バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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終戦と大勢の帰郷

 

 モングレルと愉快な仲間たちチームは砦で休息しつつ、体力に余裕がある奴は砦の整備作業に加わって数日を過ごした。

 砦の中に消耗品を積み入れするのだって立派な補給だし、砦付近の土塁や馬防柵を整備することだってある。

 俺なんかは特に体力が有り余ってるし、何より砦の連中に顔を売って媚びなきゃいざという時に大変になるから、そこそこ必死だった。

 

 いつもより親切に、いつもより働いて。

 正直面倒くさい。だがやらなきゃ味方に守ってもらえないかもしれないと思えばやるしかない。本当に戦争はクソだ。

 

 まだまだこんな労働が続くんだろうなと、俺は思っていたんだが。

 

 

 

「は? 撤退?」

「和睦ってことになったらしいぞ。俺も詳しくは知らないんだが」

 

 思っていたよりもかなり早く、戦争の終わりはやってきた。

 俺みたいな末端からすれば交渉のテーブルなんて何も見えないので、唐突にやってきた和平だった。

 教えてくれたのは騎馬部隊の従士で、少なくとも俺よりは顔が広い。多分確かな情報なんだと思う。

 

 ……サングレールはそれほど追い詰められていたのか? 

 でも七年だぞ? 七年も溜め込めばそれなりの準備になったんじゃないか? こんなに早く止めるもんなのか? 

 それとも、事前に侵攻の情報が漏れていたことを重く見たのか……。

 

「終戦かぁ」

「良かった……帰れるんだな」

「勝ったのか? 負けたのか? どっち?」

 

 とにかく戦いは終わりらしい。まだ情報がはっきりしないから、本当にそうかもわからないが……。

 

 それでも和睦するという話が流れたおかげで、砦の雰囲気は一気に弛緩した。

 男達は故郷に帰れるとあって気を緩め、ピリピリし続けた空気も和らいでいった。

 

 それが、束の間の平和であることも知らずに……。

 

 

 

 なんてこともなく、翌日はマジで終戦が伝えられた。

 

 ヌルっと始まった戦争がヌルっと終わった感じだ。

 マジで下っ端からだと戦争の始まりも終わりもわからんな。ゴングとか銅鑼とか鳴ってくれたらわかりやすいんだが。

 まぁ、もう二度とそんなもの鳴らなくて良いんだけどな。ずっと平和な世界でいてくれよ。俺の生きてる間だけでも構わないから。

 

「ハルペリアは敵から財宝をぶん取って手打ちにしてやったみたいだぜ?」

「向こうの偉い奴を処刑して剣を納めたって聞いたよ」

「ざまあねぇぜ、サングレールの連中め」

「帰ったら畑の世話しなきゃな。早く終わって良かったぜ」

「親父に聞いた話じゃもっと大変だったそうだ。今回のは早いし、前のとは全然違うんだろうなぁ」

 

 多分、ハルペリアとサングレールは何かしらの……休戦の条件を決めたのだろう。だがその条件が何かまでは、俺たちには降りてこない。

 噂じゃ相当ハルペリア有利の条件って聞くが、そこらへんの耳に優しい話はきっとサングレールの方でも出回っているのだろう。

 兵士たちの溜飲を下げるための方便も多分にあるのだと思う。

 それにしても、ここまで早く決着したってことはハルペリア有利で終わったのだとは思うが……。

 

「ちくしょー、戦争が終わったのに俺らの仕事は終わらねーんだなぁ」

「兵站なんて大嫌いだ。俺もさっさとシルバーに上がってやる……!」

 

 まぁ戦争が終わっても俺たちの仕事は残っているんだけどな。

 故郷に帰るまでが戦争です。

 

「よーしどんどん積み込んでいくぞお前らー! たっぷり休んだんだからしっかり働いていけー!」

「ぐぇー」

「結局俺たちは最後まで疲れるんだなぁ……」

「戦争つれぇよぉー」

 

 そうなんです戦争は辛いんです。

 まぁ、だからといって攻められる側はそうも言っちゃいられねーんだけどもな。やられたらやり返さなきゃどうにもならん。

 

 ……全く。

 今回の平和はどのくらい続くかな。

 

 

 

「モングレル先輩!」

 

 ライナは生きてた。てかライナ含めアルテミスのメンバーは全員無傷だった。

 

「モングレル先輩も無事だったんスね!?」

「そりゃそうだよ。胸のポケットに銅貨入れてたからな。ほれ」

「いらないっス!」

「本当に自分で入れてたんだー……」

 

 レゴールに帰還するにあたり、中継する町では知り合いと顔を合わせる機会も増える。

 戦争が終わったこともあって、みんな祭のように上機嫌だ。俺も嬉しい。

 

「ライナはどうだ、俺のやった牙の笛は使ったか?」

「いやー全く使う機会無かったっスね。うちらは砦の上で悠々と過ごしてたんで」

「なんだよ、ピンチにならなきゃ俺が格好良く助けてやれねーじゃんか」

「モングレル先輩、吹いて聞こえる範囲とかに居たんスか?」

「居ない」

「駄目じゃないスか!」

「まぁアルテミスの皆がいれば大丈夫だろお前の場合。むしろ俺の方が大変だったんだぜ? 積み込み作業はしんどいし、ルーキーの面倒も見なきゃいけねーし、出張面白劇団の二人組に絡まれたりで疲れちまったよ」

「なにそれー」

「兵站部隊は大変ってことだよ。まだこの町でも仕事が残ってるしな」

 

 この話も終わったらまた積荷の作業がある。やれやれ。レゴールに帰り着くのはいつになるのやら。

 

「モングレル先輩、レゴールに帰ったらまた“森の恵み亭”で飲みたいっスね」

「だなぁ」

 

 こういうセリフもようやくフラグ無しで普通に受け止められるようになった。

 徴兵された分の給金もあるし……帰ったらそこそこ楽しく遊べそうだな。色々と買い物が捗りそうだぜ。

 

 

 

「おーい、最後の積み込み作業だぞー。これをベイスンまで輸送すれば俺たちの仕事も終わりだー」

「ようやく最後かぁ」

「ベイスン……俺たちのベイスンに帰れるんだ……」

「いいなぁ。俺はモングレルさんとレゴールだからなぁ。まだまだ旅が終わらねーや」

 

 夕暮れ近くなり、残った作業もあと僅か。俺たちは最後の馬車で作業をしている。

 

「ん? なぁモングレルさん、これ……何を運んでるんだ? 袋?」

「なんだよわからないのか? ああ、初めて見るのか、こういうのは」

「なんか袋が認識票で結んであって……」

「おい、これって……」

 

 これから馬車に積み込むのは軽く抱え込むほどの袋。中身は大きな固形物から砂っぽいものまで色々だ。

 皮袋はしっかりと閉じられ、認識票と一緒に括られている。

 

「ギルドマンの戦死者だ。俺たちハルペリアから徴兵された、シルバー以上の連中……国を守るために死んでいった、勇者たちだよ」

 

 軽々しく運ぼうとしていたルーキー達の動きが止まる。

 彼らの前には、三十ほどの袋が固まって置かれていた。

 この世界じゃ死んだ人間がアンデッドとして動き出すことも多い。だから原則的に遺体は速やかに火葬される。そうして残された骨と遺品だけが、故郷へと帰るのだ。

 

 今回は確かに楽な戦だったと思う。

 けど殺し合いをしているのだから当然、誰かは死ぬんだ。

 この馬車にはそんな戦死者達の遺骨と遺品が載せられている。

 

「シルバーの札を盗もうとするな。もちろん、袋も開けるなよ。溢さないよう丁重に扱って、積み込んでやれ。わかったな?」

「……ああ」

「わかってるよ」

「……マジかよ、こんなに死んでるなんて……」

「あ、ああ……ジェイコブさん……マジかよ、ジェイコブさん死んだのか……?」

「嘘だろ、死なねえよあの人は、サングレール人なんかに……」

 

 荷物を抱え、奥の方へ。できる限り変わらないように静かに運ぶ。

 

「さあ、働けみんな。ダラダラやってたら、死んだ先輩達がゴーストになって怒鳴ってくるぜ」

「……へへ、確かに。怒鳴ってきそうだ」

「怒ると怖いからな……あの人……」

 

 それから俺たちは口数少なく黙々と、時折積み込む認識票の名前を確認しながら作業を行った。

 

 ハルペリアでは葬儀も比較的シンプルに行われるらしい。死んだ後の儀式もあまり、金かけて厳粛には行われない。この馬車に詰め込まれるギルドマンたちもその殆どが集団墓地に行くのだろう。まとめて穴の中に注がれ、一つにされるのだ。

 だからまぁ、雑と言えば雑だよな。土地が大量に余ってて、広い墓場を作れる国にしてみたらよ。この国では人の死ってのは、結構そんくらいの扱いをされてしまうわけだ。

 

「……あ、モングレルさん。これ……見てくれよ」

「ん? どうしたウォーレン」

「この認識票……ランディさんのだよ……」

 

 ……ああ、ランディか。

 大地の盾の……真面目で、世話焼きな男だったな。けど酒を飲むと面倒臭くなって、騎馬戦術の話ばかりし始めて、フォークを振り回して知ったふうな口で講釈を始める厄介な奴だ。

 

 ランディ、死んじまったのか。

 

「マジかよぉ……ランディさん……」

「馬車に乗せてやれ、ウォーレン。俺たちと一緒に、レゴールまで送ってってやろう」

「……ああ、そうだな。わかった。わかったよ……」

 

 ウォーレンは泣かなかった。俺も泣かなかった。

 知り合いではある。結構関係もあったし、話すこともあった相手だ。ショックは受けるが、それでも涙を流すまでにはならない相手ってのも、いる。そういうものだ。

 

 けど、もう二度とあいつとは会えないし、口も聞けない。

 馬車の横について歩いているとそんなことを考えてしまい、どうにも気分は重くなるのだった。

 

 つまり、戦争はクソだ。

 

 


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