大減点をくらってしまったレイブンクロー生たちが、諸悪の根源(?)を捕まえたのはその日の昼のことである。
ガラハッドは、あのあと何をする気力も湧かない状態だったが、どんな気分でも腹は減るので、飯時には鏡の中から出てきた。どうせそんなことだろうと思っていたブルーマフィアたちは、血走った目つきで大広間の入り口に検問を設けていた。
「 いた!あそこにいるわ! 」
シーカー・チョウの眼力が冴える。
レイブンクロー寮の四年生男子たちは、大食堂へと押し寄せる人波を逆流して走った。ガラハッドはそんな彼らに四方八方を囲まれて、ぼんやりと歩いてきたぶん目を白黒させることになった。彼は、シップリーからいきなり襟首を掴まれて「ぐへっ」と言わされたし、昼食の席を、事実上の【被告人席】へと仕立て上げられてしまった。
「 君のせいだよガラハッド卿! 」
苛烈な断罪の声が響く。
ガラハッドは何か返事をしようと思ったが、大皿の上に忽然と現れたスモークサーモンに目を奪われた。いそいそとそれを取り分けて、彼はあくまで食事を優先した。
「 何とかしろよな 」
「 100点だぞ、100点! 」
「 君には退屈な授業が多いのはわかる。でも、サボる授業をどれにするかは考えてよ! 」
「 はぁ…それは、僕のせいなのか?僕は別に、彼らに何も頼んでない……―――いや、すみません。すみませんすみません申し訳ありません 」
ガラハッドは音速で主張を覆した。問答無用でバディーア・アリが、せっかく好物を山盛りにした皿を没収しようとしたからだ。ガラハッドは責め立ててくる同級生たちへと肩を竦めてみせて、挙手して向かい側に座るロジャーへと質問した。
「 悪かったよ。で、僕は100点のうち何点ぶん取り返せばいいわけ? 」
「 俺のノルマが10点回復なら、チョウのノルマも10点。マーカスはあんまり言ってなかったけど、冷たい奴だから罰として10点。マリエッタは凄い大嘘ぶっこいてたけど、よく頑張ってたと思うから、まあ15点取り返す担当ってことでどうだ? 」
ロジャーはしゃあしゃあと言ってのけた。
ガラハッドは、「お前のノルマがたった10点挽回である根拠は何なんだよ」と思ったが、庇ってくれようとした相手にそれは言ってはいけないような気がした。穏便な衝突の作法について、ガラハッドはこれでも日々修養を続けているのだ。
「 えええ、それじゃあ、僕のノルマは残りの55点ぶん?お前の5倍以上ってこと?それは多くないか? 」
「 いやいや、ガラハッドのノルマは70点回復でよくない? 」
マーカスが酷いことを言い出した。マーカスは、自分の点数稼ぎノルマをゼロにしようとして、珍しくロジャーへと強く言い返していった。
「 マリエッタは0点でもよくない? 」
「 え? 」
ガラハッドは純粋に疑問を抱いた。それというのも“一番の大嘘吐き”がマリエッタであったことは、全会一致で承認されている一時間目の事実(?)なのだ。ガラハッドが「なんでそんな結論になるわけ?」とマーカスに言うと、マーカスではなくメアリーがクスクスと返事をした。
「 まあ、『なんで』ですって?ガラハッド卿は、『なんで』が気になるんだって!ふふふ、可笑しい! 」
「 ―――…??? 」
ガラハッドは、不思議の国に迷い込んだアリスの気分がわかった。物事に理由を求めるのは当然じゃないか。何なんだこの理屈の通じないやりとりは…。
マリエッタはさっきからさめざめと涙を流して周囲(特に女子)を味方につけており、情状酌量につき減刑されまくりだ。チョウをはじめとする強烈な弁護団は、彼女を擁護するぶんガラハッドのことを厳しく責め立てた。ガラハッドは皆目事情がわからなくて、ただ「女子を泣かせている奴」という立場に居心地悪さを感じた。
「 わたしが悪いの…わたしが悪いのよ… 」
「 ううんマリエッタは悪くないわ! 」
「 マリエッタのぶんまでガラハッド卿が点を稼ぐべきじゃない? 」
「 そうよあなたのためにマリエッタは頑張ったんだから! 」
「 あなたが償いなさいな 」
「 待て待て、この裁判は理不尽すぎる!タスケテー!! 」
ガラハッドは背後の通路に手を伸ばして言った。
結構本気で縋ったつもりだったが、そこにいたペネロピーは笑って通り過ぎていった。彼女は、七年生同士で連れだってレイブンクローとハッフルパフのテーブルの間を歩いていき、「あんたたちまた馬鹿やってんのね」という視線だけを寄越した。
ガラハッドは目を剥いて大声をあげた。
「 ええっちょっと!置き去りですか!?助けてくださいよ!! 」
そのとき乾いた音が響いた。
パシリ
「 え!? 」
スニッチよりもはるかに大きな獲物だ。視界の端を掠めたガラハッドの手を、咄嗟に難なく掴んだ者がいたのだ。
ペネロピーを求めて宙をきったガラハッドの手は、ハッフルパフ席のセドリック・ディゴリーによって鋭く捕らえられた。
ガラハッドは驚いて身体ごと振り向いた。そして、背中合わせの席に座っているのがセドリックだったと気づく否や、彼は比喩や冗談ではなくその場で飛び上がってしまった。
「 んな!? 」
ガラハッドは奇声をあげた。彼は尋常でなく恥ずかしくて、セドリックの顔をまともに見られなかった。
ちくしょう、いると気づいていたらもっと遠くの席を選んだのに…!
つい今朝がた、彼には捨て台詞を吐いて逃げるところを見られてしまったけれど、「大丈夫?」なんて絶対に訊かれたくはない。
ガラハッドは怖々と用件を待った。
セドリックは、そんなガラハッドを落ち着かせようとするかのように、静かにゆっくりと低い声で言った。
「 ―――聞いて。僕は校長室に行ってきたよ。“あれ”は、僕がひとりで見つけて、ひとりでずっと持っていたものだ。そうだろう?いいね? 」
灰色の瞳と瞳がかち合った。
ガラハッドは慄いた。今、セドリックはひたむきな目でこちらを頷かせようとしてくる。ガラハッドは、彼の言葉を聞いた途端、あのあとの天文塔で行われた三人のやり取りと、その後の彼の行動をすべて正確に直感した。
そして、そんなとことん高潔で男らしい振る舞いのセドリックに、心底圧倒されてヒュッと息を呑んだ。
ああ、凄い。
自分がうじうじと鏡の中に引き籠っているあいだに、このセドリックは、粛々とやるべきことをやりきったんだ。フレッドとジョージを怒らせてでも、ブラックを捕まえるために自分の“忍びの地図”を先生へと渡した…。
ガラハッド・オリバンダーは短くこう告げた。
「 ごめん 」
彼にはこう見えたからだ。
セドリック・ディゴリーという人は、完璧に正しい人間でありながら、年相応に脆くて、今、悲しくて仕方なさそうな顔をしている、と…。彼をひとりで校長室に行かせてしまったことを、ガラハッドは本当に申し訳なく思った。
誰が好き好んで「裏切り者」になんかなるものか。
そんなふうにガラハッドは思うのだ。
「 君は正しいことをしたよ。独りで行かせて、ごめんな 」
するとセドリックが手を放したので、ガラハッドは彼に背を向けてレイブンクロー席へと座り直した。
時は進む、む進は時
そうしてガラハッド・オリバンダーは、おかしな“裁判”へと戻っていった。ロジャーは、またしてもセドリックと自分にはわからない話をしていたガラハッドに対して、今度は100点ぶんすべての挽回をノルマとして課そうとした。戯曲の役柄を与えられたように、ガラハッドは「うぎゃー」と悲鳴をあげてみせた。
こんなのは全部“ごっこ”だけれど、虚しくなんかないね。
子供の世界は享楽的。
くらっと眩暈がするまで遊びたい。
セドリックは、しばらくはガラハッドの後ろ姿を見据えることになったものの、やがて自分もまたハッフルパフのテーブルのほうに向かい、背後の会話をずっと聞いていた。
聞かないわけにはいかなかった。
セドリックは、さっきのガラハッドの言葉には、随分と救われた心地がした――――だからこそこぶしを握ってしまうのだ。
セドリックは、「自分はちゃんと正しいことができた」と安堵しても、ただちに微笑んだり息を吐き出したりすることができなかった。だってさっきからレイブンクローの新キャプテンのロジャー・デイビースは、ガラハッドに対して露骨に“言わせたい台詞”を持っている。ガラハッドのほうもそれがわかっていて、「はいはい100点とればいいんだろ」とは突き放さずに、彼の自尊心をくすぐっているように聞こえるのだ。
セドリック・ディゴリーは憂う。
彼はフォークでミートボールを切り崩したものの、吐き気を感じるあまり口に入れられなかった。自分が気持ち悪くて、仕方がなかった。
ああ自分はあのガラハッドに特別心を許されているんだと、感じていたのは勘違いだったのかな。僕には全然そんな顔は見せないのに、近頃の彼って甘え上手みたいだ…。
「 流石にひとりで100点は無茶だってば。助けてくれようとしたんじゃなかったのかよ~ 」
「 ったく、しゃーねーな 」
「 サンキュー、キャプテン!ほら、みんなもさぁ。僕たちみんなでレイブンクローだろ?20人で取り返せば一人あたり5点!頼むよ、協力して。僕ばっかり手を挙げても先生にあててもらえないんだから 」
「仕方ないわね」と言う女の子たちは嬉しそうだ。向学・勤勉で鳴らすレイブンクロー生たちは、うきうきした声で「夜に勉強会をしよう」と言いあって、楽しいランチタイムを終えていった。ここぞとばかりに何人かの子は、ガラハッドにくっついて移動していき「ねえ、ノート見せて」と言っていた。
「 ―――…はぁ 」
セドリック・ディゴリーは、すべてを聞いてしまったし、眺めて見送ってしまった。彼はその晩、自分の課題に取り組みながらも、過剰に時計を確認してはレイブンクロー寮の様子を想像した。そんな自分が嫌で仕方なくて、真夜中、彼は一睡もできずに暗い天蓋を見つめた。
誰が言い出したことであろうか。
古来、魔法使いは夜育つ。
セドリック・ディゴリーもまた、夜半、人知れず育っていく魔法使いである。秋に16になっている彼は、もう自分が「普通」ではないことを無視できなかった。彼はたびたび嘆いていた。父さん、母さん、ごめんなさい。あなたたちが言ってくれるほど、僕は人に自慢できるような息子じゃない、と。
セドリックは、布団のなかで厳しく自戒した。今回、自分は一も二もなく「正しい行い」へと向かったけれど、それはきっと自分が善良だからではなくて、「これが彼からの信頼に相応しい人物のすることだ」と見なしているからなのだ。
あの日、僕は一人だけ汽車に誘ってもらえた。彼の、本当の姿を見せてもらえた。そのことをずっと誇らしく思っているから…。
それなのに自分が、彼に日常的に親友らしく接されないことを悲しく思うのは、このたびの「善行」が、どこか打算的なものであった証拠なんじゃないのか。そんなふうに自分自身が腐っているから、何の悪気もなさそうなデイビースのことを、妬ましさから「イヤな奴だ」と感じてしまうんじゃないか。
セドリックはむすりと天井を見据え続けた。
まったく困ってしまうことに、ガラハッド・オリバンダーは変わった。
かつての彼は、「返せないものは受け取らない」と、クリスマスカードひとつ受け取ろうとしない人物だったのに。今の彼は、自分の言葉ひとつが万人にとって贈り物に匹敵することを知っているみたいで、そのうえで、ユーモアがあって少々気前が良すぎる。
誰だって、彼を好きになってしまうよね。
でも、共にふざけることなんか誰にでもできる。
自分は、これからも彼の信頼に応えていくんだ。
セドリックは大きく寝返りをうって、溜め息と共に目を瞑った。
彼に特別だとみなされたい。表面は随分変わったけれども、セドリックから見て、ガラハッド・オリバンダーの本質は初めて会ったときから変わらないように見える。
「寂しいの?」と尋ねたときはびっくりした。「そういうことは思わない」と彼は、現状ではなく決断を語ったから。
覚悟によって彼は現状を変えていく。
今だってそうだと、セドリックは信じて疑わなかった。だって“杖の術”の暗部をただ受け入れて嘆いているだけの人物が、あんなに最高な試合を実現したわけがないじゃないか。ハロウィンの夜の魔法のことだって、セドリックはしっかりと覚えていた。
拙作のセドリックがこんな感じなのは、「少年の日のダンブルドア」と重なりうるスペックの優しいイケメン優秀キャラが、子世代には(全世代通して?)セドリックしかいないからです。二次創作は自由!