ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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銀河鉄道

 

ギャリックから手紙が届いて、誰だこれと一瞬疑った。書かれている文字はギャリックのそれだったが、内容は身体を気遣い、クリスマスは帰省するのかと尋ねるものだった。大変ひねくれたじじいなので、日頃こんな風に語りかけられたことはなく、これが素直な表現だとするなら、なんとも照れ臭く心温まるものだった。彼は独居老人だ。冬が深まるにつけ、英国の空には明るいときなどなく、寒さは骨に沁み、肉を疼かせ、心をうら寂しくさせる。――――曾孫恋しかろう。

 

 

ハロウィンにガイ・フォークス、ホグワーツの行事はどれも楽しくて仕方ないから、他の子はクリスマスパーティーを楽しみにしている。

 

けれどガラハッドは、級友に驚かれながらもクリスマスの帰省を決意した。これまでずっと、手紙の一通も出さなかったことを後悔したのだ。そしてスプラウト教授のもとを訪ねて、事情を話してとあるお願いごとをした。曾祖父の土産にしたいからといって、校内――――禁じられた森の入り口に生えているヤドリギの一部を、持ち帰りたいと言ったのだ。湖の近くでそれは、ちょうど今その強さを天に見せつけて、冬のオークに寄生し、冬至迫るなか丸々と緑に光っている。

 

 

「 まあ、ギャリック翁に! 」

 

 

スプラウト先生は感動して、豊満な体をゆさゆさと揺すった。

 

 

「 私の杖も、ギャリック翁が手掛けられたものなの。よろしくお伝えくださいね。ヤドリギは幸運を呼びます。素晴らしい贈り物ですよ! 」

 

 

彼女は、ガラハッドの固辞を受け入れず、駅までついてきて帰省の日にヤドリギの運び方や使い方を指南した。曰く、ヤドリギは何にも寄生させずに長い間飾っておくと、やがて白くなり黄金に輝くのだそうだ。定番のクリスマス飾りとしてだけではない、すばらしい力がある。よりによって駅で教師にそんなことを教わるのは、大変目立つ行為で、他の帰省する生徒たちは、不思議そうに振り返りながら脇を歩き去り、二人を避けていった。逆にある一人の子は、立ち止まって興味深げに寮監へと声をかけた。

 

 

「 スプラウト先生!どうしてこんなところに? 」

 

 

あっとガラハッドはその子を見て思った。こないだ助けてくれた、二年生の星の生徒だった。

セドリック・ディゴリーだ。

はちきれそうな笑顔で頬っぺたを輝かせて、マダム・スプラウトは言った。

 

 

「 セドリック!あなたも休暇を楽しんでいらっしゃい。めいっぱい幸せを浴びて、帰ってくるのよ?また私たちの寮を、倍々のハッピーで満たしましょうね。この子は一年生。連れて行ってあげて 」

 

 

そういうわけでガラハッドの帰省の汽車は、ひとりだったセドリックと同じコンパートメントになったのだった。

 

 

 

 

笛を鳴らして汽車が動き出すころ、気恥ずかしい感じでセドリックとガラハッドは、膝をそろえて向かい合って座っていた。二人して窓からスプラウト先生に手を振ったけれど、お互い顔を合わせたのは、あれ以来だった。

 

 

鞄のなかに入れるとひしゃげてしまうから、ガラハッドは、膝の上にヤドリギの枝を乗せていた。雪の灌木に遮られてスプラウト先生が見えなくなったころ、振っていた手をおろしてセドリックは、改めてガラハッドのことを眺めた。そして少し間をおいてから、「おじいさん思いだね」と言った。

 

「そうでもないさ」とガラハッドは即座に答えた。

 

 

「 ずっと手紙も出さなかった。これからも筆不精は変わらないだろうから、せめて生きて育つものを眺めて僕は息災だと思ってくれたらなって 」

 

「 立派なことだよ。僕は家族におみやげなんて、考えたことがなかった。どうしよう、僕は今、何も持ってないんだ 」

 

「 大丈夫。元気な顔見せて、めいっぱい学校の楽しさを話してやればいいんだよ。親にとってはそれが一番、嬉しいことなんだからさ 」

 

 

セドリックはきょとんとした表情をした。ガラハッドは戸惑わせてしまったことに苦笑し、そのあとはずっと車窓の雪を眺めた。眺めずにはいられない光景だったのだ。

 

先頭車両が蹴散らした粉雪が、きらきらと瞬いて後方へ流れ去っていく。

 

天は暗く地は白く、静かで…まるで銀河鉄道だった。あの子供の名前は、何だったか。カムパネルラといったか。ジョバンニ少年は死んだ子供と旅をして、汽車に乗って銀河を渡って。そしてあの話の、結末はどうなるのだったっけ。ジョバンニの、その後のことが思い出せない。ガラハッドがぼーっとしていると、「綺麗だね」と、不意にセドリックが話しかけてきた。

 

 

「 ああ、綺麗だ 」

 

「 僕、君のこと好きだよ。こういう景色をゆっくり眺められる人は少ないから 」

 

「 くくっ、たしかに、同感だ――――学校は騒がしいな 」

 

「 うん… 」

 

 

ガラハッドが笑いを溢すと、じんわりとセドリックも微笑んだ。はにかむと彼は可愛らしかった。彼はまだ話したい…という雰囲気だった。けれどすぐには言わなかった。ガラハッドが黙って続きを待っていると、申し訳なさそうにセドリックはこんなことを言った。

 

 

「 灰色の目は怖いって言われない? 」

 

 

「はあ」とガラハッドは生返事をした。

 

たしかに、自分は目が灰色だけど。そういえばセドリックの瞳も、髪よりもはっきりと明るいグレーをしていた。「フクロウの目」と、そういうのは呼ばれる。

 

 

「 ごめん…つい、嬉しくて 」

 

「 いや別に。そうだな、僕たち、“その点では”お仲間だ 」

 

 

笑って頷いてガラハッドは答えた。“その点”以外の部分については、比べるのもおこがましいほどセドリックと自分は違う。

 

セドリックの容姿は、まさに端正という言葉がぴったりで、こんなに真っ直ぐさと温厚さが滲み出ている少年を、ガラハッドはこれまで見たことがなかった。そんないでたちをしておきながら、誰かの言葉を真に受けて瞳の色に悩むなんて、彼の純真さときたら本当に微笑ましい。

 

 

「 ひとがいいな、君は 」

 

 

自分の目を指さしながらガラハッドは言った。ここいらの人間の目は全般、アジア人に比べると瞳孔の動きがはっきりとわかって、まじまじ観察すると誰の目でも怖い。だからこそガラハッドは、この色の目をしていることについて気に病んだことはなかった。ようは誰でも腹の内についてよく注目されるほどに、人からは怖いと評されるだけだ。

 

 

「 僕は爺さんを見ているからわかる。うちの爺さんも、フクロウの目をしているだろう?杖をあてがわれるとき、人は爺さんが、未来か何か見透かしているように見えて、爺さんの頭の中が気になってしかたない。だから、人は爺さんのことを怖いと感じる 」

 

「 …それはそうだろうね 」

 

「 君の目を怖がる人は、君の目が気になる人。君に好かれたいから、君の心のなかが気になっている。その人は、好かれたいくせに自信がないんだ。だから怖いなんて言って、君に“申し訳ない”と感じさせる。――――そうして優しくされたがる。君が、気に病むことなんかじゃないんだよ 」

 

 

セドリックの目が揺れて光った。なんと返事すればよいかわからないことどもを聞いて、カナリアイエローのマフラーを握って、少年は俯いてしまった。

 

 

 

ガラハッドはずっと外を眺めていた。それきり終点まで二人は黙っていた。

別れ際にセドリックが言った。

 

 

「 また二人で乗りたいな 」

 

 

ガラハッドは照れながら「うん」と言った。そんなふうに言われることは珍しくてドキッとしてしまうくらい、自分は人好きのするタイプではない。

 

 

「 君は、天文学に興味はあるかい?僕は来年、受講しようと思ってる 」

 

「 興味なくはないな… 」

 

 

今のはそっけなかっただろうか。ただちに反省してガラハッドは、柔らかい言葉を探した。

 

 

「 箒よりは、星のほうがいい。コメットも、ニンバスもな――――あのときは有り難う 」

 

 

まだ早い時間だったけれども、冬至間近の空は真っ暗だ。息のように汽車から吐き出される黒い群れのなかでガラハッドは、歩きながらずっとしまいこんでいたフルーパウダーの小袋を取り出して、使う前に後ろを向いた。駅に設置されている、煙突飛行用の暖炉はすぐそこだった。混み合う前に使いたくて、ほとんど火に飛び込みながらガラハッドは、首だけで振り向き「おやすみなさい!」と声を張りあげた。

 

 

「 おやすみなさい! 」

 

 

セドリックも手を振りながら歩みを止めず、家路を急いでいた。

 




■『星の生徒』『亜細亜の曙』など戦前にヒット作を連発していた山中峯太郎は、1943年に『永遠の義兄弟』という本も出しています。真の男を目指して青春を燃やした「俺と貴様」、少年たちの友情は永遠!命かけて証明する絆って美しい。セドリックは少年倶楽部の表紙に描かれていたような姿なのです。
■『銀河鉄道の夜』は1934年刊行。ひとりぼっちの子が、親よりも先に死んでしまった子と一緒に死出の旅に出る話です。
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