ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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鷲のゆりかご

 

優勝杯を手にした喜びは、グリフィンドール寮内部ではおそらく学期中ずっと続いていくらしかった。丸一週間後になっても、毎回の食事の時、大広間の東側の壁のほうからは、「オリバーを讃えて!」「ハリーを讃えて!」から始まるメンバー全員の名前を歓呼する乾杯の音頭が響き、グリフィンドール生たちはゴブレットをぶつけあった。

 

 

「 はぁ… 」

 

 

目と違って耳は閉じられないので、連続四日目を超えた頃ぐらいから、ロジャーはこの乾杯の音頭が聞こえてくると溜め息を吐く。「最高のシーズンだったから、誓って負け惜しみは言わない」と部屋で語っていたが、その決意は日々揺らぐ様子だ。からかうつもりはないけれども、ガラハッドは「ふーん」と横目でロジャーのことを見やった。

 

 

「 おうおう、グリフィンドールのみなさん、またやってんなぁ! 」

 

 

彼は元気を出したいようだ。空元気をふりまいて、ポテトを潰す手つきの荒っぽいことだ。

「まったく羨ましくなんかねーけど!?」という顔で、ロジャーはフォークでポテトを無惨な姿にした。

ガラハッドは仕方ないと思った。

 

だってさ、ああも幸せいっぱいの姿を見せつけられたら、優勝が羨ましくなるのが自然な人情だよ…。

 

レイブンクロー席には今日も、食事もそこそこにじっとグリフィンドール席のほうを眺める生徒らが多い。今の時期になってチョウは、悲しさで食事が喉を通らなくなったようだ。ガラハッドも明るくはなれなくて、溜め息を吐かずに済むようにグリフィンドール席のほうを見なかった。マリエッタもマーカスもそうした。

 

 

「 あいつら、いい加減しつこい 」

 

 

ニールが不機嫌な声で言った。

そのときだった。ばーんとテーブルに両手をついて、上座からペネロピー・クリアウォーターが食器を垂直に浮き上がらせた。最上級生として、本寮の監督生として、彼女はこれを由々しき事態だと受け止めているらしい。

 

 

「 いいこと?よく聞いて頂戴! 」

 

 

ペネロピーのお小言は冴えた。

 

 

「 いくら羨ましい気持ちで眺めたってね、クィディッチ優勝杯はもうあっちのものなの。ションボリうじうじするのはやめましょう!わたしは、10ガリオン、賭けに負けました。でも取り返すわよ!今のわたしたちに必要なのは、次の勝負に向けて力を蓄えること!なんと、今日で、試験六週間前です!! 」

 

 

それがどうしたのだろう。彼女は、みんながカレンダーを読めないとでも思っているのだろうか。

ガラハッドは華麗に聞き流した。

 

 

「 驚いている子がいるわね?そうよ、気づいたら試験はもう目の前なの…! 」

 

 

六週間前って、はたして試験直前なのだろうか?

その解釈は個人によってわかれるところであって、「きゃっ、どうしましょう!」とマリエッタは鞄を漁り始めたが、アンドレは怪訝な顔つきだった。「あ~…」と力なくボヤく者たちが主流派だ。「勉強、しなきゃなあってわかってはいるんだけど、やる気が出てこないんだよねえ…」という顔つきがズラリと並ぶ。

 

「あの人、NEWTヒスね」とバディーアはボソリと言った。「やめようよ」とジルは怖ろしげに言った。

フェイはいっそう熱心に現実逃避を始めた。

さまざまな反応をする同級生たちのなかで、ごく普通にしていたつもりのガラハッドは、いきなりペネロピー様から名指しで行動を取り上げられてしまった。

 

 

「 みんな!ガラハッドを見なさい!朝にチョウのぶんのソーセージまで食べたのに、今も二杯目のスープをペロリよ!葉物や魚介類だって残しません!よく勉強していい点をとるには、脳みそに栄養が必要なの!近頃、朝ごはんを食べない人が多すぎます!どうせグリフィンドールを眺めるんだったら、次こそ勝つつもりでばくばく食べないとダメ!そして勉強するの!ふらふらボディよわよわアタマで、レイブンクロー精神を発揮できるものですか! 」

 

「 ちょっ…待って、やめて!?僕が異常によく食う奴みたいじゃん!? 」

 

「 よく食べるほうだと思うよ 」

 

 

マーカスがさらっと言った。

間近で生活を知られているぶん、ガラハッドはこれを否定しにくかった。

 

 

「 えええ?あー… 」

 

 

ガラハッドはうにゃうにゃと腰をあげた。

食って寝るのと風呂が幸せ~!という、単細胞生物ぶりをペネロピーにまで知られていたのは恥ずかしいが、彼女の言わんとしていることはよくわかる。

近頃のレイブンクロー寮の雰囲気は、日に日に無気力なものへとなりつつあった。

グリフィンドール寮の生徒たちは、まるで朗らかな吸魂鬼だった。「わたしたちの優勝に!乾杯!」を響かせるたびに、他寮生たちの元気を吸いとっている。

 

まあ、それならば取られた元気、取った連中から奪い返しちゃいましょ~~~というのがガラハッドの考えである。

 

彼という人の悪ガキぶりは、このところますます加速している。要らない紙だとみればくしゃくしゃに丸めて、「野球しゃあせん?」と置き傘を振っていた頃と変わらないのだ。にぃっと笑ってガラハッドは、レイブンクローテーブルの一同を見回した。

 

 

「 よーしお前ら牛乳持て~ 」

 

「 あはっ!なんで牛乳なわけ? 」

 

「 当然だろ?イライラ予防にはカルシウム!牛乳にはこれが含まれております! 」

 

 

どっと笑いが起こった。遠回しにヒステリー気味だとこすられたけれども、ペネロピーは笑ってこれを許すようだ。

最初に笑い声をあげたチョウを筆頭に、特に仲の良い面々がすくりと立ち上がって、ペネロピー同様腰に手を当てて牛乳を持った。

 

 

「 何?どういうノリ? 」

 

 

ひそひそと囁く生徒たちがいる。

 

 

「 大丈夫、立とう。立てば大丈夫よ 」

 

「 午後の授業だりぃ~!そんなみなさんご一緒に! 」

 

「 よっ、いいぞガラハッド卿! 」

 

「 馬鹿じゃん!やばい、きた。始まったな 」

 

 

ささやきに興奮が宿った。

「伝説の男~!」とリーの真似をする奴がいて、レイブンクロー寮はにわかに色めき立った。みんな手に手にグラスを持って、ニヤッとしてグリフィンドール席のほうを一瞥した。

快活な声で周りの子を呼び寄せて、ロジャーはピッチャーから牛乳をサーブしまくった。

 

グリフィンドール、どんなもんだい!ぴたりと声が揃うときの迫力ならば、自分たちのほうが上であると全員が知っている。

ご機嫌で仕方ないグリフィンドール生たちの、横っ面を張るように度肝を抜いてやろうじゃないか!

朝の読経を欠かさないガラハッドは、こういう場面でよく声が通った。

 

 

「 決起集会だ!我々は、どの寮よりも学業で勝つ―――さあ勉強するぞ!乾杯! 」

 

「「「「「「「「「「「「「「 乾杯!! 」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

ぐい~っとみんなが牛乳を飲み終えた頃。

悪戯っぽい笑顔でペネロピーは、「打倒パーシー・ウィーズリー!」と声をあげた。上級生がどっと笑った。

「打倒ハーマイオニー・グレンジャー!」と急いでマイケルが言い、四方八方から「えええっ」を浴びた。

 

 

「 あなたたち、そうだったの!? 」

 

 

この手の勘違いって面白い。

真っ赤になって否定するマイケルに、レイブンクロー寮旗は特大の笑い声で揺れた。

狙いどおり、グリフィンドール生たちは呆気にとられて静かになった。「やるねえ」と、ハッフルパフの七年生たちは笑った。

午後の授業でレイブンクロー生たちは、意気揚々としてビシバシ手を挙げまくった。もしくは、鬼のように細かくメモをとったりした。

 

 

 

 

 

「 ああヤダヤダ、きもいきもいきもい! 」

 

 

薬草学の授業にて。昼からのながれにうんざりしているパンジー・パーキンソンは、高い声を出してわざと聞こえるように言った。テリー・ブートたちのイキリ具合に、ほとほと辟易させられたからであった。

 

 

「 ガリ勉集団!わたし、ああいうのは見ていて鳥肌が立つわ。喋り方がきもいったら! 」

 

「 デュフフ、フォカヌポウ 」

 

 

絶妙なタイミングでグレゴリー・ゴイルが言った。この一言にはセオドール・ノットも笑った。他寮生からは知られていないかもしれないが、ゴイルにはこういったセンスがある。大笑いしてパンジーは、グレゴリーのことをぺちぺちと叩いた。ビンセント・クラッブは彼に当身をくらわせ、グレゴリーは押し返しながら黙ってニヤニヤした。

 

 

「 ―――… 」

 

 

混ざる気になれずに、ドラコ・マルフォイはじゃれあいから背を向けて先に歩いた。授業で収穫したシダの葉を、ドラコは指先でくるくるさせていたが、寮に帰る前に道端に捨てた。

 

 

「 あら、捨てちゃうの? 」

 

 

女子ってこういうところで目敏い。

 

 

「 楽しみね。花を咲かせる株になったんでしょう?コレクションに加えるのに、素晴らしく相応しい育ち方をした葉だと思ったわ。鷲の羽根みたい!さすがドラコね。それを捨てて、スプラウトに花のほうを提出させるの? 」

 

「 いいや 」

 

 

うんざりとしてドラコは言った。

パンジーの背後に、ミリセント・ブルストロードが控えているのが見えたからだ。パンジーひとりでも厄介なのに、女子二人がかりであれこれ絡んでこられては堪らない。

 

 

「 博物蒐集の趣味は、もうやめる。最後のコレクションをもう選んだ 」

 

 

静かな声でドラコは言った。「もう話しかけるな」と、彼はローブの裾を捌いて態度で示した。

 

瓶詰結晶に、夜に光るモルフォ蝶。魔法のスクラップブックには、他の子は持っていないものがいっぱい。

すべて大好きで、誇らしかった…自分で集めたものばかりのつもりだった。

“つもり”でしかなかったと、近頃は本当によくわかるのだ。もしも自分が、ごく普通の家に生まれていたら、スクラップブックの中身はごく普通のものばかりだったろう。つやつやのドングリとか、ちょっと洒落ている釦とか、精々がところその程度だ。

 

最後のコレクションは、ヒッポグリフの羽根。「名はバックビーク」と書き込んで、それきりドラコは表紙を開けていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてマルフォイ家のドラコがそんな状態であるので、スリザリン寮内の雰囲気は、一向に回復の兆しがなかった。その晩もグリフィンドール生たちは優勝を祝った。

 

大広間の西の端にて、スリザリン生たちはうんざりして、吐き気を覚えて何を食べる気も失せた。昼間レイブンクロー生たちが乾杯していたので、グリフィンドール生たちは変にやる気を出し、「優勝杯を手にした寮に相応しく」と、彼らを上回る結束を見せたいと願い始めたようだ。

 

腹の立つことにレイブンクロー生たちは、グリフィンドール生たちを焚きつけるだけ焚きつけておいて、連中のことがもう眼中にないようであった。

マーカス・フリントは耳を疑った。

よく聞いてみると、背後に並んでいるトンチキレイブンクロー生どもときたら、むしゃむしゃと夕食をとりながらひたすら授業の内容について議論している。何故だかそれが楽しそうで、へらへらと気楽そうで羨ましい限りだ。

 

 

「 で、これを求められると何が嬉しいかというと…! 」

 

 

特にキモい奴って、どうしてこぞってあの言い回しを使うのだろう?傍からみればどいつもそっくりなのに、個性だの何だのを自認しているのがアホらしい。

 

フリントの苛立ちの矛先は、お決まりの呪文を唱えている奴らへと向いた。特に‟典型的にキモい要素”をフルコンプリートしながら、何故だかいい男だとされているあいつ。あいつだ!垢ぬけた雰囲気があることは認めるが、突出して顔がいいわけではないのに…何より性格がひんまがっているのに…。

ロイ・マスタングが楽しそうにしていることが、マーカス・フリントには納得できなかった。「貴様に納得してもらう筋合いはない。ママ、我慢できないんでちゅと言え」と、マスタングは気障ったらしく振り向いて言うだろう。「負けて悔しくてならないんでちゅ~」と、冷ややかな笑い方で煽り倒してくるはずだ。何百回とやりあっているぶん想像がついて、フリントは勝手にプツンときて吼えた。

 

 

「 おい、負け犬!俺たちが決勝戦に出ていた間、お部屋でお勉強していたのか?報われる機会があってよかったな。こっちでも一講釈垂れてくれよ!俺たち忙しくて暇がなかったんだ! 」

 

 

低めの音が鳴った。

「フフッ」という小さな笑いも百名近くのが重なると、低くて圧力を感じさせる音になる。

一斉に視線を浴びたと感じたマスタングは、挑戦的に背後を振り返った。

 

 

「 …チッ、ほざけ。暇があってもおつむがザルのくせに 」

 

「 ああ?聞こえねえなあ、もっと声張れよマスタング!わおーんって、大きく鳴くところだろうがよ!お前が、陰湿な手を使ってこなかったら、うちのチームはベストメンバーで決勝戦に臨めた!謝ろうって気はないのか!! 」

 

 

騒がしい声ならば、他にもいろいろあったので…。

「うわアイツ最低」と正面のチョウが毒づき始めるまで、ガラハッドはこの舌戦が始まったことに気づかなかった。スリザリン寮に近いほうに座っていたからこそ、遠くの横のほうで起きていることは目に入らなかったのだ。

チョウは、ガラハッドと違ってハッフルパフ側に座っている。彼女は目尻をつり上げて、ぐっと斜め対岸のフリントを睨んだ。

 

 

「 決勝でベストを尽くしたメンバーに失礼よ。キャプテンなのに、ああいうこと言っちゃうんだね 」

 

「 その点アラン先輩は神~ 」

 

「 そ~うよ。そうです。絶対引き継いでねロジャー! 」

 

「 任せろ!…って胸張って言いたいところだけど、君の支えがマジ必要! 」

 

 

よろしくなチョウ!こっちこそねロジャー!と、ふたりはノリノリでまた乾杯をした。こういった光景を見慣れているガラハッドは、目の前のことを気にもとめなかった。

 

ガラハッドは、大きくのけぞってフリント対マスタングの詳細を見ようとした。この「いつもの」が始まったということは、スリザリンチームも少しは元気が出てきたのかな。

ガラハッドが見たときには、ふたりは既に睨み合って立ち上がっていた。がつんと水平に椅子がぶっとんだのは、ロイ・マスタングが立ってすぐに蹴り飛ばしたからか。ふたりの肉弾戦が始まるよりも前に、椅子と椅子同士が激しく衝突した。

 

 

「 …わぁお 」

 

 

マーカスが小さく呟いた。こうなるともう総員注目だ。熱心に話し込んでいた者たちも含めて、レイブンクロー生たちは全員顔をあげた。

 

ガラハッドは、マスタングがフリントを相手に珍しく本気でキレている理由がわからなかった。

なんだか知らないけど、木に八つ当たりしないでほしいな。自分のほうに蹴飛ばされてきたマスタングの椅子を、踏み破るようにフリントは蹴倒した。

マーカス・フリントは怒鳴りつけた。

 

 

「 忘れたふりしてんじゃねえぞマスタング!お前は、俺に負けたんだ。俺は今年で卒業するからな。お前は、一生俺に負けたままだ! 」

 

 

フリントはマスタングをせせら笑った。

いつもの飄々とした態度はどこへやら。これを受けてのマスタングは、かたく奥歯を噛み締めていた。そんなに毒舌も冴えなかった。

 

 

「 それはそれは…希望的観測というやつだな。まだ試験まで六週間ある。どうにか及第点をいただけるよう、泣いて勉学に励むと。おたくは、そう言いたいわけだなフリント?もしくは、『先生に土下座をする練習をしている』という宣言か… 」

 

「 そいつはお前がするべきだろう?『これまで申し訳ありませんでした』って、這いつくばって俺を送り出せ!テレンス兄弟にアドシーさん、ヒリアードも見に来たがるだろうなあ!お前の泣きっ面をよお!お前ほど嫌われている奴はいないぜ!!まったく、尊敬するね 」

 

 

空気が凍るような感じがした。

 

ガラハッドは息を呑んだ。

ロバート・ヒリアード――――去年卒業していった彼と、マスタングの関係が決して良好ではなかったことを、知らないのは今年入学した一年生ばかりだ。

「忘れたふりをするな」というなら、「スリザリンへの敗北」よりももっと突き刺さるものがある――――「昨年の、あの寮内の空気」だ。

 

みんな覚えているから、今の雰囲気を大事にしているんだ。

けれど在ったことを無かったことにはできない!

 

いまやマスタングの顔つきは、あの頃の談話室でのそれと同じだった。刺し殺しそうな目つきで、マスタングは黙ってフリントのことを見据えていた。荒れた野良馬の顔だ。

 

ガラハッドは怖々と立ち上がった。視界を上げて、そして確かめたいことがあった。

ああほら!マスタングが両手をポケットにつっこんでいることは、とてつもなくまずい予兆なのではないか…!?

 

非常におそろしいことに、彼は少しも格好つける気がないらしい。いつもみたいに斜に構えて、相手を小馬鹿にする言葉を並べ立ててほしいのに。

真剣な声でマスタングは言った。

 

 

「 …ずっと、こんなときに使う呪文を考えてきた 」

 

 

すぅっとマスタングは大きく息を吸った。

ヤバい!!!という確信から全員が動いた。

間近にいた生徒たちから、マスタングは杖を取り出す前に全身を拘束された。アランは後ろからマスタングを羽交い絞めにしたし、ルーナとマイケルは彼の左右の腕に飛びついた。アームストロングはマスタングの腰回りにタックルして抱きしめ、絶対に杖を取り出させまいとした。

 

 

「 んなッ!? 」

 

 

アームストロングは体格が良い。彼の背後をとったアランともども、マスタングは後ろにすっころんでいった。

 

「あれは事故だった」とよく本人は弁解するが、マスタングは重大な前科者なのだ。今年が始まってごく最初の頃、どういうつもりだったやら彼は OH, FELT WARMER(おお、暖かいな) という呪文の実験をし、談話室で杖を FLAMETHROWER(火炎放射器) に変えた。本人が一番大火傷を負い、「フィニート!」を発音できない状態になって、火を噴きまくる杖を床に取り落とし、まれに見る大惨事を引き起こしたのだ。

 

あのときは、あやうくレイブンクロー寮が全焼するかと思われた!!!

 

以降誰しもが‟負け犬を哭かせる呪文”を怖れている次第である。「インセンディオ」と違って、あの呪文は無限に火炎を放射し続けるからヤバい。

 

必死になってレイブンクロー生たちから庇われて、フリントはびっくりして腰が引けていた。

 

 

「 殺しちゃダメ!殺しちゃダメですよ先輩! 」

 

「 いくらこの出っ歯がムカつくからって! 」

 

「 加減が大事よ!?こんな奴のためにアズカバンに行く価値ない! 」

 

「 なっ!?そん―――…ば、馬鹿者!誰が“あれ”を使うか!!俺が、考えていたのは…ッ 」

 

 

マスタングは変にどもった。床に尻もちをついたまま、彼は手で顔を撫でて拭った。とにかくなんとかしなきゃと焦ったパドマにより、彼は水を浴びせかけられていた。

 

原始的な方法だなって?大広間で魔法を使うことは、原則禁止なので…。

武装解除呪文によらずに、バケツリレーの要領でガラハッドはマスタングの杖を得た。

 

杖がなくてびしょびしょなのに、マスタングは不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。彼の杖に触れていたガラハッドは、これこそが“考えていた呪文”だったのだとわかった。

 

 

「 俺が考えていたのは…これまで貴様らから巻き上げたカネ全部つっこんで、俺はとことん楽しんでやるってことだ!良いギャンブラーというのは、負けることにも強い。それを証明してやろうというんだ!指を咥えて見ておけフリント!貴様らがいじけているあいだに、我々は“次”に行ってやる! 」

 

「 『我々は』いただきましたぁ! 」

 

 

ワッショーイという感じで、ガラハッドはけらけらと囃し立てた。自分が言い出しっぺにならないときだって、彼はジャンプしてご機嫌で混じりにいく子供だった。

 

 

「 ロイ!ポーカーって何人でするのぉ?―――ひとりなわけないよな! 」

 

「 ワンテーブル最大10人全25卓!全員に元金をやろう!ハハッ、元はといえばウスノロどものカネなんでなぁ?馬鹿にされたぶんだけ毟ってやっただけだ。惜しくない。俺は、痛くも痒くもない―――チップは用意しきれんからマッチ棒でおこなう。ただのマッチだが、下手なイカサマはするなよ?ただし突き抜けていれば許す!―――勝ち抜き戦だ。俺を負かしにきたきゃ三局はやれ。早々にすっからかんになった奴は、キャンディでもチョコでも賭けて勝手にやってろ。以上!再集合21時! 」

 

 

このうえなく奇妙な話である。

六年生のロイ・マスタングは、このとき過去一番に監督生らしく見えた。

ヒューゥと口笛が飛んで、拍手と歓声でレイブンクロー寮の寮旗が再び揺れた。

 

天晴れ、レイブンクロー生!

スリザリン生たちは泡でも噴きそうだ。

彼らってクールでタフだよね!

 

教職員テーブルにてルーピン先生は、スネイプ先生の表情を極力見ないようにした。

レイブンクロー寮の生徒の気風って、自分たちの世代から全然変わっていない。

 

「微笑ましいな」という思いがあるのはあるものの、「これはいかんだろう!?」という動揺もあって…。個人間の愉しみはまあまあ目を溢すとして、寮内で大規模テキサスホールデムポーカー大会だなんてよろしくないのでは!?

目をかっぴらいたマクゴナガル先生が何かを言う前に、さすがにフリットウィック先生は難しい顔で言った。

 

 

「 指導が必要ですね? 」

 

「 ええ。ええ。そうです。もちろん!大いに!大いに指導が必要ですわ!この際ですから言わせていただきますが、おたくの寮の監督生選びの基準はどうなっているんです?二度とこんなことがあってはなりません!フィリウス、この基準については、わたしたちは来年度を前に、校長先生のもとでじっくり話し合わなくてはなりません…ッ 」

 

 

うむうむとフリットウィック先生は頷いておいた。すべての主張に頷いたあと、フリットウィック先生は「寮内での指導に行ってきます」と言った。

別にレイブンクロー寮の入り口は合言葉制ではないので、どこの寮の教師だって立ち入りできるのだが。

逆にいえば、自分の寮であるにも関わらず入れないこともある。

仕掛けられたなぞなぞが難しすぎて、その晩フリットウィック先生は寮に入れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝のことである。

 

決勝テーブルともなると“総獲り”は全然できなくて、談話室でうだうだ徹夜ポーカーをしていた面々は、早朝にフリットウィック先生が現れると、みんなとびあがって一本の棒になった。とんでもなくビビって気をつけをしている生徒たちに、にこやかに(だが、有無を言わさぬ口調で)フリットウィック先生は仕事を言いつけた。

 

 

「 おはよう。よく楽しんだのですから、いつもに増して遅刻は許されません。全員を起こしてきて集合させなさい。駆け足 」

 

 

はい!!…ってあのマスタングまで大きい声で言った。一度としてブタなしで役をつくってきやがったことよりも、ガラハッドはそっちのほうに驚いてしまった。

 

 

 

 

 

さてフリットウィック先生のお話の内容は、なんていうか「そりゃそうですよね~!」という感想しかないもので、どんな罰則だって「ですよね~!」という状態。

 

つらい結果を引き受けてなお前向きに、“次”に進むためにやったことなんだもん。本来ならば心のうちで済ませるべきところを、そうではない方法で乗り越えたんだもん。そりゃあそのぶんだけ新たな結果を引き受けないといけないし、“次”へと向かう初速を緩めてはいけないよね。

 

わかっていてやったことなので、全員「はーい」としおらしく連座での罰則を受け入れた。

さぁ、しっかり朝ごはんを食べて、今日こそバリバリと勉強しないといけないぞ!

「うとうとすんなよ!」と揶揄いあいながら、レイブンクロー生たちはそれぞれの教室に散った。

 

 

 

 

放課後、フリットウィック先生が用意していた罰則は、マグル式のやり方で、校舎のあちこちを磨くというものだった。

アーガス・フィルチは憤怒した。

彼は、嫌がる子供たちをネチネチ責めながら無理やり働かせることに喜びを見出す男なのだが、フリットウィック先生が送り込んできた罰則対象者はホグワーツ史上最高(最低?)かもしれないくらい多く、大人数の強みに任せて、全然フィルチの言うことを聞かなかった。彼らは放課後にわらわらと管理人室前にやってきて、勝手に点呼をとって分担について話し始めた。

 

 

「 何カ所掃除するんですか? 」

 

 

こちらではなく寮監に尋ねるところが憎たらしい!フリットウィック先生に発言を譲られて、フィルチは口角泡を飛ばして説明した。

 

 

「 わかりました。では一班はこれくらいで… 」

 

 

「10ヵ所もあるの!?ヒェー」と嘆かせたかったのに、質問してきた生徒は平然と指を折って仲間に示した。

勝手に班分けがなされた。にこにこしてフリットウィック先生は、自律的な生徒たちを眺めた。

 

フィルチはニタァリと耳まで笑み曲げた。

罰則を受けに来たのであるから、たっぷり苦しんで帰ってもらわなくては困る!

マグル式掃除をまるで知らない生徒たちは、「どうやってやるんですか?」と純粋な瞳で訊いた。ある女子生徒にそれを訊ねられたとき、アーガス・フィルチは嬉しくて仕方がなかった。

 

 

「 雑巾を使うんですよお嬢さん。どこだって、雑巾を使って拭くんだ。必ず両手でやれ!必ずだ 」

 

「 両手でおこなうことに意味があるんですね 」

 

「 えっ、モップがないの…? 」

 

 

しまったマグル生まれが混ざっていたか。

しかしヒソヒソと言葉を交わし始めた数名の生徒の表情を見て、フィルチは却って楽しくなってきた。そうそう!やはり罰則は、嫌がる者たちを従わせることに意味がある!

 

なぁにか文句があるのか?

文句を言える立場なのか!

 

そんなことを言ってやろうとして、フィルチが目の色を変えたときだった。

 

 

「 えっ、マジ?モップなし雑巾だけでやるの?はい!はい、僕!六階の大理石ホールやりたい! 」

 

 

目の色を変えた変態がいる。

ガラハッド・オリバンダーだ。

 

きらっきらの瞳で、その少年は自分から苦しい場所へと行きたがった。

久しぶりだ~!僕これ、日本でもかな~り上手いほうだよ!大理石ホールがいい!ああっでも、廊下も長くてやり甲斐があるなあ!とかなんとか。

 

まったく思い通りにならないよく喋るクソガキに、フィルチの鼻の穴はひくひく膨れ上がった。彼がつくりだす空気によって、「地獄の罰則」のはずが「イェーイ!ゲーム大会!」だ。

後輩の男子たちを引き連れて、ガラハッドは弾むように割り当ての場所へと行った。

 

 

「 雑巾がけレースしよ~!! 」

 

 

その姿を見送ったバディーアは、近くにいたフェイへと小さな声で言った。

 

 

「 …徹夜でハイ? 」

 

「 わかんない 」

 

「 それ、あなたたちから見てもそう思う? 」

 

 

チョウが会話に割り込んだ。日頃あまりガラハッドと関わらないバディーアとフェイだけでなく、黙っていたパドマまでが一緒に頷いた。

 

 

「 …そっか 」

 

 

チョウは、不安になってマリエッタのほうを振り向いた。

マリエッタはゾッと寒気を覚えて、フィルチに何を言われたって耳に入らなかった。

 

 

『あなたおかしいわよ』という指摘に答えをはぐらかして。

『死ぬんじゃない?』と彼が嘯いていたのはいつ?

あれから、何日が経った?

どうして数えておかなかったのかしら…。

 

近頃のガラハッドは、あの頃ともまた違う感じだ。

知識に任せて人を煙に巻いたり、皮肉を言ったりはしなくなった。

ただただ、美点のみが純化されていくかのよう。

幼いとも言えるんだけど。

 

 

素敵。なのに、猛烈に奇妙。

 

 

寝不足のマリエッタは、それ以上うまく頭が回らなかった。ただ珍妙な不安に憑かれて、それを紛らわせるように彼女は働いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は進む、む進は時

いつまで遊んでいられるの?

みんな大人になっていくのに…

 

 

不安を自覚したうえで、忘れようとして踊るのなんて序の口だ。目の前のことに大笑いして、没入して走った先に眩暈がある。

 

 

 

“その瞬間”が来た時、ガラハッドは頭がぐるぐるしていた。

昨夜徹夜で遊んでいたというのもあるし、とても広いところで雑巾がけレースをして、かなりの運動をして、そして友達とじゃれて…。

肩をぶつけながらの雑巾がけで足が滑って、ころころと転んで、大笑いして息を弾ませながら起き上がったところだったから。

 

起き上がったところに、バケツがあった。使っていた雑巾を一度洗おうとして、ガラハッドはバケツに手をつっこんだ。

 

びしゃっ!と、勢いよく…。

 

波打った水面はぬらりと光った!眩しいけど、気のせいなんかじゃなかった。月のようだとされる瞳を見開いて、ガラハッドは揺らぐ水面の向こうを見た。

じっと見てみたけど、結果は変わらない―――手首から先が見えない。

あ、手首も。

見ていたら、腕のほうまで消えてきた。

 

「消えちゃった」とガラハッドは、見たことをそのまま呟いた。

 

 

 

 




ドラコが興味を失ったシダの花・花を咲かせるシダはスラブ圏の民話に見られるもので、手にしている間だけは地下にある黄金が見えるようになります。しかしながら眠ろうとしたその人から花が離れた瞬間に、その人は見えていたもののことを忘れてしまいます。
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