騒然とした空気で、試合は結末を迎えた。
手に手に杖を掲げて先生がたは、コートへと走りこみ、呪文を叫び白い靄を出して吸魂鬼の群れを押し返していった。すると会場には色そして音声が戻ってきたが、響いたのは歓声ではなく、悲鳴ばかりだった。
スニッチと勝利を手にしたあと、セドリックは初めて現状に気がついたようだった。
「 まさか!! 」
セドリックは今にも、自分自身が箒から落ちそうな顔をしていた。
「 嘘だ。そんな…レフリー!いやレスキュー!! 」
彼は必死で叫んだ。雲が、次第に割れてゆき地上を照らし始めた。
通常有り得ない角度で、ハリー・ポッターは複雑に四肢を折り曲げている。
青い草は鮮血に濡れて、ぬらぬらと輝いていた。金色の陽射しが、被昇天のように雲間から彼に注いでいた。頭がぐわんぐわんする心地で、ガラハッドは目をこらしてハリーのひしゃげた肉体を見つめ続けた。「万歳」と叫んで飛び降りた子の、結末はきっとこんなのだった。万歳、大日本帝国。天皇陛下、万歳。万歳!――――その光景の記憶が、寒気だつほどにガラハッドには、今もなお鮮明に残っているのである。
「 ハリー…! 」
あの子も死んでいくのだろうか。
ああ風が、雲を押し流してどこかへと連れ去ってしまう。地獄で先に待つ母親は、血の涙を流してあの子を抱くだろう。
そんなことばかりに胸を占められて、ガラハッドは茫然と立ち尽くしていた。
ハリー・ポッターは別に死んでないということを、ガラハッドは冷静なるロイ・マスタングから聞いた。試合観戦に行っていなかった彼は、その日世界が滅んだような顔で帰寮した面々に、談話室の入り口の背面にある地球儀のところから、弧を描いているテーブルに凭れかかって奇異の目を寄越した。
「死んだら速報が出るだろ?」と、彼は心底呆れたような素振りで言った。ゾンビのような動きで、ハリーを偲ぶ者たちは顔をあげた。
「 馬鹿なのかね君たちは?あの英雄ハリー・ポッターが死んだら、日刊予言者新聞が今頃号外を届けるに違いない。しばらく入院するだけだろうよ。 」
「 ッ!!? …なるほど、その通りです。みんな、彼の言う通りだ! 」
「 で、結果は《グリフィンドールの負け》のわけだな?《スリザリンの勝ち》とは、俺は言わなかった。つまり、俺の勝ちだ。 」
途端にファルマンは顔を歪めた。ロイは《グリフィンドールの勝ち》に賭けていた面々から、ニヤニヤと金品を巻き上げていった。言い方に険はあるけども、彼の言うこと自体はもっともだった。
ガラハッドは、ロイのおかげで冷静になることができた。ただしお前―――お前は間違いなく刺されて死ぬと思うよマスタング。毟られながら神妙に質問をするテリーを、ロイはとことんにこやかに鼻で嗤った。
「 あのう…先輩って、実は未来のことがよく視えていらっしゃるとか? 」
「 ハッまさか!視えていたら勝負し甲斐がないだろう? 」
「 でも、占い学をとっておられるんですよね? 」
「 ああ、あのな、君は知らんと思うがねブート、“手相が見れる”というのは、実に
「 …チッ 」
ガラハッドは、ロイがナイトクラブの革ソファで足をくんで手相視をして、ドレス姿の女の子たちに、左右から順番待ちをされるのを想像した。白くて柔らかい手を次々に差し出されて、彼はそれを握りながら心くすぐるようなことを言うんだろう。「あいつ、テムズ川に浮かべばいいのにな」とガラハッドは、自室にてロジャー、マーカス共々と愚痴った。
どんなに大怪我をしたって、ハリーの保護者たちはホグワーツに駆けつけやしないだろう。そのことはガラハッドを、翌朝一番に医務室に向かわせるだけの理由になった。
ところがガラハッドは一番ではなかった。
翌日朝6時の南翼棟一階廊下で、ガラハッドは逆方向から来たセドリックと鉢合わせた。医務室はセドリックの背よりもその向こうにあって、彼がそこから出てきたのは、その表情から火を見るよりも明らかだった。
「 セドリック! 」
ガラハッドは、思わず足を止めて向かってくる少年を眺めた。選手、それもキャプテンとしての一面を目撃したあとに出会うセドリックは、なんだかもう二度とからかえないくらい立派に輝いて見える。彼は、今日はちゃんとした監督生バッヂをつけていて、つかつかと思いつめたような顔つきで革靴を鳴らし近づいてきた。ガラハッドは、心から彼のプレーを称えたかった。
「 セドリック、君は… 」
「 おはよう、ガラハッド 」
言いながらもセドリックは、いつもとは違ってニコリともしない。
彼は、あんなことがあって酷く動揺しているし、そのプレースタイルから責任を感じているのかもしれない。
でも、吸魂鬼を招いたのはセドリックじゃない。
すべては時の運―――なのだろうか?ハッとした。ガラハッドは、昨日の吸魂鬼らの動きを思い出して、干潮のように血の気が引いていった。
「 一勝おめでとう 」
声が虚ろになってしまった。
するとセドリックは、非常に嫌そうな顔をした。初めて見る表情だった。ガラハッドは裁かれるように黙って、彼の一挙手一投足を見つめ、彼の発言を待った。
「 いいんだよ、気を遣わなくても?君は、グリフィンドールのほうの応援席にいたじゃないか。フレッドとジョージには、あのあと何て言ったの? 」
「 試合後まだ会っていないが? 」
「 じゃあハリーには、このあと何を言うんだい 」
「 とてつもない不運に遭って、お気の毒にって言う。君とその仲間に対しても、まったく同じ気持ちだ。ただハリーが一番大怪我をしているから、僕はここに一番に来ただけだ… 」
「 ―――…。 」
「…君より遅かったけど」とガラハッドは、いたたまれなさゆえに消え入りそうな声で言った。あのとき吸魂鬼たちが求めていたのは、この世では珍しいであろう、自分の魂――――つまり試合が無茶苦茶になった原因は、転生者である自分なのだと思う。なのに巻き込まれて被害を受けたセドリックのほうが、憤懣を抱えつつも先にハリーを見舞っていたなんて。
セドリックは唇を噛んでいた。彼はみずからを襲った理不尽に怒りながらも、ハリーには苛立ちを見せなかったに違いない。顔の半分を手で覆ってため息をつき、ガラハッドはセドリックの言葉を浴びた。
「 僕が不運に遭ったって、どういうことだい? 」
セドリックは小石を蹴りながら言った。
ガラハッドは転がっていく小石の行く末を、俯いて暗い目で追った。
「 今回のは君も被害者だろ?いい試合だったのに、吸魂鬼が乱入したせいで。…あれは多分、僕のせいだから 」
「 どうして?なんでそう思うの? 」
「 なんでって――――以前にも、僕は吸魂鬼に寄ってこられたことがあるんだ。ほら今年は、ホグワーツ急行が一時停車しただろう?あのときだよ 」
「 何それ。聞いてないよ。君は、僕のことを友人だとすら思ってくれていないのかい? 」
「 そんなわけない。そんなわけないだろ! 」
「 じゃあ言ってよ!すっごく、怖かっただろうに 」
セドリックの感覚はまともである。ガラハッドは、一体何から説明するべきか困って黙りこんでしまった。
セドリックはこちらの誕生日を知っている。
つまり、この自分が異界から来ていることを、純血魔法族の彼はわかっているだろうけど、ガラハッドはちょっとセドリックには、自分の事情を全部は言えそうになかった。フレッドとジョージ相手にだってそうだ。彼らの表情が曇るのを見たくないし、知らせる必要を感じない。重すぎる過去を隠して、彼らに友人と呼ばれたい自分は不誠実だろうか。醜い自分とは対照的に、セドリックはどこまでも高潔で、ひたむきで――――見ていて苦しかった。
「 ガラハッド、君がハリーと親しいことは知ってる。彼は今、まだ動揺が激しいみたいだ。僕では力不足だったから、君が慰めてあげてくれ。僕はこれからマクゴナガル先生のところに行って、再試合を要求してくるよ。本気だ。僕は、“しめしめ”なんて決して思ってない。決して。僕は彼みたいに有名じゃないし、これといった才能もないけれど、だからってヘルガ・ハッフルパフの名を汚すようなことはしない。 」
「 偉いな。君は、偉い。偉いよ。 」
「 ねえ、なんで君は、“全部自分のせいだ”みたいな顔をしているんだい?あのさそう思っているんだとしたら、悪いけど全部勘違いだよ?たしかに君は、いつもレイブンクロー戦にすら来ていないくせに、昨日だけ珍しく観戦しにきたよね。たしかに、やつらは君の近くの壁に群がっていた。でもそれって、君が観客席の最前列にいたから、そう感じるだけだよ。全部偶然なんだ!汽車のこともそう。吸魂鬼は、ただ大人数の密集地に集まってくるだけにすぎないよ。 」
「 …うん、まあ…そう言ってくれるのは有り難いけれど、でも、違うと思うなあ、うん。 」
「 どうして?もしかして、
眉尻をつり上げてセドリックは言った。「また」を聞き咎めてガラハッドも、「あー…」と低い声を洩らした。
去年は、気の良いハッフルパフ生たちからまで、大概酷いことを言われたものである。「なんで退学にならないんだ」と囁かれたり、泣いて怯えられたりもしたっけ…。
今年に入ってからのガラハッドは、陰で口汚く言われる理由がわからない。いいや自分が至らない人間だとはわかっているし、ついつい目立つこともしている。理由なんて探せばいろいろあるだろうけど、いくら「どうかしてる」で有名な自分でも、流石に傷つき落ち込む心くらいはある。
「 そんなに陰口言われてる、僕? 」
ガラハッドはポケットに手を突っ込んで苦笑した。セドリックはこれにはすぐに答えなかった。
彼は失言を悔いたようだった。
急いで馬がするようにすばやく首を振っているものの、人間は吐いた唾を飲み込めないものだ。
「 ごめん。僕は吸魂鬼が来たのは、ただの偶然なのにってことを言いたかっただけなんだ。君にも、そう信じて欲しいんだ。たまたま珍しく競技場にいた君の存在にこじつけたり、勝手に勘違いをする連中がいるだろうっていうのは、あくまで僕の予想で… 」
セドリックはそれ以上言葉が出ないようだ。気まずい空気なので、ガラハッドは再び歩き出すことで会話を切り上げにかかった。
「 そう。悪いな、気を遣わせちゃって。 」
「 ッッ違うんだ。違うよ。これは、本当に僕の思い込みなんだ。ごめんよ。ねえこれからは、もっとよく試合に来るといいよ。そうしたらあれは偶然だったって、みんなにも証明できるだろう?『なんだ偶然だったんだ良かった』って、君自身思えるはずさ! 」
身体を反転させながらセドリックは言った。視線で追っていてくれて、セドリックの好漢ぶりは眩しかった。ガラハッドは振り向くことができずに、彼に背中を向けたまま手を振って廊下を歩いた。
現実的な脅威を思うと、彼の提案には決してYESとは言えない。とはいえ、その優しさだけでじゅうぶん嬉しかった。
セドリックもガラハッドを追えなかった。医務室へと向かっていくガラハッドの背中を、セドリックは言葉なく見送るばかりだった。
丁重にマダム・ポンフリーに許可を求めて、ガラハッドはかなうかぎりそっとカーテンを引いた。ミイラみたいな姿で、ハリー・ポッターはびたいち動けないらしかった。彼は新芽みたいな色の目をキョロキョロ動かして、新たな見舞い客の姿を確認した。
「 ガラハッド! 」
こいつ、なんでこの状態で笑えるんだ?
ガラハッドは、正直なところハリーの姿を一目見た途端に、そのように思って内心ちょっと引いた。ハリーは生えたばかりの骨で出来ている顎で、ふごふごと笑ってよく喋った。「死ぬところだった」と自分で言う割に、その声色には危機感がない。
「 雷の日でよかったよ。雷の日じゃなかったら、さすがに死んでたね。 」
死なないもんクラブ1号会員にして、ヒイラギの杖を持つと自認するハリーは、ここにきてガラハッドの予言の正しさを確信していた。それに彼は落ちる瞬間に意識がなく、迫りくる大地や遠ざかる天、自分が破砕される痛みをまったく覚えていなかった。
今、ハリーの頭を占めていることはこれだ。ハリーは、昨晩ずっと一睡もできずに、一体どうして自分ばっかりが、吸魂鬼に近づかれたときに気を失ってしまうんだろうと考えていた。吸魂鬼がいるなかでもディゴリーは、飛び続けてスニッチを掴みとったらしいのに…と。自分は吸魂鬼に近づかれると、両親の死ぬ間際の声が頭のなかに響いて、そして――――何もわからなくなってしまうのだ。ハリーは、さっきはセドリック本人にそんなことは言えなかった。ハリーはガラハッドにこれを打ち明けて、ぽろぽろと涙を流した。なんだか、ガラハッドの顔を見ているうちに、夏休みのアイスクリームパーラーでのやりとりが思い出されたのだ。どうしようもない悲しみに浮かされて、赤ん坊のようにハリーは泣いてしまった。
「 聞いてよガラハッド。僕の箒は、折れちゃったんだよ。 」
「 お前の骨のほうがたっぷり折れたんじゃないの? 」
「 茶化さないで。あれは…あれはマクゴナガル先生が、僕に期待をかけて贈ってくださったんだ。たとえ旧型になったって、僕、ずっとあれをとっておいた。なのに、暴れ柳にバキバキにやられちゃったんだ。 」
しゃくりあげると全身が痛み、ミイラのようなハリーはうんうんと唸った。大きな怪我をしていると、心までついつい弱くなってくるものだ。ガラハッドは、やるせない心地でベッドサイドに立ち尽くし、隣の小机へと視線を移した。
セドリックが持ってきたものだろうか。
サイドチェストの上には、『ニンバス2000』の刻印が施された箒の欠片が置いてある。それをみつけてしまったガラハッドは、セドリックのほうこそ友だち甲斐がないよなと思った。言ってくれたら、一緒に拾いに行ったのに。そうすればセドリックは、より安全に目的を果たせたはずだ。アニメーガスであるガラハッドは、四人のうち最も暴れ柳の瘤をつつくのが上手いのだ。
「 マダム、痛み止めをやってください 」
自分にかけられる言葉はない。グリフィンドール生たちが来るよりも前に、ガラハッドは医務室をあとにした。
特に元ネタはありません。ハリーの属性は雷。セドリックの属性は太陽。