バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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帰陣と報告

 

「我が名は慈雨の聖女ミシェル!」

「我が名は蝋翼の審問官ピエトロ!」

「「二人合わせてサングレールの白い連星、ミシェル&ピエトロ!」」

 

 二人の男女がポーズを決める。

 彼らの前には一人の年老いた男が木箱に座っている。彼はビシッと決まった二人のポーズを見て拍手を送った。

 

「うむ! やはりこれを見なければ一日にハリが出んなぁ! ミシェル、そしてピエトロよ、無事の帰還ご苦労であった!」

「「任務は無事に成功致しました!」」

「おお! よくやったぞ! ……本当にぃ?」

「「……一部のみですが」」

「コラーッ!」

「「ひぃいいっ!」」

 

 老人が木箱の上に仁王立ちし、胸を張る。

 

「具体的に聞こうじゃないか! どのように任務が成功し、どのように失敗したのかね!?」

「は、はいっ! イシドロ神殿長の御命令通り、ハルペリア軍の領域に潜入、砦の補給線を狙い、水魔法による轍の破壊を行いました……ミシェルの魔法により、一つの轍を破壊することには成功しましたが……思わぬ邪魔が入り、成果はそれだけです……」

「ひとつ!? たったのひとつだとぉ!? ピエトロくぅん……それはいけないねぇ! そんなのは兵站の破壊とは言えないねぇ!」

「ひぃ! ま、まさにその通りです! 申し訳ございませんでしたぁ!」

 

 老人が木箱の上に座り、腕を組む。

 気難しそうな皺が刻まれた顔の中で、彼の目だけが爛々と、少年の瞳のように青く輝いている。

 

「ふーむ、トラブルとは!?」

「……お聞きください神殿長! 我々が轍の破壊工作を行おうという時、向こうにはとてつもなく強い剣士がいたのです!」

「ええ、 その通りです! 自然に壊れた轍を二人ほどのハルペリア人が補修していました……たった二人であれば我々で容易く排除できるものと思っていたのですが、そのうちの一人、黒白髪の混じり者の男が、ピエトロでも手に負えないほどの剣士でして……!」

「ふむ……! “蝋翼”を持つピエトロ以上とな!? その時の光景……興味があるな! ちょっと再現してみてくれんかね!? ピエトロはピエトロ自身の役を、ミシェルは敵の剣士の役でな。はい、始めッ!」

 

 老人が手を叩くと、ミシェルとピエトロは真剣な表情で向き合った。

 

 互いにモーニングスターとメイスを構え、殺気を放っている。

 

「我が名はピエトロ! サングレール聖王国の聖堂騎士団が一人である! お主を叩き潰す前にその名を聞いておこう!」

「なんと、貴様がサングレールの誉高き聖堂騎士団のピエトロであったか! お会いできて光栄だ! 我が名はモングレル! ハルペリア最強の剣士である!」

「故郷の誇りをかけていざ尋常に!」

「勝負ッ!」

 

 そうして二人は互いの鈍器をぶつけ合い、華麗な打ち合い稽古のような光景が始まった。

 老人はその戦いを眺めながら、膝の上で頬杖をついて考え込む。

 

「ふぅむ……前線も思うようにいってない上、こちらの侵攻は事前に読まれていた……トゥバリス卿は深手を負ったと聞くし、聖騎士モルセヌスも討死にした……その上、一か八かの補給路の破壊任務でも強敵が待ち構えていたとなると……」

「せいやァッ!」

 

 ピエトロのモーニングスターがミシェルのメイスを天高く弾き飛ばした。

 

「見たかハルペリアの剣士よ! これが聖堂騎士団の力である!」

「おお、なんという力……このモングレル、ピエトロ様の絶技に感服致しました……! どうかこの混じり者の私めに改宗の機会を与えていただけませぬでしょうか……!?」

「コラッ! ピエトロ勝ってるじゃないか! 話が全然違うぞ! 逃げ帰ってきたんでしょうがお前たちっ!」

「「ハッ!?」」

「全くもう! お前たちは強いくせによくわからん事でミスをするからな! どうせ今回の撤退も戦況を見誤ったのだろう!」

「いえ、それは……」

「奴は本当に……」

「ともかく! 兵站破壊が失敗に終わったのであればこれ以上の布陣は無意味だ!」

 

 木箱から立ち上がり、イシドロ神殿長が服を整える。

 

「我々ヘリオポーズ教区軍は撤兵する!」

「なっ、なんとっ!?」

「何故ですか神殿長!? まだ開戦して間もないですよ!?」

「馬鹿だねお前たちは! サングレールは初動から最悪続きだよ! 負けだよ負け! これじゃ我々サングレールの兵が徒に死ぬだけだ! 昔のシュトルーベを思い出す泥沼だよ全く!」

 

 ヘリオポーズ教区の神殿長イシドロ。

 彼はサングレール軍の一団を任される人物であったが、もともと今回の開戦についてはあまり乗り気ではなかった。

 侵攻の準備がハルペリアに筒抜けであったという情報は彼の耳に届いていたし、向こうの兵糧は豊作続きで十二分に溜め込まれているという話も聞く。上手くいってブラッドリー領を切り取れたとしても、その後の長期戦が続かないだろうことは明白だ。補給線を運良く完膚なきまでに破壊できていれば話は変わっていたかもしれないが、それも失敗に終わったのであればもうお手上げだ。

 略奪だけを目的としては割に合わない。使えない連中を口減らしする程度がせいぜいだろう。その口減らしも、既にある程度達成できた。

 

「私以外にも乗り気でない神殿長は多いのでな、すぐに話は纏まるだろう! 故郷に帰るぞ、ミシェル! ピエトロ!」

「「ははっ!」」

 

 サングレール聖王国も一枚岩ではない。

 苛烈に侵攻を目論む者もいれば、自国内の問題に集中したい者もいる。

 イシドロ神殿長はどちらかといえば、自国内の政務に励みたいタイプの人物であった。

 

「しかし腹が減ったな! ミシェル! ピエトロ! お前たちもせっかく帰ってきたのだ! 今日は気前良く二日分の兵糧を食っていいぞ! どうせ長期戦にもならんしな!」

「本当ですか!?」

「やったー!」

 

 

 

 

 サングレールの二人組、ミシェル&ピエトロを退けた俺は、それから後続の馬車と一緒に壊れた轍を修繕し、たっぷり時間をかけてから先行させていた馬車に追いついた。いや、追いついたと言っても砦に到着してたんだけどな。

 

「モングレルさん生きてたぁ! 良かったー!」

「いや俺は死なんて」

「だってなんか滅茶苦茶死にそうな別れ方だったんだもぉおん」

 

 どうやら俺は身を挺してみんなを逃した扱いになっていたらしい。確かに体は張ったかもしれんけど、見ての通り無傷だったしな。

 けどそうやって心配されるのは悪い気分じゃない。なんだかんだ言って、こいつらに心配されるくらいの関係は築けたんだな。

 

 もちろん心配されるだけではなく、何があったのかの状況説明もするハメになった。

 砦にいる部隊長さんと向き合い、色々と話を聞かれた。

 俺がサングレールのハーフということも有って変な疑われ方をするとも思ったが、俺が魔法を使えない剣士であることを証言してくれる人は何人か居たし、同じように遭遇したリスドの証言と照らし合わせれば怪しい点も無い。

 特に嫌な雰囲気もなく、淡々と説明をするばかりだった。

 

「それで、ミシェル&ピエトロという兵士と遭遇した、と……」

「軽く投げナイフで牽制はしましたけどね。向こうがそれにビビったのか知りませんけど、轍に水を注いだらわりとすぐに撤退していきましたよ」

「ふむ……」

「正直俺じゃ勝てそうになかったんで、撤退してくれて助かりましたよ」

 

 道端に落ちていたひしゃげた投げナイフを手に取り、部隊長さんが唸る。

 俺の剣には刃こぼれもないから、戦闘の形跡が分かりやすく残っているのはこれくらいなんだよな。

 

「太陽の方角に飛翔するギフト……戦闘向きとは言えんが、あらかじめ作戦を定めた上で撤退に用いるのであれば使いやすそうだな。夕暮れには攻めにも使える、と……うむ。モングレルといったか、ご苦労だった。既に上が把握している奴かどうかはわからんが、とにかく敵のギフト持ちの情報を持ち帰っただけでも良い成果だろう。結果として補給が寸断されることもなかったしな」

「ははは、ありがとうございます。……その報酬と言ってはなんですが、しばらく休ませて貰えると……俺たちのチームも今回ので随分憔悴しちゃったみたいなんで」

「うむ、よかろう。ここの砦でしばらく休息しているといい。後続の補給部隊に話は通しておくからな」

 

 よし。これで少しは休めるな。

 俺はともかく他のルーキー達がしんどそうだから、ここらで大きな休みを挟まないとキツそうだったんだ。

 

 これから戦争が長引くかどうかはわからないが、休める時に休んだほうが良いのは確かだろう。

 

 


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