ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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Set A Stone Rolling

 

一体、何から始めようか?

何から始めるんだ!?

何でも始められる!!と、ガラハッド・オリバンダーは思うのである。

ずらりと並んだ各種許可証は、さながらロイヤルストレートフラッシュ!手の内に収めているだけで、とてつもなく気分が上がってくる。

極めつけはこれだ。

帰寮したガラハッドたちを待ち受けていたのは、トレローニー先生に慰められたレイブンクロー生たちだった。()()トレローニー先生から元気を貰うだけあって、正直日頃は関わりを避ける面々である。「変わり者である」という点について、ガラハッドは決して他人のことを言えないながら、「自分は彼らとは別のタイプの変わり者だ」と確信していた。

彼らは感覚派の極致なのだ。

とある少女が、円形の談話室で惑星のようにくるくると回っていた。自転と公転を共に行いながらガラハッドへと寄ってきた彼女は、うっとりとした口調で語った。

 

 

「 ごきげんよう――――わたしはバディーア・アリ。絵が得意よ。万物の造形は芸術なの。だってアッラーが宿るんだから…わたし、何だって描き写すわ。これもお導きよ。あなたに力を貸しましょう 」

 

「 やあどうも。…もしかして、箒を改造することをもう知ってるのか?トレローニー先生がおしゃっていた? 」

 

「 おおおやはり!流石のご心眼です…!そのとおり、トレローニー先生が予見をくださいました 」

 

「 事前にフリットウィック先生からお聞きしてたんだろ 」

 

 

理屈屋ガラハッドはズバリと言った。

 

しかしながら、彼と彼女はにこっと笑って握手をした。お互いに、日頃の平静なテンションであれば「何だこいつ」と眉を顰めあったことだろう。けれども今は気が大きくなっていて、ガラハッドは「わぁお願ったり叶ったり!」と思っていた。今日まで会話したことがなかったけれど、彼女の作品の精密さは知っているからだ。

 

彼女のスケッチスキルに緻密な計測が合わされば、素晴らしい調査書をつくったうえで箒の分解に取り掛かれるだろう。

ガラハッドは、次に近づいてきた少年とも朗らかに握手をした。

 

 

「 君はガラハッド!僕はアンドレ!知ってるかなあ?知ってるよねえ? 」

 

「 とんだ着道楽だってことは知ってる 」

 

「 ファッショニスタだと言ってくれたまえ! 」

 

 

アンドレ・エグウは奇抜な装いの黒人である。彼に比べたらロジャーのいでたちへの講評なんか、「ちょっと遊び心がある」程度のものに収まるだろう。ガラハッドは、アンドレがたびたび手ずから制作して発表している新作服のことは、「なんかもうそういう前衛芸術」であって衣服だとは思わないようにしている。

つまり、理解することを諦めている。

実は彼とは同級生であるのだが、今日まで極力関わりを持たないできた。

しかし本日のガラハッドは、ヨーヨーのように魔法の巻き尺を操って手遊びしているアンドレに、競技場のようなテンションでにっこりと微笑みかけた。

 

 

「 チョウの箒を改造計画~!君も参加してくれるかな~? 」

 

「 いいとも~!! 」

 

 

はいこれにて作業員二名確保!

ガラハッドはポケットから手帳を取り出すと、カチッというボールペンの音と共に真顔に戻った。

 

カレンダーページへと注がれる視線は、無音ながら雄弁に「アホくさ…」と物語っている。「任せろり~!」とうるさいアンドレを放っておいて、黙々とガラハッドは日数をかぞえた。

チョウに必要な練習期間を考えたら、この時期には第一作が仕上がっていないといけないわけで――――安全性のことを考えたら、この時期は試験飛行からの修正期間で…そうなるとこの時期には―――…と試合予定日から作業予定日を逆算していくガラハッドを、不思議な感慨と共にマリエッタは見つめていた。

「あの頃とは、すっかり逆だわ」と、マリエッタ・エッジコムもまた気づき立ち竦んでいたのだ。

 

 

 

「 ―――…っ!! 」

 

 

 

反転だ、いならまとが転反

 

 

あの日大怪我を負ったのは、チョウ・チャンではなくて、彼女だった。

男の子に揶揄われたのだった。

そのときも彼は手帳を見て日を数えた――――当たり前のように人を助けながら。

 

マリエッタは思われてならない。ああガラハッド、あんなに箒が嫌いだったのにね、と!

こうして助けられて、チョウもまた彼のことを好きになるのかしら…と!

そうならないわけない!と、マリエッタの立場からは思えるのである。

 

ずっと、彼のことが好きだからだ。一年生のあの日から、ずっとずっと…。

 

マリエッタは、ガラハッドの作業を傍で見ていられなくなった。

ああこんなに、ひたむきな横顔を捧げられて!チョウは大好きな親友なのに、途方もなく嫉妬してしまう。

 

マリエッタ・エッジコムは、自身の容姿がチョウ・チャンに劣ることをわかっていた。

 

いま、ここにもひとり魔女が生まれる…

 

 

 

そんなことには毛ほども気づかないで、ふぅむとガラハッドは気難しい顔つきをした。

 

 

「 うーんまずいな、スケジュールがかっつかつだ。折角許可証があっても雪が解けてからでないと、“禁じられた森”に行くのは危険だよな?困った、ほとんどの資材はあそこで調達するのに 」

 

「 そうかなあ。逆に安全なんじゃない?危険な生き物がいたら、足跡がのこっているだろうし 」

 

「 たしかに。冴えてるじゃんマーカス 」

 

 

悠長な会話が続いている。静かなマリエッタとロジャーのことは気にもとめず、ガラハッドは箒改造の件に熱中していた。

 

 

調査書づくりに、分解。折れている小枝とそうでないものの選別。必要な材料の調達――――最大限これらを効率化して、可処分時間を創出しなくては!そうすることが試行と改善の回数を増やすことにつながり、ひいては最終的なクオリティを上げるのである!そうと決まれば一分でも惜しくて、ガラハッドは敢えて挑戦的な声をあげた。

 

 

「 やあみんな、レイブンクロー生たるもの、ただのボンクラだっていうつもりはないだろ?この中に怪物好き、マグルマニア、図書室の主、天文ファンがいたら、僕のところに来てくれよ。一緒に改造に取り組もう! 」

 

「 間口が狭いぞ。もっとこれくらい言ってみろ。たとえホグスミード休暇といえども、外出には無縁なホグワーツのはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、異端児はこのオリバンダーについてこい!と――――そういった人間は、きまって放課後暇してるもんだ。好きなだけこき使って構わん 」

 

 

「ハッ」とマスタングは気障に肩を竦めた。

強烈すぎる自己紹介には、なんだかもう「参りました」という気分になる。ギャリックを相手に噛み合っているときのように、ガラハッドはけらけらと笑った。

 

 

 

馬鹿みたいな挑戦が始まる。

 

 

 

どいつもこいつもマトモじゃない。そんな寮だからこそ、団結すれば実は最強!?

ガリ勉は伊達じゃないんだって、運動のできる奴らに一泡吹かせてやれ!そんな意気込みがあるようなないような…。

「助っ人募集」とのガラハッドの呼びかけには、とにかく変で社会性のない生徒が集まった。それがまた一芸特化の博覧会なのだ!

 

日に日に昼が伸びていく。

 

それに気づかないで他寮生がまだ凍えているなか、レイブンクロー寮には一足先に春が訪れた。いいや正しくは春に向けて、来たるべきグリフィンドール戦に向けて、誰もが疾駆しみずから燃え上がるような日々が始まったのだ。

フリットウィック先生はおっしゃったでしょ。嘆く者こそ、立ち止まってはいけないって!――――ロジャー・デイビースとマリエッタ・エッジコムのふたりは、翌日にはいつもの明るい表情を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チョウは肩の内側を複雑且つ奇妙に捻じれさせてしまったらしく、存外長い間入院していた。

火曜日のことだ。ガラハッドは植物学の本を片手に、チョウから叶う限り詳細な生年月日や両親の杖のことなどを聞き出そうとして、あくせくと医務室に向かった。

 

 

その途中、半屋外になっている廊下で、ガラハッドはバッタリとドラコ・マルフォイへと出くわした。お互い同行者がいなかったので、自然と会釈し会話をする流れになったが―――――ガラハッドをみつけたドラコは、当然のように近づいてきて足をとめたものの、ひどく気まずそうで、いつもの無邪気な笑顔ではなかった。その理由ならばだいたいわかっているので、ガラハッドは、そっと機嫌をうかがうようにドラコへと尋ねかけた。

 

 

「 やあ、君も彼女のお見舞いに? 」

 

 

するとドラコは、声を発さずにこくりと頷いた。

 

レイブンクローへの勝利を喜んで、今日に至るまで大広間で「イェーイ!」としつこく騒ぎ、口汚くチョウのことを罵って、隣のレイブンクロー生たちをイライラさせ、それで嬉しがっているスリザリン生たちとは、このドラコ・マルフォイは違う。違うのだと、少なくともガラハッドはわかっている。

 

けれども、そうであるからこそガラハッドは、近頃ドラコのことを名門の嫡嗣にしては凡庸だと思っていた。ドラコをまつりあげることで、先日からスリザリン寮は一致団結している。どんな顔をすればいいやらわからないらしいドラコは、食事のときいつでもとり澄ましている…。

 

女を殴るような男は、彼の目指している姿の対極であろうに。

 

担がれてやる連中は選ばないと、高貴なる家名が泣くというのに。

 

マルフォイ家の者であるということは、彼らを教導する立場だと自負しているくせに、ドラコは、自分では全然場をコントロールできず、始終強張ったような愛想笑いをしているのである。ほら今だって、ドラコは雰囲気に押し負けた。本当は気まずくてすぐ立ち去りたいくせに、こちらが返事を待っているそぶりを見せるので、先輩への遠慮なのか何なのか、彼は一歩も動けないのである。ガラハッドは、ドラコがふにゃふにゃの声でぼやくのを聞いた。

 

 

「 …はい。紳士の、責任かと思いまして。今夜には両親も参ります… 」

 

「 そうか、ご両親まで 」

 

「 …その、あれは、事故といいますか、わざとではなかったのです。やられたものですから、ついカッとなって!――――いいえ、やっぱり今のは忘れてください 」

 

「 クソ痛かっただろうあいつのキックは?君のほうは、大丈夫なのか。あいつ根に持つタイプじゃないし、君に粗いプレーをしたこと、反省していたぞ。“お互い様”ということにしておいたほうが、あいつも気楽だと思うが…変に親同士で金が動くよりも 」

 

「 そこは僕にはどうにもできませんので… 」

 

 

沈痛な面持ちでドラコは呻いた。

ガラハッドは、「ああやっぱりそうなんだ…」と、マルフォイ家の内情を想像していた。

そわそわとドラコ坊ちゃまは言った。

 

 

「 金銭のことはともかく、“お互い様”なんかではないですよ!た、たしかに、僕とてあのときは少々取り乱しました。ですがヒッポグリフの鈎爪に比べたら、あんなタックル“そよ風”のようなものでした 」

 

「 へえ~ 」

 

 

ガラハッドは冷めた相槌を打った。

じゃあ“そよ風”に吹っ飛ばされてたお前はタンポポの綿毛かよ。

そのようにすかさず揶揄いたくなっていたが、既に赤くなっているお坊ちゃんには酷だ。

 

 

「 な、なにより…結構、楽しめました…! 」

 

「 まあ、そうだな。あんな機会でもないと君って、腕相撲すらする機会がなさそうだもんな。スリザリンって枕投げとかしなさそう 」

 

「 そうなんです…本当に、そうなんですよ。ああ、ああ、どうか母上の、あの過保護ぶりが暴走しませんように!母がチャン家を相手どって裁判だなどと言い出したら、僕は恥ずかしすぎて死んでしまいます!父上はよく杖店にお邪魔するでしょうが、僕があいつに鼻を折られたことはどうか黙っていてくださいね!?いくら試合であったとはいえ、加減せずに女子とやりあってしまったのですから、悪いのは全面的に僕です。チャンにも、頼むから黙っておくように言ってくださいませんか?やつめ、先ほどの様子ではぺらぺらと自分からうちの両親に話してしまいそうで…!――――チッ“舌縛りの呪い”をかけておくんでした 」

 

「 それ、直接本人に言えば? 」

 

「 言えるわけないではありませんか!! 」

 

「 あはは!仕方ないな頼まれてやるよ。そうだ親御さんといえば、あの件はどうなったんだ? 」

 

「 あの件とは? 」

 

「 前に君が大きな怪我をして、父君がいらっしゃった件さ。新聞で知ったが、職員の任免体制はこれまで通りでいくそうじゃないか。あの件はどうやってオチをつけていくんだ? 」

 

「 ああ、その件でしたら 」

 

 

チッと再びドラコは薄い唇を歪めた。

真っ赤になったりこんな顔つきしたり、さっきから何度も忙しいものである。

 

 

「 忌々しい!人事権を手放さないどころか、ダンブルドアはとことんあの半巨人を庇うのですよ――――まったく、大したこだわりをお持ちであることだ! 」

 

「 とことん争うのか?いつまでやるんだろう?と、レイブンクロー内では話題になってるぞ 」

 

「 そこですよね――――父上も、こういったことは長引かせるものではないとおっしゃいます。厄介を避けて…次回の裁判では、ハグリッドではなくヒッポグリフの“処分”を要求するそうです。なんでも年内に終わらせるには、これが最もよい方法なのだとか 」

 

「 ふぅん…まあそれが妥当か 」

 

「 ヒッポグリフにとってもそれが良いでしょうね。あんなウスノロに飼われていたんじゃ、あの高貴さは台無しです! 」

 

 

フフンとドラコはせせら笑った。彼は意気揚々と、凛々しいバッグビークの姿を思い浮かべていた。

 

聞き出したいことは聞き終えた。

これ以上ドラコと会話する気をなくして、ガラハッドは気だるく空を見上げた。

 

 

「 ふぅん… 」

 

 

“処分”って、この場合「停職」や「減給」じゃないよなあと、ガラハッド・オリバンダーは正しくわかっていたのだ。

 

人間じゃないんだから、「停職」なんて有り得ない。そもそも無給なんだから、「減給」なんて有り得ない。

「追放」なんてますます有り得ない。だってそいつは、危険だと見なされた動物なんだから。

 

やっぱり、どこの世界でも大人って汚い。

大人の対立は、やがて無難な落としどころの探り合いになる。

そうして、双方の体面を立てあった結果、最も弱い者が皺寄せを受けるわけだ。

 

好きじゃないなあそういうのは。

 

なんか、“こちらの世界”で行うほうが前の世界で行うよりもエグい。

こちらには、半人間やアニメーガスだっているっていうのにさ…。

 

「半分は鷲」である仲間として、なんだか同情してしまうではないか。

番犬の務めを果たそうとした結果、非常識な隣人を噛んでしまった犬のように。

飼い主と隣人が事件後も、それなりの関係でやっていけるように。

俗に飼い犬が殺処分されるように、例のヒッポグリフは、殺処分されるらしかった。

 

 




■ピーキー処刑カウント始まりました。
■ムスリマ芸術家バディーア・アリと、黒人服飾家アンドレ・エグウはホグミスに出てくる公式レイブンクロー生です。できるだけ多様な生徒を登場させているんでしょうね。捏造キャプテンの名前をビセンテにしたのは中南米系枠が空いているような気がして。
■「この中に怪物好き、マグルマニア…」の元ネタは『涼宮ハルヒの憂鬱』です。「なぞなぞ」と「地球儀」から始まる寮の「みんな」は、どこまでも行けるね?想いがワープでループしてることですしね??
■「外出には無縁なホグワーツのはぐれ者、一匹狼…」の元ネタは『シン・ゴジラ』の巨災対発足シーンです。

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