医務室を覗くとその中央では、マダム・ポンフリーが腰を落としてスパーリングミットを構えていた。
ポニーテール姿のチョウ・チャンは、すぅぅっと深い息をして拳を構え、前流水の軸をつくっていた。スパァン!と清々しいパンチ音が轟いたとき、ガラハッドは一歩下がってそっと扉を閉じた。
以前からたびたび思ってきたけれど、レイブンクロー女たちって、怖すぎないか。
ロウェナ・レイブンクローっていかにも怖い女だけど、腕っぷしも強かったのかなあ?
「 いい感じ!グッと捻れる感じがします! 」
「 打撃に体重が乗りましたね!肩から放つことができた証拠です!よいでしょう!これにて完治! 」
「 ありがとうございますマダム・ポンフリー!! 」
なんで至近距離なのにお互い叫びあっているんだろう?
こんな怖ろしい魔女たちの部屋へと入ったら、自分は「快気祝いに」と取って喰われそうである。ガラハッドは予定を変更して、逃げ去るように校庭へと出ることにした。先ほどドラコから聞いた一件で、ハグリッドはとても悲しんでいるに違いない。いいやまだ悲しんでいなくても、これから確実に、悲しんでいくことになるだろうから…。
ガラハッドは久しぶりに、森番小屋のところまで行ってみようと思った。校庭の土は硬いけれど、案外凍ってはおらず、踏みしめてもサクサクとは言わなかった。
――――そういうわけでハグリッドのもとを訪ねたところ、小屋のなかには一人の先客がいた。
「 まあガラハッド!久しぶりね! 」
明るく弾むような声。
ガラハッドは、こちらのほうは女子は女子でも、変な飾りっ気がなくてホッとする存在だなあと思った。しっかりと着込んだハーマイオニーは、相変わらず癖毛を膨らませて、足のつかない高さの椅子に座り、腕白な仕草で手を振っていた。その一挙手一投足ときたら、同じ年ごろの男子となんら変わるところがなかった。
冬服のハグリッドは熊のようだった。彼にとってはこれで快適のようだが、小屋のなかはひんやりと寒く、ガラハッドは一度外したマフラーを再び巻きなおした。
「 やあ、今日はひとり? 」
途端にハーマイオニーは前歯を仕舞いこんだ。ぎゅっと口を引き結んで、彼女は笑うことをやめたのだ。急に泣き出しそうな気配を見せられて、ガラハッドは焦って声を裏返らせた。
「 えっ、あっ、ごめん。もしかして、またロンと喧嘩したわけ? 」
「 ええ、まあ…そんなところよ。“また”というよりは、“このところずっと”なんだけど。その、わたし、彼にはとっても悪いことをしてしまったのよ。ロンがわたしを許さないのも当然だわ。今は、ハリーもわたしに対して怒っているの。だから、まあね…わたしは、ずっとひとりよ 」
「 うんにゃ、たった今ひとりじゃなくなった! 」
ばーんと扉を閉めながらハグリッドが言った。彼はとてつもない力でガラハッドの肩をゆすって、「よう来た、よう来た!」と上機嫌で笑いかけてきた。
ぎこちなくガラハッドは微笑み返した。
ハグリッドは自分の訪問を純粋に喜んでいるように見えて、なんともいえない気分にさせられていたのだ。
いいややっぱり、いやに明るく振舞われている気もする。
ガラハッドは思案した。ハグリッドは、もしかしたら自身が係争中である件を、こちらには知られたくないのかもしれないなと――――いくら隠したところで、そんなことは新聞購読者にはバレているのだが。正直、自分は完全な部外者であるから、例の係争の話題をこちらから切り出すことは、「噂を聞きつけて来た」みたいで感じが悪いかも。
やんわりと微笑んでいたガラハッドは、つとめて何でもないかのようにハグリッドから視線を逸らした。
そしてガラハッドがハーマイオニーのほうへと向き直ると、一瞬泣き出すかと思われた彼女は、このとき鋭く何かを考えていたようだった。
ガラハッドはそれを見逃さなかった。
彼女もまたハグリッドの顔色をうかがって、意気込むような気配を纏ってこちらを向いた。
「 ――――! 」
折しも、雪が降りはじめようとしていた。
ばちりと目と目があった瞬間、ハーマイオニーはガラハッドの腕を強くつかんだ。彼女は再び扉を開けて、舞い込んでくる雪風に逆らって外へと走り出した。
「 行きましょう 」
「 ――――いいのか? 」
ふたりは共に走り出した。
この既視感は何だろう?突然夢を見ているんだと、気がついたみたいな覚醒感…。
小屋の外へとガラハッドを引っ張り出したハーマイオニーは、ニッコリと笑ってハグリッドのほうへと振り返った。「わたしを心配しないで」という思い一つで、ハーマイオニーは精一杯明るく振舞っていた。
「 ごちそうさま!紅茶を有難うハグリッド!わたしたち、ここで待ち合わせしていたのよ! 」
「 ――――… 」
そういうことにしたいんだ?と、ガラハッドはその横顔を見つめて黙っていた。
はてさてお人よしのハグリッドは、ハーマイオニーの嘘をまんまと信じ込んで、黒い目を感動に潤ませて、小屋の出入口のところでずっと二人を見送った。ガラハッドの見たところ、ハーマイオニーは結構な演技派女優であった。手始めに彼女は、「自分にはちゃんと、こうして一緒に過ごすお友達がいますよ」という顔をした―――――本当はこのところずっとひとりぼっちだったハーマイオニー・グレンジャーが思うに、今のハグリッドは、できるだけ余計な心配事を抱えるべきではないのだ。そのことを彼女は、ハグリッドに声をかける体を装ってガラハッドに説明した。
「 調べ物のことは任せて!ハグリッド、裁判はまだ始まってもいないのに、気落ちしては駄目よ。わたしたち、早速図書室へ行ってくるわね!どんなことにも、きまって冴えた解決法があるはずよ。信じて。彼も助っ人に来て、百人力でしょう――――そうでしょう?それじゃあ、またね! 」
うまく既成事実をつくられた。
「はいはい成程ね」と引っ張られて歩きながら、ガラハッドは事情を推察し得心する次第である。積もるほどではない雪のなかで、ハーマイオニーは速足だった。その急ぎようといったら、歩幅の違うガラハッドでさえ足早になってしまうほどだった。
充分にハグリッドの小屋から離れたころ、ガラハッドはぼさぼさの栗毛頭を見下ろして言った。
「 随分だな。本当に図書室に向かってる?調べ物って、例のヒッポグリフの件だよな 」
「 そうよ。新聞を読んでいるでしょう?まだ記事になっていないけれど、あの件は危険生物処理委員会に付託されたわ。さっきハグリッドから聞きました!ハグリッドはあんまり、通知文の意味がわかっていないみたいで…細かく読まないみたいというか…ねえ、今がどういう状況かわかる?マグルの世界でいうと、これは――――ええ、あくまで、マグル界の定石でいうと、良くない流れよ。わたしが気になったのは、どうして裁判前から判決を執行する委員会が指定されているのかってこと!だって、それじゃあ… 」
「 どこでも定石は変わらないからだよ。マグル界だと、危険生物処理委員会のことは、もっと穏健に“保健所”っていうだけ 」
ぴたりとハーマイオニーは立ち止まった。彼女は「そんな」という顔で失語して、ガラハッドの腕をいっそう強く抱いた。
近頃人恋しさを募らせていたので、今日のハーマイオニーは甘えん坊だ。ガラハッドは彼女相手にドキドキしたくなくて、やんわりと腕を振りほどきながら下品なことを言った。
「 ここで凍え死ぬ?それとも、厨房に寄って便所でホットチョコレートを飲もうか。少し冷めたホットミルクチョコあたりが“それ”らしくない?前に絶命日パーティーの話をしてくれたよな?君の仮説どおり、幽霊は腐敗臭しかわからないんだとしたら、マートルは僕たちにドン引きしてどこかに行くだろうな 」
「 ふふっ、ひっどい。くくく、最低なこと思いつくわねあなた…いやよ。飲むのはあなただけにしてよ! 」
「 君の仮説の検証なのに?価値ある実験だと思わないわけ? 」
「 そうだけど心理的にイヤ 」
クソみたいな会話をしながらふたりは城内に戻ってきた。
ハーマイオニーは、こんなふうにてらいなく笑いたくなる瞬間が久しぶりだった。そうであろうなということは、彼女の黒々とした隈を見てガラハッドには察せられていた。
真面目だなあ。もしも自分が副校長から逆転時計の貸し出しを受けたら、過去に戻れることを利用してたっぷり寝坊したり、存分に長風呂したりするのに。
そんなふうにガラハッドは思った。
転がる石のように、ガラハッドはその日ホグワーツじゅうを転々とした。
ハーマイオニーとふたりで厨房(これまで無人だと思っていた)に行ってみると、なんとドビーが姿を現して「こんにちはでございます!」とキーキー言った。「あのときの妖精さん!?」と驚いたハーマイオニーは(ガラハッドもだが)、働く喜びに満ちたドビーからぽってりとしたホットチョコレートを受け取ってしまった。
そうして五十年間使われていないトイレへと向かい、念のために清潔呪文をかけてからホットチョコレートを飲んでいると、案の定“嘆きのマートル”は「あらぁ、あなたたち、ひさしぶ…ヒエエエェェ!?」と叫んできりきり舞いして、「嘘ぉぉぉ」と嘆きながら換気扇に消えていった。
斯くしてちょっと変わったデザインなだけのカフェになったマートルのトイレにて、ガラハッドがハーマイオニーから聞かされた話は、おおむね次のような内容であった。
ひとつは、ガラハッドの立場からもハリーに忠告して、彼の素行を落ち着かせてほしいということ。
なんでも近頃ハリーは先生がたの目を盗んで、
衝撃的な情報をその後に与えられたガラハッドは、ハリーの行動の詳細について質問することもなかった(ハリーならそれくらいやるだろうと元々思っていた)。
「 どうか命を大切にしてほしいと、あなたの立場からも伝えてくれない?あなたの言うことならば、ハリーも聞き入れると思うわ 」
「 まさか。説教くさッ!と言われてしまってお終いだよ 」
「 でも、でもわたしが言うよりマシだもの。ロンはハリーのこと、全然止めてくれないし…ハリーったら、わたしの言うことはもう絶対に聞かないでしょうから 」
「 どうして? 」
「 決まってるじゃない!わたしが、マクゴナガル先生に『不審な箒が届いた』って報告しちゃったからよ!お願い立派な状態で、
「 惜しい。二日に一回のペースで聞いてる 」
飄々とガラハッドは言った。
約1年ぶりの光景である。
便座のそのうえの枯れた手洗いに腰かけて、ハーマイオニーはガラハッドに話をすることに夢中になった。祈るように指を組み合わせて、ハーマイオニーはつらそうな表情をつくった。
「
「 君らしくもない想像だな。いくら箒でホグワーツから出ようとしたって、そうはいかない魔法がかけてあるのに。『ホグワーツの歴史』を読んでいるだろう?うちの寮のチャンは、一年の頃あの魔法を体験しにわざと遠くへ飛ぼうとしていたよ 」
「 …そうね 」
「しまった」とハーマイオニーは思った。ハーマイオニーが懸念していたのは、「もしもハリーが忍びの地図と透明マントを使って、箒を持ってホグスミードに行き、そのままホグスミードから飛び立ったら?」ということだった。ハリーの持っている忍びの地図の来歴を知らないハーマイオニー(双子が関わっていることは知っている)は、コホンと咳払いして秘匿を貫いた。
「 そうね、わたし、ハリーの心配をしすぎてうっかりしていたわ。気持ちが先走って、論理的にものを考えられなくなっちゃった。ロンとブラックの話をしているときのハリーは、本当に怖い顔。遠くから見てもよくわかるの。彼、時々まるで『自分がこの手でブラックの命をとらないと、気が済まない』みたいな顔をするのよ。あのね、わたしたち…わたしたちというのはわたしとロンのことなんだけど、クリスマス休暇の直前に、“三本の箒”でお客さんたちが昔話をしているのを偶然耳にしたわ。ハリーのお父様とシリウス・ブラックは、二人で一人のような間柄だった…とね。ハリーのお父様は、親友からの裏切りにあったの。その…それを、わたしたちはうっかり伝えてしまったわけよ。それ以来、ハリーはなんだか変わったわ 」
「 ―――…!? 」
嘘をまじえてハーマイオニーは語った。「君にしては迂闊だな?」とは、ガラハッドは看破できなかった。
「 へえ… 」
変わった?変わっていたのかあの子は…?
ハリーは、いつからあんなに腹のなかを隠せる子になったんだ!?
つい昨日だって、ガラハッドはハリーと雑談をした。
毎度お決まりの箒点検の進捗の話のあとは、ええっと…何を話したっけ?いつもの移動教室の合間の立ち話だから、ガラハッドは碌に内容を覚えていなかった。
ガラハッドは内臓が凍ったような心地がして、しばらくのあいだ黙りこくっていた。
この自分の顔を見かけて、ハリーが内心ブラックのことを思い出していなかった筈がないのに…。
気持ちの整理がつかない。考えがまとまらない。
けれどハーマイオニーのほうの話題は、そのあいだにも次の内容へと移っていった。ガラハッドが相手だと特に顕著だが、頭の良い彼女は生来マシンガンのように喋るのだ。
陶器の便座のうえで、彼女は女王のように腕をふるった。
「 ねえ!バックビークは今後どうなるかしら?ハグリッドの前では決して言えないけれど、わたし、今度の裁判は勝てないような気がしているの――――ううん『勝つべきじゃないかもしれない』って、わたしは思うんだけどあなたはどう?だって
「 そこまでわかっているんなら、判例なんか調べるのはやめれば? 」
「 まさか!諦めるべきじゃないと思うのよ。裁判が開かれるってことは、ひっくり返すチャンスもあるってことでしょ?ハグリッドとバックビーク両方を助けられる主張を、わたしどうにか考え出したいの!あなたも一緒に考えてよ!こんなの理不尽だって、あなただって重々思ってるんでしょ 」
ガラハッドの顔つきを見てハーマイオニーは言っていた。
苦い表情をしていたガラハッドは、うんざりと邪悪に唇を曲げた。
自分は今、見も知らぬヒッポグリフの件どころではない。「動物の命をカタにケリをつけるなんてクソだ」とは自分も思っているけれど、彼女みたいに義心に燃えているわけじゃない。
マグル界からいらしたお嬢さん、おめでたい勘違いをしていらっしゃることで。
てのひらを天に向けて、ガラハッドは皮肉な笑みで言った。
「 そうだよ?だがなハーマイオニー、君は『不思議の国のアリス』を読んだことがないのか?裁判のくだりがあるだろう。君は、魔法界の裁判をまともだと思うわけ? 」
「 まともさを期待しているわたしは馬鹿だっていうの?不思議の国の裁判って、何でも書いておかないとすぐ忘れちゃう人ばかりの裁判でしょう――――『馬鹿』っていう単語も書いておかないと忘れちゃう陪審員たち。ああ、人じゃなくて、動物だったわね… 」
「 ハハハ耳が痛い 」
「 アリスの世界では…動物でも、ちゃんと喋れるわ… 」
「 そうだな。どだい、まともに議論する気があるなら、おしゃべりできない生き物が被告人になるなんて変だろ?つまり大事なのは中身なんかじゃなくて、“裁判が開かれたという形式”なんだよ。君が首をつっこもうとしている裁判は、民事でも刑事でもない。理屈なんか通ると思うな。動物裁判は魔術だ。地にキリスト教のある限り、神による秩序は保たれねばならない。天災の起きた地を清めるための儀式を、ぶち壊そうとする君は本当に正義か?――――僕は水を差したくないと思っているね! 」
「 ―――…っ 」
ぞくり、といま寒気を感じたのは空気が冷たいから?
冷たい言葉を浴びせられて、ハーマイオニーは息を呑んだ。唇を震わせながらも、彼女はガラハッドから目を逸らせなかった。
「 ッそういう問題じゃないわ! 」
咄嗟にハーマイオニーは言った。
彼女は、八月に生まれた獅子の子供だ。
「 正義かどうかですって?いいこと?わたし、いい子ぶりたくて言ってるんじゃないの!ハグリッドとバックビーク、とにかく彼らを助けたい思いから言っているんです!!いわゆるフツウの魔法族からしてみれば、わたし間違っていて結構よ。どうせわたしは厄介者です! 」
「 誰もそこまで言ってない 」
「 いいえ言われるようになってみせるわ。あのね、おかしいことをおかしいと言う人が正しい人ですねって扱われた時代なんて、古今東西どこにもないのよ!あなたこそ、『全米農業協同組合の歴史』を読みなさいよ! 」
キッと指を突き立ててハーマイオニーは言った。
ガラハッドはうんざりした。彼は腕組みをして、仁王立ちで便座のうえのハーマイオニーを見据えた。
「僕は今それどころじゃない!」と叫びたい気分なのであったが、そんなことは言い出せるはずがない。こうも無神経に「ハリーはシリウス・ブラックを殺してやりたいと思っている」と知らせてくるハーマイオニーは、ハリーからこちらの血統のことを何にも聞かされていないに違いない――――ロンやハーマイオニーにまでこちらのことを黙っていてくれるハリーは、惻隠の情があってとても良い奴だ。親と子供は別人だと、努めて割り切ろうとしてくれているところも含めて…。
ガラハッドは会話を切り上げにかかった。
ヒッポグリフの件はともかく、ハリーを危険へと向かわせたくない件については、心底強く共感していた。
「 OK取り組んでいこう。僕がすぐ出来ることは、主にハリーの件についてだ。悪いが、4時からはルーピン先生の補習がある。そろそろお暇させてもらう 」
「 有難う!動物裁判についての知見は大変参考になったわ。“魔女らしいやり方”をわたしも覚えなくちゃね。正攻法の弁論には固執しません!使えそうな魔法をいろいろ探してみます。絶対に良い手があるはずよ。絶対、探し出してみせます。弱いものいじめを解決できないなら、
パキン
と、聞こえた気がしてガラハッドは鋭く振り返った。
幾重にも厳重に封鎖された秘密の部屋の入り口は、手洗い台も排管も取り去られていた。だから、そこには何もなかった。鏡だけが、ポツンと取り去られずに残っていた。それ以外は何も――――何も、なかった。
反転だ、物万よせ転反
ハーマイオニー・グレンジャーは、タンク部を椅子に使っていた便座の蓋を踏みつけ、冷たい床へと降り立った。
その動作もまた鏡に映っていた。
左右が反転して?いいえ反転しているのは前後だ!
“怪物”が彼らを守護していた。
しかしまったく自覚せずに彼らは、密談用トイレから出て、一方が天文塔のほうに、一方がルーピン先生の部屋のほうへと続く丁字路で別れた。
転がる石のようなガラハッドは、そのあともまた新たな人物と鉢合わせた。
「 ッ!?!…あ 」
ハリーだ。真夏の森のような目をしたハリーが、ルーピン先生の部屋から先に出てきた。「君たちはまったくタイプが違う。ハリーは実践派、ガラハッドは理論派だね」とルーピン先生に言われて、近頃の守護霊呪文講座は個別なのだ。
本日のルーピン先生は、ハリー&ガラハッドと一時間ずつ連続で約束していたらしい。
ガラハッドはびくりとして咄嗟に立ち止まり、変な距離をあけてハリーと廊下で見据えあってしまった。
「ガチャン」と音が鳴らないようにそっと扉を閉めたハリーは、室内には届かないような声で、静かにガラハッドへと話しかけた。
「 やあ、どうしたんだい? 」
「 …やあ、驚いただけさ 」
「 そう。なんだか――――…てっきり、今しがた、トレローニーから不吉な予言でも聞いてきたのかなと思った。そういう顔をしてるよ 」
苦笑しながらハリーは近づいてきた。立ち尽くして待ち受けていたガラハッドは、「改めて見ると嘘くさいな」とハリーの所作を眺めて思っていた。
一体、誰の真似をして振舞っているんだろう?
ハリー・ポッターは、苦笑しながら歩くような奴じゃなかった。こいつは、「ファイト」とすれ違いざまにこちらの肩を叩いて、そのまま去っていこうとするような奴じゃなかった。
こいつは、「暗い顔だね。どうしたんだい?」とウザいくらい首を突っ込んできて、「ふふっ、もしかして上手くいってないの?君のほうの守護霊呪文講座は、どんなことをしているの?」とこういうときしつこく聞きたがる――――今だって本当は、そういう少年であるはずなのに。
幾多の夜を超えて、すっかり魔法使いになりやがったとガラハッドには思われた。
「 裏切りはなぜ起きると思う? 」
短くガラハッドは言い放った。
グサッと刺されたような心地で、立ち去りかけたハリーは飛び上がって振り向いた。ハリーは心臓がバクバクして、さっきまでのようには振舞えなかった。
月のような瞳は、こちらを審査しているみたいだ!近頃いかにも杖職人の弟子っぽい表情をするようになったガラハッドに、ハリーは不安からイライラしつつ言った。
「 なんだ、君も知ったんだな?夏休みの頃は、全然何も知らなさそうだったのに!―――非道な裏切り者がいるからだろ!?裏切る側が邪悪だ。ただそれだけ!それだけじゃないか!裏切られた側にも理由があるはずだって言いたいのか?君は親とは違うんじゃないのかよ!!う…う、クソ。僕はマルフォイなんかとは、違うぞ… 」
ハリーは歯軋りした。
勢いに任せて言いかけたが、「裏切り者の血の力は凄いな?」と、かつての賢者の石の件をあげつらうのを踏みとどまったのだ。
ハリーは深く息を吸って落ち着こうとした。自分とブラックが似ていたということなら、言われなくたってわかっている顔で、ガラハッドは唇を噛み締めていた。真正面からハリーはそれを睨んだ。自分だってこれから、相手に対して酷いことをしようと思っている。
ハーマイオニーの心配通り、ハリー・ポッターはとある決意に燃えていた。
室内のルーピン先生に勘づかれたくなくて、つっかかりながらもハリーは小声だった。彼はガラハッドの間近に立って襟首をつかみ、耳たぶを食いちぎる勢いで囁きかけた。
「 たとえ僕の父さんにも裏切られる原因があったって、僕の父さんと母さんは騙されただけじゃない。ひどい悲鳴をあげて、無惨に殺されたんだぞ!本当は親友なんかじゃないとブラックに思われていたって、父さんのほうは、親友だって信じていた。君の父さんのこと好きだったんだ。そして絶望のなかで死んだ!!『あれもこれも、全部嘘だったのか』って思いながら。――――ガラハッド、僕は君の父親を殺すよ。もしもシリウス・ブラックが目の前に現れたら、僕は間違いなく殺す。――――…君の嘆きなんか知るもんか!!! 」
「 フッ、その件だけどなハリー?僕はこういう場合、“こちら”のほうが当然且つ冴えたやり方だと思う。我々が友人であるならば 」
「提案がある」とハンドサインで示すとき、ガラハッド・オリバンダーは
真面目なハーマイオニーとはちがって、ガラハッドは絡め手でハリーへと釘を刺した。
「 君は手を汚すな。僕が首をとる。血の父よりも信義で君を選ぶ、それを以て友情の証明にさせてくれよ。安全圏で待て!お互い、裏切りには気をつけようぜ――――僕の役目を盗るな 」
殺しを重ねてきた者の迫力に圧されて、ハリーは呆然としてガラハッドのことを見送った。
■池上 俊一『動物裁判』 (講談社現代新書)はとても面白いです。『全米農業協同組合の歴史』は欧米になら実在しそうな本ではありますが、でっちあげタイトルです。実在したらこってりとグレンジャー運動について書いてあることでしょう。
■前回タイトル【Set a stone rolling】のアナグラムは今回タイトル【A Relents Lootings】の他に【A Nestling Looters/(巣の中で)寄り添う簒奪者たち】など。
■一部キャラが意識的に使っている通称“負け犬を哭かせる呪文”では、逃れられぬ呪いとしてアナグラムが現実に作用し例えば「Domitory/寮よ」が発動すると、盾呪文などの甲斐なくその寮は「Dirty room/汚部屋」になります。ということは呪文「オリーブ杖遣いのガラハッド」は…呪文「セブルス・スネイプ」は……。