ホグワーツを離れる汽車のなかで微睡みながら、この先のことをガラハッドは考えていた。ああ帰宅したら、店のなかはクリスマスマーケットのお客でいっぱいなんだろうな。まずは荷物を置いて、ホットワインをギャリックに淹れてやって。輝く湯気と香りを伴って店舗に出て行ったら、客たちはこちらに注目するだろうから、爺さんは休憩をとりやすくなるはずだ。いい加減歳だもの、接客は疲れているだろうな。何の作業から始めたらいいんだろう。少し客にもホットワインを振舞って、そのあいだに店頭での業務を交代しよう。
ガラハッド・オリバンダーは転生者である。そろばんが得意で折り紙ができる。だから包装や金勘定に関してならば、ガラハッドのほうがギャリックよりも速くて巧みなのだ。心地よく揺れて暖かいコンパートメントで、ガラハッドは目を閉じたままふふふと小さく笑った。
そうして眠りに落ちていった。
ああ今年もまたきっと、「大きくなったね!」と客たちから声をかけられるんだろうな。「いま何年生?」「もう四年生なの!?」「時が経つのは早いなあ」と、客たちはみんな笑うのだ。今年随分背が伸びたと自負するガラハッドは、客たちの無駄話が楽しみなくらいだった。来る人来る人驚いて、「まあ男らしくなって」とこちらを認めるに違いない。そっくり生き写しだとされて、「お母さんを思い出すよ」などと言われるのは、きっと今年が最後であるに違いない。“こちら”に生まれて十五年。自分は、これからもまだまだ育つことだろうから…。
目が覚めてからも、ガラハッドは眠る直前に考えていたことどもをよく覚えていた。ピリッと心地よい寒さをホームで味わったあと、キングスクロス駅の公衆暖炉から煙突飛行で帰宅した。そして真っ直ぐキッチンには向かわずに、一度立ち止まって火のほうへと振り返った。暖炉のうえの写真立てのなかでは、グレイス・オリバンダーが驚いた顔をしていた――――その鼻梁はどこか優しくて、唇は厚く頬は丸みがある。
「 …ただいま 」
初めてガラハッドは彼女に声をかけてみた。すると写真立てのなかのグレイスは、気恥ずかしそうに微笑んで少し頷いた。久しぶりに姿を確認したが――――ほらほら、やっぱりもう生き写しだとは言えない!鏡のなかの自分を思い出して比較し、ガラハッドはそう思った。ワインは急加熱するわけにいかないぶん、急いでキッチンへと作業しに向かった。
無意識の力がはたらいている。
こうして今年もドタバタと忙しい年末で、声を枯らして杖磨きセットを売って…。
フローリアンと背比べをして、その伸び具合でマダム・マルキンを仰天させて。
そしてトドメとばかりに師ギャリックからしごかれて、「毎日疲れて果ててぐーすか寝る」を繰り返していったガラハッドは、この帰省のあいだじゅう、二度とまじまじとグレイスの写真を見つめることはなく、ほとんど自分の部屋にこもらず、“あの日記帳”について思い出すことがなかった。そんな暇がなかった!そういうわけであるから、かの日記帳は当分引き出しに眠ったままだろう。
何かが、少しずつ変わろうとしている。
時は移っていく。
年は改まった。
母と生き写しでなくなったということは、自分は、これから誰に似ていくのか。
そのことをこの帰省中、ガラハッドは意識の俎板に乗せなかった。正月早々、大変嬉しいことがあったからだ。なんと昨夏からギャリックに与えられてきた課題を、ガラハッドは三日連続ノーミスでこなすことができた!さながら我らのチョウちゃんが、天を舞ってスニッチを獲ったときみたい!そのような満足感とハイテンションぶりで、ガラハッドは「いぇーい」と調子に乗って大口を叩いた。チャラいチャラいと日頃馬鹿にしているが、なんやかんやロジャーからの影響を受けているのである。
「 よっっっしゃ!今の見てた爺さん!?いや~アラベール・ノアイユ恐れるに足らずだな、舐めんなよ!いつか泡吹かせてやるからな!わははフランスに手紙出してやろうか!! 」
「 そうしてやれ。どうもお陰さまで、馬鹿息子の心配はご無用でござい、とな 」
「 昨、夏、は、お、世、話、に、な、り、ま、し、た。だ! 」
書け書け~!とガラハッドは工房の自動速記羽根ペンに命じた。いきいきとした曾孫のクソガキぶりに、満足げにギャリックもまた笑った――――本当に、満足していた。
難しい子。決して愚かではないのに、いつも霧の向こうから出てこようとしなかったような曾孫が、うんと顔つきを変えてこの家へと戻ってきた。そのことが、ギャリックには本当に嬉しかった。ギャリックはこのクリスマス休暇のあいだに、初めてガラハッドがホグワーツについて自分から明るい話をするのも聞いた。曰く、「見て。ルーピン先生からクリスマスカードが届いた!ルーピン先生っていうのは…」だそうだ。それがまた実によい知らせで、笑み崩れながらギャリックは相槌をうった。
ルーピン家のリーマス。苦難を背負ってから杖に選ばれにやってきた、ホープとライアルの子。あのイトスギの子のおかげだろうか、やっとわが曾孫ガラハッドは、“この世”へと根を下ろしていくようだ。どうか深く根を張って、健やかに育ってほしい…。
さてそんな思いを噛み締めて微笑むことの多かったこの冬のギャリックに対して、今年もまたガラハッドは盛大な勘違いをしでかした。
休暇の終わりのことだ。ガラハッドは寒いなかマフラーひとつでしのぎながら、マグル界経由で地下鉄を使ってキングスクロス駅に向かった。だってマグルの上着を持っていないので、比較的悪目立ちを避けるならばこういうことになる。フローリアンも物見遊山がてら、似たような恰好で見送りに来てくれた。マグルたちに混ざって地下鉄に乗りながら、近くにダイアゴン横丁の大人がいないのを良いことに、ガラハッドはこの休暇中に感じたことを真剣に打ち明けた。道中の会話は、次のようなものであった。
「 めっきり老け込んだよな、うちの爺さん?どうしよう、僕の前では強がってるんだと思う。工房以外ではクソ穏やかなんだ。前は隙あらば毒吐いてたのに、あれはどこか身体が悪いにちがいない。けど、僕には何も言わなくてさ 」
「 へえ 」
失礼このうえない曾孫である。すっかり好々爺になりかけていたが、こんな勘違いをされていると知ったら、「やかましいッ」と家ごと揺らせるくらいにはギャリックはまだまだ元気である。現にすぐ近くに住んでいるフローリアンからは、ギャリックは衰えているようには見えなかった。
「 そうかなあ?スープを分け合うとき、ギャリックさんは食が細っていると感じたことはないよ。外食の頻度も一緒。相変わらずコウモリの唐揚げが好きみたい。ずっと変わらないペースで吸血鬼レストランに行ってる 」
「 酒も揚げ物もやめてないからヤバいんじゃないか。血管つまるぞ歳考えろよジジイって、君から指摘してやってみてくれない? 」
「 わお。それかなり勇気が要るなあ! 」
コウモリの唐揚げだって?聞き咎めた他の乗客が、ぎょっとした様子で薄着の若者たちを見つめた。フローリアンはそれには気づかず、ガラハッドにおどけて身震いしてみせた。ガラハッドは笑わずに、腕組みしてむっつりとし続けた。鷲のように鋭くなってきた横顔は、なんだかいつでも不機嫌に見える。
「 爺さんがなんだか変だってことは、親父にも手紙で知らせてあるんだ。手書きで追伸をつけたから、そこが本題だとちゃんと伝わっているはずだ。たとえ階段から落ちて寝込んだって、爺さんは、僕たちに手紙を寄越さないと思う。“師匠”のプライドがあるからな 」
「 それは想像がつくねえ。大丈夫、もしも何かあったら、僕がふたりに連絡をするからね 」
「 頼むよ。本当に、よろしく頼む 」
斯くしてガラハッドはホグワーツに戻った。
地下鉄で少々の我慢を経験したあとだと、魔女と魔法使いしかいない界隈って素晴らしく気楽だ。ホグスミード駅で下車して以来、ガラハッドは真新しいマダム・マルキン製のベルベットローブに粉雪をくっつけて、真っ白な世界を堂々と魔法族らしく歩いた。ところが玄関ホールに入るやいなや、妖精たちに群がってこられて、ガラハッドはフリットウィック先生から事務所へと呼び出された。
「えええ何かしたっけ?」と、ガラハッドは白い息を吐きつつ階段をのぼった。叱られる内容ではなかったけれど、フリットウィック先生からのお話は、新学期早々とんでもないものだった。
「 え…は、反則じゃないですか!? 」
これがガラハッドの第一声。
フリットウィック先生の執務机は、今日は見覚えのある箒一本の置き場にされてしまっていた。フリットウィック先生のお部屋には、山高帽を聳えあがらせたマクゴナガル先生もいた。フリットウィック先生はとても小さいので、本人よりも彼女のほうがよく目立っていた。――――それに、彼女のほうがよく喋った(ここはフリットウィック先生の部屋なのにな…)
「 マクゴナガル先生、それは流石におとなげないですよ!
「 届いたものは仕方がありませんでしょう? 」
オホン!とマクゴナガル先生は、いやに何度もまばたきしてにやけた顔を引き締めた。いつもどおりエメラルドのローブを着ているが、「あらあら、背中が痒いわ」みたいな顔で、凛々しい表情をつくるのにも、ぴんと姿勢を正すのにも失敗している。
「 誤解せぬように、オリバンダー。わたくしが贈ったわけではありません。誰かが、我が寮のポッターの活躍を期待して、クリスマスに
「 いやいや全然喜ばしくないですよ? 」
「 おや、あなたは見たくないのですか?緋色のユニフォームがッ!こうッ!残像となって、彗星のように横切るッ!三人抜き…いいえ五人抜きも夢ではありませんね!!そして掴まれるスニッチ!ポッターならやってくれるはずです!しかしながらあなたたちは、そう簡単には勝たせてくれませんでしょう――――優勝杯を賭けて、我々は最高レベルの試合をしようではありませんか!!!必ずッ我が寮はッこのままでは決して終わりませんッッ! 」
マクゴナガル先生の興奮ぶりときたら凄い。ふんふんと鼻息荒く彼女は、飛行の軌道を夢想して腕を振り回していた。口を挟めないガラハッドは、怖々とフリットウィック先生のお顔をうかがった。「呆れたものだ」という顔つきで、フリットウィック先生はソファのうえで短い脚を投げ出していた。ガラハッドには、だんだんマクゴナガル先生の魂胆がよくわかってきた。レイブンクロー組が静かにしているので、ひとりで盛り上がっているという自覚を得て、恥ずかしそうに彼女は居ずまいを正した。
「 おっと失礼!――――ですから、ただちに徹底的に、この箒の安全性を証明せねばならないのです!知ってのとおりポッターは、この手の苦労との縁は尽きない立場です。魅力的な贈り物にほど、凶悪な呪いが仕掛けられているものですからね。しかし彼には、それを解除してこれに乗る権利があるのですよ!もちろんこれによって、寮対抗試合に出る権利も 」
だからそれがおかしいのではないか。諦めきって石像のようなフリットウィック先生の代わりに、ガラハッドは不機嫌な顔で言った。
「 じゃあ、ハリーは自分で呪いを解除するべきですね!自分で呪いを調べられないのであれば、そんな不審な贈り物には乗るべきじゃない 」
「 あなたにはそう思えるかもしれませんね…。しかしわたくしとしては、『それは13の子に何たる仕打ち』と思います 」
「 それを言うなら、13才の子に
「 うちはうち、よそはよそ。魔法界は魔法界、マグル界はマグル界 」
両手で仕切りをつくるような仕草をして、お母さんみたいな理屈をマクゴナガルは語りだした。「おかしい!」という気持ちからガラハッドは、じたばたとその場で足踏みしてしまった。
「 ッ~~~だからぁ!は・ん・そ・くだって言ってるじゃないですか!どこの世界でガキのチャリンコレースに、ロードバイクはともかく自動車がまざってくるんだよ。そいつは、内部で魔力衝突が仕掛けてあるんです。つまり、実質エンジンがついてる!試合になんか使われてたまるか!公正な勝負のためには、そんなの使うべきじゃないでしょう! 」
「 お く ら れ て き た か ら に は し か た が あ り ま せ ん。見込んだ通り詳しいですねえオリバンダー?本当に、期待したとおりです。あなたが汽車に乗るころから、ずっと待っていた甲斐がありました。あなたにはフリットウィック先生がこの箒に呪いがかかっていないかお調べになるあいだ、フリットウィック先生の助手を務めてもらいたいのです。樹木ですからね、箒は。杖と同じで。あなたにとっても良い経験になるはずです! 」
「 くッ… 」
ガラハッドはこれには反論できなかった。マクゴナガル先生のグリフィンドールチーム贔屓は非常に癪だけども、フリットウィック先生は寮監だし、先生が納得しているならその助手となることを嫌がる謂れはない。ガラハッドが再びお顔をうかがうと、フリットウィック先生はこっくりと頷いた。賢者のような顔つきだが、こんな調子のマクゴナガル先生に半日以上部屋に居座られて、ひたすら疲れきっているのだと思う――――仕方なくガラハッドは再び机上へと目を戻した。
今ここにあるのは、夏に店頭で見たものは違う個体だ。違う曲がり方の小枝を寄せてあるのに、出来上がっている尾の形状は完全に同一に見える…どのようにして規格を統一しているのだろう?手作業なのだとしたら、おそるべき職人の技を感じる…。
この「目指されている同一の形」こそ、アラベールの言っていた「流体工学に基づいて設計されたデザイン」なのだと思う。ガラハッドは目を皿のようにしてくねくねと上体を折り、さまざまな角度から
…早く一人前にならなくてはと、ギャリックの老いを思うと感じられて仕方ないのだ。ギャリックのような天性の勘がないことは、言い訳にはならないぞとアラベールの仕事ぶりからよくわかる。杖職人見習いとして、ラルフ・スパッドモアの傑作から学べることは非常に多いはずだ。興味があるとかないとかじゃない。千載一遇の機会を、好き嫌いを理由におじゃんにするなんて馬鹿のやることだ。
そんなふうに考えこんでいるガラハッドを、マクゴナガル先生はニコニコと見守っていた。
「 期限はいつまでですか? 」
ぱっと顔を上げてガラハッドはマクゴナガル先生にこれを訊ねた。ぎょっとした顔で、フリットウィック先生は急に飛び上がった。
「 その話はいけない! 」
甲高い声。マクゴナガル先生はいっそう笑顔を輝かせていた。日頃そんな顔つきは見せないけれど、こうしているとチャーミングな人だ。ずいずいと迫ってくる喜色満面の魔女に、ガラハッドは面食らって後ずさった。四角い縁の眼鏡に指を沿わせながら、悪戯っぽい声色でマクゴナガル先生は言った。
「 ふふふふふ、気になるものですよね、期限は?あなたがたにとっては遅いほうが望ましく、わたしどもにとっては早いほうが望ましいですもの!ポッターは今すぐ
「 うんにゃミネルヴァ、有難い話だがね。わたしは、そんなに若くない 」
「 あら、そんなことございませんわ! 」
「 いくら時間ができても、身体のほうがもたない。あの薬はわたしには少々… 」
「 …あっ 」
言い合いをする教師たちを前に、ガラハッドはこのとき暗い事情を察した。
「 えっ、マジで?そういうこと!? 」
うわあああなるほど教職って、どこの世界でもめちゃくちゃブラック!生徒数に対して、教師は妙に少ないなあと、そういえば入学直後に考えたことがあるんだった。
逆転時計と魔法薬を駆使すれば、人類は「1日50時間労働」さえも可能になる。
ホグワーツの教師陣って、それを実現しているのか?
どうかしてるよ魔法界!
労働組合とかはないのか!?
思いつくままにガラハッドは主張した。「最も忙しくしているのは校長です」とふたりのベテランから聞かされて、ガラハッドは若手の教師たちに同情した。よく放課後を補習に使ってくれて、いつ教材準備をしているんだかわからないルーピンと、矢鱈あちこちで見かけるスネイプのことだ。彼らの仕事量って、どうなってるんだろうなあ…。トップが一番の働き者だと、下の者って文句も言えないですよね…。
「 うわぁ…。うわぁ… 」
知りたくないことをいろいろ知ってしまった。
ガラハッドは、ものすごく疲れた気分で寮へと帰った。
■具体的にどこをどうオマージュできるあてはないのですが、三巻沿い編後半は『魔女の宅急便』原作シリーズリスペクトでいきたいと思います。あの世界の魔女ってほとんど魔法を使う能力がなくて、魔女を志すということは、「この世には奇跡があるんだよと人々に知らせる役割を志す」ということだったりする。原作キキはデッキブラシで飛んだりはしない。トンボへの恋を自覚する頃、地に足ついた進学をする彼とすれ違う。最終巻はハリポタ七巻より後に出ています。おすすめです。