ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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くらやみの速さはどれくらい

 

 

夕方、ロジャーとのデートから帰ってきたチョウはとてつもなくご機嫌で、マリエッタは彼女の楽しい気分を壊さないよう、力を振り絞ってどうにか微笑んだ。チョウは全身がくすぐったくて仕方がないみたいな態度でクスクス笑い、黒い目を輝かせてお土産の靴下を取り出した。

 

しかしマリエッタが予想ほど笑わないのを受けて、チョウは相手に無理をさせていることに気がついた。

 

 

「 どうしちゃったの? 」

 

 

チョウはマリエッタの手をとった。するとマリエッタはもう悲痛を隠さなかった。

チョウはぽよんとマリエッタのベッドに腰かけて弾むと、マリエッタの両手を引いて隣に座らせた。

 

 

「 何かあった?ごめんね。わたし、あのときの約束をちゃんと覚えてるわ。今日は楽しかった。すごく楽しかった!でも信じて。わたし出かける前だってあなたのこと、邪魔に感じたりなんかしてない 」

 

「 違うの。いいのよわかってるでしょ。わたしだって、今日は居残りたくて残ったの。あなたの言う通り、チャンスだと思ったから―――でもね 」

 

「 何なに?何があったの?あの馬鹿に何か酷いこと言われた? 」

 

「 いいえ 」

 

 

マリエッタはきっぱりと言った。彼女は、そのあとの言葉をうまく続けられずやんわりと苦笑した。

 

「死ぬんじゃない?」という言葉は彼が彼自身を嘲笑って言ったもので、マリエッタは、ガラハッドが口にした死は自分のものというわけでもないのに、どうして自分がこんなにショックを受けているのか、チョウにうまく説明できなかった。

けれどもチョウは熱心に聞きだす姿勢を見せるので、マリエッタは少し考えたあと、今持ち合わせている表現でひとまずこう言った。

 

 

「 ただわたしって、彼の眼中にないんだなぁと改めて感じただけよ 」

 

「 そんなことは… 」

 

「 ないって言いきれる? 」

 

「 言いきれ…ないけど。あのね、それは相手があのガラハッド卿だからよ?ばっちり目を開けて蝶々を見ておきながら、いきなり『僕って今寝てるのかな』とか言い出すような奴だからそう思うだけ。元気出して。あなた可愛いわ 」

 

「 いいの、それもわかってるから 」

 

 

マリエッタはぴしゃりと言った。

 

「 あなたこそ可愛いわ! 」

 

「 ―――…? 」

 

 

ちょうど部屋に戻ってきたフェイが、不思議そうにふたりの顔つきを見比べながら通り過ぎていった。彼女は抱えてきた本を机に置くと、特に何も言わずに自分のスペースのカーテンを閉めた。

フェイにもお土産を買ってきていたチョウは、渡すタイミングをなくして静かに動揺した。

 

 

「 え…っと、ぁ… 」

 

 

チョウはマリエッタに泣きつけなかった。渡せなかったお土産を、チョウは袋にいれたままクローゼットに仕舞いこんだ。

 

 

 

古来、魔法使いは夜育つ。

その晩レイブンクロー塔には、眠れない魂が少なくとも3つあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一晩ゆっくりと考えると、 ルーピン先生にシラをきってしまったことは、ガラハッドにとっては重大な悪であるように思われた。

だって格別お世話になっている先生であるし、この世界では真実なんて“開心術”によっていくらでも引き出せるのに、「キモい」とまで言われたルーピン先生は、めいっぱい歯痒い表情をしながらもその強硬手段には出てこなかったから…。

 

そう、彼は開心術を使わなかった。斯くも圧倒的に話の早い手段を持っておきながら、昨日の尋問のなんと紳士的なことか。

ルーピン先生は、こちらの遊びに付き合って、苦しそうに「負けた」と言ってくれただけなのである。

 

ガラハッドは、そういう人物に対しては、「少しも裏切ってはならない」と感じる。

 

 

夜のうちにガラハッドは考えた――――ルーピン先生はよく生徒を観察しているから、セドリックの交遊関係を把握しているだろうなと。自分の否認が受け入れられたということは、‟忍びの地図”にまつわる容疑はフレッドとジョージにかかるに決まっている。先日盛大な喧嘩をしたとはいえ、ガラハッドはフレッドとジョージに対して、「ざまあみろ」という気持ちになんかなるわけがなかった。

 

朝焼けを眺めながらガラハッドは考えた。

彼らは、昨日のうちにもうルーピン先生に捕まって、あの形相で睨みつけられてしまっただろうか、と…。今日は日曜日で、グリフィンドールとスリザリンのクィディッチチームは、昨日のぶんまでたっぷりと練習をするに違いない。朝食の席でフレッドとジョージを誘い出すことは、他のチームメンバーの手前、なんとも難しそうで気が塞いだ。

 

 

 

「 あっ―――! 」

 

 

だから、見つけたときはとても嬉しかった。

すっかり太陽はのぼったけれども、まだ誰も起きてこない早朝のこと。

レイブンクローの談話室からはホグワーツが360°見渡せて、この部屋からは特に菜園のあたりが見渡せる。ガラハッドは窓辺に肘をつくことをやめて立ち上がり、「馬鹿じゃないの」と小さく笑った。黄金の朝霧を裂くようにして、二つの赤い頭がこちらに向かって駆けて来たからだ。

 

 

( ―――あいつら、僕が寝こけていて気付かなかったら、どうするつもりだったんだ!? )

 

 

「「結果オーライ♪」」とでも揃って言い放ちそうである。フレッドとジョージは西塔を見上げて、「来いよ」という素振りをしてたちまち温室の裏に回った。

そこの木々が生い茂る温室の陰は、昨年セドリックが見つけた良い隠れ場所だ。

 

 

ガラハッドは窓を開け放った。

 

 

風が湧き起こったのは、ふもとの樹々が彼をよんだからだ。

神変奇特の験力は、古来草木を靡かせる。

生きたまま死に生まれ変わることは、古今の密教僧の道のりだ。

「修験の大行に挑む」と、決意したのは彼自身。

あの日誓願した理由を忘れても、彼はまだ修験の道にいる。

 

 

 

 

 

「 ども。おはようさんです 」

 

 

飛び降りの途中で鷲になって来たガラハッドに、ジョージは少々よそよそしく声をかけた。

フレッドのほうはムッツリとして、ガラハッドが人に戻るところを見つめていた。

 

 

「 どうも 」

 

 

ガラハッドはゆっくりとした口調でそう言った。嬉しがって飛び降りてきたけども、先日の喧嘩の決着はついていないし、終わり方が終わり方だったので恥ずかしくて不愛想になってしまう。

フレッドとジョージのほうもいやにノソノソして口ごもっていたので、ガラハッドは先に気障ったらしく片眉をあげた。

 

 

「 失礼。ちょうど窓から、君たちの姿が見えたもんで…。最近、具体的に言うと昨日の夕あたり。何か変わったことはなかったか?やたら教師に睨まれるとか、寮で持ち物検査があったとか… 」

 

「 その前に何か言うことはないのかよ 」

 

「 なくなくなく…なくはない 」

 

「 今、ないって何回言った? 」

 

 

フレッドはいちいち数えようとした。「ないって言っただろ」とガラハッドはそれに噛みつき、「あるんじゃないのかよ!」とジョージが吼えた。言い合いは当然2対1の構図に雪崩れ込んだが、ガラハッドは全然負けていなかった。

 

 

「 ああもうお前らうるさい。声落とせよ。騒いだらここでやる意味がないだろ 」

 

「 へぇそう!ここもセドリックとつるんでチクろうっていうわけ? 」

 

「 さあ?僕としてはこうやって、ゆっくり話せる場所を減らしたくはないんだけど。君たち次第ってやつだな 」

 

 

ガラハッドは澄ました顔で言った。その素振りに見覚えがあって、双子はそれぞれ顔を歪めた。

フレッドとジョージに言わせれば、このところのガラハッドはマスタングに毒されすぎている。ガラハッドが顎をさすりながら話し始めたので、双子は揃って「「うぇっ…」」と吐くそぶりをした。

 

今に始まったことではないが、ガラハッド・オリバンダーは学んだ表現様式を反復して自己表現をする。並みよりずっとよい記憶力――――それで弱点を補っているのだ。

 

「 そっちこそ、何か言うべきことを忘れたらしいな?聞いてやるから言いたまえよ。僕は歩み寄る姿勢なんだからな 」

 

「 クソが。まあご立派なレイブンクローぶりですこと! 」

 

「 お前の歩み寄りなんか要るもんか。“精霊を裏切る者”め! 」

 

「 自分たちが“血を裏切る者”って呼ばれてるからって、僕にまでふっかけるのはやめてくれない? 」

 

ガラハッドのカウンターはキマッた。彼は常日頃奇矯な発言で知られるが、勝敗を決める会話であるとか、狙いの定まった駆け引きに関しては滅法強い。ガツンと言い返されてしまって、フレッドは目を剥いて黙りこんだ。腹にブラッジャーでもくらったかのような素振りで、彼は苦しそうに呻いた。

そんなフレッドの隣で、苦々しくジョージは嘆息した。

 

 

「 勝ち目ないぜ兄弟…。なあガラハッド、俺たち、君とは違ってふたりだってことを武器にしたくはないんだよ。卑怯なスリザリンとは違うからな。穏やかにいこうぜ 」

 

「 ふたりしかいないのにおめでたいもんだな? 」

 

 

ガラハッドはぴしゃりと言ってやった。またしても薄い笑みを浮かべられているので、ジョージはムカッ腹が立って指先がひくひく動いた―――杖に手が伸びそうなのだ。

ジョージは、去年の決闘クラブのことを思い出していた。

フレッドはパンチを繰り出すことを考えたが、小柄だった頃からゴリラとして知られていた奴を相手に、拳骨を繰り出すのはそれこそ分が悪いと思った。今のガラハッドは双子より背が高い。

 

 

「 ちくしょうセドリックめ。こういうときに居ろよな!悪いのはあいつ。あいつだよ。男気はあるけどさぁ、骨の髄までお利口さん馬鹿なんだ。雑な嘘吐きやがって!あいつが持って行った地図は、“複製”のほうだもんな。そっちこそ何かあったんだろ? 」

 

 

フレッドは両手をひらひらとさせた。

ただ降参のポーズをするのは癪である。

大袈裟に肩を竦めあって、フレッドとジョージはお互いに言った。

 

 

「 責めてやるなよ兄弟。セドリックは嘘を吐き慣れてないのさ 」

 

「 それはわかってる。いったい、何を食べたらあんな風になるんだ? 」

 

「「 わかるぅ… 」」

 

 

ガラハッドとフレッドの声が揃った。どうしたってセドリックのようにはなれないという点で、この三名は同じ穴の狢なのであった。

唇を尖らせてジョージは言った。

 

 

「 俺たち、なーんにも変わったことはないぜ 」

 

「 そうなのか? 」

 

「 昨日ハリーが捕まったんだってな?それなのに、こっちにはなーんにもない。ガラハッド、君がかぶってくれたんだろ? 」

 

フレッドが急ぐように言った。

 

 

「 一人前の魔法使いが、誰が何のために作ったのか隠されているものを、平気で放っておくわけがないよな。ハリーの炎の雷(ファイアボルト)みたいに、あの紙はこってり調べられる。フリットウィック先生の手にかかったら、複製は俺たちがやったって即バレだよ!だから、先手を打ってくれたんだろ?罰則は何になった? 」

 

「 え?いいや―――そうか、そういうおそれもあるよな。ただ現時点では、“地図”の件で動いてるのはルーピン先生だけだろう。フリットウィック先生からのアクションはない 」

 

「 そうなのか?俺たちはてっきり、クソ真面目セドリック坊やが突撃していった日に…その日のうちには君が、ひと芝居うってうまいことやっといてくれたのかと。スネイプの奴も動いてるはずだぜ。聞いたか?ハリーとマルフォイの一件 」

 

「 そう、それだよその件だ。ルーピン先生から聞いたぞ。お前らが持ってた“元祖忍びの地図”を、ルーピン先生はハリーから没収したんだって?なんでハリーが持ってるんだよ!?お前ら、どこまで…! 」

 

「「 そっちの言い分はわかったさ 」」

 

暗い声で双子は言った。声が揃っていたが、演技というわけではなさそうだった。

ガラハッドが責め句を連ねるまでもなく、あっさりとジョージは事実を認めた。

 

「 俺が、こないだ君とセドリックが相談しに来たのよりも前に、‟忍びの地図”をハリーに渡したんだ。馬鹿なことしたと思ってるよ――――まさか出先でマルフォイと喧嘩して、すぐに没収されるとは思わないじゃん? 」

 

「 ハリーも、こういうのに慣れてないよな。なんでいきなりでかいことするかなあ… 」

 

「 俺たち、前から考えてたんだ 」

 

 

ガラハッドは我慢して聞こうとした。「双子がハリーに渡した」という事実は予想がついていたので、歯噛みして腕を組んで、理由のほうをよく聞こうとして耳を傾けた。

ガラハッドが忍耐しているあいだに、矢継ぎ早にフレッドとジョージは言った。

 

「 たしかにハリーはブラックに狙われてる!ハロウィンの夜の襲撃のときに思ったんだ。ハリーは、本当に気の毒な奴だよ。ずっと闇の魔法使いに狙われるんだ。でもあいつは、籠の鳥になんかなりたくない筈だぜ? 」

 

「 ガラハッド、君のハリーを想う気持ちは正しいよ。けどもハリーは、自力で身を守りたいと思うんだ。先生がたに大事に大事にされて、自由をなくしてるのは気の毒さ 」

 

「 “忍びの地図”は自衛に使えるだろ?ハリーはどこでも行きたいところに行って、『シリウス・ブラック』っていう点が近づいてきたら逃げればいい!君だってそう思わないか? 」

 

「 俺たち、そりゃあ“あの地図”を手放すのは惜しかったさ!でもさ、学期末に独りしょげこんでるハリーを見たとき、『渡すしかない!』って思った。クリスマスには贈り物をしないとな。俺たち、正しいことをしたつもりだった 」

 

 

双子は語り終えた。

ガラハッドは手を眉間にやって、何を言うべきかしばし悩んでいた。何をほざきやがっても叩きのめしてやろうと思っていたが、この二人って存外真っ当だから困ってしまう…。

板についた兄貴ぶりで、双子は引き続きハリーについて語った。

 

「 でもまあ、喧嘩に使うなら没収されといたほうがいいよ。俺たちだってスリザリン生とは喧嘩するけどさ 」

 

「 マジの悪用もできちゃうもんなアレ。さすがにハリーはそんなことしないと思うけど 」

 

「 やられたらやり返したくなるもん 」

 

「 道具は人を狂わせますからねえ 」

 

「 …もういいよ。君たちがわからず屋ではなくて、相変わらず良い奴だってことはよくわかった。下手に取り返そうとして、ルーピン先生に挑むなよ――――これは僕の勘だが、あの教師は元フダつきだ 」

 

 

ガラハッドは溜め息をついた。

品評者づらしたその態度に、すかさずフレッドは再び噛みついた。

 

「 へえ、そういうおたくはどうなの?怖ぁいルーピン先生に、ぴぃぴぃ泣かされちゃいまちたかぁ? 」

 

「 まさか。煙に巻いて逆に泣かせてやったさ 」

 

「 ヒューゥ、ワルいね。おたくも大概だよガラハッド卿 」

 

「 あのルーピン先生を?やるなぁ…! 」

 

「 俺たち“地図”を取り返す気はない。秘密の抜け道は大体頭に入ったし、誰かと鉢合わせるスリルも冒険の魅力だろ?何より、セドリックは自分から手放したんだ――――俺たちと一緒の理由で!ぜ~んぶ、ハリーを守るためさ! 」

 

 

フレッドとジョージはそれぞれニヤッとした。

彼らは誇らしげな顔つきだった。

ぶすくれだってガラハッドは、自室に手帳を置いてきてしまったことを悔やんだ。

 

 

「 事情がわからなかったから防衛しただけだし…。僕だって、卑しくなんかないんだからな 」

 

「 君がそうだったらいいな、とは思ってる 」

 

「 でもさ、俺たちは知ってるんだ。レイブンクロー生っていう生き物は、自分の損になるようなことはしないよな 」

 

「 そいつは偏見だって証明してやるよ。グリフィンドール生っていう生き物は、脳みそが足りなくて無鉄砲だっていうのと同様にな 」

 

 

ガラハッドは不満げに言った。

ガラハッドはフレッドとジョージのほうに身体を向けたまま、どっしりと茂る枝の隙間から西塔を見上げた。フレッドとジョージはその意味を察して、一緒になって塔の上のガラハッドたちの部屋を見上げた。

 

 

「 僕も“地図”を手放す――――先生に渡してまた話をややこしくするよりは、こっそり処分するほうがよくないか?燃やしてしまうのはどうかな、と思っている。今から、とってこようか。作り手の君たちからすると、どう? 」

 

「 暖炉にでもぶちこんどくといいぜ。俺たち、君がそこんところでズルするとは思ってない 」

 

「 別に『目の前で燃やしてくれ』なんか言わないさ。そんなことしたら、俺たちが脅したみたいじゃん 」

 

「 そっちは“わからず屋”じゃないんですかぁ?って言ってんだよ。さっきから歩み寄ってるのは、俺たちのほうだ! 」

 

ガラハッドは顔を歪めた。自分から「歩み寄る姿勢だ」と言った手前、ここではぐらかすと卑しい奴だということにされる…。

勢いづいている双子は、腰に手を当てて胸を反りかえらせた。

ガラハッドは溜め息を吐きたかった。

先日の衝突からの関係修復を図るため、自分のほうも彼らの主張に歩み寄るということは、「たしかに秘密の穴というのは、精霊たちの通り道だから、悪いものは通らないよね☆」と能天気な同意をすることだ。元がご都合主義を極めた信仰すぎて、この主張を一定受け入れろというのは、自分のほうの主張を受け入れろというのはわけが違う気がする。だって自分はあくまで合理的に、現実に起こりうる悲劇をあらかじめ指摘したにすぎないのだから…!

 

ガラハッドは歯軋りして頭を掻いた。

推論も予言も一緒くたにされる“この世界”って、「慣れねば」とは思っていてもついイライラしてしまう!“この世界”という概念に思い至ったことで、ガラハッドはふと眉を緩めた。

 

 

「 ―――…! 」

 

 

道祖神の像は機銃に倒れて、ご神木は普通に焼けていって…。

血の涙を流して嘆いたところで、幼い頃は信じていた、水辺や辻や野山にいる筈の小さなカミサマたちが、人間を救ってくれなかったのは“あの世”の話じゃないか。“この世”に来てからのガラハッドは、何に絶望させられた覚えもない。

 

 

「 ああ、うん…。そっか、うん 」

 

 

ガラハッドは小さな声でぼやいた。

自分は、自分で思うほど現実を見られていないのではないか?

「現実を見る」ということは、「“この世”の現実を見る」ということだろう…。

モヤモヤと度しがたい心地が、足元から這い上がってくるかのようだった。

 

「 まあ、うん、そのうちに…僕も、君たちに歩み寄れるようになってくよ。ちょっとこう…今すぐは、これまでは、いろいろあったんだよ。ほら僕は、ハロウィンの夜の生まれだからさ 」

「 だからこそ余計にじゃないか。君のたましいは、異界から来たんだろ?精霊はみんな異界から来るのに、どうしてお仲間を善いものだって信じてないんだよ 」

 

「 というか、自分を信じてないわけじゃん。おかしいってそんなの。大丈夫お前良い奴だよ!ど~ぉしてそこまでひねくれてますかね? 」

 

「 杖と通じる神だって異界から来るだろ?お前がそんなのじゃ本当にみんな困ると思う!わかってるか?しっかりしろよな 」

 

 

双子は至極真剣に言っていた。神妙に聞き入れたゆえにガラハッドは、頷くことも笑うこともできなかった。

 

 

 

自分は良い奴だって?そんなわけがない。

自分は、もしもまた“あの世”に戻るなら、全部忘れたような顔してのうのうと生きている、すべての者に祟りたいと願うような奴なのに。

 

 

けれどもこの世はこの世なんだよな。この世で誰かを恨むなんて、ガラハッドには想像もできない。

ムカつくこと悲しいこと許すわけにはいかないこと、この世にもいろいろあるけれど、圧倒的に自分は幸せなので…。

 

帰寮のために踵を返す前に、ガラハッドは柔らかい苦笑をもらした。

 

 

「 もしも異界から来る者がみんな善いものなんだとしたら、それは、この世がとても良いところだからだよ 」

 

 

フレッドとジョージは揃って破顔した。彼らにとってはそんなの、ごく当たり前の事実だった。

「そりゃそうさ」と笑って、手を振って彼らも帰っていった。

 

 

けだし精霊というものは、悪い子には妖怪(パック)黒いサンタ(ループレヒト)として訪れ、灰や臓物を撒き散らしていく。彼らが“善きもの”として現れるか否かは、いつだって“この世”側にかかっている。

“善きもの”として現れてくれたら、「ああ良かった」と今の生活を今のまま、これからも愛していけるわけだ。

生粋の魔法族ならば誰でも、そのように考えるものだ。ガラハッドだってそのことは、知らないわけではなかった。

 

 

 

 

 

帰寮したらロジャーもマーカスも起きていて、「いた!お前どこ行ってたんだよ」の声と共に、ロジャーはガラハッドにヘッドロックをかけた。こそばゆいような心地がして、ガラハッドは終日友人たちの誘いに付き合った。

 

 

 

 

 

夜になってガラハッドは、自分のスペースのカーテンを閉め切り、占い学用の燭台に火を灯した。

フレッドは「暖炉ででも焼いて」と言ったけれども、レイブンクロー寮の談話室に暖炉はない。

そこで持ち出した金の燭台は、「自習しなさい」と夏にアラベールが持たせてきたものだ。正直これまで使ってこなかったが、ちょうど持っていてラッキーだったというわけである。

 

ゆらゆらと揺れる光は、群青の天蓋に影を踊らせた。

 

ガラハッドは、自分の“複製忍びの地図”を燃やしてしまう前に、杖で叩いて合言葉を唱えてみた。フレッドとジョージの努力の結晶を、最後によく見て記憶しておこうと思ったのだ。

 

燭台の光は、柔らかい。チラッチラッと鋭く光ることがあって、そのたびに照らされるのにすぐ弱くなる。優しく撫でられているようで、止めどない思索を誘う―――…。

 

 

この地図を持っていることは、僕らには“友情の証”だった。

だからこそ手放そう。セドリックも双子ももう持っていないのに、自分だけ持っておく理由は存在しない。

廊下を歩けば「スリザリンの継承者」と噂された時期、この地図を贈られ誘い出されて、どれほど嬉しかったことか!

 

ガラハッドは人知れず微笑みながら、いくつかの点が動く地図を却って漫然と眺めていた。「どういう仕掛けで城中の人の居場所がわかるんだ?」ということが、最後までわからなかったのが悔しいんだよなぁ…。

ガラハッドは、今度それを双子に尋ねてみようと思った。悔しさを宥めすかして自分がそんな質問をしたら、彼らは物凄くうれしそうに、そばかすだらけの笑顔で仕掛けを教えてくれるに違いない。

 

ガラハッドは、自然とセドリックのことも思い浮かべていた。そういえば、彼はこんなことを言っていたっけ――――最初に“忍びの地図”を制作した生徒たちは、一体、何を目的としたんだろうかと。あの叫びの屋敷の夜は寒かったなあ!

たしかにこの地図は、ただの悪戯用にしては手が込みすぎているのだ。そこそこの確率でバレることも、ワルいことをするときの醍醐味であるのに。

「マジでバレるわけにはいかないようなこと」は、どんな理由であれするべきではない。笑って済まされる程度のことをして、みんなで罰を受けるから、いいんじゃないか…。

 

 

( ―――みんな…みんなか )

 

 

音もなく炎は揺らぐ。

銀色の目をとろんとさせて、ガラハッドはとりとめもなく考え続けた。

 

 

“最初の地図”の持ち主たちは、「きっと堂々とは会えなかった四人だ」と、去年セドリックは言っていた。けれど自分には、それは違うんじゃないかと思えるのだ。その四人はいつも一緒だったから、元の地図は一枚だったんじゃないのか?人目を忍んで会いたかったのなら、四人はそれぞれ別の地図を持った筈だ――――去年の我々のように。

 

あらゆる可能性を言うならば、「忍びの地図は元々四枚あって、叫びの屋敷に残されていたのはそのなかの一枚だ」という線もあり得る。でもそれって、おかしくないだろうか。『我らここに永遠の友情を誓う』と宣言しておきながら、四人のうち一人にだけ地図を手放させるなんて変だろう。

 

大体いくら本名ではないにしたって、彼ら四人は丁寧にも署名をのこしている。

この“忍びの地図”はとんでもない悪事だって可能にしてしまう道具なのだ。教師の立場になるならば、発見次第即刻没収し、製作者・使用者を突き止めて問いただすべき代物だ。

もしもそんな代物が元々複数あるのなら、それぞれの地図に仲間の存在を明かす仕掛けなど持たせはしまい。そんなことをしたら一人捕まったら、みすみす全員連座になってしまうではないか。

 

ああでもこれって、レイブンクロー的発想?

「それって馬鹿のやることじゃん」と思われてならないが、「とんでもない悪事だとみなされるからこそ、連座で捕まるのが仲間だ」とスリザリン生ならば言いそう。

「はなから捕まるときは連座だとわかって地図制作に臨んでいそう」という点では、ムーニー、ワームテール、パットフッド、プロングスの四人はグリフィンドールっぽいか…。

 

 

ガラハッドはぼんやりと“忍びの地図”を見つめていた。視線は自然とグリフィンドール寮の辺りに向き、てんで動かない点たちを眺めていた。この地図は結構ざっくりしているので、誰も寮から出ていない今、動いている点はない――――はずだった。

 

「 ――――ッ!? 」

 

 

ガラハッドは目を疑った。

眠いような気だるさにとらわれていたが、べちりとみずから頬を叩いて目をこすった。

「動いているのは先生がたを示す点ばかりだ」と思い込んでいたのに、まさに今グリフィンドール寮の外側をうろついているのは、シリウス・ブラックと記されている点ではないか!

 

 

「 え…嘘だろ? 」

 

 

ガラハッドは大きな独り言をいった。

えっ、えっ、そんな…こんなことってありますぅ!?でもでも、ブラックは何度もホグワーツに侵入しているのだ!

ガラハッドが慌てて腰をあげて、座っていた椅子をひっくり返したときだった。リーマス・ルーピンを示す点が、地図のなかで自室から出てきて移動し始めた。

なるほど彼も“忍びの地図”を持っているから!?彼もまた“地図”の情報から侵入者に気づいて、この瞬間、城内を駆けているらしかった!!

 

けれど“忍びの地図”の縮尺では、彼はなめくじよりも遅い存在に見えた。

 

ややあって、地図の中でミネルバ・マクゴナガルを示す点も動き始めた。しかし、遅い―――遅いのだ。ガラハッドは息をつめて、食い入るようにして“忍びの地図”を見つめた。

 

 

「 ああ…っ 」

 

 

ああこの間にも、ブラックはグリフィンドール寮に侵入してしまうかも!ブラックを示す点が全然動かないのは、たったいま垂直に外壁を登っているからではないか?

ガラハッドは、ハラハラして居ても立ってもいられなくなった。

 

 

「 ロジャー! 」

 

 

ハリーの命が危ない!!!

ガラハッドはロジャーの名前を叫びながら、ハンガーにかけていたローブをひっつかんだ。ローブのポケットには杖が入っているので、実質杖をとったのに等しい。

 

 

「 お前の姿見貸して!開けるぞ!――――Dammit, i'm maD(クソが、頭にくる) 」

 

 

NOとは言わせない勢い。

ガラハッドは蹴破るようにして青いカーテンをはねのけ、ローブを羽織りながらロジャーの全身鏡へと飛び込んだ。

実質黒い流星に見えたガラハッドを、ロジャーは呆気にとられて見送るばかりだった。

 

 

ロジャーは、ちょうど机に向かっていたところで、こっそりと変身術の予習をして苦戦しているところだった。思いを回文にして彼の姿見へとガラハッドが消えたとき、カーテンはまだ揺れていた。

 

 

「 は?えっ…うわ、やば… 」

 

「 何なに?今度は何を始めたのガラハッド? 」

 

「 もういねえよ。ハァ、だりぃぃぃぃ!なんで俺らまで、あいつと同じ試験を受けるんだ?あいつ、脳味噌どうなってんの? 」

 

「 何を今更… 」

 

「 やってらんねえよチクショー 」

 

 

ぐったりとロジャーは机に突っ伏した。

マーカスは深い苦笑いをして、ロジャーを慰めることをせずに自分のスペースに戻っていった。

天才の奇行を受け流すという芸において、ホグワーツで彼らの右に出るものはいないのであった。

 

 

 

 

 

鏡のなかでガラハッドは立っていた。

鏡の国では、全力で走り続けないとその場に立っていられない。

逆にいえば、ただ立っているだけで、意思とは無関係にすべてが過ぎ去っていく。

 

時は直線ではない。

術者を中心に、それらは円巡していく。

 

鏡は外界との出入口であって、この空間においては光源でもあった。

暖かい光をもたらすものや、冷たい月光をもたらすもの。近頃は艶のある物体の鏡面も含まれていて、本当の鏡ばかりではないから形も大きさも様々だ。「まるで銀河のような光景だ」と、いつかは言えるようになるだろうか…。

 

 

ガラハッド・オリバンダーは退行しているが、魔術師としては成長していた。

大人のほうが優れていると思い込むなんて、魔法を信じる力が足りない間抜け(マグル)だけだ。

獲物を探す鷲のように、ガラハッドは銀の目を光らせていた。

 

 

“出入口”はあちこちに向いており複雑に見えるけれど、焦らずにめあての出口を探せばいい。完璧なフラクタルを描いて、それらは秩序だって並んでいるのだから。

実体世界での位置関係を反映して、それらは規則性をもって並びかわっている。シーカーがスニッチをみつけるかのように、ガラハッドはめあての出口をみつけた。

 

 

( ――――あれだ! )

 

鏡の国の女王は言う。

』ぬらなばねら走でさ速の倍二の力全もとくな少、ばれけたき行に所のかほかこど『

けれどこちとらマグルじゃないんだし、』!ね茶苦茶無『とアリスみたいに怒る必要はないんだ。

 

ガラハッドは杖を強く握った。過ぎ去っていった“めあての出口”は、実体世界では南方向の屋外で、怪しい人影が映っていた。ガラハッドはそこへと移動したかった―――ゆえに明朗にこう言った。

 

「 Was it a rat i saW?(ネズミを見かけたかな?) 」

 

 

マクゴナガルよりもルーピンよりも速く、ガラハッドはシリウス・ブラックへと迫った。

 

 

 

校庭の一郭にて、夜露からひらりと姿を現したガラハッドは、不意討ちの利点を逃さなかった。

 

 

「 エクスぺリアームス! 」

 

 

呪文は人影に直撃した。咆哮のような低い悲鳴をあげて、男は南塔に絡みついている蔦から転落した。

ところが吃驚したのはガラハッドも同じだ。

三階ほどの高さからこちらをめがけて飛んで来たのは、杖かと思いきや抜き身のナイフだったのだ。月光によって、それはギラリと光った。素手で掴んだら大怪我なので、「おぅわ!?」と叫んでガラハッドはそれを避けた。ドスリとナイフは地面に突き刺さり、ガラハッドはその柄を踏み込んだ。

 

 

( ――――えッ!? )

 

 

一瞬のことだったはずだ。

 

それなのに、武器を奪ってから改めてガラハッドが顔をあげたとき、落下地点にはもう人影はなかった。急いで周囲に目を走らせたガラハッドは、間近に爛々と光る目玉をみつけた。

「 シャ~~ッッッ 」

「 ――――…? 」

 

夜警の猫には構っていられない。目一杯足をふんばった猫に唸りをあげられたところで、ガラハッドは今しがたの目的を忘れるような者ではない。

彼はクルックシャンクスを無視して周囲に目を配り、ナイフの柄を踏みつけていた足を地に戻した。夜の繁みに隠れられてしまったが、ブラックが杖なしで近くにいることはわかっているのだ。地に刺さったナイフを踏みつけたのは、簡単に引っこ抜ける状態で放置しておいて、万が一にも奪い返されないため…―――――肉弾戦の想定に関して、ガラハッドはこの世の子供離れしている。

 

猛禽類の狩猟を思わせる少年の手際に、黒犬になっていたシリウスは本能的に退却を選んだ。

シリウスは茂みのなかを後ずさったことで、みすみす自分のいる位置を明かした。

 

 

「 インセンディオ! 」

 

 

点で攻めるなんて効率が悪い。

ガラハッドが放った燃焼呪文は、音がした辺り一帯に火の手を伸ばした。

 

 

「 グァォオオオアアアア 」

 

「 やめろ! 」

 

 

閃光に射られて、火は立ち消えていった。

息せき切って走るルーピン先生が、目一杯腕を伸ばして杖を向けたからだ。

 

駆けてくる人影と、半端に燃えた茂み。ガラハッドは静かに移動して、両方を視野に収められる位置に立った。

ルーピン先生はよろよろと膝に手をついた。汗だくの手で握りしめられて、彼の持つ“元祖忍びの地図”は皺くちゃだ。

 

クルックシャンクスは森に向けて駆けた。

シリウスはもんどりうって足掻きまわり、案内役を務めてくれる猫を追って逃げた。

ガラハッドは杖をどこに向けるべきか迷い、遠ざかっていく気配のほうへと向け続けた。ルーピン先生もまた杖を取り出しているので、そちらに向けるならば“衝突”は避けられまいと思ったのだ。

 

ルーピン先生は酷く狼狽えて言った。

 

 

「 おそろしい…君は、なんて残酷なことを! 」

 

「 逃がしましたね先生?どうして―――まさか、あなたが内部からブラックを? 」

 

「 違う!違うぞ!わたしだって、ブラックを捕らえたら問い詰めてやりたい。責め抜いて、追い詰めて踏みにじって吸魂鬼よりもうまくやってやるとも!奴だってわたしを怖れているはずだ!! 」

 

 

ガラハッドは訝った。近づいてきたルーピン先生はぶるぶると手足を震わせ、肩で息をしていまにも四つん這いになりそうだ。

 

ルーピン先生はゆっくりと呼吸をととのえていった。やがて彼は身体を起こし、理性的な目でガラハッドを見据えた。

 

左手に紙を持ったままのガラハッドは、もう自分も“忍びの地図”を持つことを隠そうとしていない。客観的に言って、銀の眼光は冷徹そのものだ。

ぐっと生唾を吞み込むとき、ルーピン先生は震えあがっていた。

ああシリウス・ブラックという男は、決してこんな顔つきをしなかったのに!――――そのように咄嗟に思ってしまったのだ。

 

 

甘い感傷になど浸るものか。古い思い出よりも、現実のほうが鮮やかだ。

リーマスは一度深く目を閉じて、ゆっくりと覚悟を決めて目を開けた。

 

この子は、父親とは真反対の男になろうとしている!

けれど“血の父親”のことを嫌いぬいて、超えてやろうとする姿はそっくりじゃないか。

 

 

「 わたしはムーニー 」

 

 

静かな声でルーピン先生は言った。

ガラハッドは、これにはハッと意表を突かれた。

 

 

「 君に父親を殺させたくなくて、咄嗟に逃がしてしまった。しかしね、わたしにも“これ”がある。わたしが、“この地図”で奴を追い詰めよう…この月に誓って、わたしがそうしよう!死んでいった者たちが、月を美しく見せるんだろう?どうか…どうか信じてほしいよ 」

 

 

祈りのような言葉だった。

ガラハッドはそれに打ち抜かれて、()()()()()()()()()()()()杖をおろした。

みずから手を汚さんとする先生に、彼は、ついに出会った。

 

 

巨大な下弦の月が、チェシャ猫のように彼らを嗤っている。

 

 

 

 

 




タイトルの元ネタはMoonという小説家の作品。「自閉症が治療可能になった世界で、高機能自閉症者である主人公は、自閉症を治療するべきか?」という話。主人公の特性と能力、二次障害の様子は散々書いてきた通り。凶悪犯=実父だと思い込んでいる元ネタは、小説『夜中に犬に起こった奇妙な事件』。こちらも自閉症の少年目線の成長譚で、英国が舞台です。
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