ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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四年目のトモダチ

 

寮の扉が開くやいなやガラハッドは、談話室に仲の良い生徒たちがたむろしているのをみつけた。

 

ガラハッドが「やあ」などと言う前に、彼ら彼女らは一斉に振り向いてきた。どうもロンドンから同じ汽車に乗って帰ってきた一年生が、「オリバンダー先輩はフリットウィック先生に呼び出されていました」と先に帰寮して話したらしいのだ。複数名に同じ質問を浴びせかけられて、ガラハッドは自然と口がへの字になった。

 

 

「 明けましておめでとう!ねえ、あなた、いきなり何したの? 」

 

「 汽車のなかで何かした?先生に呼び出されたんだろ? 」

 

「 あんたそろそろ落ち着きなさいよね。来年は監督生かもしれないのに 」

 

 

ペネロピー様はお小言モードだ。ガラハッドは彼女を遮って、フリットウィック先生の部屋での出来事ことについて語った。彼が炎の雷(ファイアボルト)の話をし始めると、聞き手たちはどよめいて自然に円陣となった。ガラハッドの真正面で、ぴょんぴょん飛び跳ねてチョウは大騒ぎした。

 

 

「 え~!いいないいなハリー・ポッターはいいな!炎の雷(ファイアボルト)、わたしも乗ってみたい!ナショナルチームが乗る箒だよ?いいないいなグリフィンドールってばずるぅい!ハリー・ポッターはずるい! 」

 

 

チョウが騒ぎ立てるので、談話室にはぞろぞろ人が増えてきた。集まってきた生徒たちを見回しながら、マーカスは嘆息して頭を掻いた。「はぁ、マクゴナガル先生って、そういうところあるよね」と…。その隣で怪訝に首を傾げるマリエッタは、今年もまたしっかり者であった。

 

 

「 その炎の雷(ファイアボルト)、間違いなく本物なのよね?偽物だとしたら、おふたりの先生がたやあなたは絶対見抜けるでしょうから。―――呆れた!英雄って凄いファンがいるものなのねえ!炎の雷(ファイアボルト)って高いんでしょう?でもいくらお金持ちでも、その人はお金の使い方が変だと思うわ 」

 

「 そうね。高いうえに限定販売品だから、匿名だとしてもその気になれば送り主の調べはつけられるでしょうね。悔しいわ…私、あやしいのは校長だと思うのよ。ダンブルドア校長先生って偉大だけれど、グリフィンドール生にばかりぽんぽんと点をやると思わない? 」

 

 

むすっとしてペネロピーは腰に手をあてた。円陣の外側にいる野次馬たちは、これを受けて一斉にそれぞれ議論を始めた。蜂の巣を突いたような騒ぎのなかで、ロイは気だるげに顎をさすった。

 

 

「 送り主をつきとめたいもんだな。安全性を疑うくせに、マクゴナガルは送り主を探らないのか?まさかな――――仮に校長がポッターに贈ったのだとしたら、校長はその事実を隠すだろうか?いつも公然と身内贔屓をしているのだから、いまさら隠すとも思えないんだが 」

 

「 さすがに堂々とした贔屓はまずいと思ってるんじゃないの?人事のことで、いま裁判中なんでしょう? 」

 

 

ハグリッドの任命をめぐる裁判のことである。日刊予言者新聞で知ったことを、ペネロピーは周囲へと話した。マーカスはうんうんと頷いて、「あんなの読んだら授業に行きづらいよねえ」とぼやいた。

 

ガラハッドは、当初からロジャーがやけに静かであることが気になっていた。

彼は執拗にピアスをいじりながら、不貞腐れた顔でずっと黙っていた。パドマやテリー、ジルなどは、そんなロジャーがいつ不機嫌を爆発させるやら、さっきからちらちらと顔色を窺っている。「この後の予想はつくわね」という顔で、マリエッタは無言で肩を竦めて見せた。ガラハッドも彼女に肩を竦めて応じた。

 

はいはい、八つ当たり屋のロジャーくん、怒鳴り散らしたいのであればお部屋に戻りましょうね~!ガラハッドは「部屋に戻ろう」という意図をハンドサインで示しながら、しっかりと目を合わせてロジャーへと言った。

 

 

「 おい、今後の試合について考えよう。フリットウィック先生は公正なかただから、ハリーの手に入れた炎の雷(ファイアボルト)について『適当に理由をつけて封印』なんてことはしないさ。仮にとんでもない呪いが見つかったって、先生なら解除してしまう―――――炎の雷(ファイアボルト)が使われると、どんな試合展開になると思う? 」

 

「 うっせえな!言われなくても今考えてるよ!! 」

 

「 ここで不機嫌まきちらして何か良いことある? 」

 

 

出ました言葉の右ストレート!マーカスは、ガラハッドってロジャーを逆上させる天才なんじゃないかと思うことがある。あああ小鳥さんたちを避難させなくちゃ!四年目の直感――――このあと自分たちの部屋がどうなるかの予想がついて、マーカスは一番に自室へと駆け戻った。まさか校内での試合で、炎の雷(ファイアボルト)を敵に回す日が来るだなんて…選手への慰めの言葉が浮かばないマリエッタは、ロジャーの癇癪の爆発を前に、いつもどおりマーカスは逃げ出したのだと思った。

 

 

「 あっ!待ちなさいよ! 」

 

「 ずるい。本ッ当にずるいわ。彼、一年生からシーカーになって――――前だって先生に贈られたニンバスに乗ってたのに、そのうえ炎の雷(ファイアボルト)まで手に入れたんだね。おかしいよ。高価すぎるものはホグワーツに持ち込まない規則じゃない?たとえ安全が証明されたって、炎の雷(ファイアボルト)は没収されるべきじゃないの?ガラハッド、あなたはそう思わない? 」

 

 

チョウがイライラと言った。“こっち”の面倒を見るのは担当じゃないと思っているガラハッドは、「何とかしろよ」という目線をマリエッタへと送りつけた。露骨に視線を外しているガラハッドに、「こっち見なさいよ!」といきなりトーンアップしてチョウは吼えた。ハイハイこれにて、女のほうの癇癪玉も爆発。結構慣れているガラハッドは、癇癪玉と癇癪玉が引火爆発しないよう、ロジャーを男子寮のほうへと押しやりながら言った。

 

 

「 気持ちはわかるけどなチョウ。僕も、おかしいって一通りマクゴナガル先生には訴えてきた。でも、プレゼントのなかに炎の雷(ファイアボルト)をみつけたとき、ハリーはさぞ喜んだに違いないね。分解点検のあとは、ちゃんと返してやらないと酷だと思う。あいつ、本当に嬉しかった筈だから―――… 」

 

 

マリエッタは怖々とチョウを見やった。チョウの顔色は、さっといつもよりも格段に白く変わっていた。彼女はきゅっと唇を噛んで、鋭く顎をひいたのだ。忌々しそうにロジャーは、背中を押されて男子寮に向けて歩きつつも、チェーンピアスをいじりながら首だけで振り返った。

 

 

「 ばぁか。そりゃあ誰だって炎の雷(ファイアボルト)には喜ぶっつうの!喜ばない奴とかいねえから!! 」

 

「 たしかにそうかもな。でも、あいつはその喜び方が格別なんだよ。言ったよな?ハリーは、夏休みのあいだうちに泊まりこみに来てた。だから僕は知っている。ハリーのやつ、毎日毎日炎の雷(ファイアボルト)を眺めに高級クィディッチ用品店に行ってたんだ。それくらいあの子は、クィディッチが好きで… 」

 

「 ダメ…それ以上は酷よガラハッド 」

 

 

縋るようにマリエッタはぼやいた。「俺だって好きだし…」と、とても小さな声でぼそりとロジャーも呟いた。マリエッタからの制止もあって、ガラハッドは「あっ」とこのときになって気づいた。だが、一連の失言はもう手遅れであったようだ。憎むような目つきで、振り返るとチョウがこぶしを握り締めて震えていた。

 

 

「 なによそれ――――わたしだって、炎の雷(ファイアボルト)を眺めに行ったもん。ダイアゴン横丁に住んでないから、毎日行けなかっただけだもん!そんなこと言うなら、次の夏はわたしを家に置いてよ!! 」

 

「 え?いや、チョウ、君は…君をよく知らないからそれが言える。うちは君を迎えるには少々… 」

 

「 なんで?なんでハリーは良くてわたしはダメなの!?なんでガラハッドまで、ハリー・ポッターのことを贔屓するの!ガラハッドはレイブンクロー生なんだから、ハリーじゃなくてわたしのことを応援してよ!!応援してくれてるって、思ってたのに。友達でしょ――――なのに今だって、ロジャーばっかり! 」

 

 

うわぁぁぁんと泣きだしてチョウは女子寮へと走り去った。円陣になっていた者たちは、さすがの賢明さで誰も下手に口を挟まなかった。この五人組、普段は他寮生からマフィアのファミリーに喩えられるほどの連帯感があるが、たまに喧嘩するとすご~くすご~く面倒くさい。レイブンクロー寮のなかでは、この事実は常識だった。

 

マリエッタは頭痛を感じた。チョウはまっしぐらにベッドに飛び込んで、布団の中で啜り泣き始めたことだろう。「あ~ぁ泣かせた」という視線を周囲から大量に送られて、ガラハッドは冷水を浴びせかけられた心地だった。彼は出遅れて、咄嗟に「待って!」とすぐにチョウを止めることができなかったし、しかもチョウを追いかけて女子寮に入りかけて、ある地点でバチンと弾き返されてしまった。一瞬面食らったガラハッドだったが、なるほど納得のいくシステムである。

 

 

「 ちがっ、今のは――――やましい気持ちじゃない! 」

 

「 ハァ…こりゃグリフィンドールには勝てねえな 」

 

 

チッと舌打ちしてロジャーが言った。談話室の観衆は、今度は一斉に首を180°巡らせて、男子寮の入り口のほうへと向き直った。

 

不機嫌のあまり荒れると予想されたロジャーだったが、彼にしては案外おとなしい。自分より荒れている者を見たために、なんだか冷静になれている…のか?派手ないでたちに反して、案外彼は静かだった。談話室に満ちる生徒たちは、このブルーマフィアの対立劇に固唾を呑む思いだった。シンと静まり返ったレイブンクロー塔に、ロジャーの憂鬱な声は冴え冴えと響いた。

 

 

「 炎の雷(ファイアボルト)――――反則じゃないが、反則級だ。くそったれグリフィンドール、スニッチはもうあっちのもんだ。いくらクアッフルで稼いだとしても、150点はとられる。うちが強くなればなるほど、電光石火でポッターが試合を終わらせるだろう…! 」

 

「 ――――… 」

 

 

誰も返事をしない。年長者であるペネロピーとロイは、互いに日和見の立場を捨てて、返答を急かしあうような挙動を見せた。ぐすりとロジャーは洟を鳴らした。彼だって本当は、新生グリフィンドールシーカーの速さは圧倒的すぎると知って、チョウと同じように、泣き出したいのだ。

ガラハッドは胸が痛んできた。

選手たちの動揺は、自分が持ち込んだニュースの結果だもの。

ニュースの内容自体はどうしようもないが、責任のようなものを感じて、ガラハッドは何かを言わなくてはならないような気がした。

 

 

「 …そうだな 」

 

 

円形劇場の中央で。

ガラハッドは、友人たちのために少し考えたあと、敢えて強気そうにロジャーに近づいていきながら言った。

 

 

「 けれども、それが何だっていうんだ?グリフィンドールチームが、炎の雷(ファイアボルト)の性能に任せて即行で試合を終わらせる作戦に出てきた場合、こっちは何の作戦も展開できないが、向こうだって150点以上はとれない。なあみんな、『グリフィンドールの連中、怖じ気づきやがった証拠だ』って、そのときは盛大に歌ってやろう!『してやられる』と思うから悔しいんだ。『1分1秒でも早く試合を終わらせたいと、グリフィンドールチームが思うのは当然だ』――――誰もがそう思うような状況を、こちらが追い込んで作り出してやればいい。優勝候補として最終戦に残るために、三寮に対して全勝する必要はない!ロジャー、お前は、これまでどおりに着実に、まずはスリザリン戦で勝つ準備をすればいいんだよ 」

 

 

ガラハッドは極力明るく締めくくった。本人にはわからないことだが――――ガラハッドの瞳はこのとき、ギャリックのように銀色に光っており、得も言われぬ力があった。ロジャーへの鼓舞と慰めは、全寮生へのそれとなった。波紋のように安堵感が広がり、談話室の溜め息はやがてどよめきになった。

 

 

「 ああ… 」

 

 

誰の嘆息かはわからない。みんな、まったく同じタイミングで、カチコチになっていた身体がほぐれていったから。

そうか、別に、必ずしも炎の雷に勝たなくてもいいんだった!思いもよらなかったことだが、“Sirが言うなら、そう”なのだ!実際、理屈のうえでこれは正しい。ロイはむすりとポケットに手をつっこんで、これを最初に思いつかなかったことを恥じた。

目を丸くしてロジャーは答えた。

 

 

「 ああ、そうか…そうだな、たしかに、俺たち、巧くやっていかなくちゃ!レイブンクローなんだから!! 」

 

「 そうだよ。次の次のグリフィンドール戦での負けを見越して、スリザリンを相手に貯金をつくっておけばいい。具体的に、何点を目標とするかは… 」

 

 

ガラハッドはロジャーのところまで戻っていた。ふたりは場に残った生徒たちに挨拶もせずに、そのまま議論を白熱させながら並んで自室へと戻っていった。場を騒がせるだけ騒がせてこうしてマイペースに去っていくあたり、彼らはすっかりレイブンクロー生らしさを極めている。

 

 

こうして、この年レイブンクロー寮生たちは、複雑な緊張感をはらみながらも前向きに新学期を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期初日の朝食の席で、あの五人組は以前よりも成長したもんだなと、七年生たちはひそかに噂しあっていた。ブルーマフィアと呼ばれる四年生五人組は、昨年談話室で喧嘩していたときとは打って変わって、今回は粛々といつもどおり朝食を摂っていたのだ。代表チームの一員になったり、格別後輩たちから慕われたりしていることで、彼らにも上級生としての落ち着きと、影響力への自覚とが出てきたものと思われる。そうであってほしいと、アランとマットは頷きあっていた。

 

朝食の席の五人は、静かだった。ガラハッドは、あのあと昨日のうちに再びチョウに会うことができず、泣かせたことを謝る機会を逃していた。何事もなかったかのような顔でチョウは、執拗にサラダからブロッコリーを除け続けていた。

 

 

「 ――――… 」

 

 

ガラハッドはそっとそちらから目を逸らした。実のところガラハッドは、あのあと自室に戻って考えて、チョウへとすぐに謝りに行く方法―――――女子寮へと侵入する手段を思いつかなかったわけではない。ガラハッドは敢えて思いついた手段を使わず、自発的にこの気まずい状況を招いたのだ。

 

ひらめいたきっかけはこうだ。

 

昨日マーカスは、あのあとロジャーとガラハッドが部屋で怒鳴り合いをすると予測して、二人が帰ってきたのと入れ違いに部屋を駆け出して、ペットのカナリアをガールフレンドのパドマへと預けに行った。それを受けてガラハッドは、「なるほど鳥ならばオスでも女子寮に入れるんだな?」と気づいたわけである。

なーんだ、それじゃあ僕も変身したら女子寮に入れるじゃん!

ただしこの方法、一度でも実行してしまうとその後社会的に死ぬ…

…そう考えてガラハッドは実行に移さなかった。「片時も離さない」という勢いでロジャーが、あのあとずっとクィディッチの話を持ち掛けて来ていたというのもある。

 

 

「 ―――フッ 」

 

 

時間が来たので席を立ちながら、ガラハッドはひそかに自嘲していた。

 

ああ自分っていう奴は、思考力に対して、行動力がないなぁ…。ガラハッドは折角チョウの正面の席を確保して朝食を摂ったのに、結局「おはよう」の一言しか言えなかった。

一時間目は変身術で、二時間目は魔法史。午前の授業が終わったとき、ガラハッドは流石にこれ以上引き延ばすのは良くないと思った。このまま一日目が終わったら、昨日の一件は有耶無耶になって、なんとなく無かったことになってしまいそうだ。

 

昼食のために大広間に行く前に、ガラハッドは、同級生の前で堂々とチョウに声をかけた。先輩も後輩も混ざっている空間に比べたら、この場のほうがはるかに声をかけやすかった。

 

 

「 チョウ、ちょっといいか 」

 

 

ぶっきらぼうな口調。こんな言い方になってしまったのは、それだけ「自分が悪かった」と思っているからで…。「しまった…」とガラハッドはすぐに後悔した。悪いと思っているならば、もっとマシな言い方があっただろうに。けれども「あんな状況で泣き出してしまって、自分のほうこそ悪かった」と思っているチョウは、気を悪くせず小さな声で頷き返した。

 

 

「 うん 」

 

 

恥ずかしそうな微苦笑だ。手早くノートを片付けながら、ガラハッドはロジャーとマーカスたちに言った。

 

 

「 お前ら先に行ってて。僕はチョウと話してから昼食に行くから 」

 

「 …りょーかい 」

 

 

ぽんとガラハッドの肩を叩いてロジャーは席を立った。

 

 

「 そういや俺も言ってなかったな。よお無神経野郎、昨日は八つ当たりしてごめんな~? 」

 

「 “お互い様”にしといてもらえて、恐悦至極 」

 

 

ごつりと二人はこぶしを突き合わせた。おざなりな仕草のように見えたので、マリエッタはひそひそとマーカスに耳打ちした。

 

 

「 大丈夫なの、あれ? 」

 

「 何が? 」

 

 

心配するだけ無駄だ、とマーカスは思っている。がやがやと喋りながら歩く生徒たちが講義室から出ていくよりも前に、ビンズ先生は黒板をすり抜けてどこかへと消えていった。

 

 

最後のハッフルパフ生たちがいなくなると、講堂は突然静かになった。ガランとした空間。寂しいような明るさの真昼の教室で、席に就いたままチョウはポツリと話し始めた。

 

 

「 昨日はごめんね 」

 

「 …あ、ああ 」

 

 

チョウの素直さは凄い。自分が先に言いたかった!と、悔やんでガラハッドは額に手をあてた。

 

 

「 わたし冷静じゃなかったわ。ハリー・ポッターのこと、本当に羨ましくて――――あなたのこと、悪者にしたかったわけじゃないのに、みんなの前で泣いちゃった。ごめんなさい 」

 

「 いや、いや、そんな――――すまん、僕が悪かった!ロジャーの言う通り、昨日の僕の発言は、かなり無神経だったよな。『毎日店まで眺めに行けるかどうか』だって、与えられた環境の差なのに、そんなことで熱意が計れるような錯覚をしていたから、言葉選びを誤った。根本が間違っていたから、君を傷つけたんだよ 」

 

「 ん…有難う。そうなの。そこなんです。ふふふ、よくお判りで 」

 

 

チョウはもじもじと指先を組み替えた。階段型の教室の下の列から、ガラハッドはチョウのほうを見上げてその言葉の続きを待った。意識的に百面相をして、チョウはまた泣いてしまわないように努力していた。

 

 

「 わたしだって、すっごくクィディッチが好きなんだもん!ああハリー・ポッターが羨ましい――――昨日はね、ガラハッドに『君はハリーほどのクィディッチ好きじゃない』って言われたみたいで、悲しかったの。『同じくらいクィディッチが好きだとしても、ガラハッドはわたしよりもハリーの喜ぶ顔のほうを見たい』ってことなんだなってわかって、悲しくなっちゃった。それで、ちょっと耐えられなくなっちゃって… 」

 

「 え…いや決してそうではないけど?理想を言うなら、僕はふたりともの喜ぶ顔を見たいよ?でもその、今回の場合、それは難しくてだな――――『君にも炎の雷(ファイアボルト)があればいいのに』とは思っているけども、僕には買ってあげられないし 」

 

「 うん。ごめんね。わたし、ちゃんとわかってます。わかってるのに、あのときはガラハッドに味方してほしくてつい…。変よね 」

 

 

チョウは左右に大きく首を振った。悲しむようにも恥ずかしがるようにも見えて、ガラハッドには彼女の心情がわからなかった。

「道理を曲げてでもわたしに味方してよ!」と、駄々をこねるような愚かさは、日頃のチョウからは考えられない。

むしろ「道理に合わないことは許せない!」と、誰にだって挑んでいくような気質が、普段のチョウらしさだからだ。

なんだかいつもと違う彼女は、きゅっと憂鬱を振り切るように笑った。

 

 

「 ねえ、ハリーは、ガラハッドにとっては弟みたいなものなんだよね?いいなあ。ハリーは、たった一ヶ月一緒に暮らしただけで特別な存在になれたんだ!チョウちゃんはなんでダメなんですかぁ? 」

 

「 え?ああ、あれは――――悪い。うちにハリーが滞在するのは良くて、君が滞在するのはダメだっていう意味じゃない。単純に、うちは部屋がないんだ。僕とハリーは相部屋だった。君とは、そういうわけにいかないからな 」

 

「 ふーん… 」

 

「 だいたい女学生が男の家に泊まろうとするなよ 」

 

「 あはは、またまたぁ!わたしのこと女子じゃないと思ってるくせに 」

 

「 思ってないわけないわけないなくない? 」

 

「 思ってないわけないわけな…ごめんもう一回言って 」

 

 

真面目に復唱しようとしてチョウは言葉を切った。今の「ない」の数は、厳密に数えて意味をつかみとる必要がある!

一方思いっきり口の滑りすぎたガラハッドは、持病の赤面症の発現を自覚していた。今の発言は、どうか気にせず聞き流してほしい。そんなふうに手ぶりで訴えると、チョウはお腹の中で蝶々が飛んでいるみたいに、こそばゆそうに何度も座りなおした。

 

 

「 あはは、ガラハッド、顔真っ赤! 」

 

「 くッ… 」

 

 

痛むかのようにガラハッドは自分の眉根に触れた。おさまれ、おさまれ憎き赤面症!

潔く謝罪した流れなのだ。腹の内を語ることに抵抗はない。チョウが、彼女が親友ロジャーのガールフレンドでさえなかったら、「えーぶっちゃけると滅茶苦茶可愛いと思ってますよ?」と白状するいい機会である。

 

ガラハッドは脳内で経文を唱えて、心頭を滅却して平静に戻った。

 

 

「 …女子だよ。君は、女子じゃないか。そのように扱われていないと感じるなら、謝ろう 」

 

「 そんな…。そうじゃないの。わたしガラハッドに、男同士の友達みたいに接してほしい 」

 

「 ――――… 」

 

 

…無茶言うなあ、というのが正直なガラハッドの感想である。入学直後から思っていたが、ガラハッドの感覚からしてみると、この世界はもともと男女の距離が近すぎておかしい。年頃の男女が共学だなんて、学徒に学究させない仕掛けであるようなもんだ…と、いうのは昭和元年生まれの大学生ならば大抵思うことである。かなり“こちら”に馴染んだながら、ガラハッドはいまだに“あちら”の感覚を捨てきれていなかった。特にわからないのが、現行の制度を許している親の感覚だ。これは「たとえば」の話だが、学をつけさせるために入れた学校で、娘がころころと男を乗り換えて遊んでいるとしよう。俺が親だったら間違いなく、キレてしまうんだが…まあ…そういう生徒もなかには見受けられるんだよな。世間ずれている自覚はあるので、ガラハッドはこれを口に出さないようにしている。

 

 

「 なあ、僕は別に君のこと、ハリーより下だなんて思っていないぞ?女の子相手に、男同士と同じ関わり方は逆に失礼だろ。言っとくけど僕、ハリーとは物凄く仲が良いわけじゃない。あいつ基本噛みついてくるし、僕だって結構きついことを言ってる 」

 

「 ふぅん…でもそれって、本音を言いあってるってことじゃない。良いことだと思うわ。どうしてそのようにすることが、女子相手だと失礼になると思うの? 」

 

「 君にだって嘘はついていない。僕は、女子とは真っ向議論をしないって、はなから決め込んでいるわけじゃない。女は論戦するに値しないと、思っているわけじゃない。実のところ女性全般は欠点だらけで、真実を言うだけで逆上させてしまうとも思っていない――――思ってないぞ?ただ、結果的にあまり機会がない!それだけだ。それだけだから… 」

 

「 嘘。あなた女子には真っ直ぐに言わない。キャラをつくって煙に巻くのよね。どこまで本気だか冗談だかわからないこと言って、マクラーゲン相手と同じようにするでしょう! 」

 

 

むすっとチョウは唇を尖らせた。いつの何の話であるかすぐにわかって、ガラハッドは全身が心臓になった。ドキッと飛び上がってしまった。雷に打たれたようにガラハッドは、一学期の始まりのことを思い出していた。

 

 

「 …え~ 」

 

 

自覚があるぶんへらへらしてしまう。え、それって、あれだよな、林檎占いの授業のあとに、脈があるのかどうかカマをかけたことだよな。

瞳を潤ませてチョウは、膝の上のスカートを握りしめていた。さっきからガラハッドが何度も赤くなることが、チョウにとっては嬉しいのだった。

 

 

「 わたしのこと、女の子だってちゃんとわかってたんなら…! 」

 

 

すぅっと息を吸い込んで話し始めたけれど、流石のチョウでも流暢には言えない。勢いよく攻勢に出たものの、チョウはガラハッドに負けず劣らず真っ赤になって、もじもじとせわしなく手足を動かした。

 

 

「 あ~… 」

 

 

ガラハッドはこくこくと何度も頷いた。

うわ、勿体ないことしたよ自分――――なるほどあのとき一歩勇気を出して告白しておけば、ほぼ確で彼女と付き合えたらしい!ガラハッドはそっと眉根に触れながら、やけくそになって「先生!逆転時計貸してください!」とマクゴナガル先生の部屋へと駆け込んで叫ぶ妄想を始めた。始めたというか、つい始めてしまったというか…。

「なんですかこの不埒な用途は!こんな理由では魔法省の許可はおりません!」とかなんとか、脳内マクゴナガル先生は厳格にお怒りである。この期に及んでぼんやりした態度のガラハッドに、痺れを切らしてチョウは前のめりで叫んだ。

 

 

「 あのとき、あのときって、はっきり言わずに揺さぶりをかけてたってことじゃない!?サイテー!こっちは女子だからって、ああやって反応見てきて――――検査みたいに試すんだ。そういうところが嫌だって言ってんのよ!馬鹿ガラハッド、意気地なし!もしもわたしがあなたのガールフレンドだったら、流石に、あなたハリーよりもわたしの味方をしてくれたよね?他の女子とは、扱いが違うもんね!ああ、わたし、あなたのガールフレンドだったらよかったのに~って、願っちゃうくらい昨日は悲しかったわ。言っておくけど、今さらあなたと付き合いたいみたいな思いはありませんから!!嫌なとこがあるって今言ったでしょ。いい機会だから、友人として忠告しているのよ! 」

 

「 はあ、左様ですか… 」

 

「 本気出して改善しなさいよ。さもないと将来あなたのガールフレンドになる人は、不安にさせられすぎてハゲちゃうわ。女子だから女子だからって、変なはぐらかしとか接待みたいな扱い、少なくともわたしは嫌!普通に対等でいいの! 」

 

 

気丈にチョウは机を叩いて立ち上がった。ガラハッドは、絶句して、「この世に、こうまでも理不尽なことがあっていいのか」と思っていた。マジで?この状況でフラれるのか、俺…?――――聞けば聞くほど自業自得なわけだけど、正論であるほど学年一の美少女に言われたんじゃあ立ち直れない。男はみんな…なんてデカい主語を使うのは逃げだとわかっているから、「自分は」と敢えて限定しておきたいけど!!…自分は、君みたいな可愛い子に言われたことは何でも大きくとらえてしまうから、精一杯予防線を張っていたんだよおお!机につっぷして撃沈しているガラハッドを、容赦なくチョウは揺すった。

 

 

「 ほーら、行くよ!お昼ごはん食べ損ねちゃう。みんなを心配させたくないわ 」

 

「 待って…今泣きそうだから優しくして。君は、本当にデリカシーがない…!このあとロジャーと顔合わす僕の気持ち考えてる!? 」

 

「 えー?…えへへ、ごめんよ 」

 

「 ごめんで済んだら警察要らない! 」

 

 

恥ずかしそうにチョウは手を引いていった。肩に鞄をかけながら、彼女は嬉し気にニヤッとした。ぴょこんとポニーテールが揺れて、その姿さえも目に毒だ。「こいつ、マジで邪悪だな」とガラハッドは思った。理解はできるけど、このタイミングでニコニコすんなよな。どうもご要望通りロジャー相手同様の態度をとられて、ご機嫌が止まらないらしい。本当に“男友達扱い”でよいならば、ガラハッドには言ってやりたいことがあった。

 

 

「 お前のそれも、結局は八つ当たりだ。どう転んだってグリフィンドールには負けるだろうからって、僕に鬱憤ぶつけるなよ! 」

 

「 うーん、それは、確かに 」

 

「 お前らそっくりで困る!! 」

 

 

ロジャーとチョウは良いカップルだ。悲しいけれどもガラハッドは、それを認めざるを得ないのだった。四年生でありながら代表メンバーに食い込み、「一緒に優勝しよう!」とハイタッチしあう彼らは、スポーティーで爽やかなカップルとしてすっかり全寮生に関係を知られている。たとえ一学期からやり直せたところで、自分では彼らのようにはなれない。精一杯何もなかったような表情をつくりながら、「チックショー!」とガラハッドは、虚空に叫びたいような心地だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

その晩ガラハッドは夢を見た。目覚めたら忘れてしまう、意識のどこか浅いところで。

 

 

青い空、青い海、海岸のような荒野のようなところ。

艦砲射撃の痕は生々しくて、岩壁は砕けて浜辺に散っていた。太陽は少しの手ごころもなくて、人間などどうなってもいいらしいのだった。

さも何事もないかのように、輝き続けているから。

今にも崩れそうな崖の先端に、おさげ髪のあの子が立っているのに。

鮮烈な陽光と狂うほどの青が、まだ生きている筈の彼女を影絵みたいにしている。

初恋が終わる瞬間に、ガラハッドは戻ってきていた。

 

 

もっと早くに出会えとったら、うちら恋人になったかもしれんね――――看護隊のあの子はそう言った。彼女飛び降りていくんだ…とわかっているけれど、過ぎたことであるからどうにもできない。

抵抗もできずにひっそりと、窒息していくかのような悪夢。

結末はわかっているのに、目を逸らすことができない。

 

 

ついに、あの子の身を投げる瞬間がやってきた。陽光が海に照り映えて、刹那彼女は空中できらりと光った。

 

 

 

「 ―――――!? 」

 

 

 

くるりと宙返りをして、鳥になって元気に羽ばたき始めたのだ。

彼女は、空を舞い海を越えて、水平線の彼方に消えていった。

あの果ての先の名前を知っている!

“先生”が、深くお調べになっていたから。

ああよかったあの子は、ニライカナイへと行ったんだ!

そこでガラハッドは目が覚めた。

 

 

 

 

 

「 ん…???? 」

 

 

 

即座に跳ね起きて机のほうを見る。え、やばい、もう朝なのか!?慌てて時計を確認してみたら、まだ0時を少し過ぎたくらいだった。ロジャーとマーカスが夜更かししてチェスをしているので、カーテンの隙間から入ってくる光が、深夜にしては明るいだけだった。なーんだあせって損をした。すぐに二度寝したことによってガラハッドは、完全に夢のことを忘れた。

 

 

 

冬至の日は遠ざかっていく。一日一日と陽が伸びるように、何かが変わっていくだろう。

 

 

 

 

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