汗だくでホグワーツ城内に戻ってきたハリーは、断罪の時は近いと感じた。自分は肩で息をしておりもう走れないけれど、革靴と衣擦れの音が響いていた。ハリーは、ここで現れたのがガラハッドだったら、自分の悪かったところを一つ一つ話し、誠心誠意「二度としない」と誓っていただろう。僕を守るためなら親でも殺すと言った、あの気迫を再び浴びせかけられたかった。ところが現れたのは黒衣のスネイプだったので、ハリーは憮然としてポケットに手を突っ込んだ。
「 …チッ 」
「 さてと 」
スネイプ先生は立ち止まって言った。彼は、たったいまポッターがポケットに突っ込んだ手は、泥んこであったことを見逃していなかった。スネイプ先生は、教師としての自身の直感を誇った――――やはりこの生徒は悪巧みをしていた!
「 ポッター、一緒に来たまえ 」
ハリーは渋々スネイプについていった。
ハリーはスネイプの後ろについて階段を下りながら、ポケットの中で泥だらけの手をぬぐった。「ちくしょう、よりによってコイツか」と思いながら…。まあマルフォイが泣きつく相手といえば、寮監であるスネイプだと相場決まっている。ハリーは、「いくらあいつに泥んこにされたって、自分はマクゴナガル先生に泣きつかないのにな」と思って腹を立てた。泣きつく泣きつかないは個人の自由であって、これはとことん理不尽な怒りであったが。
第一、人を泥んこにした(された、ではなく)のはハリーのほうなのである。
大いに校則を破っているのも、ドラコではなくハリーのほうだ。
スネイプ先生は、自分でポッターを研究室に招き、自分で彼に椅子に座るように言って、自分は立ったままという状況をつくったのでありながら、この生徒があまりにぶすっとして偉そうに座るので、憎たらしさで米神がピキピキした――――こいつ、立場をわかっているのか?
スネイプ先生は手順通りに尋問を始めた。「マルフォイ君はこう言っていた」とスネイプ先生が話しても、ハリーはしばらく黙っていた。やがて、彼は見え透いたシラの切り方をしたが、子供の嘘なんて暴くのは簡単だ。ハリーが「ずっとグリフィンドール寮にいました」と言ったので、スネイプ先生は「証人はいるのか?」と聞いた。ただちにハリーは何も言えなくなった。
「 なるほど 」
スネイプ先生は事実確認をやめた。教師の王道―――生徒指導の手順その2。次にこの生徒に対して必要なことは、「自分がしたことが何で、それがどういう意味を持つかを示して理解させること」だ。
ハリーは、それについてならもう十分わかっていた。
そして始まったスネイプのネチネチ説教を、ハリーはただひたすら「自分への挑発だ」と感じた。
「 魔法省大臣をはじめ、誰もかれもがハリー・ポッターをシリウス・ブラックから護ろうとしている。有名だ…これはあまりも有名な事実だ。知らん筈はあるまい?しかるに、有名なハリー・ポッターは自分自身が法律だとお考えのようだ。一般の輩は、このハリー・ポッターの安全のために勝手に苦労すればよいと!勝手に心配すればよい、とな!有名人のハリー・ポッターは好きなところへ出かけて、その結果どうなるかなぞ、お構いなしというわけだ。ポッター、なんと君の父親にそっくりなことか… 」
「 ―――… 」
ハリーは、「なぜいま父親の話?」と思った。
スネイプ先生は、彼なりにはこれには強い理由を持っていた。
かのジェームズ・ポッターは、有名人ではなかったし、英雄ではなかったし、みんなに有難がって持ち上げられていたわけでもなかった。ジェームズは、ハリーほど綺麗なアーモンド形の目をしていたわけではなく、持て囃される容貌というわけではなかった。
それなのに、傲慢だった。
実に、実に傲慢だった!
スネイプ先生は、ハリーのほうがジェームズよりもずっと有名で、人に好かれるたちで、今にハンサムだと囁かれるようになる容貌をしているぶん、ジェームズよりもハリーのほうが、もっともっとずっと傲慢になって当然であり、邪悪になる資質があると確信している。
その悪の芽、絶対に摘んでやるぞと思っている。
「 ポッター!君の父親も、規則など歯牙にもかけなかった。規則なぞ、つまらん輩のもので、クィディッチ杯の優勝者のものではないと、甚だしい思い上がりをしていた…! 」
ハリーは歯を食いしばった。
ハリーには、スネイプはいまや細長い顔に悪意をみなぎらせているように見えた。
昔のことを思い出して、スネイプは熱くなっていった。余談だがこの男の顔は、日頃土気色なので血色がよくなると腐った牛乳の色になる。
スネイプはその場をうろうろした。
「ジェームズのそういうところ大嫌い」と、リリーも言っていたんだぞこのスットコドッコイ!
もしもリリーが生きていたら、今回のことは厳しく叱るに違いなかった。「流石僕の息子!」と笑うジェームズを引っぱたいて、特大の“吼えメール”をホグワーツに寄越すだけでは飽き足らず、リリーならばマルフォイ家の保護者のように、ホグワーツに駆けつけて直接息子を引っぱたいたことだろう。スネイプはその光景を、ありありと思い描くことができた。
リリーは、バチーン!!とハリーの横っ面を張って、そして必ず抱きしめて涙ぐみながらこう言うのだ。
ああハリー、生きていてよかったわ
お母さんはどれだけ心配したことか
狙われているあなたを、ホグワーツにやるのも怖いのよ
本当は、ずっとついていって、護ってあげたいと思っているのよ
「でもお友達がいるでしょう?」と、リリー・エヴァンスは言うに違いない。
「親が学校に来るなんて恥ずかしい!」と、思春期の子供は決まって感じるものなので。
お友達がいるから、お母さん我慢してるんですからね
あなたのこと、命よりも大事よ
でも、お友達がいるから…
スネイプは、暗い瞳に火を灯した。
誰が、これに声を与えて代弁してやるのだ?
ハリー・ポッターにはリリーが必要だ!
しかしながら焦って紡ぎ出す言葉は、習慣のままにしか形を結ばない。
唇に脳を支配されているようで、セブルス・スネイプは焦っていった。
「 君の父親は、ひどく傲慢だった。少しばかりクィディッチの才能があるからといって、自分が他の者より抜きんでた存在だと考えていて…。友人や取り巻きを連れて、威張りくさって歩いて…! 」
「 黙れ。父さんを侮辱するな 」
「 我輩に向かって、何と言ったのかねポッター!? 」
「 黙れって言ったんだ、父さんのことで!僕は本当のことを知ってるんだ!いいですか?父さんは、あなたの命を救った! 」
ハリーは完全に頭に血がのぼっていた。彼は勢いよく立ち上がって、スネイプへと指を突き立てて叫んだ。
これにてスネイプはカチーンときた。彼は胸中で静かに念じた。
生徒指導の王道、その3――――クールであれ、見返りを求めるな。虐待されて育った子供は、野良犬のようで可愛くなくて当然。可愛げがある場合は、むしろ危険な兆候。
その4、生徒を否定するな――――大人からすればどんな陳腐なものであっても、子供はそこにアイデンティティを賭けていたりするので…。
とはいえ、スネイプも半人前だ。
古今東西、良き教師であることは簡単ではない。過重労働殺人スケジュール、威勢の良すぎる保護者の対応に、魔法省からの無茶苦茶な要請!無限に湧く雑務…そこに持ち込まれる子供の喧嘩!!
連日の睡眠不足が祟って、スネイプは平静を失い大きな唸り声をあげた。ハリーは、ついに本性を顕わにした汚らしくて嘘つきな野郎を、勝ち誇った顔つきで見据えて怒鳴りつけた。これでまた罰則を与えられようが、かまうものかと思っていた。
「 ダンブルドアが教えてくれたんだぞ!父さんは、あなたの命を救ったことがある。恩知らずめ!父さんがいなきゃ、あなたは此処にこうしていることさえできなかったのに!謝れ!撤回しろ、今の言葉を!! 」
「 それで?偉大なる校長先生様は、詳細な状況までを君に教えてくださったのかね?恩を知らぬ我輩は人間として下等だと、そうおっしゃりたいのかね傲慢なるポッター?以後
スネイプはハリーを睨んだ。
ハリーは唇を噛んだ。獅子の
スネイプは、「これは生徒に話すことではない」とはわかりながら、激情に駆られてついつい言ってしまった。
「 君が間違った父親像を抱いたままこの場を立ち去ると思うと、ポッター、虫唾が走る!許さん!我輩が許さん!個人的な善意で教えて差し上げよう。輝かしい英雄的行為でも想像していたかね?ならば一切をご訂正申し上げる――――君の聖人君子の父上は、友人と一緒に我輩におおいに楽しい悪戯を仕掛けてくださった。それが我輩を死に至らしめるようなものだったが、君の父上は、土壇場で弱気になった――――この行為のどこが勇敢であるものか!奴は我輩の命を救うと同時に、自分の命運も救ったというわけだ。あの悪戯が成功していたら、あいつは、ホグワーツを追放されてアズカバンにいったに違いない 」
ハリーは動けなくなった。耳の奥で、ドクンドクン…と低い音がする。
「アズカバンに…」と復唱してしまったとき、いろいろなことが頭を駆け巡っていた。
「 ポッター、ポケットを引っくり返せ! 」
スネイプは黄色い歯を剝き出しにして吼えた。彼はハリーから30センチもない距離まで近づいてきていて、蜘蛛のように不気味に両手の指を動かした。
「 ポケットを引っくり返したまえ。それとも真っ直ぐ校長のところに行って、貴様のおめでたい勘違いごとすべてをご報告しようか!ポッター、ポケットを引っくり返すんだ! 」
ハリーは恐怖に凍りついた。
“想像上のダンブルドア”は、これでもまだ穏やかに微笑んでいるままだ。ハリーは想像した――――血のつながった父親に夢を見ていた自分は、自分がしてしまったことを含めて、倍見下されるだろうか?―――いいえ。ダンブルドア先生は人を見下したりなんかしないと思う!
だから、僕はきっと追放される。
“アルバス・ダンブルドアの世界”から、静かに脱落させられてしまうんだろう。
ハリーは失語して、呆然としたような顔でのろのろとポケットの中身を取り出した。ローブのポケットからはゾンコの店の買い物袋が出てきて、もはや状況は絶望的だった。ズボンのポケットからは、歩きながら舐めたキャンディの包み紙が出てきた。店名までは書いていないけれど、調べたらすぐにハニーデュークスのだとわかる…。
けれど、まだ「出歩くことが可能だったという証拠」は見つけられていない――――ハリーがそこに一縷の望みを見出すの同様に、スネイプもまだまだ満足していなかった。
ハリーは、カッターシャツの胸ポケットへと指をつっこんで広げ、「ここには何もない」と示して見せた。ガラハッドならば多分怖ろしく精緻かつ奇天烈な形に畳んで、“忍びの地図”をここに入れているよなと思いながら…。
「 尻ポケットも見せろ! 」
スネイプ先生は毒づいた。
ハリー・ポッターの性格からして、そこは日頃使っていないことくらい最初からわかっている。悠長なパフォーマンスに付き合ってやる気はない。
スネイプは、見るべき場所は尻だと思っていた。野郎同士であるのだから、「セクハラだ」とは言わせない。
ハリーは、平然とした顔を保とうとして、ありったけの力を顔面に注ぎ込んだ。彼のズボンの尻ポケットからは、少しクシャッとした“忍びの地図”が出てきた。スネイプはついに“それ”を見つけた途端、ジェームズたちに勝ったような気がして、暗い目に危険な輝きを宿らせていった。
「 ほうほう…これは何かな? 」
スネイプは“忍びの地図”を拾い上げた。
ハリーは動揺した。
それは、自分には“忍びの地図”だとわかっているが、スネイプにはただの羊皮紙の切れっぱしに見える―――はず。
「 ゴミですよ 」
ハリーはしゃあしゃあと答えた。
ただの羊皮紙を丁寧に検分しながら、「随分古ぼけていますなぁ」とスネイプが嗤うので、ハリーは何でもない様子を装うのに苦労した。
「 折り目がついている。元は紙飛行機だったかね? 」
「 紙ヒコーキって何ですか? 」
「 君はマグル界育ちではなかったかね? 」
スネイプはくるりとハリーに背を向けた。ハリーは怖々とスネイプを目で追った―――まずいぞ、奴は“忍びの地図”を持ったままだ!
陰気なスネイプの研究室にも、ちらちらと漁火のように瞬くものがある。机の後ろの棚には、気味の悪いヌメヌメしたものの瓶詰がずらりと並んでいた。
スネイプはそれらの前を横切って、ゆらゆらと瓶詰を照らしている暖炉の火の間近に行った。そして、悠然とハリーへと見せつけるように、鮮やかな火の前に“忍びの地図”を翳した。
「 ゴミだと言ったな?そうともゴミに違いない…我輩が、捨てても構わんな? 」
「 やめて! 」
「 ほぅ、ほぅ、ほぅ 」
スネイプは嬉しくて仕方なかった。
けれども、スネイプにはよくわかっていた。
この“古ぼけた紙”は絶対にろくでもないものである。しかしながら、これの正体を暴くことは非常に難しい、と…。
スネイプは暖炉の上の小瓶をひっつかみ、教員用校内煙突飛行粉を惜しげもなくぶちまけた。悦ぶように炎は燃え盛り、火の精は陽気に“道”を開けた。
「 ルーピン!! 」
スネイプは“道”の向こうへと叫んだ。たっぷり報酬を受け取った火の精は、舌なめずりするように炎を這いまわらせて、いつもよりも長く“道”を開けた。
「 ただちに来い!話がある!40秒で支度しろ! 」
「 ええ…? 」
“道”の向こう側でルーピンはぼやいた。
彼は、やがて来る
ぱたんと彼は帳面を閉じた。
「 無茶言うよ。イエス・キリストじゃないんだからさ… 」
ぼやきながらでもリーマス・ルーピンは、恐れずに火の門をくぐった。
「 ―――…? 」
この光景は何を意味するのだろう?
ハリーは、何がなんだかわからないまま突っ立って炎を見つめていた。
ルーピン先生は急回転しながら現れて、草臥れたローブから灰を払い落として言った。
「 どうしたんだい、セブルス? 」
ルーピン先生は、これは穏やかな状況ではないなと察した。だからこそ、彼は努めて穏やかにすっとぼけた感じで言った。
リーマス・ルーピンの見たところ、「いかにも怒鳴り合いをしていました」という顔で、セブルス・スネイプとハリー・ポッターはそれぞれ仁王立ちしていた。リーマスには、これはあまりにも見覚えのありすぎる光景だったので、一瞬ハリーがジェームズに見えたくらいだ。
子供を相手に、何をしているんだか…――――困った同僚からの呼び出しに、ルーピン先生は黙って頭を掻いた。
「 いかにも。いかにも貴様に用がある。いましがた、ポッターにポケットの中身を出すように言ったところ…! 」
「 はあ…あのさセブルス、わたしはもう、君たちのための監督生じゃないんだが… 」
「 わかっとるわ貴様教師であろうがッッッ 」
スネイプは口角泡を飛ばして言った。
ハリーは、スネイプの手が“古ぼけた羊皮紙”をつまんだままであることを、どうにかしたいという思いからずっと見つめ続けていた。
スネイプがその羊皮紙を翳したところ、ルーピン先生は、奇妙な、窺い知れない表情を浮かべてしばらくのあいだ固まった。
「 それで? 」
スネイプ先生は低い声で言った。
ルーピン先生は、ちょっと不思議なくらい長い間“何の変哲もない紙切れ”を見つめ続けていた。
スネイプ先生は、“それ”を折り目の通りに畳んで紙飛行機の形にして、先端をルーピン先生へと突きつけた。「ぶちこんで、これで刺し殺してやるぞ」みたいな顔つきで、スネイプ先生はギラギラと紙飛行機を掲げた。
ハリーは、ますます何が起こっているのかわからない。
ハリーは何度も首を振って、両先生の顔つきを交互に見た。
いやにゆっくりと動くルーピン先生は、ハリーには、何か咄嗟の機転を利かせようとしているように見えた。
「それで?」とスネイプはもう一度ルーピン先生を促した。
どうやらこの二人の関係は、現在のところスネイプのほうが優位らしい…。
「 それで?何か言うことはないのかねリーマス・ルーピン?この羊皮紙に何か、感じるものはないかね?いやはやご立派なことですなあ!あのとき雨を降らせたのは間違いだった。放置しておけば、貴様らの真似をする阿呆どものいずれかが、早々にこいつをフィルチ氏のもとに届けたであろうに 」
「 あの雨、君だったのか…道理で突然降ったなと思っていたよ。『予言が当たった』って、“彼”は得意がっていたのに… 」
ルーピン先生は力なく言った。
スネイプ先生は彼が悲しそうで、静かに絶望しているかのようなのを意外に思った。まったく焦ったり隠したりする素振りなく、溜め息と共にルーピン先生は言った。
「 ハリー、これをどこで手に入れたんだい? 」
「 ――…っ!? 」
ハリーは硬直した。その羊皮紙の切れっ端は、羊皮紙の切れっ端でしかないという姿をしているのに、どうして先生たちはそれに価値があるとわかるんだろう?
どこまで、この紙のことを知っているんだろう?
ちょうどよい嘘が思い浮かばなくて、ハリーは目を皿のようにしているばかりだった。
スネイプ先生は蔑んだ目つきで、ルーピン先生の背中に向けて言った。
「 直接に…製作者から入手したのではないかな? 」
「 そんなわけないだろ 」
ルーピン先生は雑に言った。彼は、「もうこれ以上、生徒の前で虐めないでくれよ」という顔つきをした。
スネイプ先生はぴたりと黙って、腕組みをして事態の展開を眺めることにした。存外真っ当な同僚であったルーピンは、「信じがたい」という素振りで額をぺしゃりとやった。仮面でも装着したかのように、その後の彼は別人のようだった。
「 ハリー、正直に言いなさい 」
乾いていて穏やかな声。
ハリーは、このときルーピン先生から、さっきのスネイプとは別種の恐怖を感じた。理詰めとも怒鳴りつけとも違う、徹底的に凪いだ声。疲れた眼差し、永劫の間――――千年だってルーピン先生は答えを待ちそうだった。「ハリー、これをどこで手に入れたんだい?」という、さっきの問いの答えを。ハリーはその声が自分の体内で、ぐわんぐわん反響して増幅していくような心地がした。
「 ~~~ッ 」
震えて黙っているハリーを見つめて、ルーピン先生は静かに考えた。ああそうか、ジェームズにそっくりであるハリーは、セブルスの前では素直になれないかもなと。
ルーピン先生がその考えを持って同僚のほうを見やると、わきまえた顔でスネイプ先生は頷き、顎をしゃくって出入口のほうを示した。
ルーピン先生は出入口を見た。
合図を待っていたかのように、そこにはロンが息せき切って飛び込んできた。
「 先生!それ―――僕が―――僕がハリーにあげたやつです!ゾンコで…随分前に買ったやつです! 」
何の話題であったかまではロンは知らない。
ロンは、噎せこんで胸を押さえて屈みながら、立ち尽くすハリーの足元に転がっている、ゾンコの店の袋やキャンディの包み紙を見て言った。ちょうどよいきっかけができたので、ルーピン先生はそれには気づかないふりをして、スネイプ先生から“例の紙切れ”をひったくった。「あとは任せろ」という思いを目線で伝えると、スネイプ先生はむっつりと気乗りしなさそうに頷いた。
しゃあしゃあとルーピン先生は言った。
「 そうかい。たしかに、ゾンコにありそうな商品だ。わたしは帰るよ。ハリー、ロン、一緒においで 」
スネイプ先生は複雑だった。セブルス・スネイプから見て、リーマス・ルーピンはまたしても“あの目”をしていた。ひったくった羊皮紙をポケットにねじ込んで、ルーピン先生はさっさと出て行った。彼についていって研究室から出るとき、ハリーは、とてもスネイプのほうを見る気にはなれなかった。
燦燦とした陽光が降り注いでいる。
高い天井の玄関ホールは、美しい光に満ち溢れていた。
スネイプの魔の手から救われたハリーには、そのように見えた。
救ってくれたルーピン先生は、そこまで歩いていったときに、初めてこちらを振り向いた。
速足になって先生に追いついて、輝く大理石のうえでハリーは言った。
「 先生!先生、僕… 」
「 事情を聞こうとは思わない 」
ルーピン先生は短くそう告げた。
ハリーは、それでますます救済された心地になった。
ルーピン先生は今回の状況を聞かないと言っただけで、入手経路を聞かないと言ったわけではないが…。
“古びた羊皮紙”を取り出してルーピン先生は言った。
「 君が、“これ”を使ってどこで何をしていたのか、わたしは知りたくはない。『知りたくない』と言っていられる状況を迎えられて、本当に良かったと思っているよ。今頃、君の頭と身体がバラバラになっていたとしたら、わたしは『知りたくない』などとは到底言えなかった…おかえりハリー。ごはんを食べる前に、よく手を洗うんだよ――――…けれど、ひとつだけ質問させてほしい。君は“これ”を、みずから冒険して勝ち取ったのかい?それとも… 」
「 僕、それを贈られました 」
ハリーは早口で喋った。
「えっ」とロンは小さく声をあげたが、ハリーはルーピン先生のことを信頼していた。
「 先生、ごめんなさい。僕、間違っていました。僕にそれをくれた人たちのこと、決して責めないでください!――――くれたのは、フレッドとジョージです。ふたりは、いじけていた僕を励ましてくれたんです。僕、ブラックのことでいろんな人に護られて。護ってもらえて、本当は感謝しないといけないのに。『自分じゃ何もできない』って言われてる気がして、イヤだったんです。それに、それにホグスミードに行ける子っていうのは… 」
ハリーは息を震わせた。
緑色の目が潤んで震えるのを、ルーピン先生はじっと見つめ続けた。
光のなかでハリー・ポッターは語った。
「 …両親が、ちゃんといる子ってことだから!血の繋がった親じゃなくても、両親じゃなくって、片親であっても…『楽しんでおいで』って言ってくれる親がいるってことだから…僕は、それが羨ましかった!妬んでいました。けれど、フレッドとジョージが“それ”をくれたおかげで、『頑張れば、自分で何とかできる』って思いました――――前向きになれたんです。だから、お願いです、フレッドとジョージは悪くない! 」
ハリーは心に浮かぶままに語った。
ルーピン先生は、これまでに見せたことがないような真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
洗い浚い吐くにつれて、ハリーは、なんだか胸が軽くなるような心地がした。
「 先生、あのふたりを責めないで。僕は、もう嘘を吐きたくなくて正直に話しました。でも、友達を売りたいわけじゃないんだ! 」
「 “これ”は危険なことにも使える道具だよ。悪しき心を持つ者が、手にしたことはないと安心したいのだけど――――“これ”に関わったことがあるのは、フレッドとジョージだけなのかな? 」
「 いいえ!ガラハッドも“これ”のことを知っているみたいです。でも彼は、以前に僕に普通の地図をくれたんですけれど、“これ”のことは一度もおくびに出したことがありません。僕みたいなのが“これ”を手にしたら、自衛だけでなく馬鹿なことをしてしまうって、彼はわかっていたみたい―――…二度とやりません 」
ハリーはきっぱりと締めくくった。
ルーピン先生は、みずから骨身に沁みる反省をしているらしいハリーに対しては、教師としてこれ以上かける言葉がなかった。
優しい風が吹き込んでハリーを包んでいく。
「おかえり」と言われたのが嬉しくて、ハリーは黙ってそれを感じていた。
ルーピン先生は、落ち着かない気分でそわそわと、同じく所在なさげにしているロンへと話しかけた。
「 “普通の地図”とは?彼は、ホグワーツの地図を何種類もつくって配っているのかい? 」
「 配ってるわけじゃないけど、貰ったことはあります。『家にあったやつ』って、言ってた気がするけどなあ… 」
ロンは漫然と答えた。
ロンは内心ヒヤヒヤしていた。
去年その地図を使って自分たちが何をしたか、そっちのほうについても、ルーピン先生には是非知ろうとしないでほしい。ポリジュース薬の味を思い出して、ロンは渋い顔つきをした。
「 ハリー、あんまり思いつめるなよ。僕が悪かった。僕が、君に行けって勧めたから… 」
「 これ以上は聞かないでおくね 」
ルーピン先生はニッコリと言った。
彼は大人の背丈ゆえに、ハリーとロンの頭越しに、ちょうどいま大食堂から出てきた生徒のことを、玄関ホールからでもしっかりと見つけたのだ。急いで去っていったルーピン先生のことを、ハリーとロンは最高に良い先生だと思った。
「 ――――やあ 」
ルーピン先生は、のんびりと歩いていたレイブンクロー生たちに近づくと、「こっちを見ろ」の意味を込めて声をかけた。
ガラハッドは顔をあげて、「どうも」と普通に答えた。
マリエッタは、ランチをきっかけにようやく確保したガラハッドのことを逃すまいと、声を上ずらせないように努力して、「午後は談話室でチェスをしない?」と発言したところだった。けれども彼女は強大すぎる存在に負けた。
最後通牒のようにルーピン先生は言った。
「 ガラハッド、わたしの研究室に来なさい 」
「 え…? 」
ガラハッドは素っ頓狂な声をあげた。
マリエッタは飛び上がってガラハッドのことを揺り、「あなた、いつ何をしたの!?」と囁きかけた。
ガラハッドは全然身に覚えがなかった。
だってこのところの自分は、マジのマジで何もやっていない。
今日は「かったり~な~」という気分でゴロゴロして、ずっと寮にいただけである。
何が起こっているやら全然わからないけど、ルーピン先生の眼差しはガチなのであった。
舌なめずりする暖炉の火は映画『ハウルの動く城』から。
「40秒で支度しな!」の元ネタは映画『天空の城ラピュタ』。元ネタの元ネタは各種の福音書と復活祭前の四旬節だと思います。ルーピン先生の子供は復活祭に生まれていますね。