バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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保存食用の常設依頼*

 

 夏も終わりの時期になってきた。

 秋が来れば毎年お馴染み忙しい収穫期だ。そして……今年は多分、あれだな。戦争が起きそうな気配がムンムンするぜ。

 

 戦争のシーズンはだいたい決まっていて、秋の収穫後っていうのがメジャーだ。

 ハルペリアでは小麦の。サングレールではヒマワリの収穫を終えてからドンパチを始めるわけだ。両方とも国では盛んに食べられている穀物だな。

 

 いやお前ヒマワリを収穫ってなんじゃらほいって思われるかもしれない。俺も最初はあまりイメージができなかったんだが、サングレール聖王国では非常に大真面目にこのヒマワリを育てているのだ。

 前世のヒマワリも食用の種のためにある程度品種改良が行われてきたのかもしれないが、サングレール聖王国で栽培されているヒマワリはとてつもなく大きく、しかも斜面でもよく育つという。実際、サングレール聖王国に踏み入ってちょっとした所に生えているヒマワリを見てみるとかなりデカいのがわかる。だから種も相当な量が採れるんじゃなかろうか。

 食用でもあるし油を抽出することもできるので、向こうではとても重要な作物なのだとか。

 

 ハルペリアの重要な作物が小麦なら、サングレールのヒマワリも同じ立ち位置にある決して無視できない作物だ。

 その収穫時期を前に戦争を始めることはできない。男手は貴重だ。なので、これらの収穫を待ってからお互いにドンパチするわけね。

 

 まぁほとんど攻め込む側であるサングレール聖王国の都合なんだけどなこれ。

 ヒマワリの収穫時期がもっと前にズレ込んでいたら、両国の関係はもっとヒエッヒエになってたかもしれん。

 

 

 

「まだ夏なのにディアの肉も買い取りやってるんだなー」

「はい。チャージディアもクレイジーボアも買い取り可能ですよ」

 

 ギルドでめぼしい依頼を探していると、あからさまに軍需物資となり得る物の価値が高まっているのがわかる。

 この世界に火薬は普及していないが、すげー硝煙の香りが漂ってきそうだぜ……特にチャージディアなんて大して美味くもない時期だってのに、それでも食肉を求めている辺りすげーよな。

 

「近頃は昇格した連中も多くてミレーヌさんも忙しいでしょ」

「そうですねぇ……諸手続きが立て込んでいる印象はありますね。受け渡しを控えた認識票も、ほら」

 

 そう言ってミレーヌさんはカウンターの下に置いてある認識票を見せてくれた。

 わぁお。真新しいブロンズプレートがいっぱい。

 

「それだけ新入りがいりゃ収穫期の護衛は安泰だな。ミレーヌさんが忙しいのは変わりないだろうが……」

「ふふふ。モングレルさんは今年はどちらに行かれますか? またどこか他のパーティーと一緒に行く予定がお有りでしたら、今から決めておくことをおすすめしますよ」

「それはまだ決めないでおくよ。ギリギリになって一緒に行きたい所と行くからさ」

 

 その頃にはもう戦争の気配を人々も感じ取っていると思う。

 どこでやり合うことになるのかもはっきりとするはずだ。

 

 ……まぁ、今年も多分トワイス平野だとは思うけどな。

 

「じゃ、任務行ってくるよ」

「はい、お気をつけて」

 

 さて。保存食の原料をコロコロしてくるか。

 今から魔物らを間引いておけば、戦争中の忙しい時に通行人が襲われることも少なくなるはずだ。

 戦争の支度は既に始まっている。

 

 

 

 俺がシュトルーベ方面のサングレール軍に嫌がらせというかゲリラ戦を始めたのは二十年ほど前になる。

 最初期は俺も若かったこともあって普通にドチャクソにブチギレてたから夏だけとは言わず4シーズン全部使って盛大に暴れまくっていたのだが、その後の増援や再侵攻などを経て軍が撤退を決めてからは東からの侵攻はかなり落ち着いたと思う。俺の故郷への愛着というか執着も今ではさすがにむき出しにできるほどじゃなくなったし、今では墓参りついでに敵軍についで参りする形に落ち着いてるしな。怒りも愛も悲しみも、何十年もキープするのは難しい。まぁ年一で思い出すくらいのことはするけども。

 

 だがシュトルーベはサングレールにとって最も侵攻しやすい場所だった。

 山間の起伏の多い地形は、ハルペリアお得意の騎馬にとって非常に厄介で、逆にサングレールの駆るサンセットゴートにとっては動きやすいという圧倒的な地の利がある。そんなこともあって未だにサングレールはあの方面からの攻め手を諦めきれていないのだが……本格的な進軍は俺がいるせいで及び腰っぽいからな。

 東からの侵攻は諦めて、今年もトワイス平野で戦争することになるんじゃないだろうか。直近の戦争、つまり七年前の時も戦場はそこだったしな。

 

 だから今年もベイスン男爵領やブラッドリー男爵領辺りで人と物資を集めてドンパチやるんじゃないかねぇ。

 ベイスンの方は魔物たちで大賑わいしているリュムケル湖が近くにあるおかげでサングレールの侵攻も鈍いだろうが、ブラッドリーの方はまんまトワイス平野に接している。来るならそっからだな。

 サングレール聖王国としたらハルペリアお得意の平野での戦争なんてやりたくもないだろうが、まぁだからこそハルペリアはサングレールと袂を分かつことができたわけだし。今年もまた被害少なめに相手を弾けたら良いもんだね。

 

 

 

「おーい、モングレルー」

「お? なんだー?」

 

 バロアの森でクレイジーボアを吊るして血抜きしていると、遠くから声をかけられた。

 見慣れた顔だ。あれは“大地の盾”のフリードかな。みんな似たような兜つけてるから顔が見えててもわかりにくいんだ。

 

「いや、争っている音が聞こえたから様子を見に来たんだ。ボアが鳴いている割に人間側が連携を取っているような声がしないもんだから、不味いことになってるんじゃないかと思ってな。モングレルで良かったぞ」

「ああ、なるほど。紛らわしくて悪いね。俺は一人でも強いからよ」

「はっはっは。平和で良いことさ。……昨日は無茶な討伐でブロンズ上がりたてのルーキーが一人、ボアに突き殺されたからな」

「うわぁ……そっちのパーティーの?」

「まさか、うちならそんな無茶はさせん。仲間内で組んでいた連中だよ。惜しいことをしたもんだ」

 

 俺は普段おやつ感覚でクレイジーボアを討伐しているが、本来こいつはそんなにヤワな相手ではない。進軍中のサングレール軍に放り込めば普通に2、3人はぶっ殺せるレベルの危険な魔物だ。

 スキルを持たない新人がショボい装備で戦うにはちと……いや、大分危険な相手だろうな。

 槍か、振るえなくともロングソードを突き出して対応しなきゃやってられないんじゃねーかな。

 

「“大地の盾”も討伐かい?」

「ああ。……街中じゃ大きい声では言えんが、戦争準備だろう? 食料品の値段が上がっているからな。今のうちに少しでも狩っておきたい」

「豚や牛も限られてるしなぁ……俺達が森でかき集めないことには、兵たちの食事が貧相になっちまう」

「粥で戦うこともできなくはないが、士気に関わるからな……やはり前線では肉も重要だよ」

 

 フリードは吊るされたボア肉の毛皮を撫でた。

 

「モングレルはブロンズ3のままか?」

「ああ。兵站で参戦するよ。参戦って言っていいのか怪しいところだが」

「いいや、兵站も立派な兵科さ。荒くれ者たちに言わせれば臆病者だなんて言われるかもしれんが……モングレルが後ろにいてくれるなら、こちらも心置きなく前で戦えるというもんだ」

「よせよ、気色悪い」

「ひどいな!」

「まぁ後ろは任せておけ。何がどうあっても物資は届けるし、途中で何が立ちふさがってもぶっ倒しておくからよ」

 

 “大地の盾”は戦争経験者も多いし、兵站の重要性を理解している。

 同じギルドマンでも他の連中じゃなかなかこうはいかないから難しいところだ。認識に温度差があるっていうか。まぁ俺が前線に立ちたくないのは事実だから良いんだけどさ。

 

「まーその前に収穫だよな。俺あれ好きじゃないんだよ……」

「何故だ? 良いじゃないか、収穫祭。賑やかで」

「その収穫祭がどうもなぁ……村で振る舞われる料理があまり好きじゃなくて……」

「変わったやつだなぁモングレルお前」

 

 護衛もたらたら歩かなきゃいけないし、食事の量は多いし、宴はいまいちノリが合わないし……あまり会いたくない田舎の親戚の家に挨拶しに行く時の億劫さがなんとも……。

 そうだなぁ、収穫期の護衛場所も選ばなきゃいけないんだよなぁ。どこにしようなぁ今年……。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)kanatsu様よりお風呂にエールを持ってきたウルリカのイラストをいただきました。ありがとうございます。
※若干肌色多め注意?


当作品の評価者数が2700人を超えました。

そしてこの作品も早くも100話になりました。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いしたします。

(毛布)*-∀-)zZZ

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