“スタート10秒後に時速241kmへ!”そんな宣伝文句って、マグルでいえば絶叫系だ。
君は絶叫マシーンに乗りながら、眼下のカーチェイスの仔細を追えるだろうか?
さしものハリー・ポッターにもそれは無理である。
ハリーは、歯を食いしばって
とてつもない速さのハリーに斜め上を飛ばれて、ブラッドリーはクアッフルを取り落とした。ハリーと
キーパー・ウッドもまたきりきり舞いさせられた。青い閃光を放って、ハリーよりも小回りを利かせて折り返したチョウ・チャンが、グリフィンドールのゴールの中を抜けて間近を飛んだ。
爆速で突き抜けて行った二人のシーカーたちに、全選手は目を奪われて動きを止めた。ブラッドリーが取り落としたクアッフルは、誰にもキャッチされることなく芝生へと落ちていった。
『 ッ、スニッチか!?ハリーが――――いや、逃しました。よくやったチョウ!! 』
ガラハッドの実況が青空へと響く。それは、気づかれない悲鳴と重なっていた。
フレッド・ウィーズリーは叫んでいた。
「 アンジェリーナ!! 」
アンジェリーナ・ジョンソンが落ちていく。シーカーたちの速さに呆然としていた隙を突かれて、後頭部にまともにブラッジャーをくらったのだ。
キッと双子たちが睨みつける相手は―――アンジェリーナを箒から落としたのは、誰もがぽかんとしているなかただ一人、動きを止めていなかったロジャー・デイビース。迷いのない瞳で、彼は旋回して地上のクアッフルを見下ろした。
「「「 何やってんだよ!! 」」」
三者重なった怒号。
それらの声はかき消されて、大観衆の声援の渦に消えていったが…。
「 頑張れ、頑張れチョウ! 」
「 ハリー!ナイスだ!負けるな! 」
観客らはこぶしを突き上げて叫んでいた。
誰にも見られていないなかで、棍棒を振るいながら三人は思っていた。
((( ――――馬鹿チェイサー!拾えよ!クアッフルを拾え!! )))
彼らは脇目もふらなかった。
信じているから、見守りなんかは要らないのだ。
今は各自がベストを尽くすときだ!!!
さあビーター戦の始まりだ。
アンジェリーナ・ジョンソンは副キャプテンで、グリフィンドール側で最後にクアッフルに触れた選手だった。誰もクアッフルを拾いにいかないので、レイブンクロー側はこれ以上他のチェイサーに手を出すと反則になる。
つまり、今が“狙い時”ってわけ!
シンクロ思考で襲いかかってきた双子に、ロジャー・デイビースは逃げの一手を尽くした。彼だってレイブンクローの副キャプテンだ。馬鹿ではないと自認しており、これまで七年生チームへとタフに食い込んできた。
猛烈なブラッジャー!
だが案外よけることは可能。
ロジャーはジグザグに飛んだ。日頃は飛んでくるブラッジャーをよく見て打ち返しているのだから、頻度さえ高くなければ何のことはないのだ。
けれどもウィーズリーズは息ぴったりである。
彼らは、宙を舞うブラッジャーとロジャーばかりを見て、まったくお互いの姿を確認していないくせに、常に最高の位置へとお互いが動きあって、ノータイムでブラッジャーを打ちあって間合いを詰めていった。
必死になってロジャーは逃げた。
何度か痛いのをくらったが、箒から落ちなければこの“お礼”は終わらないらしい!
ロジャーは、痣をつくりながらニヤッとした。
いいぞもっとこい。先に手を出したくせにビビっているように見えても、これも戦略だ。やられても恥ずかしいもんか!
ロジャー・デイビースは逃げ続けた。自分が、グリフィンドールのビーターたちを引き付けているあいだに、チェンバースがクアッフルを拾ってくれると信じながら。
三人は気づかなかった。
声援は消えていた。
リー・ジョーダンの実況は、静まり返った競技場にしんしんと響いた。
『 やってやれウィーズリーズ!!!ジョンソン選手のかたきだ!!汚え奴め、相方にも見捨てられてやがりますね。キャプテンのアランは正々堂々を誓ったのになあ!で、その…シーカー戦のほう、なんかすごいことになってますね…? 』
『 ええ、そうですね。なんだかもう、言葉は要らないような気がします……でも、そういえば話していなかったので紹介しておきます。
『 ホウキの話をしてくれない? 』
『 はあ。…よく頑張っていますよね!? 』
『 なんであそこまで奇天烈な動きをするのかを教えてくれない? 』
『 えーっとそれは、尾のほうの形状に、ニンバス系の特徴を取り入れてよくメンテしてあるからですよ。先端に傾斜を持たせることで、ターンの速さが可能になるんです。素材は暴れ柳を使っています。大地から離れて、一丁暴れてみませんかとスカウトしました。見込み通り素晴らしい暴れっぷりですよね!ほら、可変翼ってロマンじゃな~~~い!?あのパワー!あのしなり具合!僕、暴れ柳って逸材だと前々から思っ 』
『 以上、素晴らしい解説でしたね 』
『もうお腹いっぱいです』とリー・ジョーダンは、誰に言うでもなく神妙に付け加えた。リーの浅黒い顔は、ガラハッド卿のペースに呑まれて少しならずげっそりしていた。規格外のド派手さになっているシーカー戦を前には、実況慣れしたリーも言葉が出ないのである。
「「「「「「 おおぉぉぉ…! 」」」」」」
誰もが、ハリー・ポッターとチョウ・チャンの空戦に釘付け!約千人の生徒は、いつのまにかカカシかヒマワリのように棒立ちだ。時々のけぞってひっくり返りそうになったり、言葉にならない声を吐き出したりするのみ。
それが、ハリーがスニッチをみつけたころからすっと続いていた。ハリーは、さっきコートの反対側にスニッチをみつけて、グリフィンドールのゴールを回りこんでそれを追った。
そのあとどうなったか――――アンジェリーナ・ジョンソンが箒から落下する前に、スニッチは右の方向へと動いていたのだった。
とんでもない軌道だった。
ハリーは、スニッチの進路に合わせて高速で飛びながら右へと傾き、ほとんど並行して追ってきていたチョウと衝突しかけて、咄嗟に上を目指しすぎて宙返りした。そしてその間に、彼はスニッチを見失った――――そのことは観衆にはわからなかったが。
そしてシーカー戦が幕を開けた。
一体、スニッチはどこだ!?チョウ・チャンはまったく減速しなかったので、ハリーは、チョウはスニッチを見失っていないのだと思った。
だから彼女を押しのけて先へと行こうとした。
けれどもチョウは向かうべき場所を知らない。
彼女は、元よりスニッチをみつけていたのではなく、スニッチをみつけたらしいハリーを追って、ゴールのところから一直線に飛んできたのだ。そして“最高峰”である
いよいよハリーに叩き落しにこられたと思ったチョウは、箒から青い閃光を発した。
ガツン、と、重い衝撃
負けなかった。けれど、勝てなかった。
お互いが相手にそう感じたのは一瞬。
両者とも大きく反発を受けて、果ても区切りもない空へと放り出された。
時速100kmを超える鎬の削り合いは、その瞬間を何度も重ねた。
「 ~~~ッ!! 」
乗っている柄の先と柄の先をぶつける角度で挑んでいくチョウは、不沈のハリーを相手に曲芸飛行を強いられた。
ハリーは、未経験の速度への突入を感じとりながら、チョウの動きのアクロバティックさに度肝を抜かれた。
翻弄される。翻弄される…こんな動きをする選手は見たことがない!
ハリーは必死だった。この速度でこの高さから落ちたら、今度こそ全身の骨を砕かれて即死だ!!
血管の膨張で、ひどく米神が痛くなってきた。爆発しそうな脳裏に、強くオリバー・ウッドの言葉が甦る――――すごい、これが、“飛行が上手い”ってことなのか…!
チョウは、足に箒を挟んだ体操選手のようだった。
チョウは、相棒の
ハリーは、地上すれすれまで吹っ飛ばされてしまった。吹っ飛ばされながらも、ハリーは自分の
頼む、
僕に、君の最高速度を出させてくれ!
一直線にあの子を振り切れるような…。
世界最高の箒である君を乗りこなすには、自分はまだ下手くそだってよくわかったよ。
でも頼む、今だけでいい。
あ そ こ に ス ニ ッ チ が あ る か ら。
後ろ向きに落ちながらでも揺るがない焦点。
緑色の瞳は、肩で息をするチョウの背後を射抜いていた。
試合は動いていた。ロジャーに背中を任せたアランが、観客席前にまで飛んできて、イカレたシーカー戦に呆然として、言葉を失っていた者たちに檄を飛ばしたからだ。ウッドも、かつての反省を踏まえて試合前にぬるぬるの魔法薬を飲み干し、実況者たちよりも大きな声を手に入れていた。
怒涛の歌合戦が始まった。両陣の応援団は、相手チームのサインをかき消して選手たちに声を届けようとした。かつてなく数を頼らねばならない状況に、日頃大声を出すのを好まない者も全力で叫んだ。
わずかに、レイブンクローのほうが優勢だった。
汗を光らせて跳ねるペネロピーが、全員のリズムを揃えさせたので。
ロジャーが信じていたとおり、地上のクアッフルをチェンバースが拾った。ケイティ・ベルを抜いて、それをマカフィーにつないだ。アリシア・スピネットが立ちはだかった。アンジェリーナ・ジョンソンは這い上がってきた!しかしマカフィーは上回った。レイブンクローボールのクアッフルはゴール前に届き、ブラッドリーのシュートが鋭く放たれたが――――それは、グリフィンドールのキャプテン・オリバー・ウッドに止められてしまった。
ハリー・ポッターはスニッチをつかんだ。
弾丸のように抜かれて真後ろに行かれたチョウは、振り向いてぽかんとしてそれを見つめた―――彼はにっこりと笑っていた。
負けちゃった。
負けちゃったんだ…。
ホイッスルが鳴り響く中、頬を伝う涙は風へと消えていく。
すぐには停止できないチョウは、ハリーを見つめたまま弧を描いて競技場を回った。
あまりにも
隣の席のハッフルパフ生たちから見て、夕食時のレイブンクロー生たちはそんなふうに見えた。彼らは、みんな折り目正しく椅子に腰かけてはいるが、食事には手をつけず、ぽかーんとして虚空を眺めているばかり。
ハッフルパフ生たちは囁いた。「仕方ないよね。完敗だったもんね。やっぱりハリー・ポッターは、凄かったねえ」と。
ハッフルパフのテーブルを挟んで、片方のグリフィンドールのテーブルはどんちゃん騒ぎだ。一方もう片方のレイブンクローのテーブルは、みんなすっかり燃え尽きてしまっている。大広間を飾る青の寮旗は、生徒たちの溜め息で白になっていきそうだった。
そんな彼らを元気づけるため、ここに一肌脱ごうとしている者がいた。
こういうのは、本来得意ではない。けれども、英雄ハリー・ポッターと違って、自分には負ける側の気持ちがよくわかる…と自負する少年である。彼は勇気を出してみた。あそこで抜け殻になっているガラハッド・オリバンダーに、くしゃっとでいいから微笑を浮かべてほしい!――――そんな思いでセドリック・ディゴリーがジュースを片手に席を立ったとき、ギィィィ…と重い軋み音をたてて大広間の扉が開いた。セドリックは、扉に近いほうを回り込んで隣のテーブルにまで行こうとして、しゅるしゅると侵入してきた者たちと鉢合わせた。
「 なっ…!? 」
三体の吸魂鬼である。
咄嗟にセドリックは、魔女カボチャジュースを入れていたゴブレットをとり落とした。パリンと高く鳴って、それは床に砕け散った。
夕食の場は恐慌に陥った。
生徒たちは悲鳴をあげて、黒くて背の高い頭巾姿の者から逃げようとした。遅れて事態に気づいたレイブンクロー生たちも、必死に互いに縋りつくようにして立ちあがり、少し離れた吸魂鬼らの動向を注視した。
皿は落ちる椅子は倒れる転げ落ちた生徒は泣き出す。
三体の吸魂鬼たちは、入り口から見て右方向に群れて動き、ハッフルパフとグリフィンドールのテーブルの間を移動した。
教職員席にいたルーピン先生は、ただちに立ち上がって侵入者たちに杖を向けた。けれども彼は専門家であるので、すぐさま杖をひっこめることにした。
「 ―――…? 」
ルーピン先生は見守った。あの三体の吸魂鬼らは、なんだか動きがぎこちなく、冷気も放たなければ絶望ももたらさない。どこか目的地があるようで、手当たり次第に脅かすのではなく、一直線にグリフィンドールチームの集まる辺りへと向かっている。そんな吸魂鬼モドキたちに、ハリーはいきいきとした様子で挑んでいった。遠くからルーピン先生に見守られているとはつゆ知らず、ハリーは試合に勝利した興奮のままに、非常に大きな声で呪文を唱えた。
「 エクスペクトパトローナム! 」
「 ギャッ!! 」
「痛ててててッ」と、三名の悪戯小僧たちは重なるように転んだ。
ハリーの放った守護霊呪文は、完璧ではないが上出来である。白い靄が噴き出してきたのに驚いて、玉突きのよう転んでしまった者の一人は、ずんぐりしたお尻を黒い布から突き出して床を這った。
どっと笑いが大広間に満ちた。
ルーピン先生も笑いながら拍手し、ゆっくりとした仕草で腰を下ろした。右手を見ると、マクゴナガル先生は顔を洗う猫のようなしぐさで、四角い眼鏡をずらして騒ぎの中心をよく見ようとしている。
目尻をつり上げている恩師に、ルーピン先生は笑いながら言った。
「 ははは、馬鹿馬鹿しい!こういうのは変わらないものですね。今のは、ジェームズそっくりでした… 」
「 ええ、変わっていないからこそ困りものなんですよ。ハァそれでも、あなたがたのときに比べたらまだマシですわ! 」
ツンケンとマクゴナガル先生はぼやいた。
墓荒らしに遭ったドラキュラみたいな顔で、スネイプ先生は低く唸った。
「 悪戯にはしては度を超している。ポッターは、本物の吸魂鬼と出くわすと気を失う生徒ではなかったかな?どこぞの愚か者が、生兵法を教えて死に急がせているらしい!それで本人は良い気になっているが、これは悪質な嫌がらせである――――こういった嫌がらせを悪戯と呼んで増長させるのが、グリフィンドールのお家芸であることは実に有名ですなあ?ま、こ、と、に、迷惑千万!少しは改善なさってはいかがな?必要なのは減点、鞭、あるいは… 」
「 おっと!最後まで言わなくてよかったんじゃないかい、セブルス? 」
ニヤッとしてルーピン先生は渦中を指さした。
マクゴナガル先生は吹き出した。
スネイプ先生は、立ち上がろうとしたときに自分で裾を踏んづけて、あの馬鹿げた被り物のなかの少年らが、こぞってスリザリン寮の生徒――――しかもその一人が、マルフォイ家のドラコだと判明した途端、神の見えざる手で鼻からタバスコを注ぎこまれたようになり、石のように固まって絶句してしまった。
結局のところ教職員のなかで、この事態に対して最も早く動き出した者は、気づくのも席を立つのもゆっくりであったものの、「あらあらぁ」と言いながら教職員席を離れて、怯えて服をミートソースまみれにしてしまった生徒のところへと行ったスプラウト先生だった。彼女が行ったのに続いて、三名の先生たちも騒ぎを収束させに行った。
フリットウィック先生は、最後までずっと動かずに教職員席にいた。
彼は、すっかり燃え尽きた顔でぼーっと座りっぱなしだった。
大騒がしになった夕食の場は、たしかにしっちゃかめっちゃかではあるが…レイブンクロー寮の寮監として、これは特段介入の必要な状況だとは思えない。
それというのも我がレイブンクロー寮には、“シミ抜き呪文”の上手い子が必ずいます!
この機会は、その子にとっては大事な活躍の場ですからね!
そんなふうにフリットウィック先生には思えるのである。
可愛い子たち、これをきっかけに友達を増やして、みんなでホグワーツを楽しめるといいね。
わぁギャァとてんてこ舞いするレイブンクロー生たちを、フリットウィック先生はとても優しい眼差しで見つめていた。