このクラスはヤバすぎる! 作:フフフ
「──以上。修学旅行までに記載されている物を忘れずに用意しておく事を忘れないように。
……さて、今日のホームルームは終わりですが」
静かな教室に先生のため息が響き渡る。そして、鋭い瞳を右から左へと流す。
「……昨日から、隣のクラスの鳴動くんが行方不明になっています」
ざわ、とクラスが沸き立つ──ことは無かった。このクラスの不良的リーダー格である道楽君に関しては、爪を弄りながら完全にリラックスモードだ。
まるでこんなことはいつもの事のように平然としている。隣をチラリと見ると、ノートに何かお絵かきをしている女の子、船伯さんが目に入る。
「何か知っている人は、放課後職員室に──と」
リリリ、と誰かのスマホが鳴る。瞬間で止んだそれは、すぐに消されたが先生は再びため息をついた。
「……全く、一応マナーモードにしておくようにと日々常頃言っているのに」
そして手で顔を押さえた先生に、声をかける猛者が一人。
「──あの……」
「ああ……なんですか、経楽さん?」
金髪碧眼とかいう、漫画から出てきたのか君、とつっこみたくなる容姿の彼女は、気まずそうにゆっくりと告げた。
「その、本日『本家』の方から呼ばれておりまして……長引くのであれば、ご配慮いただけると幸いです」
「……はぁ、また、ですか……これで何度目でしょうか……分かりました。分かりましたよ経楽さん。
しかしながら鳴動くんのことは頭の隅に入れて帰って下さいね」
「はい、本当に申し訳ありません」
ざわざわし始めたクラス内を傍目に、経楽さんがカツカツと足音を立てて立ち去る。勿論、『本家』なんてやばめワードに──ではない。大体が『理由があれば帰れるのか!』なんていうしょうもないものであった。
これでここ数ヶ月で20回目と言うだけ合って、僕も慣れたものである。僕も僕で毒され過ぎであった。
途中、ノートに向かってお絵かき中の船伯さんに軽く声をかけ、一言二言。彼女たちはお友達なのだ。麗しき友情である。
だがその時間も一瞬。すぐに彼女は歩き出す。
「──では、失礼します」
頭を下げて扉を閉める。ガラガラと音をたてて、彼女は消えた──と、その瞬間。
「あのよぉ、先生。申し訳ねぇんだがさぁ、俺も今日は野暮用があるんだ。帰って良いか?」
道楽くんであった。ギロリと睨みつけるように先生に視線を向けるが、やはり先生も手慣れたもの。眼鏡をくいと持ち上げると、毅然とした表情でお断りをする。
「認められません」
「……ちっ」
手慣れすぎであった。皆も『あーあ』みたいな様子でご立腹である。前例があれば自分も行けると踏んでいたのだろう。生憎、僕はすぐにそんな理由思い付かないが。
「あ、先生。私は帰ります。『病院』がありまして」
故に、どちらかというと先生はこちらの方に驚いた。
船伯さんであった。お絵かき人間船伯さんと言えば、僕の中で秘かに有名である。
そして、同時に彼女絵を欠片も見たことがない事も僕の中で有名であった。
見たことがないというか、何故か見えないのだ。見ようとするとまるで靄がかかったように視界が曇る。今も、彼女の机に広げてあるノートは煙に包まれたようにモヤモヤしていた。
「……その、船伯さんは」
「病院です。院長から呼び出しをいただいています。帰ります。失礼しました」
「──あ」
ガタン、カツカツ。ガラガラ、ピシャ。瞬きの間であった。そして、誰が出したのかすら分からない声が響き──そして地獄が始まった。
「──おい先生ぇ!!なんで船伯は許されて俺は許されねぇんだ?!おい!おかしいよなぁ!!」
「そ、それは……」
しどろもどろになる先生。流石に冷や汗か浮かんでいる。この後の展開が予想出来たのだろう。ちなみに僕にも予想出来た。
次いでその流れに乗っかったのは青髪の少女、林道さんだ。ゆっくりと立ち上がり、先生を見上げる。
ちなみにだが彼女は耳が尖っている。誠、世の中には不思議なこともあったものである。
ついでに、これはファッションではなく遺伝であると医師の証明があるらしいが、それはそれでダメなのではないだろうかと僕は日々思っているのであった。思っているだけである。
無駄に美麗な彼女の顔に惚れたのか、気安く触れようとした道楽くんが突然壁を突き破って隣のクラスまでお出かけに行ったのは記憶に新しい。余計な事を言って隣のクラスまでお出かけにする事になったらたまらない。
さて、そんな彼女が動きだした。つまり、終わりだ。心の中で静かに先生に対し合掌をする。
「……私も帰る」
「あ、林道さん!?ちょっと──」
慌てる先生。もう止めようが無いと悟ったのであろう。諦観の念が多分にこもった声が響く。
そして、それを見逃すこのクラスではない。
「あ!ずるーい!なら私も帰る!」
「俺もランキングヤバいし帰ろ」
「……あ、夏休みの自由研究提出するの忘れてた」
もうはちゃめちゃであった。怒声罵声はないにしろ、個々人が個々人の理由で帰宅を試みていたのだ。
理由もあればよろしいの精神になってきていた。特に最後の。今は夏手前である。そして我々は高校1年である。まだ夏休みは一度も来ていない。忘れ去られた中学の思い出を理由に帰宅とは、これ如何に。
そんなことをぼんやりと思いながらぼーっとしていると、やがて静寂が訪れた。
そして、目の前にはいつの間にか逆さの黒い目があった。
なんでや。
「…………第三の、目……溶ける、回想……」
「傾倒さん」
不思議系キャラの傾倒さんだ。相変わらず言ってる事が意味不明である。恐怖と驚きで普通に名前を呼んでしまった。
いつも机の隅から垣間見える触手のような物はなんなのかと、あの道楽くんですら恐れている節がある傾倒さんだ。
助けを求めて視線を泳がす。そうだ。まだ一人いるはずだ。そして、やっと視界に入った先生は──空を見詰めて呟いていた。
「……あー、もう誰もいないようですし、帰りますか」
無視を決行してやがるこの教員!迂闊に動けば何をされるか分からない僕は視線で追うのがやっとであった。
そして、先生は早歩きで視界の外へ消えていく。
このクラスで唯一信じられるとも思っていたのにこのざまだ。もう誰も信じないぞと決心していると、傾倒さんが呟いた。
「……割れた……ガラス窓……赤……」
そして、唐突に。ヒュッ、と何か音が鳴る。
傾倒さんは消えていた。
「…………は?」
……もうやだ、このクラス。