ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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正転

 

 

大広間にて。

スリザリン生たちの勝ち誇りぶりとレイブンクローテーブルの静けさは、ハリーたちグリフィンドール生たちが最も遠いところから見ていてもわかるくらいのものだった。レイブンクロー選手とそのサポートメンバーは、みんな死人のような虚ろな顔で夕食のあと医務室を目指した。

 

 

「 はぁ… 」

 

 

全員、溜め息を吐くことでしか呼吸ができていない。そんな連中が狭い空間で顔を突き合わせるなんて、互いが互いの溜め息を吸い合う地獄絵図である。

よくぞマダム・ポンフリーが許したものであった。十人以上の生徒がつめかけて、医務室のなかはまるで地下鉄のホームのようだった。

混みあっているといってもゾンビしかいないようなものだから、重ねて言う通り雰囲気は最悪である。マリエッタとマーカスは遠慮して(遠慮したということにして)、チームの反省会が終わったあとで「おやすみ」を言うためにチョウの顔を見ることにした。

 

 

「 はぁ… 」

 

 

ああなんて辛気臭い空間!真っ暗で寒い外で待つほうが、ずっとずっと気楽でマシなもんだ。

マリエッタとマーカスのふたりは、お互いに“ぽかぽかの呪文”をかけあおうとした。とはいえ、マーカスはあまり呪文学が得意ではない。一向に暖かくならなくて、マリエッタは奥歯をカタカタと鳴らした。

 

 

「 んもう!あなた発音が違うのよ! 」

 

 

マーカスは小さくなるしかなかった。

突然全身が暖かくなったことで、マリエッタは一番に来訪者の存在に気がついた。

 

 

「 あっ―――フリットウィック先生! 」

 

 

明るい声が響き渡った。

 

雪が降り始めていた。半屋外になっている医務室前の廊下は、吹き込んだ雪にせわしくなく撫でまわされていた。

小さなフリットウィック先生は、そのなかをトコトコと歩いてやってきた。すっかり着ぶくれており、その姿はなんだか愛らしい。

 

 

「 自習していて偉いね。けれども、焦らないでよく呪文を練習するには、凍えない場所でやるのがいいでしょう。君たちも中にお入り 」

 

 

フリットウィック先生がおっしゃるならと、マリエッタとマーカスはお互いに頷きあった。

 

 

 

 

 

 

 

フリットウィック先生が入室したことで、医務室のなかの生徒たちは、一斉に立ち上がって先生への礼儀を示した。

 

 

 

 

 

 

とはいえビセンテ・アランとチョウ・チャン――――ベッドに寝かされているふたりは、マダム・ポンフリーから脱出を許されなかったのであるが。

凛と背筋を伸ばすことで、その二人は礼儀を示した。監督生のペネロピーが代表して先生へと口を開こうとしたが、重々しい口調でアランが先に話し始めた。

 

 

「 お叱りがありますか?フリットウィック先生 」

 

 

場は緊張感で満ちている。この小さな寮監は、これまでチームミーティングに参加したことがなかった。わざわざやってきたからには、我々に聞かせたい話があるはずだ。そのようにチームメンバーは思っていた。

 

フリットウィック先生は、とても優しい。

 

けれど、とても厳しいとそれは同義だ。

 

「誰でも必ずできるように教えてくれる」という評判は、「できるようになるまで絶対やらせてくる」という意味でもある。

他寮生たちはともかく、レイブンクロー生たちはそのことをよくよくわかっていた。

 

この先生のお言葉は重い。

 

固唾を呑む生徒たちへと、穏やかな顔つきで、いつもの柔らかい声でフリットウィック先生は言った。

 

 

「 そのように思うのであれば、わたしの言葉を待つことはありませんね。自分たちの口で反省点を語り、繰り返さず、次に向かっていきなさい―――――みんなひどい顔ですよ 」

 

 

フリットウィック先生は持ってきた鞄をあけた。

紳士が持つに相応しい立派な鞄には、可愛らしい包装の板チョコレートが詰め込まれていた。

先生がそれを取り出して割っていると、挑戦的に声をあげる者があった。

 

 

「 俺が悪いんだろう? 」

 

 

ロイ・マスタングだ。たまたま隣に立っていたガラハッドは、うんざりした表情を浮かべないでおくことに苦労した。

まったく、このクソ野郎は…。彼は、ガラハッドが医務室に来たときには既にここにいたが、地獄の大広間ではついぞ姿を見かけなかった!!極力無表情を心掛けながら、ガラハッドは横目でじろりとマスタングのほうを見やった。

フリットウィック先生はこてんと首を傾げて、こんな野郎にもニコニコしていた。

つんと鼻をあげてマスタングは、フリットウィック先生に対してまで高慢な態度であった。

 

 

「 俺が悪いんだろう?俺がやれと言って、俺が連中を煽った。()()が先に手を出した!スリザリンどもがイキるのも当然だ。レイブンクローはどいつもろくに飯が食えていない!逃げたと思っているな?俺が行ったらどうなったと思う?連中はスープとペンキの違いさえ忘れただろうよ!ここでしみったれたチョコを配って機嫌をとるくらいなら、俺を出て行かせて退学にすればいい!そうすりゃみんな万々歳だ!偽善者め。あんたが今やるべきことは、談話室に飯を運ぶことなんだ!断じてここじゃない!! 」

 

「 そちらはトレローニー先生がおこなっています 」

 

 

ぴしゃりとフリットウィック先生は言った。

ガラハッドは片眉を上げた。

チェンバースも、無言だが露骨に「マジで?」という顔をした。

チェンバースもまた一般的なレイブンクロー生同様、どの教師に対しても従順というわけではない。

 

 

「 それとねえ、きみは首席になると思いますよ… 」

 

 

「来年ね」と付け足しながら、淡々とフリットウィック先生はチョコレートを割った。

ひい、ふう、みい…と数えることを諦めて、彼は割ったものからどんどん周りに与えていった。

受け取った者が隣へと渡して、最初のチョコレートはアランへと届いた。

 

 

「 …だからもう少しお行儀がよくなってほしいねえ。来年、我が寮の顔になるわけですから… 」

 

 

マスタングは喉に何か詰めたみたいだ。

ガラハッドは、「へえ、こいつ、勉強()できるんだな?まあ、できないわけないか…」と思いつつ、ぞんざいな仕草で彼を軽く蹴った。

ロジャーが回してきたチョコレートは二欠片あって、ひとつはマスタングのぶんだろうから、彼がポケットに手をつっこんだままなのは困りものなのだ。

「手ェ出せよ」とガラハッドが小さく囁いても、マスタングはかたくなに強情を張っていた。容赦なくガラハッドは、マスタングのセーターをひっつかんで生地を伸ばし、ワイシャツの胸ポケットを狙った。服にチョコレートを擦りつけられるのを嫌がって、マスタングはしぶしぶチョコレートを受け取った。

 

 

「 泣いている子がいるね 」

 

 

穏やかに先生は言った。

二番目にチョコレートを渡された、ベッドのうえのチョウ・チャンのことだ。

ペネロピーが介助してくれているが、自力ではチョコレートも受け取れないで、ぽたぽたとチョウはシーツに涙をこぼしていた。今は髪の毛をおろしていて、なんだか新鮮ないでたちをしている。

 

 

「 すみません。わたしが泣かせたんです 」

 

 

挙手してペネロピーが声をあげた。

これは予想外だったので、「え」とガラハッドはわずかに目を剥いた。

さっき来たばかりのガラハッドは、てっきりキャプテンから『通告』を受けて彼女は泣いているのだと思っていた―――――怪我をしたことだし…女子だし…チョウはもうチームのメンバーではあるまい。

 

 

「 試合の反省点を話しました。選手として、わたしは彼女には傲りがあったと思います。ハッフルパフチームのディゴリーのように、自分もできると思うなんて―――――全然フィジカルが違って、まったく力が及ばないのに!自己分析ができていないんですよ。無理矢理ディゴリーにスタイルを寄せたから、ラフプレーが目立った。その結果がこれよと伝えたら――――いいえ、私が伝えて、泣かせました 」 

 

「 ――――… 」

 

 

ガラハッドは身を固くしてしまった。

黙り込んでいるが、「きぃっっっつ!?そりゃあ泣くだろ!」と内心は思っている。怖っ!ペネロピーおねえさま、怖ッ!!

ブラッドリーやレイたちも、「ヒェェェ」という顔をしていた。

しかし当の本人であるチョウは決然として、涙を振り切るように顔を上げた。

 

 

「 はい、良いアドバイスをいただいたので、修正します!わたし、頑張ります! 」

 

「「 いやいやいやいや… 」」

 

 

アランとロジャーは露骨に困っている。

その二人の声だけが綺麗に重なっただけで、気持ちのほうは総員似たようなものであった。

 

 

「 チョウ、君まだやる気なの?今度はもっと大怪我かもよ!? 」

 

「 落ち着いて。あなた今だって十分大怪我よ! 」

 

「 マーカス、マリエッタ、何言ってるの当然じゃない。わたし、レイブンクローで一番速いのよ?選考を突破したんだから、わたしがシーカーだもん。わたしがシーカーだもん…っ! 」

 

「 あー…いや、そのことだが…たしかに君は速いんだが、次の試合では、そもそも速さで勝負できないというか… 」

 

「 次の相手はグリフィンドール。あっちのシーカーは、炎の雷(ファイアボルト)に乗ったハリー・ポッターだぜ?まともに渡り合えるチャンスはひとつしかねえよ!チョウ、君もわかってるよな 」

 

 

 

語気荒くロジャーが話し始めた。

ハラハラする心地で、ガラハッドはロジャーとチョウのことを見守り続けた。

 

 

「 ペネ先輩、さっきのキツすぎっすよ!チョウだって、自分の体格のことわかってないほど馬鹿じゃないっす。次のハリー・ポッターとやり合うには、張りつき待ち伏せと組み合いしかねえんだよ!速度じゃ全然敵わないんだから!!チョウは次の試合のことまで見越して、ポッターと戦えるように自分をアゲてきてたってわけ。ポッターとマルフォイって似たような背格好じゃん?マルフォイとやれたらポッターともやれるんだよ。結果はちょっと残念だったけど、チョウのトレーニングとチャレンジは間違ってない! 」

 

「 ちょっと?これがちょっとか?デイビースお前、ガールフレンドに対してそれはないと思うが?あまり口出したくはないが… 」

 

 

マカフィーってすっごく常識人だ。

同じく常識人であるマーカスは、直下型地震くらいの速さで猛烈に首肯した。マカフィーへの同意を示しているのだ。

 

 

「 ガールフレンドを守ってあげる気ないの?どうかしてると思うよ、それは! 」

 

「 やめてやれデイビース、これ以上チャンを付き合わせるな 」

 

「 チャンはメンバーから外れるべき。より大怪我をしてからでは遅いんだ! 」

 

「 ボーイフレンドは選べよチョウ! 」

 

「 チョウがわかってないと決めつけたのは悪かったけど、あんた結構最低ねえ… 」

 

「 はぁ!?そ、そんなことな…いや、あるのか…? 」

 

「 えーっと、はい、はい!僕はぁ! 」

 

 

医務室はわちゃわちゃと大騒ぎだ。

チョコレートの欠片を振り回して、ガラハッドはロジャーを庇うように手を広げた。

 

 

「 今の、こいつは正直いい男だと思う!チョウの意図を代弁してやったんだから!次もシーカーで出たいんだから、チョウの立場じゃ言い訳できないだろ!?守るって…その…“そういうこと”も含めてだと思いますんで… 」

 

「 次のシーカーは男だ 」

 

 

苦々しい口ぶりでアランが呻いた。

小鳥たちの囀りでも聞くかのように、まったりとしてフリットウィック先生は生徒たちの激論を聞いていた。

 

 

「 君たちの交際は関係ない!チョウ、君では当たり負けするから、交代なんだ。マルフォイに勝てなかったということは、ポッターにも勝てないということじゃないか!我々は――――次が、本当に本当に最後なんだ!諦めたくない!『負けるつもり』でグリフィンドール戦に臨んで、それでこの七年間を締めくくりたくない! 」

 

「 待って、わたしマルフォイに勝てなかったわけじゃありません!たしかに最後は落ちちゃったけど、あれは隣に並ばせた自分が悪くて…――――スニッチが遅くても自分は加速して、切り返して正面からあの子を迎え撃てばよかったんです。そうしたらもう一度重力叩き込んでやったわ!今回のは判断ミスなんですよ!修正します。修正しますから! 」

 

「 目論見が甘いと思うがなあ 」

 

 

顎をさすりながらマスタングが言った。

彼はフリットウィック先生に巧く転がされて、すっかり毒気のない声であった。

 

 

「 ポッターは二度と正面をとらせないだろうよ。ディゴリーへの敗北を通じて、彼もまた成長している筈なのだから。圧倒的に速いのだろう?俺がポッターの立場だったら、躱しつつすれ違うぞ。そうなっては意味がないじゃないか。チャンのしている練習も、より逞しい者への選手交代も 」

 

「 そ、それはたしかに… 」

 

「 正面勝負になる確率は低い。“そこ”に賭けてこの時期にメンバーを交代するのは、効率の悪いチーム改造だ 」

 

「 だが行う価値はある! 」

 

 

キーパーのレイが言った。

今年卒業していく者として、彼もアランと同じ気持ちだった。

 

 

「 どのみち我々は大改造しないといけない!シーカーの交代は、あくまでその一環だ。根本から戦略を練り直して、誇れる試合で七年間を終わりたい…もしも、勝つことができたところで、点差によっては次が最後になるんだぞ!ベストを尽くさないと!! 」

 

「 ――――… 」

 

 

う~~~んという呻きが、部屋のあちこちから漏れ出していた。チェンバース、マカフィー、ブラッドリーともども、キャプテンのアランは悩みに悩んで呻き続けており、あと半日はまともに口を利かなさそうだった。

そっとチョウの膝に触れたペネロピーは、悲しげに首を振ってみせた。

チョウは、口を開きかけたが思いとどまって黙り込み、「わたし、ベストメンバーじゃないの?」という言葉を飲み込んだ。

 

 

今ここで選考結果の正当性を主張することは、引退戦を前にする先輩たちに対して、自己中で我儘な振舞いであるらしい…。

 

 

なんでなのよ、とチョウは苛立って仕方ない。

ロジャーは、今度は何も言ってくれない。すっかりしょぼくれて、彼は隣のガラハッドに顔色をうかがわれている。

チョウは、恨めしくなってきて無言でガラハッドのことを睨みあげた。あなたも何か言ってよ…と思えて仕方ないのだ。しかしながらガラハッドは、チョウからの視線には気づかなかった。

 

 

( お願い。さっきみたいに、もう一回言ってよ… )

 

 

この風向きを変えてよ!大群衆を動かす、“ガラハッド卿の一言”で―――!

ハリー・ポッターへの予言を塗り替えたみたいに、わたしのことも助けてよ!!

 

チョウは泣きながら歯を食いしばった。ロジャーのほうを選んだのは自分なのに、ガラハッドに頼りたくなる自分が情けなかった。

ガラハッドは、彼はとても頼りになるけれども、その頼もしさは、彼のガールフレンドになる子だけが享受できるものなんだ…もしくは彼の男友達か。

さっきからロイ先輩といいロジャーといい、あまりにも当たり前に彼から世話を焼かれてるんじゃない?

贅沢者め!!

ぐにゃり…と、チョウ・チャンは顔を歪めた。

 

いま、此処にひとりの魔女が生まれる。

真夜中に嘆いて育つ者。()()()()()()では、咲かぬ花。

恨みを武器にする者である。

黒髪を振り乱して、チョウ・チャンという少女は叫んだ。ぞっとする光景だと、マグルたちは震え上がることだろう。

 

 

「 何なの…どうして?先輩がた、もしもわたしが男だったら、そんなに悩むことありました?もっと筋トレしとけよ、次いこうぜって言うだけじゃない!わたし…わたし、男の子に生まれたかった!せめて、ひょろっちいアジア系じゃなかったらよかったわ!!! 」

 

「 ―――…!? 」

 

 

ガツンと殴られたような気分で、ガラハッドは振り返ってチョウのことを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

びしりと、世界に亀裂が入っていく。

 

 

 

 

 

 

ああ反転だ、だ間時の転反

 

 

三年生になったその日に、ブルーマフィア五人は大喧嘩をした。あれから、すべてのことがたったいま反転してしまった。

 

あの頃チョウは男子よりも腕っぷしが強くて、自身が華僑であることを誇っていた。

自分は、ガキにしてはちょっとモテるほうで、ロジャーとマーカスは、この自分に嫉妬していたのに。

 

今では全部逆になっているのだ。

 

こんなことってあるんだろうか?全部全部、自分の妄想なんじゃないのか?

 

 

バシッとガラハッドは自分の頬を叩いた。唐突な奇行に、「え!?」という視線が一斉に彼へと集まった。

唯一隣のロジャーだけは絶句して、うっうっと嗚咽するチョウに釘付けであったが。

「うわあ…」とガラハッドはロジャーに同情していた。

 

いや、まあ、ふつうに考えて困るよな?反応に困るよ、付き合ってる相手に「男に生まれたかった」なんて言われたら…。

ああこうしてこいつも、ひとかどの魔法使いになっていくんだろうな。ガラハッドは真夜中に布団の中で、ロジャーも絶望に呻くだろうと思った。

 

 

 

 

 

 

「 ――――生まれを恨むほどつらいものはありませんよね 」

 

 

 

突然、静かな声が響いた。

 

 

ずっと黙っていたフリットウィック先生が、優しい声でそのように言い、精一杯伸びあがって、ぽんぽんとチョウのベッドの布団を軽く叩いたのだ。

立派な先生のおこなうことである。生徒たちは全員息を呑んで、大急ぎでそちらのほうを見つめた。チョウは相変わらず幽霊みたいな俯き方をしていたし、ふらふらと向き直ったロジャーは焦点があっていないけれど。彼にもベッドが必要そうなくらい、ロジャー・デイビースは虚脱状態である。

 

 

「 フィジカルで劣るというのは大変です。わたしも、生まれを恨んだことがありますよ! 」

 

 

何でもないことのようにフリットウィック先生は言った。

強烈すぎる自己開示に、「うっ」と多くの生徒は身を固くした。ガラハッドは別に驚かなかった。

 

だってそんなの見てわかっていたことだから…。

 

それはまあ、そうでしょうねと。失礼ですけどどう見ても、先生ってば半人間ですもんねと。毎度教卓の上に乗って授業をしていて、あきらかに日常生活に苦労してますもんねと、ガラハッドは冷ややかに銀の目を光らせた。

別に寮監相手に格別冷たくしてやろうという気はないけど、「1+1は2ですね」と同じくらいに、それって絶対的な事実なので。今更ガタガタ言うことではないと思う。

チョウは、にっこりとフリットウィック先生に下から覗き込まれて、恥ずかしくなって目を白黒させた。いくら八つ当たりモードの彼女でも、自分よりもさらに華奢でちんちくりんのフリットウィック先生には自虐もできない。

 

ぎっしりとレイブンクロー生の詰まった医務室は、急激に酸素が薄くなったかのようだった。

 

 

フリットウィック先生は、それぞれの生徒たちの顔つきをゆっくりと確認した。

生まれの不平等さについて。それはすべての人間が直視するべきものだと、呪文学教授フィリウス・フリットウィックは考えている。まだ若い子たちの集まりだが、幾人かの生徒は既に面構えが違った。既に深く考えたことがあって、涙の枯れた者たちだと、マエストロ・フリットウィックにはよくわかる。

嘆きのひとつも持たないで、文字言葉に、何のが宿ろうか。

臓物を千切る叫びで、星をも祈り堕とすのが呪文学だ。

こんなときに微笑むことは、テクニックである。

呪いに打ち勝つには笑いが一番!

にっこりとフリットウィック先生は微笑んだ。

 

 

「 しかし人間、誰しも武器があるものです。『自分に長所なんてない』と言うことは、非常に簡単なことですよ?ただしそれは逃げでしかない。逃げを打っていられるうちは、それでもいいでしょう。“気力”を含めて“資本”は有限なのですから、いつだって全力を出していく必要はありません。けれどもここはホグワーツ。立派になるための学校です。“逃げ”は学ばなくてもできます。より難しいほうのことに、挑戦していきましょうよ。チームを改造する話でしたね。まずはそれぞれ、クィディッチという枠にとらわれず、自分にはどんな強みがあるか考えてみなさい。枠にとらわれない知力を持ってこそ、我らレイブンクロー生! 」

 

 

フリットウィック先生はひとさし指を立てた。

それがまた非常に細長いもので、少々不気味でありいかにも小鬼っぽい。

 

 

「 チャン、わたしとて決闘チャンピオンになるまでには、手ひどい負けを経験したことがありますよ。自身の強みをいかせずに、弱点を突きつけられたこともあります。けれど、今思うとそれが成長の始まりでした。諦めてはいけない。生まれのせいにしてはいけない。己の限界を知ったとき、両親の愛を否定することは、簡単だが己れを小さくさせるよ。そしてアラン―――――いいや、七年生諸君!マダム・フーチにはいろいろ言われましたが、わたしは、このチームを本当に素晴らしいと思っています!物事を固定観念にとらわれずに考察し、知恵を絞って勝負に徹する。そのうえ誇りを持てる姿であろうとし、さらなる高みを目指すとは素晴らしい!君たちのような生徒を、ロウェナ・レイブンクローは求めたのです 」

 

 

嘘偽りない言葉だった。

才気走って気難しい子たちほど、ホッとしたときの顔つきは可愛らしいものだ。みんな雛鳥のようであった。

実のところフリットウィック先生は、日頃から「レイブンクローっ子たちが一番可愛い!」と心底思っている。

他寮の先生方はご苦労なさっているが、「お手盛りにしなくてもうちの寮が一番なんで、他の寮を貶める発言をしたり、自寮を贔屓する必要がないんですよねえ」と思っている。

レイブンクロー卒は代々教職員に占める割合も多く、実質ホグワーツ運営の中心だとも感じている。

真の強者というものは、せせこましく争ったり無茶な働きをするものではない!ユニーク且つ冴えたやり方で、我々はあくまで至上の“青”を目指すべし!

 

上機嫌でフリットウィック先生は彼らを見回した。これまでのことを肯定されて、かなり安堵しているけれど、子供たちの表情はまだ硬い。

 

 

「 最上級生諸君、強敵に爪を立てていくその意気や、良し!六年生以下も、よいですか?レイブンクロー生たるもの、挫けず挑むべきですよ―――自身の、そして組織の、持ちうる可能性の限界だと思われるものに!自身の弱さを他人のせいにして、組織の弱さを個人のせいにして、そこに成長はありますか?それで何かが変わりますか?最も価値ある勝負とは、ひとえに己との戦いです!レイブンクロー生として、万物を深く知りそして挑みなさい。尽きぬ勝負欲が、我々を高みへ導く! 」

 

 

いつものおはなしであった。

いつもとまったく同じことを言われたのが、この場合は却って効いた。

どっと生徒たちはリラックスして、チョコレートに口をつける者が現れ始めた。

クソ生意気集団だと見なされがちなレイブンクロー生だが、フリットウィック先生のことはみんな尊敬している。

 

 

「 先生…! 」

 

 

チョウは感動で泣いていた。めいめいの仕草で、七年選手たちとペネロピーも静かに泣いていた。なんとなく雰囲気に呑まれて、選手ではないマリエッタもつられて泣いていた。

元決闘チャンピオンの率いる寮とあって、実はレイブンクローはこってり体育会系ノリなのである。

なんだか宗教じみた空間だが、今はマスタングも神妙にしているので、この空気を破壊する者が存在しない。――――引き続きチョウが言った。

 

 

「 先生…!!わたし、クィディッチがしたいです… 」

 

 

どこかで聞いた台詞である。

ベタベタのダサい青春ドラマほど、当事者は熱中していたりする。

 

 

「 逃げたくない…勝ちたい。チビのアジア人でも、天才の英雄に勝ちたい。筋トレしなくても力がつく奴らに、女だって舐められたまま勝ちたい。ひょいっと炎の雷(ファイアボルト)が手に入るような奴に、コメット260で勝ちたい!勝ちたいよぉ!こんな怪我明日には治りますから!お願い先輩!私をメンバーから外さないで! 」

 

「 ()()()()治りませんよ?けれどね、完璧に治してあげますとも! 」

 

 

ずっと存在感を消していたマダム・ポンフリーが、自信ありげに衝立の向こうから顔を出した。

へえ、とガラハッドは思った。

 

 

「 マダムもレイブンクローだったんですか? 」

 

 

ぽかんとしてマーカスは口に出した。

 

 

「 そうですとも。大抵の腕のいい癒者と魔法薬師は、レイブンクロー出身です。あなたの叔父さん同様にね! 」

 

 

悪戯っぽくマダム・ポンフリーは目を細めた。

キャキャキャとフリットウィック先生は、あらたに鞄の内ポケットを開けた。

 

 

「 マダム・ピンスもレイブンクロー出身だよ。彼女の専門技能も実に素晴らしい。さあみんな、もう泣かないで元気をお出し!そして挑みましょう、グリフィンドールへ!敵が乗ってくるのは炎の雷(ファイアボルト)!しかし幸運にもわたしとオリバンダーは、あれを分解して調べる機会を持っているのです――――そこで学び得た知見や技術を、活用するなとは言われていない!そうれ“禁書の棚の閲覧許可証”に、“禁じられた森への立ち入り許可証”。ここにいる生徒は、みんな賢いから与えるに相応しい!『一度に何枚も発行するな』など、そんな規則はホグワーツにありません!存分に活用して、手分けして使えそうなものを集めておいでなさい 」

 

 

キェキェキェッとフリットウィック先生は笑った。

“元気になる呪文”をかけられたみたいに、医務室中の空気が変わった。

 

 

湧き起こるような興奮に呑まれて、ガラハッドもまた大きく目を開いていた。

 

 

「 あっ―――! 」

 

 

そっか…そうだ!レイブンクロー生たるもの、ルールブックは逆さから読まなくちゃ!

「敵の箒に呪いをかけること」はルール違反だが、「自分たちが改造箒に乗ること」はルール違反ではないんだった!

ぽんと手を打ったガラハッドは、咄嗟に壁に立てかけてあるチョウの箒へと話しかけた。

 

 

「 よお、ジネストラの樹!おたくまだ飛べるの? 」

 

 

家以外ではあまりやらないことである。磨かれにきた杖のように、バシッと箒はガラハッドの手中へと収まった。

それなりに大きなものがあんまり勢いよく飛んできたから、周囲は一瞬竦みあがったくらいだ。

()()ガラハッドが箒を触っている…と、ブルーマフィアの四人は、別の意味で驚いて呆気にとられていた。なかでも幻を見たみたいにチョウは、とろんとした目でガラハッドと箒を見上げた。

 

ガラハッドも空気に浮かれていた。彼は周囲の目を気にせず、てきぱきと箒の状態をたしかめていった。

今日の落下事故で尾がボサボサになって折れて、柄のほうにも亀裂が入っているけれど、この箒にはまだまだ魔力が残っているし、本人(?)も飛ぶ気満々のようである。

「整えて整えて!」とぐいぐい来るところは、乗り手であるチョウにそっくりだとガラハッドには思われた。そのようにガラハッドに思われることが、箒のほうもかなり嬉しいらしかった。

 

 

「 いいね。君、やる気あるじゃないか 」

 

 

すぅっと指で柄を撫でてガラハッドは言った。箒は苦手だという感情を、このときガラハッドは忘れていた。

 

だって再び自信を取り戻して、また天真爛漫に飛び回るチョウが見たいし…――――そのことで、なんだか救われる心地がするし!

 

そうして、かの無敵の英雄を相手に、誰も予想しなかった試合を見せつけてスタジアムを痺れさせたいもんだ。だってそれがクィディッチの醍醐味だから!

 

箒を改造する役は自分だと、厳密には指名されてもいないのにガラハッドは確信していた。やったことがないから、うまくできる確証はない。けれども、間違いなく自分はこのなかで一番、樹木の扱いに長けている!叱り飛ばされてきた日々が自信になって、ガラハッドはニヤッと笑った。レイブンクロー生の一員として、自分に出来ることを尽くすってこういうことだ。

 

 

 

VSグリフィンドール戦まで、あと94日。

 

 

 




「クィディッチがしたいです…」はスラムダンク、「チビのアジア人でも、天才の英雄に~」はめだかボックスのパロディです。
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