バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ルス村の貴重な蛋白質

 

 ルス村に到着すると、村人達が素気なく歓迎してくれた。

 “あ、来たんだ。じゃあよろしく。”

 そんな感じだ。ビジネスライクというか、やってもらって当然というか。

 

 まぁしかしだいたいこんなもんである。ギルドマンなんて大抵は荒くれ者だし、来られたら来られたでトラブルになるケースも多いからな。村人達にとっては正規兵の巡回の方がずっと安心できるに違いない。

 それでも魔法使いばかりのパーティーが来たのは意外だったのか、代表として迎え入れてくれた村長さんは少し驚いていた。

 

「こっちの“若木の杖”は数年前はレゴールで活躍してましたし、最近は王都でも活動してたんすよ。団長のサリーはゴールド3なんで、実力は間違いなく最高峰ですよ」

「おお……モングレルさんがそう言うなら確かなんだろうね。そりゃあ心強いことだ。粗暴そうな人もいないようだし、安心だよ」

 

 村長さんがヴァンダールの方を見て少し眉を顰めたが、特に何か言う事はなかった。

 ちなみに俺は何度かこの村に来ているので顔は覚えられている。蜂蜜も良く買って帰ることが多いしな。

 

「……とはいえ、今のルス村にはこれといって厄介な魔物も居ないからなぁ。収穫の護衛とはいえ、仕事は少ないと思うよ。ゴールドクラスの方々を遊ばせとくのは、ちと勿体無いねぇ」

「だったら収穫の手伝いでもさせときゃ良いですよ。やりたそうにしてる奴も多いですからね、こいつらみんな農作業の経験少ないんで」

「そうかい?」

 

 “若木の杖”は都会出身者が多い。農村出の奴なんて何人もいないだろう。だからかみんな農作業体験と聞いてちょっと目をキラキラさせていた。ボンボンどもめ。農作業なんて一時間もやれば飽きるし音を上げることになるぞ。主に腰がな。

 

「……ふむ、じゃあ畑仕事の護衛をしつつ、簡単な作業を手伝ってもらおうかね。もちろん、そちらが構わないのであればだが……」

「農作業! お任せください! やった事はありませんがやり方は学んだことがありますので!」

「はっはっは、そうかいそうかい。まぁ、身体を壊さんよう休みながらやるといい。いざという時にバテたんじゃ、我々を守れなくなるからね」

 

 そんなゆるーい感じで俺たちの仕事が始まった。

 

 

 

「長めのサイスを振って刈り取るやり方もあるが、初心者が使うと危ないからなアレ。だから初めてやる奴はこのナイフを使う」

「普通の収穫用ナイフですねぇ。よく見ますけど、使うのは初めてです」

「僕は使ったことがあるよ。木に突き立てるとなかなか抜けないんだ」

「なるほど、ここの穴に指を入れて握り込むと……」

「うーん、こういったシンプルな作りのものは改善のしようがないですね。ですがそれ故の機能美を感じます!」

 

 うるせー、大勢でカランビットを取り囲んで話を広げるな。

 

「やる事は単純だ。小麦の下の方を狙ってガッと切る。左手で茎を掴んで、まとめた分だけを刈り取るイメージかな。欲張ってたくさん掴んでもなかなか切れないから気をつけろよ。力があればできるけどな。けど無理するとすぐに根っこが抜けるから、それだけ気をつけな」

「ヴァンダールさんなら一気にたくさん刈り取れそうですね!」

「どうですかねぇ……長時間屈むのが少々億劫そうです」

「これやってると腰か膝がダメになるから気をつけろよー。背筋はできるだけ伸ばすか反らしてやるといいぞ」

 

 農業初心者の魔法使いは興味津々で仕事を始めた。

 カランビットナイフを使ってモタモタした手つきで、それでも楽しそうに刈り取っている。マジで農業体験コーナーみたいだな。

 

「おーい、モングレルさーん! こっちでダートハイドスネークが出たからなんとかしてくれんかー」

「はいよー」

 

 あとはたまに畑の中から現れるデカめの生き物を駆除するだけだ。

 これを数日やる。乾燥や脱穀まではやらんけど。

 

「やあモングレル。僕は護衛の仕事をしているよ」

「お? サリーは収穫体験コーナーはいいのか」

「飽きた」

「そうか……早いな……」

 

 お前の娘はヴァンダールと一緒に真面目にバサバサ刈り取ってるのにな。

 まぁ本命の仕事は討伐だから良いんだけどさ。

 

「こっちだこっち。この蛇め、夏の間に居着きやがったか。春は見かけなかったのに」

 

 呼ばれた畑の方へ顔を出してみると、なるほど。大きな蛇が畑の土の中に潜り込んでいるのが見えた。

 地味な皮色のせいで見落としがちなやつではあるが、サイズは小さめのニシキヘビみたいなもんだ。色が地味でもさすがに目立つ。

 

 わりと大人しい蛇だし魔物に分類もされていないが、刺激すると噛みついてくるし、巻きつかれると普通に危ない。

 農夫たちでも対処できない事はないだろうが、せっかく俺らがいるんだ。仕事しよう仕事。

 

「小麦畑の中にいてモングレルでは手出ししにくいだろう。僕がやるよ」

「お、じゃあ任せたサリー」

「魔法使いさんかい? 収穫中の畑を水浸しにされたり燃やされたりは困るよ」

「問題ないさ。僕の魔法はほぼ無害だから」

 

 サリーが白い杖を差し向け、魔力を込める。

 

「ああ言い忘れてた。眩しくなるから二人とも、直視はしないように」

「は?」

「ああ、言う通りにしよう。手で覆って、薄目で見といた方がいい」

「“灼光(グローリー)”」

 

 杖の先から光弾が飛び出し、畑の中に着弾する。

 

「うおっ!?」

「うわー、ひっでえなこれ」

 

 それは土に着弾したと同時に強烈な輝きを放った。

 昼間なのに直視できん。マグネシウムが反応してる時もこれほどは光らないんじゃないかってほどだ。

 

「も、燃えてないんだろうね!?」

「大丈夫、眩しいだけだよ」

 

 やがて数秒後には光は収まり、普通の畑の光景が戻ってきた。

 まだ昼間だけど、今の輝きの後だと妙に空が暗くなったように感じるから不思議だ。

 

「中で気絶してるね。モングレル、中に入って回収してくれ」

「そういうのだけ俺の役目か。はいはい」

 

 しかし蛇と畑の中で追いかけっこせずに済んだのは楽でいい。

 畑の中の蛇は遮りようのない光によって目を回し、弱っていた。ただの強い光でもここまで無力化できるんだからすげーよな。

 

 俺は尻尾を掴んで振り回しながら畑を出ると、そこらへんの石段に蛇の頭をバチーンと叩きつけ、討伐は完了した。

 

「いやぁ、凄い魔法だった。二人ともありがとう。ダートハイドスネークは好きにしてくれていいよ。なんだったらこちらで買い取るが」

「お、まじっすか。サリーはどうする? お前が仕留めたようなもんだし、欲しいなら売らずに捌くけど」

「僕は蛇嫌いだからいらない」

「マジかよ……じゃあ売っちゃいます。忙しそうなんでお金は後で」

「おお、そうしよう。今は作業に戻らなければな」

「うぃーす」

 

 蛇は放血だけして、俺たちは再び畑の警備に戻った。

 

 

 

 収穫が終わるまで作業して、現れた魔物は十かそこらといったところだろうか。

 ほとんど小物で、一番大きいのでも小さい病気がちなゴブリンだけだった。こいつらは本当にどこにでもいやがるな。

 

 盗賊に出くわすこともなく、厄介な魔物も現れない。実にのどかで平和な収穫期だ。

 これが終わったらまず間違いなく戦争が始まるってのが最悪だわ。いまいちテンション上がらん。

 

「モングレル、収穫祭のメインは鳥肉の蜂蜜焼きらしいですよ!」

「おいおいマジかよ、ごちそうじゃん」

 

 テンション上がってなかったけど嘘だわ。テンション上がったわ。

 この国の蜂蜜焼きは照り焼きみたいな旨味とパリパリした食感が美味いんだ。選んでよかったルス村。やっぱり観光するなら飯の美味い所だよな。

 

「それと蜂蜜酒もあるそうです!」

「ああ、それは別に……」

「なんで喜ばないんですか! 美味しいでしょう!」

「俺ミードはそこまで好きじゃないから……っつーかモモ、お前成人前だろ。酒飲むなよ」

「今月16歳になったので大人ですけど!?」

「あ、そうなの。知らなかったわ、おめでとう」

 

 子供の成長はえー。あんな子供がもう大人か。いや、成人年齢自体が低いから前世と同じ条件ではないんだけどさ。

 

「まぁ私はお祝い事の時は前々からお酒もらってましたけどね」

「やっぱ飲んでるんじゃねーか。不良娘め」

 

 

 

 収穫祭は大きな集会場で行われた。

 簡単に言えば巨大な東屋だ。柱と屋根だけがある、雨を凌げる場所って感じ。

 

 壁は無いから風が吹くと寒い空気が入ってくるものの、料理の熱と大勢の人の熱気でわりと温かい。天井がいい感じに熱気をキープしてくれてるおかげもあるのかもしれないな。

 

「いやー、“若木の杖”の皆さんには助けられました! 溜池も補充していたただいて、水の支度もしてもらって!」

「魔法は便利ねぇ本当。うちの村にも魔法屋さんが欲しいわ」

「ヴァンダールさんも背が高いおかげで助かったよ。ちょうど高い場所の修理ができてないもんだから……サングレール人にも良い人はいるもんだね」

「はははは」

 

 村のあちこちにパーティーが分散していたから各々の働きは見えなかったが、どうやらそれぞれの魔法や力を生かしてお手伝いができたらしい。

 ヴァンダールも受け入れられているのは良かったな。排他的な村だとどうしようもなく冷たくされるだけで終わるからしんどいんだ。ルス村は温かみがあるぜ。

 

「いやぁ、この蜂蜜酒は良いですなぁ……芳しく、とろけるような……」

「おうおう、ヴァンダールさんもっと飲んで良いんだぞ」

「私もおかわりをいただきたく!」

「あ、私も……」

 

 鳥の皮が蜂蜜焼きでパリパリしててめっちゃうめぇ。

 肉はいいから皮だけ無限に食いてえなこれ……。

 

「モングレル、聞いてもいいかな?」

「ん? なんだよサリー」

「さっきヴァンダールから蜂の幼体は食べられるという話を聞いてね。モングレルなら知ってそうだからどんな味なのか教えてもらおうと思ったのさ」

「いやなんでそんなこと俺に聞くんだよ……」

「ヴァンダールが酔い潰れて聞けない状態なんだ」

「早っ」

 

 蜂の幼体ってつまりハチノコか? まぁ味は知ってるが前世知識だぞそれ。

 

「サングレールに関わりのある人なら皆知っているのかなと思って聞いたのだが。サングレールでは積極的に虫を食べるんだろう?」

「別に俺の生まれはサングレールじゃねーから……でも蜂の子の味なら知ってるぜ。ミルクっぽくてまろやかな味わいだ。見た目以外は完璧だぞ」

 

 ちなみに俺は見た目で嫌になったタイプです。川虫とかゴカイとかも触る分にはいいけど食うのはハードルたけぇ。

 

「そうか……」

 

 よく見たらサリーの手には小皿が握られている。

 その中には……蜂の子を揚げたやつかな? マジか、現物あるんだな。

 

「モングレル、これを食べてくれたら銀貨5枚をあげよう。そしてこれを君ではなく僕が食べたことにして欲しい」

「お前は何を言っているんだ」

「モモに食べられると見栄を張ってしまってね」

「しょーもねぇ見栄だなおい……そんくらい自分で貫け」

「いや僕虫とか嫌いだから」

「なら正直に食べられませんって言えよ……銀貨10枚」

「はい、10枚」

「交渉すらしないほど嫌だったか……いいよ7枚で」

 

 なんだかんだ銀貨七枚をせしめて、俺は特に好きでもない蜂の子を食べることになった。

 ……うーん、やっぱビジュアルがな……ええい、ままよ。

 

 むしゃぁ……。

 

 ……うん、食ったら美味いんだよな、食ったら……。

 ある意味こういう原始的な世界でも美味しく食える食材ではあるけどな……うん……。

 

 くそ、なんで幼虫のくせにエールが合うんだろうな……うめぇわ……。

 

「まろやかな味かい?」

「まろやかだねぇ……食感とかはあまり意識はしたくないけど……」

「よし、その感想を使わせてもらうよ。ありがとう」

「……」

 

 ちなみにこの一連のやり取りは全て後ろのモモに白けた目でガン見されている。

 頑張れお母さん。子供は親をよく見ているぞ。

 


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