その晩レイブンクロー生はみんな談話室で泣いたけれども、翌朝にはなんだか吹っ切れた感じがした。とんでもない事件が発生したことで、敗戦ムードが続かなかったとも言える。
翌朝、ガラハッドは習慣どおり自動的に早起きしたものの、すっかり打ちのめされており、寮内を彷徨って溜め息をついて回った。上には上がいる、そう思い知らされて不意に気がついたのだ―――ベッドサイドの棚に、勉強机、壁に飾ってある額縁、箪笥、扉…それらはどれをとっても職人の仕事で、自分なんかには再現できそうにない。
「 良い細工だな。『木目を生かして』って自分で言った? 」
「 完璧な高さだ。揃ってるなあ。君って、100脚くらいはお仲間がいるよなあ? 」
ガラハッドはブツブツと家具に語りかけて回った。
そうして、彼はまだほとんど人のいない談話室へとやってきた。
先に談話室にいたルーナ・ラブグッドは、すっかりキマっているガラハッドが独りでブツブツ言って回るので、
二人はぴたりと奇行をやめた。ガラハッドとルーナは、お互いに目が合うと「へへへ」と笑って小首を傾げあった。それぞれ自分の世界に夢中だったことを自覚して、照れが生じたのだ。すっかり頭がおかしく見えるだろうが、彼らは存外マトモなのである。
七年生引退式を兼ねた慰労会は、昨夜日付が変わる頃まで続いていた。散らかしっぱなしの談話室を見回して、二人はしみじみと語りあった。
「 片付けづらいなあ 」
「 なんだかもったいないよぉ~。だからスコージファイしなかったンだあ 」
「 あの銀紙でリボンを作ったら? 」
「 良いアイデア!ガラハッドにもあげるねぇ~ 」
ルーナはにこにこと銀テープを拾った。
ガラハッドはソファへと腰かけた。軽く足を開いて、膝のうえに肘をついて指先を組み合わせた。そうして、腰を据えてまたじっくりと目を細めた。
辺りは、汚いけれども幸福で満ちている。
ケーキの欠片がついている皿に、置き去りにされたカトラリー。変な積まれかたをしたクッション、中身が空っぽのクラッカー、そこらじゅうに落ちたままの紙吹雪…。
めいっぱい寄せ書きをされたチョウの箒は、窓辺に立てかけられてトロフィーのように君臨している。がらんとして人のいない談話室で、それは朝陽にまみれて見えなくなりそうだった。
ルーナは、そこらじゅうのキラキラしたものを拾い集めてから、ごく当たり前のようにガラハッドのすぐ隣に座った。ちょっと凭れかかるようにしてきて、「えへへ、勲章にするんだぁ」と手元を見せてくれる。土手で花冠を編むときの妹のようだ。
箒から目を外して、そんな無邪気な後輩を眺めているとき。
ふと、ガラハッドは後ろから肩を叩かれて、魂を引っ張られたような気がした。
「 ―――…!? 」
今のは何だ?
キョロキョロと辺りを確認しながら、ガラハッドは去年のことを思い出していた。
隣にいる少女は、奇しくもイニシャルL,L。
こんな光景を、自分は以前にも見たことがある―――…。
とはいえあの“叫びの屋敷”の幻に比べると、これらは全部現実のもので、手にとっても掻き消えたりしない。ガラハッドは、ひょいとそこにあったフォークをつまんで確かめてみて笑った。
あの“叫びの屋敷”もまた今頃、打ち付け板の隙間から光が差し込み、清い朝露に濡れていることだろう。あそこに地図をのこした者たちの気持ちがよくわかる!自分も、めいっぱい柄に寄せ書きをされた改造箒が、ずっとこの場所で輝けばいいのにって、ついつい思ってしまうもんな。「一生大切にする!」と主張していたチョウが、昨夜疲れきってソファで寝落ちしたためにこの箒はここにある(彼女はマリエッタに運ばれていった)
ロジャーは、まだ部屋で爆睡してるのかなぁ。
ガラハッドは少々落ち着かなくなっていた。気のせいだったんだとは思うけど、さっきの背を叩かれたような感覚が気になるし、談話室の入り口のすぐそばでは、監督生たちが輪になってちょっとした会議を始めたのだ。漏れ聞こえてくるペネロピーの声色は、昨日泣きじゃくっていたときとは全然違った。
「 本当に?本当にそんなことがあったんですか? 」
ガラハッドは身をよじって振り向いた。小さすぎて見えないけれども、あの輪の中心にはフリットウィック先生がいらっしゃるはずだ。キィキィとした甲高い声は、急に大きくなって魔法によってレイブンクロー塔中に轟いた。
「 全員集合。駆け足! 」
ルーナは垂直に飛び上がった。
そうしてたちまち談話室に集まった生徒たち(男子はほとんどが寝間着のまま出てきて、酷い寝癖だ)に、フリットウィック先生は矍鑠と演説をした。彼はロウェナ・レイブンクロー像の台座の上に立って、精一杯伸びあがりながら持参したポスターを広げた。
それは、人相書だった。
その暗い人相の上下には、「凶悪」「指名手配」などの文字がでかでかと書かれている。ガラハッドは、極力見ないことにしてきた男の顔を直視してしまって、ガツンと殴られて目を回すような心地だった。
「 うっ…!? 」
「 シリウス・ブラック!シリウス・ブラックであります! 」
そんなことは誰でも知っているよ!!
ガラハッドは、ゲジゲジを鼻先に突きつけられたような表情で顔を背けた。こいつの顔をじっくり見てしまわないために、近頃は新聞を読まなくなったほどなのに…!
フリットウィック先生は続けた。
「 昨晩グリフィンドール寮内に現れました。周到、凶悪…策を弄しての二度目の襲撃であります。この顔にピンときたら、すぐに近くの先生に伝えるように! 」
びしりとフリットウィック先生は言った。
寝起きのレイブンクロー生たちは、どよめきながら目をこすったりした。ガラハッドは、猛烈にその場から逃げ出したい気分になっていた。後ずさって、すぐ後ろに来ていたマーカスにぶつかって、「怖いね。また出たんだ」と囁きかけて足止めしてくる彼を、矢も楯もなく突き飛ばしたい衝動に駆られた。さっきから、じっとパドマがこちらのことを見つめてくるのだ。何を言われるのかはわかっていて、ガラハッドは口から心臓を吐いてしまいそうだった。
「 先輩、近頃雷が鳴っていないからですよね 」
「 へ? 」
ガラハッドは格別高い声をあげてぽかーんとした。
た、確かに、近頃雷鳴を聞いた覚えはない。昨夜は格別美しい満月で、談話室は蒼い光に満ちていたけれど…けど…。
( …それとこれって関係ないよな? )
ガラハッドは的を射ているつもりで、冷静な論理派ぶって「雷が鳴らないせいだ」とは思わなかった。月がブラックを喚んだとも思わなかった。
彼はずっと怖れてきたのだった。「自分は、グレイス・オリバンダーと瓜二つではなくなった」と感じたあの日から――――やがて自分は、「シリウス・ブラックに似ている」と評されるようになるんだと…。
そのときは近づいているように思う。
鏡を見るたびに、そのように思う。
彼は、昨年結構痛い目に遭って、後ろ指をさされて避けられたりした。「もうあんなの嫌だ!」という一心で、勝手に「自分は父親に似ていると言われる日が来る」と想像して怯えていたのである。
勘違い極まりないとはこのことだ。
ロジャーは、大あくびをしてむにゃむにゃと「やべーな」と言った。ちょっと冷静になってきたガラハッドは、ムッとした気分になってロジャーとマーカスと部屋に戻った。
「 …ちぇっ 」
ベッドに腰かけて考えるに、さっきのフリットウィック先生のご指導は意味がない。あんなふうにあちこちに人相書きを貼られて、誰かがシリウス・ブラックの顔立ちをまじまじと見て、「あれ?オリバンダーと似てない?」と気づくことになる確率を上げるのはやめてほしかった。
おっとりと寮を出る準備をするロジャーとマーカスに、すでに準備完了のガラハッドはブツブツ言い続けた。
「 馬鹿らしい。ブラックは大人なんだぞ?奴がどんな顔をしているか、いちいち覚えておかなくったって教員以外の大人がホグワーツにいたらすぐにわかるよ。それをあんなにでかでかと… 」
「 んー、たしかに。それはそのとおりだねえ 」
「 一人で歩いていたら、の話だろ? 」
ネクタイを締めながらロジャーは言った。
ガラハッドは、そして放たれたロジャーの言葉に、ぐさりと胸を抉られたような心地がした。
「 保護者みたいに生徒と寄り添っていたり、来客みたいな顔して教師の誰かと歩いていたら、わかんないぜ?…内部から侵入を手引きしている奴がいるんだろ。だからこんなに何度も侵入できるんだ 」
「 ―――…ッ 」
スネイプの暗い瞳が思い出された。
「貴様がブラックを手引きしたに違いない」と、あの男はニタァっと嗤って言うだろう。
ガラハッドはショックでふらつきそうになりながら、なんとか自然に見えるように引き出しから一枚の紙を取り出した。なんてことはない顔でトイレに行って、個室のなかで“忍びの地図”を隅から隅まで眺めた。
「 ああ… 」
ブラックはいない。けれど、せわしなく動く先生がたを示す点の動線からわかることがある。
先生がたは、これらの道を知らない――――暴れ柳の瘤の道と、隻眼の魔女像のところの道。これらのどちらかからブラックは侵入してきているにちがいない!
自分は手引きなんかしていないんだから、それしか考えられないとガラハッドは思った。彼は冷や汗に濡れた手で地図を畳み、手帳の中に挟み込んでトイレから出た。
( “あの道のことを、ダンブルドアに話そう” )
味のしない朝食を摂っているとき、ガラハッドはずっとそのことを念じていた。
「何故早く言わなかった?」と、責められたっていい。
ブラックを捕まえるためには、知ってもらうべきだ。
けれど「どうしてこの道を知った?」と言われたら、どうしようか?
本当は、“忍びの地図”をまるごとダンブルドアへと差し出すべきなのだ。“忍びの地図”は侵入者の捕捉に使えるから。けれど、そんなことをしたらあの“叫びの屋敷”の一枚から複製してこれをつくった、フレッドとジョージはどうなるのか?
折しも、一時間目は魔法薬学である。ガラハッドはブラックとの血縁のことでスネイプから公開処刑を受けるのを想像して、地下牢に向けてまったく足が動かなかった。いつもなら移動をし始める時間になっても、じっと肩を落として座り続けるガラハッドは、傍目から見ると敗戦のショックを引きずっているように見えた。
ガラハッドは、ハッフルパフのテーブルに背を向けて座っていた。
だから気の良いハッフルパフ生たちは、彼の後ろを通って大広間を出て行く際に、「Hey,Sir.元気出して」「昨日は良い試合だったよ」「杖磨きセットが欲しくなっちゃった」などと、次々に彼の背中に声をかけていった。
完全に自然な流れで、本日のセドリックはガラハッドに話しかけることができた。
セドリックのほうも良心の勧めに従おうとして、余計なことを何も考えていなかったというのもある。
「 やあ、ちょっといいかい?急ぎの話があってね 」
すっと差し込まれたこぶし。セドリックはコンコンッとテーブルをノックして、自分の殻に閉じこもっていたガラハッドの意識をひいた。ガラハッドはハッと顔を上げた。セドリックの面差しは真摯で、眉の下の影にさえ誠実さが宿っている。
「 …同じだ!君も、“例のもの”について考えている!? 」
「 ああ。少し場所を変えよう 」
セドリックは機敏に首を巡らせた。
何だ何だどうしたという顔で、ブルーマフィアの面々は二人の会話に首を突っ込もうとした。しかしガラハッドは問答無用で素早く席を立って、振り向きもせずにセドリックへとついていった。
「せめて何か一言ないのかよ」とロジャーは文句を言った。
マーカスは、去っていった二人に駆け寄っていく影を見つけて、じんわりと力のない苦笑を浮かべた。向かい側で「眠いよぉ」「んもう、口開けなさい」とかやっている女子たちと違って、僕たちの関係はほんのりとしょっぱい。
「 ははは…人気者は人気者同士、だね 」
「 チッ、うざ 」
けれどそういうものかもしれない。
ロジャーは、そのように思って、気だるい手つきでほうれん草スープをぐるぐるとかき混ぜた。“万能の天才”っていう言葉は、きっとガラハッド・オリバンダーのために存在する。抱くことに慣れすぎた嫉妬は、もう「それが何?」みたいなレベルになっている。でもいいんだ、俺は今日からキャプテン!ロジャーはもみあげを耳に引っ掻けて、昨夜七年選手たちから贈られたピアスを光らせて笑った。
さてそんな彼らとは違ってガラハッドとセドリックは、二人して険しい顔つきで速足で歩いた。歩き出すなり前方から駆け寄ってきたフレッドとジョージとは、緊張感を孕んだ視線を交し合い、朝の挨拶などはしなかった。
四人は、全員ちらっと同時に眼球だけを動かして、大広間の出入口で教職員テーブルのほうを見た。
そして人の流れに沿って、自然に大広間から出ることにした。
今すぐ“忍びの地図”のことについて話し合いたい―――そう全員の顔に書いてあるのに、やんぬるかなそういうわけにはいかないのだ。ジョージは、背後を行くスリザリンの女子軍団を窺いながら、玄関ホールで立ち止まってガラハッドとセドリックに向けて話をした。聞かなくても相棒の主張がわかっているフレッドは、大広間の出入口から先生方が出てこないかを見張った。
「 相談がある。でも、ちょっとここじゃあな。どうだい、いつもの“基地”に行くっていうのは? 」
「 本気で言ってるのか? 」
ガラハッドはびっくりして目を真ん丸にした。「なんだよその言い方?」と、ジョージは機嫌を損ねたようだ。セドリックは急いで片手を振って、立ち込めた霧を払うようなしぐさで言った。
「 天文塔がいいよ。シニストラ先生は、この時間寝こけてるんだからさ 」
そういうわけで四人は天文塔へ行った。
よりによってスネイプの魔法薬学をサボるだなんて、過去最高(最悪?)にヤバいことをしているという自覚はあったが、シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に侵入して、真夜中にナイフを持って現れたというのだから授業どころじゃない。
四人は全速力で螺旋階段を駆け上がり、観測実習室のひとつへと飛び込んだ。間一髪で中央階段が廊下に生徒たちを運んで、北塔に向かう生徒たちの群れが螺旋階段の入り口前を通っていった。ガラハッドは、下のほうからこだましてくるガヤガヤ音が遠ざかっていったあと、そっと扉を全部閉めて観測室内の三人へと向き直った。
セドリックは、まだ息も整えないうちから、単刀直入に“忍びの地図”について語った。
「 フレッド、ジョージ、あの地図を先生がたに渡そう。ブラックの捕獲のためにできることを尽くさないなんて、侵入に加担しているのと同じだよ! 」
「 やっぱりそう思うかい 」
「 けどさ、ちょーっちそこに問題が 」
「 まず昨日の話をしてもよろしい? 」
セドリックとガラハッドは同時に頷いた。
真剣な顔の二人に、フレッドとジョージのほうもいつになく真剣に話した。轟いた悲鳴、跳ね起きた男子寮生たち―――昨晩のグリフィンドール寮内にいた彼らの話は、臨場感に富んでおり具体的だった。「ナイフを持っていた」とロンが証言したというくだりで、ガラハッドは違和感を覚えて眉を顰めた。
ジョージが大きく頷いて言った。
「 やっぱり変だよな?俺は正直、ロンのやつ法螺吹いてんじゃないかと思ってるよ 」
「 “太った婦人”は切り裂かれたそうだな?ナイフ…なんでナイフ? 」
「 だよなあ!あいつ、自分が注目される機会がほしいんだ 」
「 昨日のでハリーはヒーローだろ?元々英雄だってのに、親友やってる身としてはつらいぜ 」
「 老いぼれスキャバーズが猫に食われちゃった話の次のこれだ。あいつ、注目されることに味を占めてる。とにかくみんなの気を引いて、『可哀想に』って言われたいわけ 」
「 うちは兄弟が多いし、兄貴たちが濃いから下って霞むんだよ。可愛い末っ子は唯一の姫君だしな 」
「 ロンの気持ちわかってやってほしいよ。けど、もしもマジモンのシリウス・ブラックが夜中に侵入したんだとたら、俺たち全員とっくに命がない! 」
「 少なくとも同じ部屋の生徒を皆殺しにしない理由がないよな 」
フレッドが重苦しく締めくくった。
耳を傾けながら考え込んでいた二人のうち、先に口を利いたのはガラハッドのほうだった。
セドリックは、以前からのことだがこういうときに瞬発力がない。
「 それじゃあ、シリウス・ブラックの姿を見たのはロンだけなのか? 」
「 うんにゃ。ここから先は、ハリーの話になるんだけど。俺たちさ、あの地図には大変お世話になって、もうホグワーツの抜け道はぜーんぶ頭に入ったんだ! 」
「 そうさつい昨日も、隻眼の魔女の道を使ったくらい 」
「 は? 」
「 どうせブラックはあそこから来たんじゃないかって、心配してるんだろ?全っ然、鉢合わせなかったぜ、シリウス・ブラックなんかと! 」
「 は…?は? 」
またしても口論が始まろうとしている。
重苦しい空気を払いのけようとしている双子に、逆にカチンときているガラハッド。いつもは仲裁役のセドリックは、このとき「うーん」と腕を組んで考え込まされていた。しきりに首をひねるセドリックの前で、毎度お馴染みの言い合いが始まっていった。
「 マジで、お前ら、何してんの!? 」
「 お陰さまで優勝が見えてきたんでね! 」
「 チームの景気づけにひとっ走り!ハニー・デュークスの菓子がある祝勝会って最高~! 」
ガラハッドは口を開けて絶句した。「考えこむより行動」派のふたりだとは思っていたが、ここまで軽率で愚かだとは思わなかった。
セドリックは苦い顔になった。彼も、そのあとガラハッドが言い出したことを、ちょうど心の中で思い浮かべたのである。
ガラハッドは息巻くように言った。
「 じゃあ、それじゃあシリウス・ブラックは、昨日お前らをホグスミードで見かけて、そのあとをつけてきたってわけだ! 」
「「 え…っ 」」
「そうとは限らないだろ」とフレッドは、見るからに狼狽えながら言った。言い返したいだけの顔つきで、声には勢いがなかった。ガラハッドは「ハァ?」という目つきだけでそれを黙らせた。代わりにジョージが、むふぅとこぶしを握り、小鼻を膨らませた。
「 おい!! 」
昨日ロジャー・デイビースとやりあったこともあって、ジョージは引き下がるつもりなんかなかった。「ルール上これはOKだ」とか「可能性のうえではこうだ」とか言って、“ヒトとして当たり前のこと”に対して挑戦的であることを、ジョージは全然イカすとは思わない。それをすることが賢いってことなんだとしたら、俺たちは馬鹿野郎で結構!
ジョージは、猛禽類みたいな目で睨みつけてくるガラハッドに、奮然と指を突き立てて宣言した。
「 俺たちは“にぎわい森のウィーズリー”!うちの親父はよく言ってる。立派な木の根元とか、秘密の穴から来るものはみんな善良なんだ!それを信じないのは、みすみす魔法使いじゃなくなるってことだぜ!?ブラックがあの道から入ってきているわけがないね!俺たちはそれを証明したんだ!! 」
「 ああそう。へええ、そう。そうですか。僕の…僕のほうの親父はな 」
ガラハッドはイライラした声で言った。
内心では絶対ブチ切れているけれど、気取った微笑みは「暖機中ですよ」という感じ。ガラハッドがスゥっと息を吸い込んだとき、フレッドとジョージは揃って身構えた。
ガラハッドは舌鋒を爆発させた。
「 僕の親父は、オリバンダー・フランスの杖職人!こちとらたかだか7ガリオンぽっきりで、馬鹿でもアホでも人殺せる道具売り捌いてんだよ!どんなヒョロガリでも十三人殺せる!!杖は、いくらでも悪用できるんだ。机や箒と違ってな…お前らみたいなのをアタマお花畑っていうんだ!ブラックが生徒の杖を盗んで、ハリーを殺したときに責任とれんのかよ!? 」
「 う…っ 」
セドリックは胃液を感じた。今ので彼は完全に不意打ちで、杖の公定価格を定めた先祖のことを思い出させられた。セドリックはそれ以上何も言えず、動くことができなくなった。
だって、父さんはよく自慢げに言っている。「我が家は、歴史上最も人気のある大臣を輩出した!」と…。
エルドリッチ・ディゴリー大臣は、生涯オリバンダー杖店で買った杖を愛し、その樹に導かれて歩んだという。古い魔法族たるもの“家杖”を使うべしとされた18世紀当時、そのことは珍しかったらしい。彼は、時世により守護聖樹を失った多くの魔女と魔法使いのために、彼らの模範となり、杖を買うことは恥じることではないと示した。
そして、“公益”のために最初にオリバンダー家の者たちの自由を奪った。
公定価格の7ガリオン。それで“最高級”だっていうなら、呪文学の教科書なんか“天上の品”になっちゃうよ。
当時とは物価が様変わりしているというのに、英国において杖の価格だけは…。
ガラハッド、君はどんな思いで、我が家に並んでいる肖像画を見ていたの!?
セドリックは耳を塞ぎたくなりながら、夏休みのことを思い出して胸を押さえていた。彼はフレッドとジョージとガラハッドの、その後の言い争いをただただ聞くことしかできなかった。深く思い悩んでいくセドリックに反して、三人のほうはひたすら売り言葉に買い言葉だった。
「 セキニン?ハリーは元気なのに、現に誰も怪我すらしてないのに、責任!? 」
「 襲われたのはうちのロンだって言ったよなぁ?お前までロンのことオマケ扱いかよ! 」
「 ボケが。ブラックが狙ってる奴といえばハリー・ポッターだっていうのは常識だろうが!揚げ足とってんじゃねえよ! 」
「 そっちこそ無茶苦茶言ってんじゃねえ!見損なった!お前みたいな奴が、人に杖を与えるなんてサイアク!『こいつ人を殺すんだろうな』って思いながら杖売ってんの?そんな杖師に杖をあてがわれてたまるか! 」
「 うるさい!『道具が人を狂わせる』って、良く言ってるのはお前らのほうだろ!!もしもこの世に杖なんかなかったら、狂わずに済んだ人間は、きっとたくさんいるよ…! 」
掠れた声でガラハッドは言った。
フレッドとジョージは、予想外のことに面食らって言葉を失い、居ずまいを正した。
「もしも杖師が杖と出会わせなかったら」と、ガラハッドは重ねて同じことを言った。見えざる手によって首を絞められているかのように、ガラハッドは喉を鳴らした。そして、ポロリ、ポロリと涙をこぼしたのだ。
泣かせるつもりまではなかったフレッドとジョージは、シンメトリーの動きで気まずく顔を見合わせた。たしかに自分たちは言いすぎたけど、彼は名高きギャリック・オリバンダーの弟子なのに…。
完全にシンクロした動きで、フレッドとジョージは神妙に言った。
「「 ハリーのことが心配なのはわかったぜ。けれど、君は精霊のことを信じてないのか? 」」
「 うるさい。うるさい! 」
闇雲に腕を振ってガラハッドは言い返した。
動きは既に引け腰で、足は後ろに下がっていたが。
「 信じてさえいればあのこ護られるなら、信じてくよ!でも、そうじゃないだろ!!! 」
うわああああああん。
そんな感じでべそかいて喚きながら消えていったガラハッドに、双子とセドリックは度肝を抜かれた。まるで“姿くらまし”のように、ガラハッドは一瞬で声ごと消えた。
「「「 え!!? 」」」
ホグワーツで“姿くらまし”は出来ないはずである。
三人は仰天して目を点にしたまま、猛烈にキョロキョロして鏡を探した。
やがてセドリックが、据え付けの大望遠鏡の一部が、陽光を受けて鏡面になっているのをみつけた。「こんなところから!?」という驚きもひとしおの頃、三人になってしまった気まずさから、赤毛を掻きむしりまくっていたジョージがポツリと言った。
「 あいつ、あんな奴だったっけ…? 」
「 いいや、兄弟。今のは俺もびっくりした 」
「 『てめえこれだからガキは~』とか、言ってくるかと思ってたのにな 」
「 前はもっとスカしてたよな 」
「 いや、その…忘れていたけど、僕たち一級上なんだし…それに… 」
「 それに? 」
「 …僕は、横で聞いていて、この件で、ガラハッドを責めてやるのは酷だと思ったな。自分たちが心を込めて作ったもので、人が殺されるなんて堪えがたいと思う――――想像するだけでも 」
セドリックは呻くように言った。悪戯道具を制作する者として、フレッドとジョージもこれには頷くしかなかった。
「君たちにも悪いところはあるよ」とセドリックは付け足した。セドリックは、フレッドとジョージ同様に、ガラハッドの言動の幼稚さにはかなり驚いたが、双子の幼稚さのほうがより有害だと思っていた。いくつかの点から考えて、セドリックにはブラック襲撃がロンの狂言であるとは思えない。
「 監督生会議で聞いたよ。ブラックは、ここしばらくの入寮のための合言葉を全部読みあげて侵入を果たしたってね。合言葉漏らしに気をつけろってスプラウト先生が厳しくおっしゃっていた!僕は、抜け道のことを校長先生に報告するよ 」
「“あの地図”ごと!」とセドリックは、こぶしを握りしめて噛み締めるように言った。
フレッドとジョージは、憎むような目つきでそんなセドリックを見て、揃ってぎちぎちと歯を鳴らした。
「 お前に複製をあげたのは間違いだった 」
「 監督生め。俺たちを売った賞でトロフィーが欲しいんだ 」
「 裏切り者め 」
「 好きに言いなよ。僕は…僕はハリーの箒の欠片を拾いにいって、そこで暴れ柳の瘤のことに気づいたことにする。ひとりで叫びの屋敷に行って、ひとりで忍びの地図を見つけたんだ!この世に存在する地図はひとつ!それでいいだろう? 」
セドリックの心は決まっていた。それから何を言われたってセドリックは、顔色ひとつ変えず返事もしなかった。一時間目終了の鐘が鳴るよりも前に、セドリックは天文塔を飛び出してカツカツと校長室へと革靴を鳴らした。
斯くして四人はバラバラになった。
まるで、あの地図が呪われていたかのように。
反転する、るす転反
左右が?いいえ逆転するのは前後!
鏡の国では、時間は過去に向かって流れていく。全力で走ることでようやく、立っていることができるのだ。
ガラハッド・オリバンダーは、いま何歳?
一年生として入学したとき、彼はちょうど三十歳だった。七つまで戻れば神のうち…。
少年の日に還ろうと、彼自身が選び続けてきたのだ。
「どこかで優しいかみさまが、見守ってくれている」と思えたあの日に還りたくて。
そんなのは真っ赤な嘘だったと、深く知っているからこそ戻りたかった。
魔法の国では願えば叶う。
どこに行きたいとも思えなくて、ガラハッドはずっと鏡の中にいた。天も地もない空間のなか、巡り廻る鏡たちの配置はフラクタルだ。
ぼんやりとガラハッドは思い出していた。
でも、死ぬまで嘘を嘘だと思い詰めなかったのは、「異界」を口にする“先生”が優しかったからなんだよな。水神の聖性が永遠じゃなくても、河童は実在しなくても、“先生”はちゃんとそこにいて、死ねば魂は
今になって、ガラハッドにもようやくわかってきた。自分が、どれほどそれに救われていたかを。
学徒出陣を鼓舞したのが“先生”でなかったら、自分は、もっと冷めていたことだろう。
ダンブルドア先生は“折口先生”に似ている。
だから、頼って訪ねていくのには精神的な準備が要る。
自分がおかしくなっていることだって、ガラハッドはちゃんとわかっていた。あんなに「自分は子供じゃない」と思ったのに、今は「大人になれない」と感じる。まるで大人になれないまま消えていった、“彼”に引きずられているみたいだった――――ダンブルドアがあの子を殺した!
お父さん、お母さん
「忘れていってしまう」と気づくと恋しいよ
あの日河川敷で野球した友達の、顔と名前はどうだったっけ…
どうしよう、諦めていた筈なのに。
ファンタジーでメルヘンな世界に来たせいで、また期待してしまうんだ。
この世に神様がいるのなら、どうかお願いだ、みんなを守ってあげて欲しい!たしかに在ったはずの幸せを奪われるのは、あの世のぶんだけでもうたくさんだ。
ダンブルドアを頼ろうというのもおかしい。
たしかにあの男は強大なる城の守護者だが、救うべき子の一人を救わなかった…。
不思議の国のものは全部ぐちゃぐちゃだ。不合理なことばかりやる羽目になって、あらすじなんかてんでわからなくなって…
…夢と現実の狭間を間違えて、進んでいく時の中でひとりだけ退行する。
ガラハッドは白の女王として、
おはなしの結末はご存知かな?
犬から骨を引くと、何になるでしょう?
「もう我慢ならない!」と心底叫ぶ者が現れれば、この奇妙な冒険は終わりを迎える。
ガラハッド・オリバンダーのなかの時間が、また未来へ進み始めるとしたらそのときだ。
時は進む、む進は時
加速しているね。
早く「大人になる」と決めないと、彼は消えてしまうだろう。
けれどそれも仕方ない。
大人になれなかった子供たちなんて、
■原作沿いポタ二次主人公あるある。「成長する。主人公は人を信じられない状態から、信じられるようになりがち」
成長していると思いました?0巻から一貫して彼は退行しています。三巻編ではそれが加速しているだけ。本当の成長編はまだ始まっておりません。
■今回の元ネタはルイス・キャロル作品。主人公が読んでいたアリスは1920年刊行の『不思議の國 第一部:アリスの夢 第二部:鏡のうら』家庭読み物刊行会より。これが戦後に同じ訳者によって改題され、現在の『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』になるそうです。