バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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兵站部隊の前哨戦

 

 護衛任務はつつがなく終わり、俺たちはレゴールへと帰還した。

 魔法使いパーティーは水も火も灯りもすぐに用意できるからありがたい。不便のない良い遠征だった。こういう経験するとまた魔法覚えてーなーってなる。けど練習はめんどい。やっぱりやめておくか。

 

 道中はヴァンダールともよく話し、なんとなく彼の人となりも理解できた。

 ヴァンダールは若い頃はサングレールの工兵というか、杖系武装の整備兵として従軍していたらしい。それからハルペリアに捕らえられて捕虜にされ、特に捕虜交換の材料にされることもなく奴隷堕ちしたという。かわいそう。

 しかし手先の器用さと杖の加工という技術を買われ、ハルペリアの工房に拾われてからはトントンと出世し、自分を解放するだけの金も蓄え、そのままハルペリアに帰化したのだという。

 

 昔から教義にうるさいサングレール聖王国を窮屈に思っていたらしく、軍属だった頃から既に連合国へ移住するつもりでいたらしい。それがハルペリアの捕虜となって人生設計がガラリと変わってしまったそうだが、ヴァンダールは気楽そうに笑っていた。

 

「魔法技術に関してはハルペリアも秀でていますからねぇ。人種の問題で軋轢はありますが、まぁ研究と製造を続けられるならここでも良いかなと。ははは」

 

 わりと心臓の強い男だった。

 朝礼で貧血になりそうなタイプだと思ってたけど、この強心臓っぷりを見るに貧血とは無縁そうだな。

 

 

 

 収穫の護衛に出ていたギルドマンたちが続々とレゴールに戻り、街にも活気が戻ってきた。

 秋本番。そろそろ薪割りでもして冬に備えたい季節である。

 

 だがそんな悠長な仕事に身をやつすことを、今年は許してくれなかった。

 

 

 

「サングレールが我々の領土を侵略しようとしている!」

 

 広場で一人の従士が声を上げている。

 開戦を告げる、不吉な使いだった。

 人々は険しい顔で彼の読み上げる文言に聞き入り、中には怒りに震える者も少なくない。

 

「サングレールはあろうことか、先祖代々より受け継がれてきた我々の土地を“取り戻す”などと一方的に騙り、宣戦布告したのだ! 場所はブラッドリー男爵領! 当然、諸君らも知る通りブラッドリー男爵領はハルペリア王国固有の領土である! 過去も、そして未来もだ!」

 

 やっぱり戦場はトワイス平野か。また南側に蜻蛉返りだな。

 あー生産力が落ちる。人が死ぬ。嫌だ嫌だ。嫌だけどブロンズ3なりの仕事はしなきゃならん。ポーズでも。

 

「志願兵は一の鐘の頃、最寄りの練兵場前に集われたし! トワイス平野を奴らの血肉で肥やしてやるぞ!」

 

 広場が熱狂に包まれ、男たちが雄叫びを上げる。

 故郷を守るため。怨敵を討つため。高額の報償のため。あるいは己の名を国に売り込むために。

 ハルペリア人は七年ぶりに、戦場へと赴いてゆくのだった。

 

 

 

 そしてギルドマンもまた例外ではない。

 人生の落伍者。ならず者。ろくでなし。そう蔑まれてはいても、力強い腕っ節はこういう時には頼りになる。

 シルバー以上の者は優秀な戦闘技術を持つ者としてまとめて徴兵され、ブロンズは兵站の警護として使われるのだ。

 

 ギルドは戦争の話で持ちきりだ。いつもよりずっと多くの人で埋め尽くされ、空気は浮ついていながらもピリピリしている。

 普段はなかなか見られない完全装備を着込んでいる者も多い。故郷の土地を守るため、人々の戦意は驚くほど旺盛だった。まぁ、戦争でビビるような奴はそもそもギルドマンにはならないのだが。

 

「モングレル先輩、戦争が終わったら“森の恵み亭”で祝勝会やりたいっスね」

「おいこら」

「痛っ!? ええ、なんスかなんスか!?」

 

 初手から不吉なフラグを立てようとしたライナにひとまずデコピンを飛ばした。

 

「いいかライナ。よく聞けよ。身に付けた服の全てのポケットに銅貨を一枚ずつ入れるんだ」

「マジでなんなんスか……」

「向こうから矢が飛んできてもコインが守ってくれるんだよ、こういうのは」

「まぁ防御を厚くするのには賛成スけど……」

「えー? モングレルさんそれ効果薄くないー?」

「あのねぇ……部外者がうちのライナに変なことを吹き込まないように」

 

 シーナの強すぎる一言で俺はもう何も言えなくなる。その通りすぎるわな。

 

「モングレル先輩は配属先どこなんスか?」

「俺はブラッドリーの積荷を各所の砦と城に運ぶ感じだな。ライナは?」

「私は前線近くの砦っス。平野部にいくつかある防衛拠点らしいっスね」

 

 砦っていまいち頑丈なイメージ無いんだよなこの世界だと。ハルペリアのは総石造ではなく、土塁込みの煉瓦造りだし。

 とは言っても雨風凌いで物資も保管できるのだから要所には違いない。俺的には少し不安もあるが、拠点に配属されただけマシなんだろう。少なくとも雑に配属される歩兵よりは。

 

「ライナ、とにかく籠城戦では食糧を溜め込んでおけよ。ナスターシャがいればその辺は問題ないだろうが、とにかく飯は大切だからな。念のために干し肉を背嚢の隅々にまで突っ込んどけ」

「いやー籠城みたいなダメな時ってさすがに何やってもダメじゃないスかね……」

「お前そういう時は最後まで諦めず抵抗しなきゃダメだぞー。最後の最後に諦めていたタイミングで笛を吹いたらよ、この俺が助けに来るかもしれないんだからな?」

 

 俺はキメ顔で言ったが、ライナには効果が無いみたいだ……。

 

「助けてくれる人は駆け寄ってくる前にまず私たちのパーティーに加入してくれてると思うんスよね」

 

 それな。

 

「あのね……籠城する前に後方の拠点に撤退指示が出るわよ、さすがに」

「うんうん、私もそう聞いてるー。遠距離スキル持ちは結構大事にされるんでしょー? 何度も手厚く後ろに下げて、攻撃の機会を作ってもらえるんだってさ?」

「そういうもんなのか?」

「モングレル先輩、戦争に参加したことあるんスよね? そういう経験無いんスか」

「いや、遠距離職の扱いは知らなくてな。そうか……厚遇されてるなら安心だな」

 

 確かに、考えてみれば貴重な高火力弓使いは長く運用したいところか。

 ……だったらライナも危険に晒されることは少ないかねぇ。

 

「ふふん? モングレルさんは私達のこと心配してくれるんだ? まー悪くない気分だけどさー……それはそれで、私達の実力を疑われてるみたいでなんだか癪だよねー?」

「っス。ブロンズ3のくせに偉そっス」

「グギギギ」

「全く、過保護が抜けないんだから……ゴリリアーナもモングレルに何か言ってやりなさい。貴女の頼もしい言葉でも聞かせてやれば、少しはこの男も落ち着くでしょ」

「え、あ、はい……その……確かにサングレール軍は怖いですけど……ですが、私達が倒してしまっても良いのでしょう……?」

「カッコいいっス!」

 

 いやお前そのセリフをゴリリアーナさんが言うと脳がバグるわ。

 頼もしいけど。

 

「モングレル先輩も、ご無事で!」

「おう、そっちもな!」

 

 ライナ達とはそんな風に別れた。

 この別れ方が何かのフラグになっていたのかどうかは、戦争が終わるまではわからんな。

 ……お互い無事であってほしいもんだ。

 

 

 

 というわけで、俺は特に深い関わりのある連中とは関係のない補給部隊に配属されることとなった。

 食料や消耗品を担いでブラッドリーから各砦に向かう悪路を行き、送り届ける仕事だ。

 悪路とはいうが決して未舗装ということはなく、あくまで人通りが少ないゆえに自然に侵食され気味というだけ。まぁ人通りが少なめっつーだけの普通の道だな。街道よりは不便ってだけ。

 

「モングレルさん、よろしくな!」

 

 チームメイトはつい最近のギルドの昇格キャンペーンを利用してブロンズ1に上がったウォーレンと、

 

「サングレール人のハーフを戦争に参加させてるのか……?」

 

 今まさに俺を見て訝しそうにしているベイスン出身のブロンズ2と1の若手ギルドマン達だ。

 合計6人。既に俺たちはベイスンにて集結し、ブラッドリーに向けて出発する直前だ。俺はそんな班を取りまとめるリーダーに抜擢されている。

 だがサングレール人に対して忌避感を抱いている若者からすれば、これはなんなんだっつー人選なんだろうな。

 ハルペリアとサングレールのハーフが班のリーダーともなれば、相手を知らなきゃいまいち信じきれないのはよくわかる。

 

「俺の名前はモングレル。レゴールで最も有名なブロンズ3のギルドマンだ」

「ブロンズ3に有名も無名もあるかよ」

「知らねえ」

「サングレールの工作員じゃないのかよ?」

 

 おいおいこんな見るからに無害そうな男を捕まえてスパイ扱いグレかぁ? 

 人を見た目で疑うのは良くないグレよ? 

 

「俺はお前たちを生き残らせるためなら全力を尽くす、この国で最も紳士的で優しいギルドマンだぞ? ハーフや異国人くらい割り切ってみせろよ」

「ハーフなのか……いや、でもハーフは……」

「相手はサングレールだし……」

「しょうがねぇな。じゃあ行きの道中でサングレールの讃美歌の歌詞を半分くらい下ネタに置き換えた替え歌を教えてやるから、それを聴いて俺が味方だってことを信じさせてやる」

「えっ!? それ大丈夫なのかよ!?」

「やべーな!」

「最強の替え歌だぜ。サングレールの軍人に聴かれたら絶対に殺されるから気をつけろよ。いいな?」

「やべえ……」

「聴いてやろうぜ」

「サングレールの奴らの前で歌ってやりてえな!」

「お前らなぁ、モングレルさんは昔からレゴールで活動してるすげーギルドマンなんだぞ? スパイだとか敵だとか言ってるのはレゴールを知らなさすぎるぜ?」

「えぇー、そうなのかよ」

「知らなきゃモグリ扱いさ!」

 

 そんな感じで、俺の兵站任務はそこそこ緩めに始まった。

 常人並みに偏見のある十代後半の若者ばかりだが、班内に知り合いであるウォーレンがいるおかげで大した軋轢もなくやっていけそうだ。

 しばらく話していれば最低限仲も打ち解けるだろう。多分。

 

 さて。まずはここベイスンを経由して、それからブラッドリーだ。荷物を可能な限り寄せ集めて、前線で戦う仲間を助けなければいけない。

 

 普段は牧歌的な雰囲気のベイスンも、今は各地の兵士やギルドマンが集まりピリピリしている。

 戦争が始まる。嫌でもそう思わされる光景だ。人も多すぎて知り合いの顔もなかなか見つけられん。

 出立前にレゴールの知り合いに一通り挨拶したかったが、そう上手くはいかないか……。

 

「兵站部隊12班まではブラッドリー行きの馬車駅に向かえ! 積み込み作業を行なってもらう! 班長は責任を持って取りまとめるように!」

 

 おっと、道中で仲を深める前にどうやらキツそうなお仕事が入ったな。

 

「よーしみんなよく聞け。これから俺たちは前線で働く兵士達のための軍需品を積み込む作業に取り掛かる。戦場近くに行くのはまだもうちょい後になりそうだぞ」

「えー、戦えないのか」

「こんな戦争に巻き込まれない街で仕事かよ」

 

 おいおい、少年たちよ。何か勘違いしてないかね。

 

「お前らなぁ……多分やってみりゃわかると思うけど、この仕事は下手すりゃ前線よりも大変だぞ?」

「え?」

「大量の兵士を支える消耗品の運搬準備だ。俺たちが休めばそれだけ前線に響くし、ダラダラと休むことはできない……腰を痛めないように気を付けろよ」

 

 さあ、戦争の始まりだ。

 まずはエンドレス荷運びの前哨戦、負傷者なく潜り抜けてみようじゃないか。

 作業しながら俺のサングレール冒涜替え歌を聴かせてやるから、是非とも頑張ってくれ。

 

 

 

 


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