ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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彼と彼女の進展

 

スリザリンに負けた。

 

ガラハッドは、案山子になったみたいに呆然としてしまった。敗戦の事実は、衝撃的であり非常に悲しかったけど、それよりもあのシーカー戦のすえ「落ちたのはチョウのほうだった」という事実のほうが、ガラハッドにとっては衝撃的だった。

 

全レイブンクロー生たちにとっても、そうかもしれない。

 

ドラコ・マルフォイVSチョウ・チャン。

圧倒的にチョウ・チャンのほうが強いと、試合のあいだじゅう示されていたではないか!

面白いくらい吹っ飛んでいたのは、ずっとマルフォイのほうだったのに!

 

明朗快活。いつもまるで晴嵐を起こす天狗みたいに、真っ黒のはずのポニーテールを陽光で銀に光らせて、身体ひとつでも天晴れに宙を舞い、「わたしたち“空”の寮!」と笑う彼女が。

彼女が、あんな押し合いぐらいで落ちるわけない。

 

けれども彼女は落ちてしまった。

 

みんな信じられなかった。

まるで彗星が落下して、世の終末が始まったみたいだった。いいや末法の世かもしれない。祇園精舎の鐘すらも、永劫に響くものではないのである。こんな応援歌なんて、そりゃあ数秒のうちに消える…。

 

たくさん応援に来てくれたグリフィンドール生たちは、しつこくブーイングで競技場を揺らしていた。けれどもレイブンクロー生たちの多くは「どういうことだ…?」という顔で、しばらくのあいだ立ち尽くすばかりだった。

 

 

…いや、でも、考えてみたら別におかしいことは何も起きていないのである。

だってチョウ・チャンは細身で小柄なのだ。

そんな彼女のことを最強だと信じていた、自分たちのほうが頭がおかしかったのではないか???

 

レイブンクロー生たちは馬鹿ではない。

魔法が解けたみたいに、競技場は静かになっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

代表チームの者以外はロッカールームに行かないという規則なので、応援席にいたレイブンクロー生たちは、みんな気になって仕方がないながら、チョウの怪我の仔細について知ることができなかった。試合の最後に選手全員がお辞儀しあうとき、彼女はぼさぼさになったポニーテールでこくりと頭を下げていた。あの速度で壁に打ち付けられたのだから、ローブの下は無傷ではないだろう。ガラハッドは、退場ゲートに去っていった選手たちが寮に帰ってくるまで、談話室に残って待っていることにした。巨大な地球儀を背に弧を描くテーブルに肘をついて悲しみに浸り、気だるい憂鬱にとりつかれていた。

 

マーカスとマリエッタも自室にひっこまず、一緒にチョウとロジャーの帰りを待った。

 

 

二十分経った。

 

 

 

三人はそれぞれ暗い気分で、ニ十分のあいだまったく会話をなかった。もしかすると、チョウは今晩マダム・ポンフリーのもとでお泊りかもしれない。寂しい夜を想像したのか、深い溜め息をついて急にマリエッタが話しかけてきた。

 

 

「 チョウが怪我をしたのは、上半身よね。歩いていたけれど、きっと骨折していると思うわ。あああ心配よ。ちゃんと治るのかしら… 」

 

「 この魔法界で綺麗に治らないものなんてある?遅くても二日後にはケロッとしているさ!ごめん僕、ちょっといま気分が…いや機嫌が良くない 」

 

 

低い声でガラハッドは答えた。ガラハッドはこのときちょうど、地に倒れ伏すチョウの姿を思い出していた。

「うぅ、いったぁ…!」とチョウは呻いて、地面に落ちたあとすぐには動けなかったのだ。その姿を目撃したガラハッドは、おおいにトラウマを刺激されたわけである。

 

今思い出すだけでも、ガラハッドは胸が痛くなっていた。

よって彼は猫背になって腕組みをして立ち、その腕を高いテーブルの上へと乗せていた――――傷を隠すような仕草だ。

「今話しかけるな」と背中に書いてあるので、マリエッタはしゅんとして俯いてお喋りをやめた。

 

 

「 …はぁ 」

 

 

ガラハッドは軽く目を閉じて項垂れた。

 

青。青。青って強烈な色だよな。

 

青、青、青ばかりで、うんざりするほどレイブンクローの談話室は、青という色に満ちている!もっとも古くて崇高な、瑠璃つまりラピスラズリを砕いた色に。

ガラハッドは、日頃はこの色が好きである。自然界からは得難い色素、知恵ある錬金術師のみが、その染料を生み出すことができる色だからだ。藍染だって魔術的じゃないか。空気に触れた途端に、サッと色が変わるのがいい――――最も高温の炎も青い。

 

けれど、今は壁紙であれ絨毯であれ、ガラハッドは青いものを視界に入れたくなかった。

窓から見える青空も鬱陶しい!

 

「頭痛でもするのかしら」とマリエッタは、ひとりで苦い顔をするガラハッドを見て思った。こういうことは時々あるので、同室生のマーカスは気にもとめなかったが。

 

 

「 …はぁ 」

 

 

ガラハッドの懊悩は続く。

ああ青い空、青い海、落ちる少女。この組み合わせだけはつくづく思い出したくないもんだ!!チョウは一見日本人に見えるから、過剰に投影とか連想とかが働いてしまって――――先日の一件もいけなかった。

 

 

 

 

( ――――もしも時間を遡れるなら、君と恋人として過ごしたかった )

 

 

 

そう思ったことのある相手は過去にもいるわけで。

 

あの頃、みんなで決戦に備えて野良仕事をしたことは、実のところ結構楽しくて…。知恵のない下士官の目を盗んで我々が休息をとっていると、看護隊の女学生たちが恥ずかしそうに話しかけに来てくれたんだよな。自分が内地で女学生とは縁がなかったように、彼女らにとっても大学生は珍しくて、決戦前夜というのはどうも、みんな刹那的になるものみたいで…それで…と思い出しながらガラハッドは、うぅんと悩ましく呻いた。おいおいおかしいぞこの記憶は、時間経過によって相当間違っているか、都合よく上書きされている!髪型や服装を度外視すると、そういえば特別淡い想いを交わしたあの子は、チョウとよく似ていたなと――――…今頃になって不意に気づいたのだ。しかしだな、実際問題そんなことあるか!??ガラハッドは半壊状態の記憶にちらちらと、現在の情報が重なり混ざっているのだと思った。

 

 

「 ―――チッ! 」

 

 

お坊さまだったの?素敵、御国のために立ったのね、と…

 

…あの子はニコニコと笑ったんだ。

 

青い空、青い海、この島では死者の魂は鳥にのって、ニライカナイにいくとされているよ、と…調子に乗った俺は知識をひけらかしたんだっけ。学徒隊にいた者って、大なり小なりそういうとこあったと思うけど。

 

「本当?」と彼女は目を輝かせたものだ。

 

「まるで」や「さながら」の話ではなくて、本当に彼女の可愛くて、大きな瞳は涙できらきらしていた。「じゃあ怖くないなあ…」と彼女は、あのとき呟いたあと少し恥ずかしそうにした。ねえ、あなたが還俗して決戦に立たなかったら、この部隊に配属されなかったら、自分はこのことを知らなかった…というようなことを言ってくれた。

 

そうして、死を怖れることなく誇りを貫いた。

 

あの彼女が、実はチョウに生まれ変わって、ずっと近くにいたんだとすれば、こんなに良いことってない!

でもこれ、100%僕の願望ですよね?

都合の良い記憶にすぐさま飛びついて、今の現実から目を逸らすまい…。

 

 

妄想は現状を打開しない。

 

昨年いろいろと経験したガラハッドは、急浮上してきた可能性に対して「ああそうか、そうだったんだ!」と、すぐさま入信してしまわない程度には賢くなっていた。

いやまあ、飛びつきたい気持ち自体はあるんだけども。

そっかあ自分、チョウとは、前世でも友達以上恋人未満だったのかぁ…。…そうであったらなあという欲求を棄てるのは難しい。

 

 

「 あのぅ… 」

 

 

きょろきょろと首をめぐらせながら、マリエッタが再び声をあげた。控えめな声色だった。

円形の談話室は日時計になっていて、差し込む陽光で現在時刻がわかる。

マリエッタの見たところ、もうすぐ4時が迫っている。談話室には自分たち以外に誰もおらず、静かな夕方がやってきていた。この三人しかいないことは滅多にないことなので、マリエッタはこの機を逃したくなかった。

 

 

「 あのぅごめんなさい、ガラハッド―――――わたしこれから、『なんで今そんな話?』とあなたに思われるようなことを言いだすかもしれないわ。でもね、今、ちょうど誰もいないから、ひとつ相談をしたいの…ベルビイ大先生に 」

 

「 ええっ?どうぞ? 」 

 

 

きょとんとしてマーカスは彼女に向き直った。思考の自家中毒に陥っていたガラハッドは、おとなしくマリエッタの話に耳を傾けることにした。

 

 

「 ねえわたしって、このあとすぐに医務室に向かってもいいものなのかしら?ほら今もう、4時になろうとしているでしょう?いくらなんでもそろそろ、選手たちは帰ってくると思うのよ。そこにチョウがいなかったとするでしょう?そのときはきっと、ロジャーもいないわよね?でも夕食までには時間があるじゃない?怪我をしたのは知ってるのに、お見舞いに行かないなんておかしいわ。でも――――ふたりっきりにしておくべきなのかしら? 」

 

「 え?ああ、うん、なるほど! 」

 

 

焦ってガラハッドは何度も頷いた。てっきり魔法薬学のレポートの話題かと思ったのに、チョウの話だったのでドギマギした。

ガラハッドは自分に言い聞かせるようにきっぱりと発言をして、頭を現実へと切り替えていった。

 

 

「 もちろんそれがいいと思う。チョウとロジャー、あのふたりは付き合っているんだからな!本当は、日頃からもっとふたりきりにしてやるべきなんだ…。そうだよ、そうなんだ… 」

 

「 そう…そうよね。わたし、つい、いつも授業のときチョウとペアを組んでしまうの。それって、良くないかもしれないわよね?あなたはそう思わないこと?あなたは、いつもロジャーとペアを組んでいるけれど 」

 

「 ああ 」

 

「 わたしたちお邪魔虫だと思うの。チョウってば、いつも放課後はロジャーといるんだから、いいかなあってわたし長いこと思っていたわ。でも考えてみたらあの子たち、いつも放課後一緒だけどずっとチームでいるのよ!先輩たちと常に一緒で、ふたりで過ごすことってない筈よ。だから、せめて今日は…。それに、今後は… 」

 

「 ふたりきりの時間をつくってやろう。普段は、全然その時間が無いもんな?あれでふたりきりの瞬間があるんだとしたら、あいつら逆転時計(タイムターナー)を使ってるね 」

 

 

うんうんとガラハッドは深く頷いた。ガラハッドに積極的に同意されて、マリエッタも何度も深く頷いた。するとマーカスがクスクス笑い始めたので、ガラハッドはじとりと彼のほうを見やった。

 

ガラハッドはよく知っている。一体、いつチョウと恋人らしいことをしているんだかわからないロジャーと違って、このベルビイ先生は愛しのパドマ嬢と過ごすために、男子寮にいない時間が結構あるのだ。

 

「爆発しろ」という視線を浴びせられたベルビイ先生は、「へへっ」とはにかんで鼻をこすった。やることやっている奴の余裕を前に、ガラハッドの目はますますジトリと細くなった。

手のひらを擦り合わせながらマリエッタが言った。

 

 

「 チョウは…チョウは良い子だからきっと、いつもわたしに遠慮してくれているの。わたし、去年チョウと話したことがあるのよ。ボーイフレンドができた途端に、友達の扱いが下がる子って最低よねって。ほら一定数いるじゃない?相手がいないときは友達と過ごすけど、そうじゃないときは何でもボーイフレンドが最優先っていう子。あれって本当に腹が立つわ。だから、わたしとチョウは、お互いにボーイフレンドが出来たとき、そんなのしないでおこうねって約束していて…それで――――なによ。なんですかその表情は 」

 

「 相変わらずちょっと怖い話してるなあと思って…。それはあれか、去年ミサンガを編んでいた頃にした約束か? 」

 

「 そうよ。いいでしょ。なにか文句ある? 」

 

「 なーんにもありません 」

 

 

ぷくんとマリエッタは唇を尖らせた。ガラハッドは、異文化(アフリカとか)の舞踏を見せつけられたような心地だった。

自分は、ロジャーと改まってそんな話をしようなどと思ったことがない。

「あいつまたパチルとシケこんでやがるぜ」と、ふたりでマーカスの留守中に悪戯を仕掛けたことはあるけど…。

 

同じことについて思い出しているのか、ますますマーカスの余裕の笑みは深まっていた。

 

 

「 そっかあ。女の子って、そういうふうに考えるんだねえ 」

 

 

なんだか鼻につく言い回しである。

 

 

「 ガラハッド、少しはロジャー離れしなよ。君が声をかけなかったらロジャーは、もちろんチョウをペアに誘うんだからね 」

 

「 はぁ?――――僕が実習のとき、毎度あいつと組む理由を教えてやろうか?他が、不器用で、鈍臭いからだよ。お前も含めてな! 」

 

「 あっそう。手厳しゅうございますねえガラハッド卿は 」

 

 

呆れたような目つきでマーカスは言った。バタンと大きな音がしたので、マリエッタは飛び上がって地球儀の裏に隠れた。

 

 

 

今のは扉が開いた音だった。

くたびれた身体を引きずって、ぞろぞろと選手たちが寮へと戻ってきた。チェイサーを務めたチェンバース、マカフィー、ブラッドリーに、キーパーのレイの順だ。マリエッタの予想通りロジャーとチョウは、彼らの後ろにはついてきていなかった。

“案の定”という展開が見て取れて、「ほほう」とガラハッドとマーカスは視線を交し合った。

ぱちぱちと瞬きをして、気取らない声でマーカスは言った。

 

 

「 あれ?でも、ちがうや! 」

 

「 先輩がた、お疲れ様です。キャプテンはどうなさったんですか? 」

 

「 アランも今夜は入院だ 」

 

 

ぐったりとチェンバースが答えた。

ふたり並んだガラハッドとマーカスは、試合展開を思い出して一斉に「あ~…」とぼやいた。

 

 

「 頭突きが効きすぎて、意識が戻ったあとロッカールームで吐いたんだ。スリザリンの連中、本当に頭蓋骨が分厚いよ。今夜は、医務室で反省会をするって言ってる。チョウは肩の脱臼と骨折。ふたりに付き添って、ロジャーは医務室に残っている。ガラハッド、君も夕食のあとに来い。マリエッタはペネロピーにこれを伝えてくれ 」

 

 

しんどそうに選手たちは男子寮に去った。

見るからに落ち込んでいる先輩方を見送ったあと、四年生三人組は、地球儀の下でそうっと顔を見合わせた。

三人とも、ちょっと眉毛がハの字になっている。先ほどまで「医務室にはチョウだけがいて、ロジャーとふたりきり!」という前提で語り合い、少々浮ついた気分でいたことを恥じていた。

アランが気絶するところだって自分たちは、ちゃんとこの目で見ていたのに…。

「夕食のあと」へと意識を向けたことで、ガラハッドはますます塞いだ気分になった。

 

 

「 今夜は、大広間に行きたくないよな。絶対に隣から何か言われる 」

 

「 スリザリンは嬉しいだろうからね… 」

 

「 でも、いつかはまた行かないといけないじゃない?逃げたって思われるのは癪よ 」

 

 

マリエッタの言い分はその通りだ。ひどく惨めな晩餐を、レイブンクロー生一同は共有することになった。

 

 

 

 




■映画『ハクソーリッヂ』、オススメです。当初宗教的理由を盾に兵役を拒否していたけれども、苛烈なな同調圧力(※ここが見どころその1)の結果結局米軍に入った主人公が、まさかの沖縄戦に投下されて、クソつよクソ怖日本兵(※見どころその2。ガリガリなのにギラギラ!)とエンカウントする激戦映画です。今更ですが主人公の前世の最期らへんの姿は、ずっとこの映画の日本兵をイメージしてきました。

■折口信夫は沖縄でフィールドワークをおこなって、儀来河内(ニライカナイ)信仰の存在を以て「マレビト論」の根拠を強めました。この小説では日本とその周辺国におけるマレビト信仰と、ゲルマン民族やケルト民族における「神聖なる来訪者」の伝説や風習を意図的に同化しています。実際同一視可能なものなのかはどうかは、知らんけど。

■ラピスラズリを砕いた青色顔料の名前はウルトラマリン。ウルトラ(越えてくる)・マリン(海を)。「産出国は地中海の向こう」という意味であろうが、なんかニライカナイ…あの世から来たものっぽい。
10世紀時点でロウェナ・レイブンクローおよびその弟子は、錬金術によって高価な青色顔料を大量生産できたのではないでしょうか。現実の歴史で、人工青色顔料の製造方法は、18世紀初頭にイギリスの錬金術師によって初めて編み出されました。その錬金術師は生涯製造法を秘密にしました。そういったことのできる錬金術師が、マグルには知られてこなかっただけで、ハリポタ世界には18世紀以前から複数いるんじゃないかと思っています。もちろんレイブンクロー生だったと思います。
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