ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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予言しちゃっていいですか

 

 

試験前のシーズンがやってきた。「六週間前」などではなくて、どんな怠惰な生徒であっても「もうすぐ試験だ」と見なすようなシーズンが。

 

空は雲一つなく、蒸し暑い日が続いた。植物は勢いよく背丈を伸ばし、魅惑的な夏の匂いを漂わせた。

外に遊びに行きたくてたまらないとき、堅牢な城の中にいる生徒たちは、窓辺にて「自分たちは監獄に囚われている」と感じた。それというのも、先生がたは生徒たちに本学年の最初から最後までを復習するのにふさわしい課題を与え、その量を以てみんなを机へと縛りつけたからだ。

 

ホグワーツに勉強のムードが漂うにつれて、ガラハッドも気持ちを逸らせていった。

 

彼は、与えられた課題を教科書もノートも見ずにさらりとこなして、これまでおこなってきた復習に漏れのなかったことを知って安心した。だが反面、課題に苦戦する生徒たちを尻目に、可処分時間の長さにそわそわして、ぼんやりと過ごしていくことに不安を感じた。

もともと勤勉なたちであるのに、「もっと何かをしなくては」とさらに意気込んだのだ。

 

 

「 どうしよう…こんなに時間があるはずはないんだ。何かやらないといけないことを、見落としているだけに違いないんだ 」

 

 

ガラハッドは部屋をうろうろした。

「勝手にしろ」と、当初ロジャーはこの様子に対して思っていた。自分なりにはいいペースで課題が進んでいるのに、出来すぎるガラハッドに調子を乱されてたまるか、と…。

 

するとガラハッドは、それからの数日間で、教科書の要約文をつくり、ノートに試験予想問題をつくり、複数の図書を照らし合わせながら模範解答と解法解説を制作しはじめた。これは、傍目には「明らかに過剰な猛勉強」だったが、本人の主観の範囲では、「集中して取り組んでいるあいだじゅう、心が整う作業」だった。いくつかの教科でこれを完遂したころ、ガラハッドはみずから過去の反省を語り始めた。

 

 

「 ふふふ…本来、毎年こんなふうにするべきだったんだよな。そうしたら今頃は、この棚にどーんとコレクションができていたのに!今からでも遅くないから、三年までの範囲もまとめノートをつくろうかなあ?O.W.LやN.E.W.Tの直前には、さくっとその問題集を解いてみればいいんだ。―――ああでも、それも完璧じゃないな!自覚なく出題傾向が偏っているかもしれない 」

 

「 いいねその計画。ねえそれ、売って 」

 

 

マーカスは自分の学習机についたまま言った。ベッドに転がってロジャーは、この期に及んではゲロを吐きそうだった。

ガラハッドはうっとりと答えた。

 

 

「 いやいや。こういうのは、自分でつくるからこそ気持ちがいいもんだぞマーカス?すごく気持ちいい…ああ、きっちりやるのって気持ちいい!完璧に計画をこなすことでしか、脳から分泌されない汁ってあると思わない? 」

 

「 何かの薬を飲んでるの?正気だとしたら、僕はまったく同意できないね 」

 

 

そんな脳内麻薬はないし、問題集は買って手に入れるほうがいい。

そのようにマーカス・ベルビィは主張する次第である。

彼ほどプライドを捨てられなくて、ロジャー・デイビースはこのごろ無口だった。

 

 

 

そういうわけで六月、ガラハッド・オリバンダーは絶好調だった。

もとより昭和元年生まれの男女のうち、高校に進学していたのは全体の5%。大学に進学していたのは、たったの1%である。

“あの世”でのガラハッドは、周囲からの期待になんとなく応えて、とんでもない競争を勝ち抜いて進学しておきながら、不本意にもモヤモヤうだうだしていた。

 

このご時世に働かず軍にも入らずにいるなんて、中学までの同級生には軽蔑されているだろうな…高卒で働いている友人は、我が国を支える技師たちになっているのに…自分は、いったい何をしているんだろう…。

どうせ出征するのに、学問なんかして何になるんだ?

せめて、卒業後は僧侶以外になれないものか…。

けれど、親の期待を裏切るのは嫌だしな…。

坊主が何を拝んだって、世の中は何も変わらないのに…。

 

明治のバンカラに憧れているくせに、彼はしょっちゅうこんなことを考える、いじけた無気力大学生だった。

 

けれども“この世”にはそんな憂いは在る筈がない!

 

つまりここにきて、ガラハッドは 初の 本 領 発 揮 。

満を持して迎えた試験の一日め、彼は「時間終了」の合図と同時に勝鬨をあげた。

 

 

「 っしゃああああああ!ざまぁみろスネイプ! 」

 

 

ガラハッドはガッツポーズをした。

マリエッタが、その姿を顔を引きつらせて眺めた。「なんて酷い試験だったの」と彼女は思うのである。魔法薬学の実技試験中、スネイプ先生のおこなったことときたら最低だ…。

 

スネイプ先生は、例によって邪険で陰湿な気配をふりまきながら大鍋のあいだを歩き回り、「おおっと」という白々しい声と共に、ガラハッドの鍋の中身が黄色くなる前に、そのなかへとフンコロガシの羽根を入れた――――「入れるべきではない。なぜなら…」って、自分がくどくどと解説していたくせに。

 

「先生がそんなことをなさるだなんて!」と、マリエッタは強いショックを受けていた。

ただしやられっぱなしではないのがガラハッド。いくら近頃たくさん引っかかる部分があっても、「こういうところが素敵」と彼女は思い直す。

 

スネイプ先生にしてやられたとき、ガラハッドは、自分も「おおっと」とすぐによろけてみせて、足元の薪を蹴っ飛ばして、スネイプ先生のローブの裾に火をつけた。うっかりフンコロガシの羽根を溢してしまうくらい、ふらふらと足腰が危ういはずなのに、スネイプ先生は飛び上がって魔法の薪を蹴っ飛ばし返した。

それを踏み潰してガラハッドは言った。

 

 

「 事故ですよね? 」

 

 

スネイプ先生は低く唸った。

 

 

「 うむ…事故である… 」

 

「 事故ならシカタナイネー! 」

 

 

斯くして戦いの火蓋は切られた。

怒涛のリカバリーと怒涛の妨害。

ただ作業手順を丸暗記しているだけの者に、セブルス・スネイプは単位を与えるつもりはなかった。このこまっしゃくれたクソガキが、筆記試験で満点をとってくることはわかっている。知識・思考力ともに認めよう。ただし理論ばかりを書き連ねて、実践の技術を磨かない者に“O”は与えん!!!

 

そんな教育方針のもと、魔法薬学教授のセブルス・スネイプは今年の役目を果たしきった。無事に制限時間内に製薬をやりとげたガラハッドに、スネイプは頬の緩みをうまく隠せなかった。

 

スネイプ先生は、ニチャァっとした笑顔で立ったまま羽ペンを動かし、ガラハッドの目の前で帳面に成績所見を書いた。

 

ガラハッドはむっつりとそれを睨んだ。本来ならばもっと良質な薬ができたのに、「どうにかこうにか完成」の結果を、ネチネチと細かく記録されるだなんて…。

おおいなる譲歩の結果として、珍しくスネイプ先生は褒め言葉を述べた。

 

 

「 フン…傲るなよ。当然である。我輩にはわかっていた…このたびの試験の結果には、ノアイユ博士は目をとめられるであろうなあ? 」

 

「 う゛っ 」

 

 

的確に弱みを突かれた!

そのように感じてガラハッドは、悔しがりながらおそろしい想像をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

くっそ~魔法薬学のぶんを取り返せる点数をとらないと!と、それからのガラハッドはますます勢いがついた。その結果である―――試験一日目の夜から、ホグワーツには“とある噂”が出回り始めた。

 

グリフィンドールの談話室にて、その噂は導火線に火がついた。宝島の位置を知った海賊のように、フレッドとジョージはひととき小躍りした。が、すぐに不都合な事実に気がつき、ふたりはシンクロの動きで頭を抱えた。

 

 

「 くそぅ…どうして我らがガラハッド卿は、一つ下なんかに在籍しているんだ? 」

 

「 俺たち、どうして五年生なんかやっているんだろう 」

 

 

呻く双子たちをよそに、アンジェリーナは肩を竦めた。

 

 

「 いくらなんでも、それはないんじゃないのかいケイティ? 」

 

 

猛然とケイティは首を振った。

 

 

「 本当よ。本当に本当なんだってば。チョウから聞いたんだよ!ガラハッド卿は、事前に出る問題を知っているの。彼、それをノートに書いて持っていて、『見せて』って言ったら、全然隠さないんだって。今日の変身術の筆記テスト、もんのすご~~~く難しい問題が出たんだけど、チョウに聞いたら、あの子『できた』って言ってた!あたし、詳しく聞いてみたんだ。そうしたら、彼女、別に得意だったわけじゃないんだけど、直前に見たSirのノートに載ってたから、たまたま解けただけよって―――――ずるいよね!?ずるいよおおおレイブンクロー生はずるいっ!寮にガラハッド卿がいるなんてずるい! 」

 

 

ケイティは地団太を踏んだ。

驚嘆が広がり、居合わせた者たちは全員そちらを向いた。

とてつもなく速く、この情報は広がることになった。魔女と魔法使いの子供たちによって、ちょっと変な方向に捻じ曲がりながら…。

ケイティ・ベルは奔放に言った。

 

 

「 ああ明日も試験、いやだなぁ!今頃レイブンクローの子たちは、Sirの“予言の書”を読んでるんだろうなぁ 」

 

 

新伝説!ポッター不死身事件を予見したガラハッド卿が、今度は試験問題を完全予見!?

“予言の書”を彼は携帯している!

信じるものは救われる!騎士様を拝んだら、見せてもらえるぞ!?

円卓の騎士ガラハッドは施しまくり♡

 

無茶苦茶な尾ひれがついて、噂は加速していった。フクロウ便が飛び交うほどになって、翌朝一番からホグワーツは大騒ぎになった。

 

 

 

 

 

 

 

さあここで問題です。真夜中にレイブンクロー生たちは、“噂”について書かれたフクロウ便を受け取って、それぞれのベッドに入って、それから何を思ったでしょう?

 

 

魔女と魔法使いになりゆく子供たち。

どの子も、武者でいえばもう初陣だ。

それぞれの限界を感じたうえで、まだ上を目指そうとして爪を研いでいる―――…。

 

 

考えてもみるといい。

「どうして、わたしにも教えてくれなかったの?」と仲の良い子に責めの手紙を送ったり、「Sirが身近だろ?どうか情報を流してくれ!報酬は…」などと交渉の手紙を送る生徒たちは、いっそ清々しいほどお心がキレイで、なかなか厚顔でいらっしゃって、実のところ大マヌケではないか?

なんだって、「同じレイブンクロー生なんだから、あなたもSirのノートを見ることができる」と信じて疑わないのやら!いくら和気あいあいとしていたって、競争だとなればレイブンクロー生たちは仲間同士でさえお互いを蹴落としあう。いわんや他寮生をや。

 

 

“予言の書”が噂になるまで、多くのレイブンクロー生たちはそれの存在を知らなかった。

 

 

朝、普通に起きて寮を出ようとしたガラハッドは、男子寮の自分の部屋を出たところで近くの部屋から飛び出してきた生徒たちに囲まれて、その顔つきをみて、困惑して二三歩あとずさった。通せんぼとか…なんかそういう遊びであるにしては、同輩たちの表情は鬼気迫っていた。

 

 

「 おはよう。どうした? 」

 

 

彼らはカバディのようなポーズだった。

「しまった!」という顔つきで、ロジャーとマーカスも走って廊下に出てきた。ふたりは、試験の直前までガラハッドと雑談する立場を、他の男子たちには明け渡したくなかった。「なぁなぁ、次は何が出ると思う?」と軽やかに朗らかぶって訊けば、ガラハッドは「やっぱコレでしょ!」と気前よくノートを見せてくれるので…。

 

やりこんでいることを褒めると、ガラハッドは機嫌よく予想を語りだす。彼は試験をある種のゲームだと見なしていて、その攻略に楽しみを見出している。この予想がなかなか当たるので、彼の一言で救われる命がある…(※自分です)

 

だからこそライバルにはそれを聞かせたくない!

 

ロジャー、マーカス、ニール、アンドレ、エルビス。その五人の間で、“富の独占と分配の問題”について、無言のうちに激論がおこなわれた。突然廊下でにらめっこを始めた自分以外のノリに、ガラハッドはついていけなかった。

 

 

「 え、何?なんだよ、僕も混ぜろよ 」

 

 

無言でも伝わってくるものはある。

ここは倫理的に振舞うほうが得策だ。

ふぅと息を吐いて、ロジャー・デイビースは決断しようとした―――…思うに…最終的な勝利の秘訣は、時には妥協。時にはプライドを捨て去ること―――そして、美しきチームワーク。寮内で、「あいつらは“予言”を独占して良い点をとった」と妬まれたら、どう足掻いたってガラハッドには勝てないなりに、自分がこれまでしてきた努力は無駄になるわけで…。

寮内での順位が下がるかもしれないけど、みんなに高得点をとらせたら俺は「立役者」。

快活なキャプテンの顔で、ロジャーは全員の肩を叩いて歩いた。

 

 

「 おはよう!俺たち、同じレイブンクロー生だよな! 」

 

「 ああそうだな 」

 

「 そうだよ。何かいいニュースはないかい、キャプテン? 」

 

「 どうかな。話すために、大広間に行くかい?俺は今日は特別に、談話室で朝食をとりたいと思ってるんだけど――――な、いいよなガラハッド?四年生全員で食べよう!俺、ベーグルが食べたい気分だなぁ…『頑張ろう』の乾杯もしよう! 」

 

 

これがどういう目論見で企画されたことなのか、ガラハッドは寮塔を出るまで理解できなかった。

 

 

 

それから約二時間後。

「騎士様ァお恵みをぉぉぉ」と、縋りつく亡者のような他寮生たちがガラハッドを囲もうとするので、試験会場へと向かうまでの移動中、レイブンクローの四年生たちは隙間なく隊列を組んだ。決勝戦前のハリーと炎の雷(ファイアボルト)みたいな扱いで護衛されて、ガラハッドは恥ずかしいよりも驚きがまさった。自分を他寮生たちから遠ざけながら、彼ら彼女らはキャンキャン喚いた。

 

 

「 内緒よ!予言は秘されるものだって知らないの!? 」

 

「 神秘部ってところがあるんだぜ! 」

 

「 ガラハッド卿はレイブンクローの騎士です! 」

 

 

呆れすぎて目玉が飛び出そうだ。

魔女と魔法使いのみなさん、一体なにを盛り上がっておいでで!?

カリキュラムの要点を正しくおさえていれば、出題予想が的中するのは当たり前ではないか!

 

「お前らちゃんと勉強しろよ」と、ガラハッドは騒がしい廊下で何度も何度も言った。隻眼の魔女像のあたりに差し掛かったとき、陣形の外側にいるマリエッタが叫んだ。

 

 

「 右手にスリザリンたち!危険よ! 」

 

「 Sir、“予言の書”をしっかり持って! 」

 

「 馬鹿、場所を明かすな!盗られるぞ!いいか、ここにダミーがある… 」

 

「 抜け駆け禁止!取り換えちゃだめだよSir! 」

 

「 だから!全員真っ当に勉強しろッ!!! 」

 

 

この調子で試験二日目は終わった。

試験は順調だったが、ガラハッドはどっと疲れた―――…卿、卿って、今日だけでたぶん百回くらい言われた。

ベッドに倒れこんで、ガラハッドは獣のように呻いた。

 

 

「 ぐあ~…! 」

 

 

なんで僕こんな名前なわけ?

ああ、アホくさい!アホくさい!耳が腐ってしまう!

意図せずギャリックのように彼は不貞腐れた。

 

 

 

 

魔女と魔法使いの学校では、カンニングも窃盗も実力のうち。

占いと呪文であるならばね。

 

わかってはいるんだけど、自然に思いつかなくて、人がそれに取り組んでいるのを見ると、いまだに目を回しそうになる―――――やってみたことがないからかな。機会があるならば、ちょっぴりやってみたいんだけど。

でも別に、格別覗き見たいものなんてないし、これといって奪ってみたいものもない。

…そんなふうに彼は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

最終日の試験が昨日より気楽だったのは、一時間目の薬草学以外は実技試験であり、いくら“予言の書”が本当に神秘部に管理されるべきものだったとしても、それを紐解いたってどうにもならないからだ。

それでも北塔の跳ね戸の外側で占い学の試験の順番待ちをしているとき、ガラハッドは、周りの子にしつこく質問され続けた。ねえねえ、Sir、いったい何が出題されるの?と。

すっかり嫌気がさしていて、ガラハッドはつっけんどんに「さあね」としか言わなかった。実際のところ、「あれじゃないかな?」という見当はいくつかつけているのだが、ちゃんと勉強していない子に教えるものはない。

 

勉強しろ。みんな、ちゃんと勉強しろよ!

ガラハッドはすっかり拗ねて剝れていた。

自分はちゃんとやっているんだから、周りの子にだってちゃんとしていてほしい。

 

 

やがて、ひとりめの受験者がのそのそと梯子をくだってきた。そちらのほうに質問の矛先が向いた隙に、ガラハッドはぷいっと隅っこのほうに行った。

 

 

「 ねえ、何が出題されたの? 」

 

 

待っていた子たちに取り囲まれて、一番手のゼノンは喘いだ。

 

 

「 言えない…もしも言ったら、僕の怖れていることが七つ立て続けに起こるんだって。トレローニー先生は、そうおっしゃったよ… 」

 

「 まあ! 」

 

 

変なの。ガラハッドは床にのの字を書きながら思った。

七つも怖れていることがあるなんて、あいつメンタル大丈夫か?誰しもそんなにたくさんの心配事があったら、少しの脅しも怖く感じるだろう。

 

よろよろとゼノンは去って、ふたりめの受験者が跳ね戸をくぐっていった。待機場所に残された生徒たちは、急に静かになってキョロキョロとした。

 

 

それからがとても長かった。

 

 

ひとり、またひとりと、受験者が跳ね戸の向こうに招かれて、待機場所にいる人数は減った。すっかり気を取り直して、少しでも高い点数をとりたくなってきたガラハッドは、しゃがみこんだまま太陽がもたらす影を眺めて、受験者ひとりあたりの平均試験時間を算出しようとした。

何が出題されるのか…所要時間から特定してみよう!

暇にあかしてそういうことをしたが、あとになって思えばこれは奇妙な話だった。自分は、先に行く受験者たちの数をかぞえながら、「当初から一時間待つ構え」だったと、そういうことになるから。

 

本当に一時間、ガラハッドはその場所で自分の試験のときを待った。

太陽は南中した。

「長かった」とも思わずにガラハッドは、自分の番が来たとき上機嫌だった。もはや自分のあとにはひとりも残らず、最後まで待たされた立場であるのに。

 

 

( さては“あれ”が出題されるな―――!? )

 

 

わくわくとした気持ちで、ガラハッドは銀色の梯子をのぼった。

 

 

 

 

 

 

 

 

期待した顔つきで跳ね戸を押し開けて、ガラハッドは占い学の教室へと入った。塔の最上階にある占い学の教室は、ただでさえ他の場所よりも一段と暑くなる。そのうえ担当のトレローニー先生は、緞帳ほども厚いカーテンを閉め切って、空気の揺らぎが見えるほど火を燃え盛らせ、特上の白檀(サンダル)沈香(アガー)を焚きしめていた。いつものとおりに、少し丁子(クローブ)の匂いもした。

 

何もしなくても汗が噴き出すような気温のなか、こういった香りに包まれるのはとてもよいものだ。

 

暑がりなハリーは嫌がりそうだが、ガラハッドはかつて日本の夏を愛した。

占い学教室の香りは、はるか遠くになった日々を思い出させた。

寺院の息子にとっては、これはおうちの匂い。

とてもリラックスして、ガラハッドはトレローニー先生の前に座った。彼女が卓上に置いているものを見て、ガラハッドは嬉しくしてにこにこした。

 

 

やったー!やっぱり、試験内容はタロットだった!

普通に考えて採点が大変だから、基準が明確なものほどいいだろ?って思ってたんだよなあ!

ペーパーテストをしないぶん、知識を問うことのできる出題が好ましいはずで…。五年生になったら小アルカナをやるから、四年生のうちに、大アルカナで基礎の定着度がはかられると思ったんだ。これは細部まで手順が決まっているから、間違えたら減点される方式だろうな!

 

 

へへへ、とガラハッドは得意気にニヤニヤした。相変わらず変てこな生徒である。

 

 

「 こんにちは。いい子ね 」

 

 

トレローニー先生はしずかに言った。

細く長い指をタロットの山にそっと置いて、トレローニー先生はガラハッドを見つめた。

 

 

「 ――――あなたは、知っていましたね? 」

 

「 ええ!ふふふ、僕、これが出ると思ってました! 」

 

「 運命の声を聞きましたのね… 」

 

「 そうです。先日、ちょっと聞こえてきて 」

 

 

ガラハッドは大嘘をぶっこいた。

運命の声?そんなの知ったこっちゃないけれども、この試験は絶対に上手くできると思う!ここは資質をアピールだ!

「目指せ“O”!」の一心で首肯するガラハッドに、トレローニー先生は満足そうに微笑んだ。彼女はショールをたくしあげて、腕輪をしゃらしゃらさせながら立ち上がった。

 

 

「 少し足しましょうね… 」

 

 

香木ってかなり高いのになぁ。

彼女は伽羅(アロー)まで奮発してくれるらしい。

棚から香箱を取り出して、トレローニー先生は燃え盛る火のほうへと向かった。

 

 

( ――――ああ… )

 

 

とても懐かしい声。彼女は、ウゥゥーッと荒々しく歌いながら香を足した。炎は昂り、声明は骨身に響いた。

ガラハッドは、“ふたつの世”をあわせて彼女ほど倍音を使える人を知らない。

荘厳な声だ。日本のとは、少し喉の使い方が違う。

きっとチベットの僧院には、こんなのが響いているんだろうな。

占い学教授・シビル・トレローニー…どうかと思うところは山ほどあっても、この誦法が出来るだけで結構尊敬してしまう。

 

聞き惚れているうちにガラハッドは、いわゆる“俗っぽい考え”をひととき捨てていった。少しぼんやりした頭で、ガラハッドはトレローニー先生の声を聞いた。

 

 

「 今宵のことについて占ってくださいまし… 」

 

 

かぼそい声に戻って、トレローニー先生は再び座った。

具体的な手順を指定されたことで、ガラハッドは脳みそに気合が入った。

 

 

「 ケルト十字のスプレッドでね… 」

 

 

バシッとガラハッドはカードの山を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真の優秀さは、一度限りではなく習慣に宿る。

 

幾度ポーカーに興じたことだろう。カジノのディーラーのように、鮮やかな手つきでガラハッドはタロットをシャッフルすることができる。

 

彼はまずカードの山をとって目の前に裏向きにおいて、両手でそれを崩して、時計回りに回してそれを混ぜて、そしてまた一つの山に整えて、そこから三つの山にカードを分割して、それをまた違う順番でもとの一山に戻して、そこでちょっと先生のほうを見た。

 

さぁゲームのはじまりはじまり!

今回の場合は、ここからがスプレッド!

 

一度として止まることのない指先の、悪戯っぽさはここからが真骨頂。扇のように山を広げて、ガラハッドは上から七枚目を数えた。ドレミファソラシ…の動きからシのカードをつついて前に出し、指一本しか使わないものの、「ちゃんと数えましたよ」アピールが抜かりない。

 

一週間は七日間。

大罪は七つで、小人たちは七人。

機は熟した。それをあらわすのが七。

 

七枚目の札から十枚のカードを展開して、ガラハッドはケルト十字のスプレッドを組んだ。一・二番めのカードを中心に、天・地・右・左にカードを配置して――――七番めから十番めを直列に並べ終えると、ここからは手技よりも弁舌の出番である。「さぁ尤もらしいことを並べ立ててやるぞ」というとき、ガラハッドはいつでも涼しい顔つきだ。一片の躊躇いもなしに、ガラハッドは一番めのカードをめくった。

 

 

一番め。逆位置の愚者

これは【現在の自分の状況】をあらわすカードだ。なるほど。僕、不安定で愚かで気まぐれなんですよ…――――暗記している意味が、そのまま事実に当てはまる。

 

ガラハッドは二番めのカードもめくった。

 

ケルト十字では、二番めのカードは横向きに置く。普通なら、これをめくるときは少々身構えるものであった。二番めは、【現在の障害になっていること】をあらわすカードだからだ。一枚めのカードと合わせて、それは問題の核心についてあらわすとされている。

 

二番めのカードは、魔術師だった。ガラハッドは、これにはちょっと噴き出して笑ってしまった―――言うまでもなく、昨日からの馬鹿騒ぎのことじゃない?卿、卿って、いい加減勘弁してほしいんだよなあ…。

 

ガラハッドは順調に占いをすすめた。

そう、タロットというものは、このように水晶玉覗きやお茶の葉占いと違って、「視えるか視えないか」の資質は一切関係がない。

カードは、卓上に並んでおり()()()()()()

いくら勘が鈍くても、「自分って、才能がない」と何度突きつけられたことがあっても、タロットは脳みそをちゃんと動かす気さえあれば誰でもできる。

 

 

五番めのカードを裏返したとき、ガラハッドは「ひとまず、パス」という気分になった。

六番めのカードを裏返したとき、ガラハッドは動きをとめた。

 

 

「 ―――ッ!? 」

 

 

六番め、それは【近い未来】をあらわすカード。

ドキッとした。これって、【今夜】だよな…?

 

ガラハッドはぱちくりと目を見開いて、食い入るように禍々しいカードを見つめた。装飾的な縁取りの中からは、死神がガラハッドのことをおいでおいでと手招きしている。

甲冑を着て、死神は馬に乗りながらこちらを見つめている。荒涼とした大地を背景に、しゃれこうべの顔でケタケタと嗤っているのだ。天地が反転していて、DEATHはHTAEDになっていた。

 

 

「 うふっ! 」

 

 

高い声にガラハッドはぎょっとした。突然トレローニー先生が、狂ったように笑い始めた。

 

 

「 うふっ!うふ、うふふふふ! 」

 

 

彼女は、びっしょりと汗で全身を濡らしていた。

燃え盛る炎に照らされて、肌がぬらぬらと光っていた。

金縁の眼鏡を輝かせて、トレローニー先生は身を乗り出した。

非常に近い距離にいるのに、彼女の声は霧の彼方からに聞こえる。

 

 

「 あなた…死神を怖がっておいでね…? 」

 

「 いいえ 」

 

 

ガラハッドはきっぱりと言った。知識と論理によって、彼はこの【未来】を怖れてなどいなかった。

大いなる好転、復活、起死回生―――逆位置の死神の意味するところを、彼はしっかりとノートにまとめていた。

試験はまだまだ続くが、ここでもガラハッドは手抜かりがなかった。七番から十番のカードを引く前に、ガラハッドはお利口な顔つきで先生にアピールをした。

 

 

「 先生、僕は、今日までにいっぱいタロットを練習してきましたよ。なのに、ずっと死神を引いたことがなかった。たった22枚しかカードはないのに、どうして一度も死神をひかないんだろうって――――意図しないうちに、偏ったシャッフルをしているのかなって――――僕は疑問に思って、何度も考えてきたんです。嬉しいな。今日の本番で位置を引けたのは――――ふふふ、運命だと()()()()! 」

 

 

にっこりとトレローニー先生は笑った。

 

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