次の日のことだ。
マクゴナガル先生はエメラルドグリーンのローブを新調したにも関わらず、終日ご機嫌で授業をするというわけにはいかなかった。
それというのも四年生の授業のとき、レイブンクロー寮の生徒たちは、どの子もなんといえない既視感のある雰囲気を漂わせて姿勢よく座り、自信ありげな顔つきで虎視眈々としていたからだ。
マクゴナガル先生は、折角準備をして生徒たちの思考力を培う授業をしようとしているにもかかわらず、「5分与えますから、それぞれ仮説を立ててごらんなさい」と告げるタイミングを何度も失ってしまった。体感では、本日のレイブンクローの四年生たちは、30秒に1回のペースで競って手を挙げた。
「 …よろしい。レイブンクローに1点。さて次は―――… 」
マクゴナガル先生は淡々と授業を進めた。
彼女は杖で黒板を示して、「ここまでをノートに写しなさい」と言った。厳格なる授業者のお言葉に、生徒たちは一斉に書きものを始めた。それを検分しに教室を巡回しながら、マクゴナガル先生は居並ぶ者たちのなかにガラハッド・オリバンダーを探した。
もちろん、とてもイライラしながら探した。
簡単な推理をおこなうまでもなく、これは昨日スネイプ先生が お 元 気 に 振舞いなさった影響であり、この事態の元凶は、あの生徒であるに違いないのだから…。
( ――――おや? )
マクゴナガル先生はガラハッド・オリバンダーをみつけた。彼は四列目の右側のほうに埋もれて座っており、とうにノートを取り終えて、暇そうにのんびりと黒板ではなく時計を眺めていた。
「意外な場所にいた」と感じるということは、彼は、先刻から嵐のように手を挙げたりなどしていないのである。
マクゴナガル先生はムッとして目を細めた。かの生徒は、いかにも「早く実技が始まらないかな」という顔つきをしているが、そこに愛らしさを見出せるような容姿はしておらず、率直に評するならば、非常にふてぶてしい態度だ。くるくるくるくるとマグルのボールペンを回して、まあ流石器用でいらっしゃること…。
マクゴナガル先生には、ガラハッドの腹の底はこうであるように思われた――――“序盤の点をとりやすいところは君たちがとれ、僕は最後に難問の相手をしよう”。
マクゴナガル先生は、パタンッと勢いよく読書台のうえの教科書を閉じた。
彼女は、そのあと一応までに『中級変身術』第8章についてまとめを述べたが、次に手を挙げた生徒たちにはくわッと牙を剥いた。
「 結構!もう結構ですよ。わたくしにはよくわかりました。あなたがたは、〝ある生物を別種の生物に変身させた際に生じる現象″について、よく理解しています――――これは素晴らしいことです!決して嫌味ではありません。あなたがたは、みんなでしっかりと予習をしてきたということですからね!自主的に学習会を開催し、学び合い高め合うレイブンクローに20点!ハイおしまい!これ以上の加点はありません! 」
やけくそにマクゴナガル先生は言った。
するとレイブンクロー生たちは一斉に手をさげた。ロジャー・デイビースは、「20点も!?あざーっす!」と明るく礼を言った。
マクゴナガル先生は咳払いをした。彼女は忍耐力を試されながらも、あくまで生徒たちの良い面を見ようとした。ええ、ええ、素晴らしいんじゃないんですかねレイブンクロー寮…ほら、たとえば最前列の席でマリエッタ・エッジコムは、級友たちの頑張りを嬉しそうに讃えているし…。
「 合計33点!悪くないペースね! 」
マリエッタは嬉々として言った。
マクゴナガル先生は溜め息をついた。エッジコムはいつでも真面目な生徒なので、自分としては全生徒がこれを機に彼女のようになるのであれば、いくら挙手ラッシュが鬱陶しくても、このたびの馬鹿馬鹿しい企てを許そうと思っていたのに…。
マクゴナガル先生は非常に渋い顔つきで、さっき閉じた教科書の表紙をこつこつと指で叩いた。
「 …レイブンクローのみなさん、あとはその徹底的な予習が、個々人の日々の習慣になることを望むばかりです。よいですか、真の優秀さというのは、一時の成功ではなく習慣に宿ります―――さあ、これより実技に移ります!グリフィンドール諸君、負けてはいられませんね?負けてはいられない…とここでお思いなさいなあなたたち!起きなさい!写し終わったからといって寝るのは感心しません。今まとめた理論をもとに、鳥類を哺乳類に変えましょう。体験が知識に実感を与えます。あなたたちのなかで、わたくしにハチドリへと変えられたい者はいらっしゃい!わたしとしては是非とも今宵、あなたたちのなかからも談話室で学習会を開く者が現れることを期待しますが… 」
「「「「「 えぇー… 」」」」」
げんなりとグリフィンドール生たちはぼやいた。
アンドリュー・カークは机につっぷしたまま、少し横向きになっただけで起き上がらなかった。一日の最後の授業である今、やる気なんか残っているわけがない。レイブンクロー生たちが猛烈に挙手をするせいで、本日の授業はどれも爆速で進んでいったのだから。
ケイティ・ベルも同様にぐったりしていた。彼女は、「どうしよう。とうとう変身術にもついていけなくなっちゃった…」と思っていた。
ケイティはのっそりと起き上がって、机に両肘をついて頭を抱えた。
談話室で勉強~??
そんなガリ勉みたいなことをするの、イヤに決まってるじゃん!
え~~んだってそういうのって、あれだもん。パーシーやハーマイオニーみたいに、“勉強したら100点とれる子”じゃないと、恥ずかしくてできないよ。
それにケイティはこうも思った。
勉強って、「友達がいない子のすること」じゃない?と―――…。
だってだって一級下のハーマイオニー・グレンジャーは、よく談話室で本を読んでいるけれど、いつでも泣きそうな顔をしているんだもの!あの子は、そうすることでかつて仲の良かった子たちに話しかけてほしいみたいで、彼らの話題に合わせて、そっと本を取り換えていたりするのだ。どんな表紙が見えたところで、ウィーズリーのロンはもうハーマイオニーに話しかけるつもりはないみたいだけど。
「あれって可哀想よね」とはアネッサ・ベインの言葉だ。
ケイティは今朝それに頷いたけど、ハーマイオニーに対して何かをしてあげられる気はしなかった。ケイティは憂鬱に噂を思い返した。
( ―――あの子の猫、ロンのネズミを食べちゃったんだよね… )
マクゴナガル先生は授業を進めた。
いつものながれ通り、実技学習は復習から始まった。
グリフィンドールとレイブンクローの四年生たちは、まずは与えられた文鳥をティーポット(無機物だ)に変えて、マクゴナガル先生からの点検を待った。ほとんどの生徒が、これに関してはうまくやった。
その間に、ケイティ・ベルはどんどん上の空になっていった。
ペットが死んじゃったら、そりゃあ悲しいよね~…。
死んじゃったらもう戻ってこないんだもんね。
当然、彼女は次に挑戦した「生物から別種の生物へと変身させる魔法」では、全然成果をあげられずに泣き言をいう羽目になった。ケイティは散々な結果のままで、変身術の授業を終えた。
「 あ~、もう、やだぁ!レイブンクローの子たち、ずるぅい。パパッとできちゃうガラハッド卿、頭おかしい。マクゴナガル先生、厳しすぎ! 」
夕食の席にて。
ガリ勉みたいになるのは嫌だけど、「勉強しなきゃ」とは思っているケイティは、アンジェリーナ・ジョンソンを相手に散々愚痴を言った。授業は難しいけど、いよいよ見えてきた優勝杯獲得に向けて、クィディッチの練習はこれからがますます大事!
「今は勉強なんかやってる暇ないもん」と、ケイティは身悶えながら叫んだ。
アンジェリーナは、笑いながら手を叩いて激しく同意してくれた。
ケイティは足をじたばたさせながらふと、同じグリフィンドールテーブルにて、今もハーマイオニー・グレンジャーはひとりぼっちであるのを目撃した。いいやあの子の隣には、ちゃんとラベンダーとパーバディがいるんだけれども、ハーマイオニーは、なんだかそこでは“お客さん”なのである。ぬるい優しさで受け入れてもらって、彼女はいかにも居たたまれなさそうにしている。ラベンダーとパーバディは、全然悪くないと思うけど…ねえ…。
ケイティはポツンと唐突に言った。
「 はぁ…ねえ、ハリー?あの子たちのこと、『ポットになってただけでした』だったらいいのにね 」
「 どういうこと? 」
ハリーは困惑して瞬いた。
彼はケイティ・ベルのすぐ隣にいて、大皿からフライを三つばかり分捕ったところだった。向かい側にいるフレッド&ジョージ共々、「限られた時間に、どれだけ大量に飯を食えるか!?」のチャレンジに燃えているようなものだ。大家族のなかで育ったフレッドとジョージにさえ、シーカー・ハリーの“取り分を奪取する素早さ”は引けをとらなかった。彼らはキャプテン・ウッドからしごきにしごかれて、練習後は毎度飢え死にしそうであるのだ。
ケイティはがつがつ食べる男の子たちのほうへ、たっぷり中身のある大皿を動かしてあげた。
「 うーんそのね、頭ぐちゃぐちゃってして上手く言えないんだけど、あたし、あなたの役割って大事だと思うんだ 」
「 よくわかんない 」
ハリーはぐびっと野菜スープを飲んだ。
新たにポテトをよそいながら、ハリーはケイティの言葉を聞き流した。ハリーの頭の中はそのとき、さっきヘドウィグから受け取ったばかりの手紙に占められていた。
ハリー、ロン、元気か?
明日の六時ごろ、茶でも飲みに来んか?俺が城まで迎えに行く。
玄関ホールで待つんだぞ。危ないから外に出ちゃなんねぇ。
ハグリッドより
未来のことを語ろう――――…
翌日ハグリッドに諭されたことで、ハリーは、初めて優秀な(つまり立派な。強くて、何も心配なんか要らないと思っていた)ハーマイオニーが、このところひどく憔悴していることを知った。それは、自分たちのせいだった。
彼女と共に行動しないからだ。
彼女は、不細工な猫を抱きしめて、ハグリッドの小屋でしょっちゅう泣いているらしい。
たった一人で魔法界に来て、“穢れた血”と呼ばれて。
そのうえ友達まで失ったらどうなるの?
ハリーにはハーマイオニーの孤独さがわかった。
けれどもハリーは、スキャバーズがクルックシャンクスに食べられてしまった手前、ロンがハーマイオニーを許せないのもわかる。「仕方ないよね」と思うが、ハーマイオニーがそんなに追い詰められているなら、何でも「仕方ない」で終わらせてしまうのは、間違っているんじゃないかなと思い始めた。
友達を除け者にするのは、「仕方ない」では済まないこと?
でもそれならば、スキャバーズの死のほうを「仕方ない」で済ますの?
…ハリーは深く考えたくなかった。
そうとも、子供の世界って享楽的。
くらっとしそうになるまで、ハリー・ポッターもまた遊びに耽ってしまう。
ハリー・ポッターは改心した。けれども、ハグリッドに諭された日の夜も、ハリーは、ロンの不興を買ってまでハーマイオニーに話しかける気にはなれなかった。
だってこの週末はホグスミード休暇で…ハーマイオニーは絶対に反対するけれど、ロンであれば、一緒にホグスミードで遊んでくれるから、、、
…――――うそ戻とへ在現を時
そのころ大広間の教職員席では、リーマス・ルーピン教授がサラダを咀嚼していた。
もっしゃもっしゃもっしゃ
満月の直後って、いくら魅力を感じても肉類を食べたくない。ブラッドソーセージなんか絶対にイヤ。「わたしは理性人だぞ」という気概を培う菜食…。
リーマス・ルーピン34歳。
彼は痩せ我慢のプロなのであった。
彼は、今もズボンの尻ポケットにセドリックが提出してきた地図を入れており、しきりにセロリを齧っていたが、目の前の皿に乗っているものなんか全然見ていなかった。彼は深く隈を湛えた目で、“二代目”と見込んだ者たちの動きに神経を尖らせていた。
リーマス・ルーピンは観察する――――フレッドとジョージはグリフィンドールのテーブルにて、オリバーとハリーと早食い大会をしている。彼らクィディッチ代表選手の元気の良さを、グリフィンドール生たちは頼もしく思うみたいだ。
リーマス・ルーピンは、また別のテーブルのほうもじっと見つめる――――ディゴリーは、いかにもハッフルパフ寮の中心人物で、ハッフルパフのテーブルは今日も和やかだ。一方レイブンクローのテーブルは、今日もまた「極めてまとまりがない」と評すしかない状態だが、オリバンダーの周りは大変楽しげであった。
さて、この観察は何のため?
ルーピン先生はその目的を達する前に、なんとも自虐的な気分になった。いやはや我々“初代”の四人組とは違って、“二代目”の彼らはそれぞれの寮の人気者であることだ!わたしとピーターの二人は、ジェームズとシリウスの尻にくっついているばかりだったのになぁ。
ルーピン先生は寂しい微笑を浮かべた。重い疲労を感じながら見る夢―――それは、さながらマッチ売りの少女の見る夢だ。ひととき浮かび上がっては、すぐに虚しく掻き消えていく。
「叶うなら、今は亡き旧友と席を並べて、『僕たちは、あんなにキラキラしてなかったよね』と笑い合いたい」とか、「あの子たちに正体を明かして、とびっきりの驚きを提供してやりたい!」とか…。
いずれも愚にもつかない空想だ。
いけないな、彼らのような才能ある少年たちに、“初代”としてちょっかいをかけたくなるわたしは、教師のくせによろしくない大人だ。やってみたいことを諦めることなんて、慣れきっているから別に何もしないけどね。
ルーピン先生はオトナらしく割り切って、自分では穏やかに過ごしているつもりだった。
けれども隣のスネイプ先生は、このときのリーマス・ルーピンの眼光に、“尋常ならざる何か”を感じた。スネイプ先生はそっと音をたてないように、ゆっくりとフォークを置いて食事を中断して言った。
「 貴様は…帰って鏡を見るべきだ 」
「 え? 」
ルーピン先生はスネイプ先生のほうを見た。
「 ―――…っ! 」
今、ここにもぶつかりあう眼差しがある。スネイプがルーピンに震撼したことなんて、セドリックもガラハッドも気づかなかったが。
今宵、月は
「狼の目をしている」と感じた。
狩りに滾る血潮、静けさのなかの獰猛さ。
執念深い追跡者だ!
実際、ルーピン先生はそうなりつつあった。彼は引き続き“二代目悪戯仕掛け人”たちの動向をうかがうのに忙しく、スネイプ先生からの関わりを無視した。
ぷいっと、スネイプ先生はルーピン先生にそっぽを向かれた。
なんせルーピン先生は必死だったのだ。
「オリバンダーとウィーズリーズ、“本物のほうの忍びの地図”を持っているのはどっち?」と、急いで突き止めたくて―――煌々とした目つきで、彼は少年たちを観察し続けた。昨日は校長を相手に「元の地図を取り返す気はない」と言ったが、考えてみるとそれは恐ろしいリスクを孕んでいるので。
自室に帰ってからもルーピン先生は考えた。
ああこの世に“忍びの地図”が複数あるということは、“暴れ柳”が“叫びの屋敷”に続くと知っている者も複数いるということだろう。そのなかの誰かが一昨日の夕方に地図を眺めていたとしたら―――このリーマス・ルーピンが、満月のたびに“叫びの屋敷”へと向かうことはバレている!
ディゴリーは、暗にそれを告発しに来たのではないか!?
双子はさておき、オリバンダーのほうは、以前からわたしの正体を知っているかのよう…。
彼らは、全員で“叫びの屋敷”に至ったのかな?
あの子たちは、いずれも頭の良い子だ。
屋敷に残っている痕跡を見て、「これはゴーストの仕業じゃない」と正しく気づくだろう。
怪物の存在に気づくだろう!
そう、わたしは怪物だ!!!
懊悩の夜は更けていった。
ルーピン先生は心底わからずにいた。
なぜ?わたしの正体を知っている者が、わたしを好ましく思うなんて有り得ないのに。
なぜ?あの子たちはすぐにわたしを告発しないのだろう?
ルーピン先生はその夜も眠れず、ますます草臥れていくのだった。
ところで自室に戻ったのはルーピン先生だけではないので、それ以降気が気でない日々を送っていくのは、リーマス・ルーピンひとりだけではなかった。セブルス・スネイプだってその晩自室に戻ったし、陰気な地下牢で眠れぬ夜を明かした。
スネイプ先生は、肌身に感じたルーピンの狂想を思い出して、その日は一晩中うろうろと製薬器具を睨んだ。憑りつかれたように積んでいた本を崩して、昔自分がした書き込みを読み返したりした――――忌々しいが、例のクソガキによるレポートも見返した。脱狼薬の品質向上に向けて、役立ちそうな知見は何でも取り入れたかった。
翌朝、ルーピンの獣性が薬では抑えられていないことについて、セブルス・スネイプはダンブルドア校長に訴え出た。
しかし、事実上相手にされなかったと感じた。
スネイプが思うにダンブルドアの憎たらしいところは、実際は万能の超人というわけでもないくせに、「なんでも上手くいきそう」という気分を振りまく天才であるところだ。
スネイプもそれに浮かされそうになった。閉心術がなくては、すっかり浮かされてしまったかもしれない。
ダンブルドアは、実質何もしないという点ではファッジ大臣と同じであった。
「彼と話す機会を持ったことそれ自体」は収穫ではないと、スネイプは自分に言い聞かせなくてはならなかった。
そうこうしているうちに、一週間が終わっていった。
時計の針は、止まらない。
その週末はホグスミード休暇であった。スネイプ先生に言わせると、“どいつもこいつも浮足立って卑しくなる時期”だ。
その頃には、スネイプ先生は正しく勘づいていた。
きっかけは、役立ちそうな資料を探すとき、「このレポートをあの男も読んだのだったな」と気がついたことだ。
スネイプ先生は、日頃ぼんやりへらへらしている同僚が、時折狂気的な目つきで追跡している相手――――その対象の生徒が、脱狼薬について意義ある知見をもたらしたガラハッド・オリバンダーであることに気がついた。
気がついたことから、スネイプ先生は次のように考えた。
ガラハッド・オリバンダーは、最古の純血一族の一人息子だ。熱心な家庭教育を施されていて当然なのだが、グリフィンドール卒の者には、そのところがわからんのだろうか?自分の立場からはあのレポートは、「“あの元気爆発博士の子”であるならば当然書いてくるもの」のように思える。だがルーピンは、あれでオリバンダーに正体を知られたと錯覚して、口封じの衝動に駆られているのではないか…?
スネイプ先生は苦々しく思った。もしもそうであるのだとしたら、オリバンダーが化け物に目をつけられるきっかけをつくったのは自分だ。「自分のせい」というものは、何であれ非常に後生が悪い。どうにかして、オリバンダーに警告を与えたい―――…。
そこで週末、スネイプ先生は張り込みをすることにした。チェックポイントは四階の隻眼の魔女像の地点。レイブンクロー塔から降りてきた者が、玄関ホールに向かうときに通る三叉路だ。
スネイプ先生は以前にもここで、ガラハッド・オリバンダーへと警告を与えたことがあった。素直でない男スネイプは、毎度迂遠な方法を選ぶのであった。彼はホグスミード休暇の朝、ガラハッド・オリバンダーが外出のためにこの地点を通ったら、何やかんや理由をつけて足止めしてやろうと思った。
「 ―――…? 」
「 でね、Sirったらそのときね… 」
ガヤガヤと生徒たちが通り抜けていった。
スネイプ先生は唇を噛み締めた。名前だけは何度か聞いた気がするが、あのクソガキ本人はいつまで経っても通らない!
勝手にイライラするスネイプのことなどつゆ知らず、その頃ガラハッドは寮でぼんやりしていた。
「 なあ!お前マジで行かないの? 」
ロジャーが明るい声色で言う。ガラハッドはベッドに寝そべったまま、雑誌のページをめくって「ん~」と気だるく答えた。
「 うん、いい…。あの、実はさ、僕最近、フレッドとジョージと喧嘩しててさ… 」
「 へえ!ああ、あれか?もしかして、一時間目をサボった日のこと? 」
「 うん。あいつら、ホグスミード休暇なんかはしゃいでるに決まってるじゃん。こっちはまだ怒ってんのに、鉢合わせて気楽にしてやがるとこなんか見たくないもん――――だから今日はパス 」
「 OK。ってことは今日はワンチャン…!? 」
ロジャーは全身鏡を覗き込んだ。彼はもう一度身だしなみを確かめて、これからのことを想像してニヤニヤした。
マーカスは既にパドマと出かけていったし、今日はガラハッドは来ないらしい。
と、いうことは今日という今日は、チョウとふたりっきりになってチューとかできちゃうかも!?うっひょおおおおおっとロジャーは男子寮を飛び出した。
「 あっ、でも! 」
ロジャーは大きな独り言をいった。
不意に気づいたことがあるので、スキップは停止!急停止だ!
でもでも、これだとマリエッタが独りになっちゃうんだよな~。彼女、いいひとすぎて絶対遠慮するもん。
ロジャーは、チェーンピアスをいじりながらムッツリと悩んだ。ひっそりとガールフレンドとふたりっきりになることよりも、みんなでワイワイやりたい俺ってガキなのかな、と…。
ロジャー・デイビースという少年のたぐい稀なる部分は、そういう葛藤をそのままガールフレンドに話すところである。
チョウ・チャンという少女のたぐい稀なる部分は、その申告を好意的に受け止めるところだった。
世界よこれがレイブンクローカップルだ!あの“ガラハッド卿”の近くにいると霞むが、彼らだって大概変わり者である。
寮を出て玄関へと向かいながら、「あなたのそういうところ大好き!」とチョウ・チャンはにっこりと笑った。
自分の意見を肯定してもらえたロジャーは、嬉しくって気も声も大きくなった。
「 サンキュ!俺もきみのこと大好き! 」
「 うげっふ 」
異常独身男性は呻いた。
「今度こそ」と思って待ち伏せをしていたスネイプ先生は、響いてきた声にぞっとしてしまった。ガラハッド・オリバンダーが来ると見込んだ方向からは、ロジャー・デイビースとチョウ・チャンが手を繋いでルンルンと、暴力的な爽やかさを振りまきながら歩いてきた。
スネイプ先生は目を焼かれた気分になり、そっと掃除箱の影に隠れた―――暗くて、少し湿っていて魅力的な場所だ。粘菌のように壁に張りつくスネイプには気づかず、チョウはにこにこしてポニーテールを振った。
「 わかるなぁ!ごめんねロジャー、わたしも正直そうなの。マリエッタを置いてきちゃったこと、すっごく申し訳なくて…ああもう、馬鹿ガラハッド、せめて談話室で過ごせばいいのにね!?『じゃあ残るわ』って言ったときのマリエッタの顔、見た? 」
「 ほんそれ!俺はちゃんと提案したんだぜ?『じゃあ談話室行けば?』って…なのにあいつ、あの調子だと多分部屋から出てこないよ。チャンスは飯時ぐらいかなあ 」
「 視えます…視えます…ああマリエッタ・エッジコムは、『あら偶然ね』みたいな顔でガラハッドと一緒にランチに行きます…それまでずっと彼を待っているでしょう! 」
「 間違いない!そんで、ガラハッドはそれを真に受けるんだよな!俺はわっかんないね。マリエッタは、あそこまでしてなんではっきり言わないんだ? 」
「 ばか~。女の子の気持ちわかってな~い 」
チョウは可愛らしくロジャーを小突いた。
スネイプ先生は、胸を抑えてゼェゼェと喘いだ。
「 うぐぐぅ…っふ 」
失せろ…さっさとどこかへ行け、そこの甘酸っぱいバカップルども!!!
スネイプは脂汗をかいた。暗い地下実験室に慣れたこの目は、爛れて潰れてしまいそうだった。スネイプは物陰でじゅうぶん調子をととのえたあと、気を取り直して再び隻眼の魔女像のところに戻った。
すると今度は野暮ったい男子二人組がいた。
「 ほ~~~ぅ? 」
スネイプはにんまりと黄色い歯を見せた。何かにつけて「キモい」などとほざいてくる女子生徒は苦手だ。しかしこんな野暮ったい男子生徒たち相手ならば、スネイプはいきいきとして本領を発揮できる。
薄気味悪い笑顔で近づいてきたスネイプに、ハリーはペッと地面に唾を吐きたい気分になった。
「 ポッターにロングボトム、こんなところで、何をしているのかな?合言葉漏らしのロングボトムに、外出許可証のないポッター!貴様らは寮にこもっているのがふさわしい…ふさわしい…そのようには思わんのかな?はたまた、悪しき企みを抱いているのか… 」
「 ぼ、僕、図書室に行ってきたところです。僕たち、偶然そこで出会って…! 」
ネビルは怯えながらスネイプへと説明した。ハリーは、竦みあがったネビルが自分の腕を掴んできたので、咄嗟に「げっ」という顔をしそうになってしまった。
許可証がないから何だっていうんだ?
ハリーは、早く隻眼の魔女像の下の抜け道からホグスミードに行き、ハニーデュークスの店でロンと合流したくて仕方がなかった。それなのにネビルは縋ってくるのだ。
「 ねえ、ねえ、帰ろうよ。一緒にバンパイアについてのレポートを書こう?あのニンニクのところ、僕わかんなくって… 」
「 貴様、何を持っている? 」
スネイプ先生は目敏く言った。ハリーはネビルに腕を掴まれたせいで、手にしていた透明マントをどこにもやれなかった。それが自分の身体の前になって自分を透明にしてしまわないように、ハリーはやけに大きく脇を開けていた。
ハリーはイライラとして答えた。
「 何も?カップルじゃないんだから、ベタベタなんかしたくないだけですッ 」
「 それは適切な判断だ… 」
スネイプは深々と頷いた。さっきチョウとロジャーの放つオーラに目を焼かれたのは、スネイプひとりではなかった。
ハリーは、演技をするまでもなく非常にむしゃくしゃしていた。ハリーは、チョウ・チャンはとっても可愛いから、「彼女には既にボーイフレンドがいるかもしれない」とは思っていたけど…けど…「よりによってあのチャラ男かよ」と思うと壁を殴りたい!
ハリーは肩をいからせて言った。
「 離してネビル。一緒に寮に帰ればいいんだろ、ほら! 」
「 よいレポートを書け…学究こそ真の男の道… 」
「 何言ってんのあいつ、キモ 」
ハリーはスネイプに背を向けて、ネビルと共に足早に歩き去って通路を左に曲がった。
ハリーは仕方なく一度グリフィンドール寮へと帰ることにしながら、しっかりとネビル相手にスネイプのことを罵った。
時間は、こうしている間も刻々と過ぎ去ってしまう。
談話室に戻って時計を見たハリーは、これ以上ロンを待たせられないと思った。ハリーは肩をいからせたまま、マッチョイズムにかぶれたみたいに威勢よく言った。まだ左手に透明マントを持ったままなので、こういう格好しかできないのである。
「 僕、忘れ物をしちゃた!取りに行ってくるよ!! 」
ネビルは「行ってらっしゃい!」とハリーを送り出した。そんなに肩肘張って主張しないといけないなんて、余程凄い忘れ物であるに違いないと思ったので…。
こうして、ハリーは無事にグリフィンドール寮を脱出したあと、二度目には誰にも見つからないようにして巧くやった。フレッドとジョージに貰った“忍びの地図”を使って、ハリーは上手に通行人が途切れる隙をついて隻眼の魔女像を杖でたたき、呪文を言って抜け道へと至った。石の滑り台を降りて着地したとき、ハリーは人知れずニヤッとした。
( ―――最高の道具だ! )
ハリーは尻ポケットに乱雑に地図をつっこんで、ホグスミードへの道を走り出した。
透明マントにすっかり隠れたまま、ハリーはハニーデュークスの店の前に辿り着くことができた。長いあいだ待ちぼうけをくっていたロンは、燦々とした陽のもとで赤毛を輝かせていた。
ハリーは、走ってロンに近づいて、息をととのえるよりも前に、にっこりとしてロンのことをつついた。
「 僕だよ 」
ちょんちょん、ちょんとハリーはロンをつついた。
ロンは胴体のあちこちを透明な手でつつかれて、くすぐったくて声を殺して笑った。
「 遅かったな、どうしたんだい? 」
「 スネイプがうろうろしてたんだ… 」
「 どこにいるんだい? 」
ロンはほとんど唇を動かさずに喋った。
「ここだよ」と答えて並んで歩きながら、イカした小技だとハリーは思った。
郵便局に行ったとき、浮かれているハリーは気がつかなかった。総勢三百はくだらないフクロウたちは、止まり木からちゃんとハリーのことも見ていた。銀色に目を光らせて、彼らはホーホーと柔らかい声をあげた。
ふたりは次にゾンコの店に向かった。ハリーは、そこで見たこともない愉快なものばかりの棚から、特に面白い悪戯道具をたっぷり買った後、混雑している店の中で誰かの足を踏みつけてしまわないよう、急いで外の広い場所へと出ることにした。そうして中心街のハイストリートへと転がり出たとき、ハリーはまたしても見たくない二人組を見かけた。
チョウ・チャンとロジャー・デイビースは、仲が良さそうに肩を並べて、山盛りのワゴンからこれという靴下を選び出すことを楽しんでいた。ゾンコの店の向かい側には、グラドラグス魔法ファッション店が輝いているのだ。
「 これ可愛くない? 」
「 いいやこっちのほうがセンスあるね 」
ロジャーはお気に入りの靴下をつかみあげた。魔法がかけられているそれは、キャラクターがぱちくりと瞬きをした。
「 マグル製って、可愛いね 」
チョウは感激したように言った。チョウは帰寮したら子豚のデザインの靴下を履いて、「ぷぎゅう」という鳴き声でマリエッタを笑わせようと思った。
ハリーは、踵を返してロンを小突いた。
「 ――――??? 」
予想外の方向からつっつかれたロンは、変に飛び上がってキョドキョドしてしまった。
「 あっちへ行こう 」
ハリーは暗い声で囁いた。
「 あっちだ。向こうの丘のほうへ行こう… 」
「“叫びの屋敷”のほうかい? 」
ロンは機嫌よく歩き出した。ロンのポケットは悪戯道具でぱんぱんになっており、あんまり格好の良い歩き方とは言えなかった。
「 いいね、見に行こう!あそこ以上に怖いところはないっていう噂さ。ホグワーツのゴーストでさえ近寄らないんだって。フレッドとジョージは、どうして今日は来なかったのかな?あのふたり、“叫びの屋敷”に入る方法を探しまくってるらしいのに 」
「 ふーん 」
ハリーはロンについていった。ハリーとロンは、隻眼の魔女像からホグスミードまでの道を知っているが、暴れ柳から続く道のほうは、“忍びの地図”に載っていないので知らない。けれどもハリーはクィディッチロッカールームでの会話を思い出して、今日双子が遊びに来ていない理由に心当たりがあった。
丘を登りながらハリーは言った。
「 あの二人、こないだガラハッドと喧嘩したんだって 」
「 へえ 」
「 僕に“忍びの地図”を譲ってくれた件でね。ふたりは、『これがあれば自分で身を守れるだろ?』って…『籠の鳥になるなよ』って言って、“忍びの地図”をくれたんだ。けど、これはあの二人だけのものじゃなかったみたい。でもさ、二人は返さなくていいって言うし、僕からガラハッドにこれを返す必要はある?こんなに良い物を隠していたんだよあいつは!僕のこと、年下だからっていつも下に見てさ…外出許可証だって、ちゃっかり一人だけ手に入れていたんだ!あいつが外出許可証をでっちあげていること、アラベールさんが知ったら怒るに違いないよ 」
ハリーは早口でまくしたてた。急に「いけないことをしている」という自覚が湧いてきて、なんだか唇が滑る感じがした。
ロンはハリーがガラハッドに出し抜かれていたことを笑い、自分も双子の兄に騙された経験を話した。
ハリーは、今度はうまく声が出なくて変な返事をした。
ガラハッドは、口喧しいがただの威張り屋ではない。ロンにとって双子がただの酷い奴ではないように、根底には愛情があるのだ――――そのことを自覚すると気がふさいでくる。
ハリーは、透明になっている自分の足を見下ろして、なんだか申し訳なくて切ないような気持ちになった。叫びの屋敷の門前で、ハリーはしばし感傷に浸った。
板が打ち付けられた窓に、草ぼうぼうの庭。薄気味悪い屋敷を目に映しながら、ハリーはぽつんと小さく呟いた。
「 仲直りしてほしいな、彼ら… 」
「 っ!? 」
ロンが鋭く振り向いた。ロンは、このとき何か硬質な破砕音を聞いた。
ハリーにもそれは聞こえた。
ハリーは、急いで透明マントを改めてきつく巻き付けた。誰かが、丘の反対側から近くまでやってきており、ペキパキと小石を踏みしめて、クスクスと談笑している――――聞き覚えのある声で、耳に入るだけで気に障った。ロンは大変正直に、「うげぇ、マルフォイ…」と思い切り顔を歪めた。
ドラコは、噂の“叫びの屋敷”とやらの前まで楽しく歩いてきて、そこに突然ロンが姿を現したように感じた。彼はクラッブとゴイルのほうを見て話しながら歩いていたので、黙って立っているロンに気づくのが遅れたのだ。
ドラコは目を丸くして言った。
「 ウィーズリー、何をしているんだい? 」
「ひとりなのか?」とドラコは怪訝に思った。訝しさから目を細めて顎をあげたドラコに対して、ロンはさっそくムカッ腹を立てた。
「 ああそうだよ。何か文句あるのか、マルフォイ? 」
「 さしずめ此処に住みたいんだろうね 」
ぴしゃりとドラコは言ってやった。
ロンが唇を捲れ上がらせて呻いたので、ドラコはとても良い気分になった――――続けてこうも言ってやった。
「 違うかい、ウィーズリー?『自分の部屋が欲しい』なんて夢を見ているのか?君の家では、家族全員が同じ部屋で寝るんだってな。信じがたいことに… 」
ドラコは話しながら辺りを見渡した。ロナルド・ウィーズリーが此処にいるということは、近くにポッターがいるはずだと思ったが――――こいつは、本当にひとりでわざわざ村はずれの丘に来ていたんだろうか?どういう心境なんだ…とドラコは思った。
そういえば、ポッターはブラックに狙われる身なんだっけ?
ウィーズリーめ、ポッターがいないと他に友達がいないのか!
ドラコは、ロンの全身を検分するかのようにニヤニヤした。
ハリーは、「マルフォイのやつ、何か企んでいるな?」と思った。ハリーはロンのローブの後ろをつかんで、ロンがマルフォイに飛びかかろうとするのを止めた。
「 僕に任せて 」
ハリーはそっと囁いた。こういうのは先手必勝だ。ハリーは足音を立てないように、忍び足で蟹のように移動を始めた。「こんなに完璧なチャンスを逃す手はない」と、緑の目は興奮に燃えている。
ハリーは、そっとマルフォイ・クラッブ・ゴイルの背後へと回り込み、しゃがみこんで地べたの泥を片手にたっぷり掬った。マルフォイは意気揚々として、クラッブとゴイルの脳みそにもわかるような、“ロン・ウィーズリーの癇に障ること”を言った。
「 僕たち、ちょうど君の友人のハグリッドのことを話していたところだ。危険生物処理委員会で、今頃あいつは何を言っているかなって!委員たちがヒッポグリフの首をちょん切ったら、あいつ、不細工に泣くなぁ? 」
ぺちゃ!
ハリーが投げた泥の塊は、調子に乗っていたドラコの後頭部に命中した。
ドラコはぐらっと前に傾いて、冷たいものがうなじを滴るのにゾッとした。
「 な、なんだ…!? 」
ロンは笑い転げた。彼は、笑いすぎてヒィハァと涙をぬぐい、“叫びの屋敷”の垣根につかまらないと立っていられなくなった。
三人のスリザリン生たちはぐるぐると回って周囲を確認したが、近くには誰もいないように見えて、どうしようもできなかった。髪についた泥を落とすとき、ドラコは心臓がバクバクしていると感じた。
「 一体なんだ?誰がやったんだ!? 」
「 このあたりはなかなか呪われ模様ですね? 」
「 しもべ妖精か?貧乏人のくせに、生意気に―――…出てこい!僕を誰だと思っているんだ! 」
ハリーは二発目をお見舞いしてやった。
ドラコは、ロンに向き合って啖呵を切ったものの、ヘドロにまみれた貴族なんて
――――たまらなく愉快だ!
ハリーのほうも調子に乗ってきて、“悪戯”の対象をクラッブとゴイルにまで広げた。ハリーは声をあげずに笑い転げながら、思いつく限りの方法で彼らを虚仮にしていった。クラッブとゴイルにも泥を投げつけたし、背後から木の棒も投げた。それから、足を引っかけて転ばせてやろうとした。マントは引っ張られたら脱げるんですよと、先日このドラコ・マルフォイたち三人が、ご丁寧にも身を以て示してくれたにも関わらず……だ。クラッブが裾を踏んづけたので、透明マントはハリーの頭からするりと落ちていった。
「 あっ 」
「 ギャアアアアアア 」
ドラコは、宙に浮く生首を指してのけぞった。
実のところこのドラコ・マルフォイは、生首がとても怖いのだ。
「首をちょん切ったら」なんて、冗談だから口にできるのである。“ほとんど首なしニック”のことを、ドラコはホグワーツで一番おどろおどろしいゴーストだと思っている。
「 ひぃッ、ひぃッ、ふぇぁ 」
ドラコは死に物狂いで丘を駆け下りた。
クラッブとゴイルもあとを追ったが、ドラコの素早さには敵わなかった。
「 ハリー! 」
ロンは鋭く叫んだ。
ハリーは透明マントを引っ張り上げたが、もう後の祭りだった。
ロンはよろよろと進み出て、ハリーの消えたあたりを絶望的な目で見つめた。
「 逃げたほうがいい。マルフォイが誰かに告げ口して、戻ってきたら…いいや、君は城に帰ったほうがいい。城を抜け出したって、バレないようにしなきゃ――――急げ! 」
ハリーも一目散に丘を駆け下りた。奇しくもマルフォイを追いかけて走る羽目になっている!けれど、「抜かしてやるぞ」と意気込む気力はもう残っていなかった。
秘密の抜け道を走り続けながら、ハリーはじくじくと脇腹の痛みを感じた。
マルフォイは、自分の見たものを信じるだろうか?
マルフォイの言うことを、誰が信じるだろうか?
ハリー・ポッターが透明マントを持っていることを知っている人物は、ホグワーツのなかでも限られている―――――アルバス・ダンブルドアと、ガラハッド・オリバンダーだ。ハリーは、五臓六腑が縮んで捩じられる心地だった。ハリーは、マルフォイに何か話しかけられたガラハッドが、大広間の群衆をモーセみたいに割って、ブチギレた眼光で闊歩してくるのを想像した。
彼の“カミナリ”って、本当に物理的な落雷現象かも…。
夏休みの経験からハリーには、ガラハッドに叱られる自分ならば100通りでも想像できた。アラベール・ノアイユのような感じで、ガラハッドは機関銃のように正論を放つだろう――――なぜ外出した?外出禁止の意味をわかってるか?「外出」と「禁止」という単語の意味だけではなく、「何のための措置か」ということがわかってんのか?わかっているならばなぜ外出した?わかっていないから、外出したんじゃないのか?何を以てお前は「理解した」と示すんだ?示せるか示せないかの能力は問っていない!示すための努力で、誠意を示せと言っているんだ。さあどうする?「馬鹿の一つ覚え」と「反省のポーズ」は猿でもできるぞ!!!――――大体こんな感じ。
『 こうなると思っていたからお前に“地図”をやらなかった!!! 』
ハリーは、ガラハッドがアラベールにやられていたように、ガラハッドがこちらの頭を鷲掴みにしてくるのを想像した。
…してほしい、とハリー・ポッターは思った。
じくり、と脇腹の痛みが心まで蝕む。走って走ってホグワーツを目指すときの、抜け道のなかはとても暗いのだ。
夏、アラベールさんにボコボコに叱られて、ガラハッドがぐったりと打ちのめされていたとき。
「あ~ぁあ」とフローリアンが笑って、そんな彼を慰めていたとき。
“ドンマイのアイスクリーム”のご相伴に預かりながら、自分は本当は羨ましかった!
だって「ただ遊びたかった」という理由だけで、こんなに酷いことをしてしまっても、自分を守ろうとしてくれている人たちの努力を裏切ってしまっても、ハリーはあのダンブルドア先生が素晴らしい微笑みを崩し、必死で叱ってくれる姿が想像できない。
きっと見捨てられるんだとハリーは思った。
実際その可能性があるかは別として、ハリーのような子供にはそう思えるものだ。
ダンブルドアは、「そうかね」と少し残念そうに言うだけで、カードをひっくり返すように自分を見放すだろう…。
ハリーは、殴られることなら何発だって平気だった。ダドリーにやられた回数は星の数なのだ!血が出たって平気だから、どうか見捨てないで叱ってほしかった。
こんなときにハリーは泣かない。
泣いたらもっと殴られると、骨身で学んできた少年だから。
決然とした顔つきで、ハリーは石の滑り台の上を見上げた。「動かぬ証拠」になってしまえば、“透明マント”は必ず没収される!父ジェームズの遺品を取り上げられることは、何に代えても防ぎたかった。
ハリーは透明マントを滑り台の手すりへと引っかけて、汗で滑る手で杖を使い、隻眼の魔女の瘤から飛び出して、ホグワーツ城内へと戻った。
WaningGibbous(立待月)のアナグラムはAbusingBowing(激烈お辞儀強要)。Abusingは直訳だと「虐待」。濫用とか悪用という意味でも使いますよね。つまり徹頭徹尾駄洒落回。