
『 入ったぁぁぁあ!!!ハッフルパフのスミス、またしてもロングシュートに成功!強いぞ!?これが新制ディゴリースタイルか!ハンバーストーンの動きはフェイントでした。ウィーズリーズは見事に引っ掛かりましたね~。 』
「 OK、もう一本いこう! 」
「「「 おぉー!! 」」」
セドリックが間近を通っていった。
ガラハッドは、目を皿のようにして頭を右に左に振ってばかりいた。
グリフィンドールのキーパー・ウッドは、グローブをつけた手で顔を拭っていた。宙に浮いている彼らを叩き落とすような雨のなか、彼は懸命に声を張り上げているも、既にボールは回っているので、グリフィンドールチームは誰も聞く余裕がない。
『 さあクアッフルはスピネットへ。パスは―――おっと、早速ダランベルが獲りましたね。グリフィンドールはうまく繋がりません。いや、いいぞベルが取り返した!ダランベルを抜いた! 』
「 一発で行くなよ!寄せろ寄せろ! 」
『 …ああッ!レオポルトのブロック。再びハッフルパフの攻撃です 』
ガラハッドは、実況者席のスコアボードを見た。90対20――――ハッフルパフ応援団による声援は、今や重い雲をも押し退けるかもしれない。けれども今また大きな、ジグザグの稲妻が天に走った。
ピカッ ゴロゴロゴロ…
「 がんばれ!がんばれ!ハッフル・パフ! 」
そのときだ。特大の雷によって、競技場全体が一瞬白くなった。
その光でハリー・ポッターは、きらっと反射するスニッチを見つけた。光ってから音がするまでよりも早く、彼は弾丸のようにそれに迫っていた。
速く、早くその手でスニッチを掴みとらなければ、グリフィンドールはハッフルパフに150点以上の差をつけられてしまう。そうすればいくらスニッチを掴んだとしても、グリフィンドールチームは敗北するのである!
セドリックもまた動き出していた。彼は出遅れたが、彼のほうがスニッチにより近かった。
セドリックは、渾身の速力でハリーへと斜め前から体当たりした。最短距離を直線で来るハリーの、動線をセドリックは完璧に読みきった。肩で押し負けたハリーは、宙返りして軌道を変えた。
『 ゴォォォル!130対20!シーカーも大きく動いています!!電光石火のポッターを相手に、ディゴリーはナイスクリア!しかしポッターはスニッチを見失っていません!切り返せ!加速だポッター! 』
ハリーの動きは実況通りだったが、セドリックはびっちりとインコースにつけていた。ふたりともがスニッチを追っている。勝負は、絡みあうシーカーたちにかかっていた。
突然、“あの感覚”が意識を貫いてきた。
おそろしい冷気が、競技場へと滑り込んできてしまった。テレビの電源を切ったみたいに、声という声は消え、あらゆる色は灰色になった。群れをなした吸魂鬼が、競技場内部へと侵入した。
「 ―――ハァ!? 」
それは、一目散にガラハッドに向かってやってきた。手に汗を握り、試合展開に熱中していたガラハッドは、いきなり水を注してきた連中の登場に、驚くよりも腹が立った。餌を求める鯉みたいに、吸魂鬼たちは地上にたむろして、ガラハッドのいる三階ほどの高さの観戦席を見上げ始めた。「帰れよ!」とイライラして、ガラハッドは身をのりだして叫んだ。
「 帰れお前ら、用はないんだから!お前らの持ち場は城の外だろ!? 」
吸魂鬼は去る様子がない。それどころか、怒れるガラハッドに少しでも近づこうと、地を離れ壁沿いに浮き上がり始めた。
何かが、落ちる星のように視野の端を流れていった。
原作では特に情報がありませんが、本作のペネロピー先輩は勝ち気な美人です。彼女の名前の由来になっているとおぼしき『オデュッセイア』の王妃ペネローペーは美貌の持ち主で、「貞淑の象徴」とされています。が、実際(?)の彼女は夫が戦争で長期不在であるのをいいことに、己の身と簒奪を狙って寄ってきた108人の男どもを、智略を尽くして何年も翻弄し、最後には潰しあわせたような女です。夫に一途という意味では貞淑だけど、おしとやかで従順な、「いわゆる貞淑な女」かというと全然そんなことはない。
ジョジョ3部のマライアも、正統派美人で普段はとり澄ましていますが、実際は男勝りな機転の利くキャラで、すぐに冷静さを取り戻すながら、舐めた真似されると口汚くなります。