ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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恐怖の表象

 

 

べらぼうな早さで行われる治療は、流石は魔法界といったところ。

ハリーは全身の骨を無事に繋ぎおおせて、2日後にはもう退院していた。ガラハッドは、もしもマダム・ポンフリーが元いた世界にいたら、兵隊って何度も突撃させられたよなと思うので、実はちょっとこの技術が怖い。

 

銃剣突撃なんて、一生に一回でいいんですよ。一回やったら二度と出来ない身体になるくらいで、あれは丁度いいような代物だと思う…。

 

さてどうしてそんなことを思うかというと、ハリーが退院した日に闇の魔術に対する防衛術の授業で、我らがルーピン先生がこんなことを言い出したからだ。「とても良いニュースだ」と思っているみたいに、ルーピン先生はにっこりとこう言った。

 

 

「 みんな、ホグスミードにある“三本の箒”は知っているかな?あそこにたくさんボガートが入ったというので、わたしは今夜いただいてくるよ。次の授業では、ボガート退治の実習をしよう!――――と、いうわけで今日は教科書の88ページ 」

 

 

生徒たちはみんな身構えた。

まね妖怪(ボガート)ねえ…なるほど、「まんじゅう怖い」みたいな状況に持ち込むことが、ボガートに対する勝利法であることはおおむね理解できたのだが…。それは、教科書にそう書いてあるのを読めたというだけで、理解するは易し実践するは難し。授業後、不安に駆られたレイブンクロー生たちの会話は、寮に帰ってもやむことがなかった。

 

暗い声でマリエッタが言った。

 

 

「 私は絶対クィレルだわ 」

 

 

「ボガートが何に化けるか?」という話題である。不安症の彼女の発言には存外、賛同する者が多かった。

次回の授業の実習を不安がって、マリエッタは談話室でぼやき続けた。

 

 

「 ううん実はね、飛び降りることが何より怖かったの。私、高いところが駄目なのよ。そのこととね、迫り来るクィレルっていう組み合わせが、あのとき本当に怖かった。ねえこういうの、ボガートはどうやって真似してくるのかしら?景色まで見せてくると思う? 」

 

「 さあ…? 」

 

 

チョウは言葉を濁していた。チョウ・チャンという人物の辞書のなかに、「恐怖」という言葉は多分あんまりない。図書室から関連書を借りてきたエルビスが、いつになく真剣な声色で言った。

 

 

「 所詮変身おばけさ。形がある何かに化けるだけ。幻覚を見せてくるわけじゃないって、ここに書いてある。 」

 

 

絶対失敗したくないレイブンクロー生たちは、こぞってエルビスを取り囲んでその本を見ようとした。近場に人のいなくなったガラハッドは、エルビスの言葉にぎこちない笑みを浮かべた。

 

 

「 そりゃあよかった 」

「 お前怖いものあんの? 」

「 腐るほどある 」

「 ダッセエ! 」

 

 

げらげらと大笑いされたので、ガラハッドはちょっとエルビスに対してムカッとした。

 

 

「 は? 」

 

 

俺がもしハリーだったら、今頃こいつのことぶん殴ってるんじゃないのか。マーカスに慰められたけども、この苛立ちは簡単に消え去りはしない。

 

甘ったれた育ちのクソガキめ。

 

天地もわからなくなる揺れに、突撃時の光景。狂っている命令、密林の息遣い、壕のなかの臭い…。

ガラハッドは、思い出すと胸が痛くなるほどにあのとき、これらの事どもがとても怖かった。どれも物体ではないから、ボガートは化けられやしないけれど、吸魂鬼どもが欲しがっているのは、きっとこういう記憶だと思う。はいはいどうぞ持っていってくれよという感じだ。――――ああいけないな、こういう考えは!と、思うのにもまた理由があるのであった。

 

 

「 なあ、これをどう思う? 」

 

 

先日の開幕戦以来ロジャーは、ことあるごとに自作の競技場模型をいじりながら、チョウと違って同室だから着替え中でも風呂上がりでも、隙あらばガラハッドにクィディッチの話をもちかけてきた。「当然、次も観に来るよな?」という姿勢であり、ガラハッドはこれを無下にはできなかった。「悪いが二度と観に行かない」とか言って、また彼と大喧嘩をしたくはないのだ。現実はどうあれ、ロジャーもまた吸魂鬼の侵入をこちらのせいにはしないだろう。セドリックのまなざしを思い出してガラハッドは、ロジャーの競技場模型を眺めるたび、困った気持ちになるのだった。

 

 

「 どうしたもんかなあ 」

 

 

吸魂鬼に寄りつかれないようにする方法って、ないのか?たとえば鏡を使って工夫するとか、“憂いの篩(ペンシーブ)”に彼らが好みそうな記憶だけを入れるとか。生憎あんな高価な魔法道具、学生には手が出ないので後半のは言ってみているだけ…。

 

とりあえずまずはボガート退治だ。

頼むぞと声をかけつつ、ガラハッドは杖を磨いておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

セドリックの訴えむなしく、ハッフルパフ対グリフィンドール戦は再び行われることはないようだ。翌日その告示が正式に貼り出されて、賭けに負けたマーカスはうだうだとぼやいていた。

 

かなりの倍率の賭けに勝利して、ロイは一財産築いたに違いない。彼は昼食のときフリントらスリザリン生に、「よおマスタング、これでようやく来年の教科書が買えるな」と冷やかされていた。ガラハッドは、これにはかなりの呆れを感じた。ものの二秒もしないうちに、今年もマーカス・フリントはけちょんけちょんにされていった。

 

 

「 貴様は教科書を買い替えんでいいなあフリント?だがそのぶん、羊皮紙代がかかるだろう。再提出が多いもんなあ。来年も七年生をやるのか?君と席を並べられる日が楽しみでならない。おやおや一勝負お望みかい?まずはジャンケンから始めてみようか。ルールはわかるか?俺はグーを出すよ。 」

 

 

猿みたいな反応のフリントをからかって、ロイは見るからにいきいきとしている。いっつも仕掛けては逆にやりこめられているのに、なんで学ばないんだろうな、あっちのマーカスさんは。

もうその辺で、やめておいてやれよ。

ガラハッドがそう感じながら紅茶を飲んでいると、かたわらにいたロジャーがすくっと席を立ち、例のふたりの間へと向かった。

 

 

「 ちょっといいっすか 」

 

 

おっ仲裁か?

 

 

「 先輩、チーム入りませんか 」

 

「「「 はぁ? 」」」

 

 

よりによってフリントと同じ挙動をしてしまい、ロイはとても嫌そうに顔を歪めた。同じような声をあげたガラハッドは、ティーカップを置いてついに頭まで沸いたチャラピアスを見上げた。

こいつ、俺のことを「イカレてる」なんて言えた立場じゃないよな。

ロイは心底嫌そうに言った。

 

 

「 ふざけるな。なんで俺までブンブン飛び回らねばならん? 」

 

「 飛ばなくていいっす。あんたは、こちらさん泣かす方法だけ考えてくれたら。 」

 

 

ニヤッとしてロジャーはマーカス・フリントを指で示した。レイブンクローチームの副キャプテンとなり、今年のロジャーはかつてなく好戦的だ。ガラハッドが思うにロイがこれにすぐYESと言わないのは、実のところクィディッチのルールを知らないからではないか…。

 

 

「 俺たち、同じレイブンクローっすよね?つ~ま~り~、仲間ってことじゃないっすか! 」

 

 

競技場の文化ってやつ。ハンドサインを交えて、フリントはロジャーに挑発を返している。

怯まぬ天然陽キャの勢いに、珍しくロイはフリーズしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術の教室に向かいながら、ガラハッドはロジャーに先程の件について話をした。いわくロイのようなタイプは“競技場のノリ”がとことん無理だから、いくらフリント(彼はスリザリンチームのキャプテンである)を騙したりボコボコにするプロといえども、寮対抗クィディッチに引き込んでやるのは酷ではないかと。

 

友情+努力→勝利☆

 

世の中そういうテンションで盛り上がれる種族と、そうではない種族とが存在しているのである――――お前にはわからないだろうけどな!!

懇切丁寧なガラハッドのこの御説諭に、苦笑いで地味男子マーカスは同調した。しかし当のロジャー本人は、計算された毛流れでインナーカラーを見せつけて、チェーンピアスをいじってどこ吹く風だった。彼はエルビスと一緒になって、隠しきれない期待感でニヤニヤしていた。マーカスは、こんなとき一番に煽られる立場が、自分ではなくて良かったと引き続き苦笑する裏で思っていた。ひとりの知恵ある者として、彼はこういうとき助け船を出したりはしない。

 

 

「 ガラハッド卿は何が怖いのかな~? 」

「 最前列に行けよな! 」

「 くっ、今そんな話してなかっただろ!? 」

 

 

昼休みは終わろうとしている。

この一団が押し合いへし合いしながら防衛術の教室に入ったとき、マリエッタはすっかり「男子ってアホね」の顔つきだった。チョウはにっこりと笑って、ある意味一番痛烈にガラハッドをいじった。

 

 

「 ガラハッド卿の怖いもの、虫とかだったら可愛いよね 」

 

 

そう言う彼女自身は、たとえ目の前に特大のゴキブリが出たところで、悲鳴ひとつあげずにぺっちゃんこにできるに違いない。大笑いのエルビスは無視することにして、ガラハッドはブツブツとぼやいた。

 

 

「 虫…そうか、虫!でも、こっちってあんまりそういうのいないよな? 」

 

 

北緯50度以上なんだから当然である。

ガラハッドは、もちろんこうして寄ってたかられるまでもなく、自分で事前に「ボガートが何に化けてきそうか」については、ちゃんとシミュレーションして攻略法まで考えていた。考えてきたからこそこうして焦っている。ワルい顔つきのロジャーは、わざとボディをがら空きにしたヘッドロックでガラハッドを捕まえると、力ずくでひきずりながら教室の中央最前列を目指し、明るくルーピン先生に挨拶をした。「ぐへっ」と言わせる程度ではあるが、ガラハッドはすかさずロジャーに肘鉄をぶちこんでやった。それでも爽やかさ一番のロジャーはもちろん、ぶすくれだって引っ張られてきたガラハッドにも、にこにことルーピン先生は挨拶をした。

 

 

「 やあ、良い日だね 」

 

 

ええそうですね実習でさえなかったら。

強張った笑顔でガラハッドは応答した。

ルーピン先生は早くも両手で桐箱のようなものを持ち、紐の内側で蓋がガタガタいうのに任せていた。今すぐ飛び出したがっているらしいボガートに、ガラハッドは「うわぁ」と苦く呻いた。

 

 

「 うわぁ? 」

 

 

ニヤニヤと復唱してくるロジャーは鬱陶しい。

ボガートってば、ガラハッド・オリバンダーの前では何に化けると思いますかぁ???ロジャーの顔つきにはそのように書いてある。

 

ガラハッドが自分で思うに、その答えは生憎…感触なんかじゃなくて、景色なんかじゃなくて、一塊の形態を有しており変身しやすいという点で…アラベール。“元気爆発博士”として知られる、養父のアラベール・ニコラ・ド・ノアイユである。抜け目がなくてまったく歯が立たない、口八丁手八丁で仕事の出来る男。腕まくりシャツにホルターネックベスト。彼(の姿をしたボガート)はいつものあの恰好で仁王立ちし、手にはひん曲がった不死鳥の尾羽と成績表を持って、眼鏡の奥の目と眉を狷介に歪めながら、すぱぱぱぱぱぱんと言い訳のできないことをおっしゃることだろう。もしくは盛大な溜め息をつきながら、呆れた目を寄越すんだと思う。

 

退治すること自体は、チョロいのだ。

ちょっと服装などに変更を加えて、笑い飛ばしてやればいいだけなんだから。

 

ただ同級生の前で「固形物のうちでは」という前置きを踏まえず、「怖いものは親です」ということになってしまうなんて、誰しも絶対に嫌に決まっている。

少なくともガラハッドは嫌だった。

けれども露骨に逃げだしたとみなされて、今後永久に「ビビり」とロジャーたちに囃したてられるのも嫌なのだ。

 

 

( くそっ、なんとかしてさりげなく後ろに行きたい…。 )

 

 

嫌。嫌。嫌なことばかりというわけであるが、物理的拘束に遭っていたので、ガラハッドはその場を動けなかった。筋金入りの優等生として、マリエッタもまた最前列へと来たものの、ルーピン先生の手中で動く箱を見て、「やっぱり怖い!」と今さら言い出していた。彼女は恐怖心と好奇心をせめぎ合わせて、背後からガラハッドのローブをギュッと強く掴み、その肩越しにボガート入りの箱を観察していた。見て、恐ろしくなってはまたガラハッドの背中に隠れて、また伸びあがって見て…を繰り返しているのだ。そんなマリエッタとは対照的に、チョウは異様にニコニコしていた。頼みの綱のマーカスは、いつのまにか近くからいなくなっていた。

 

 

( チッ!あいつサイテー。 )

 

 

ガラハッドは死んだ魚の目になっていった。自寮だけれども正直思うよ、ああ、これだからレイブンクローは…と!覚えてろよお前ら、いずれ全員テストの点でしばくからな。そう思う自分って目クソ鼻クソの極みだ。

 

ガラハッドが自己嫌悪に呻くころ、静かな口ぶりでルーピン先生は言った。

 

 

「 みんな、心配しなくてもいい。昨日はよく頑張ったね。君たちには十分な知識がある。実は、ボガートの実習は先に三年生でおこなったんだ。話を聞いたことがある人もいるかもしれないね。わたしは、四年生の君たちにはもちろん、三年生よりも多くのことを期待したいと思っているよ。この箱のなかには、少なくとも三匹のボガートが詰まっている。いいかい、()()()()()、だよ?一寮に一匹ではないよ。『さあ始め!』という時になったら、わたしはこれらを同時に放つつもりでいる。――――さて、何に気をつけるべきでしょうか? 」

 

 

お互いに顔を見合わせて、グリフィンドール組はすぐに何かを言い合い始めた。しばし考え込むことを許さない速さで、「Mr,デイビース」とルーピン先生は、間近にいる彼をいきなり指名した。少し厳しめの声だ。ばつが悪そうにロジャーは、ガラハッドを肘で小突くことをやめた。

 

 

「 …えー、特に怖いものがある人を狙って、三匹が同時に来ないようにするべきです 」

 

「 その通りだ。いいかい後ろのほうにいる人たちも、『ここならば安心だ』などと思っていてはいけないよ。詳しく解き明かされていないが、ボガートにとっての“模写しやすさ”は、わたしたちの思う尺度とは異なっている。“シンプルな形態”へと優先的に化けるわけではないので、“ヘビを怖れる人とムカデを怖れる人、ふたりが同時にいるならば、足のないヘビのほうに化ける”とは限らないんだ。ということは君たちのなかの誰にボガートは狙いを定めるか、解き放ってみるまでわからない。他の注意点は?――――Missチャン 」

 

 

誰も手を挙げないので、前列にいる者たちは集中砲火である。鳩のように首を竦めたチョウは、ちょっと視線を彷徨わせたあとにこう言った。

 

 

「 えっと…誰も見捨てないこと 」

 

「 その通り!寮の垣根をこえて、今彼女が言ったことが実現されたならば、わたしは全員に10点あげてもいいね。このなかにいるボガートは三匹以上だが、君たちの人数には遠く及ばない。昨日座学でたしかめたとおり、これは君たちにとって有利な状況なんだ。けれど、この状況にこそ落とし穴がある。何かわかるかな?――――Mr,オリバンダー 」

 

「 群衆心理 」

 

 

暗い声でガラハッドは言った。

 

 

「 『誰かがボガートを倒すだろう』と考えて、結果的に誰も動かないことです。また、恐怖している本人が名乗り出ない限り、誰が呪文を唱えるべきなのかわからないので――――自身の内面に注目されることを恥じて、名乗り出ることを怖れる雰囲気をつくってはいけません。 」

 

「 その通りだ!『本当は怖くて仕方ないが、怖いとバレるのは嫌だからじっとしておこう』『よく知らない子だから、大変そうだが放っておこう』と思って行動を控えると、君たちは折角の大人数の優位性を生かせない。ましてや『だぁれ、こんなものが怖いのは?』『あんなものが怖いなんて可笑しい』、『怖がる姿が滑稽だ』などと、馬鹿にして笑い飛ばす対象を間違えてしまうと――――…君たちは、闇の魔術に屈することになるだろう。 」

 

 

ルーピン先生は熱っぽく締めくくった。真摯な語りかけに受講生たちは、自然とみんな背筋を伸ばすことになった。熱血教師という肩書は、リーマス・ルーピンのためにあるに違いない。

 

 

「 呪文はとうに覚えているね? 」

 

 

箱に杖先を当てながら、生徒たちを見回してルーピン先生は言った。

 

 

「 まだ杖は抜かないでおきなさい。わたしは合図をすると同時に、ボガートたちをここに解き放とう。君たちはそのとき杖を取り出すんだ。彼らはよく箪笥のなかにいる。本当にボガートと鉢合わせるときは、既に杖を構えているとは限らないんだからね。精神力によってみずから杖をつかんで、正しく笑い飛ばすこと―――――呪文を復習しよう!唱えてごらん。せーのっ 」

 

「「「「「「 リディクラス馬鹿馬鹿しい 」」」」」」

 

 

あまり揃っていない声が教室に響いた。

四方八方に箱から何かが飛び出して、バチンッという音が続いた。

 

 

「 !!? 」

「 あっはっは、やられたな 」

 

 

ガラハッドは笑ってしまった。まさかみんな今の「せーのっ」が解き放つ合図だとは思わず、「えぇ~四年生にもなって、全員で一斉に唱えさせられるのかよ」みたいな態度でいたら、これだ。ここそこでダサい悲鳴をあげてぶつかりあうクソガキたちよりも、ルーピン先生のほうが一枚上手だった。彼は空っぽの箱の底を見せつけて、ガラハッドへとニヤッと微笑んでみせた。

 

 

「 おぅわああああ!? 」

 

 

この悲鳴はティナ。

 

 

「「 リディクラス! 」」

 

 

ケイティとチョウが同時に杖を向けた。その杖先には立派な大蛸がおり、ティナへと絡みつこうとしていた。くるんと蛸は赤くなって触手を逆巻きにして、口からはオレンジの液を吐いた。それはちょうど膿みたいに見えて、粘っていて気持ち悪かった。

 

 

「「 イヤァァア!? 」」

 

 

と、ふたりはそれぞれ杖をひっこめたし、ティナは呆気にとられていた。

 

 

「 美味しそうにしちゃえって思ったのに! 」

 

 

「嘘でしょ」という顔でケイティはチョウを見ている。

 

 

「 ばかねティナがやらないと意味ないのよ。ティナにとって怖い要素を笑いに変えるんだから。これじゃボガートは弱らないわ! 」

 

「 あ、そうかぁ 」

 

 

マリエッタの言うことは正しい。

恥ずかしがるティナを矢面に立たせて、「がんばれ~」のハミングをする彼女たちは格別和やかである。すっかり腰の引けているジルは、後ずさってそこに混じろうとした。

「逃げるなよ」とガラハッドはそれを引き留めて、ほとんど振り向かないままに続きを言った。

 

 

「 マクラーゲンのところが手薄だ、行ってやれ 」

 

「 ええぇぇぇ 」

 

「 僕が行ったら揉めるもん 」

 

「 いいからさっさと行って来いよ!囲むことに意味があるんだ。こいつら混乱しやがるからさ――――次、俺の番! 」

 

 

言いながらロジャーは躍り出ていった。

ジルはこう思った。

そりゃあこのふたりならば行けば加勢になるけどさ、僕が駆けつけても却ってお荷物じゃないか、と。どんとガラハッド卿を突き飛ばすことに躊躇いがないのは、学年のなかでもロジャーくらいだ。

 

ロジャーは急いでボガートの正面にまわっていた。アンドリューに撃退されたあと、たった今ボガートが新たに化けたのは、真っ赤な封筒の“吼えメール”だったのである。これはロジャーの“怖いもの”だった。ガラハッドはうっかり笑いそうになったが、キリリと表情を引き締めて支援役を引き受けた。

 

 

「 リディクラス! 」

 

 

“吼えメール”がいよいよ燃えて叫び出す前に、ロジャーは大声でそれに杖を向けた。途端に讃美歌を歌い出した吼えメールに、ガラハッドはにこやかに合いの手を入れた。

 

 

「 ハァどっこいしょ~どっこいしょ♪ 」

 

 

「わはははマジか何だそれ!」とアンドリューはいつもの馬鹿笑い。つられてロジャーも心から笑って、このボガートは爆発四散した。

 

 

「 よっしゃ! 」

 

 

このグループは退治一番のり。「奇数だろうな」というガラハッドの予想どおり、用意されていたボガートは全部で七匹だった。教室に残っているボガートは、あと六匹というわけだ。次のボガートを倒しにいくにあたり、ロジャーは無理やりジルをひきずっていった。すっかり自信がついたロジャーは、白い歯を輝かせて笑った。

 

 

「 俺たち解散!二人ずつ他所に加勢しにいこう!一人余るのはガラハッドな! 」

 

「 OK、黒板前のボガートにはツーペア向かって 」

 

 

周りは彼らに従っていく。

じっと全体の様子を観察しながら、リーマス・ルーピンは目を細めていた。

 

 

 

『優秀な生徒です』とマクゴナガル先生が言っていたとおり、ガラハッド・オリバンダーは突出した分析眼を持っている。『とても影響力がある』というのもその通りで、彼は混乱が恐怖を生みそうになるや否や、瞬時に全体の雰囲気を明るくした。

『思慮深い』という評も正しいだろう。彼は何をしたらいいかわかっていない子に行き先を示したり、一番人数の少ないグループを見極めて入っていったりする。だが、そこまでであるのだ。ベテラン教師マクゴナガルの寸評は、何から何まで正しかった。彼はマクゴナガル先生の言う通り、『今ひとつ前に出たがらないところがある』。彼は級友に最低限以上の指示を出そうとはせず、みずから活躍することも目指していない。支援役ばかりを引き受けて、一度もボガートと対決していなかった。

 

ルーピンは実にもどかしかった。

 

どうにかして、あの子の本気に火をつけてみたい。スネイプには出来ることを、教師として自分も成し遂げてみたい。何より、あの子の才能を花開かせてやりたい。「父知らぬ子の父に代わって」と、我が身が思うことはおこがましいだろうか。いいやそんなことはあるまい。スネイプのほうだってあのムッツリ顔の奥で、「母知らぬ子の母に代わって」と心に思っているはずなのだから。

 

 

だから、ボガートたちに異変が生じても、リーマス・ルーピンは一切手出しせずにおいた。「なぜ手出ししないのだ」という顔で振り向いてきた気の回りすぎる生徒に、ルーピンはまったく視線を呉れなかった。

 

まさかわざと無視されるとは思っていないガラハッドは、「やば…」と焦って独り言をもらした。絹を裂くような悲鳴が、いくつも重なって心拍を煽り立てている。

 

闇の魔術の防衛術の教室には、クィリナス・クィレルが三人出現していた。

 

 

 

 

 




今回も特に元ネタはないのですが、強いていうなら漫画『堕天作戦』でも不死の肉体を持つ者は何度も特攻させられて心が死んでいました。
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