バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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人と魔物と男と女

 

 俺たちがようやっとレゴールに到着した頃には、街からは帰還者を暖かく出迎えてくれる歓迎ムードみたいなやつ? そういうのはすっかり薄れていた。

 多分、真っ先に戻ってきた軍人さん達なんかは「お勤めご苦労様です! ハルペリア万歳!」みたいな声援が道の左右から聞こえてきたんだろうな。

 でも今じゃ「お、帰ったんだ。おかえり」みたいな、なんかそんな雰囲気を感じる。端的に言ってすげー切ないぜ。

 だけどそれだけ、早くもこの街が平和を取り戻したって事でもあるからな。

 俺たちとしては喜んでも良いのかも知れない。

 

 

 

「……ランディ。すっかり小さくなっちまったな」

 

 遺骨袋は各々の引き取り先へと送られた。

 普通は遺族の元へ直接送られるが、遺書や遺言が残されている場合にはそれに従う。ギルドは所属する人間の遺言を預かるサービスもやっているので、場合によっては遺族ではなくギルドの仲間に遺産が分配されることもある。

 ギルドマンなんて訳あり連中の集まりみたいなところがあるからな。血の繋がった家族よりもギルドの仲間を優先する奴も珍しくはない。

 

「悪いな、モングレル。運んできてもらって」

「仕事だから気にすんな。……“大地の盾”からは、三人か」

「ああ。負傷者は9人いて、そのうち2人が引退だ。現役が5人も出て行くことになる。……無理攻めしたわけではなかったんだがな。敵に強いのがいた。後退指示も遅くはなかったが、犠牲を出した」

 

 “大地の盾”は今回、多くのギルドマンが前線に出て戦った。

 正規兵とほぼ同じ戦術を使い、軍としても運用しやすいパーティーだったので重用されたのだろう。

 

 ここで勘違いしちゃいけないのは、所属する本人達もサングレールとの戦いは望むところだったということだ。俺みたいに前線に出たくない奴なんてほぼおらず、皆が皆誇りを持って戦場に出たのだ。

 彼らは決して体のいい駒として使い潰されたというわけではない。

 自らの意思で、国を守るために戦場を駆け、そして死んでいった。

 

「モングレルさん。ああ、遺骨を……わざわざすみません」

「よう、アレックス。人が減って、これから“大地の盾”は忙しくなるな」

「ええ……遺族へのお金は国から出るので良いですが、クランハウスの遺品整理に時間がかかりそうです。それに、新規のメンバー募集も……」

「加入希望は多いだろ。今回、“大地の盾”は結構な戦果を挙げたらしいからな。憧れるやつも大勢出てくるだろうよ」

 

 被害も大きかったが、“大地の盾”は成果も出した。

 ハルペリア軍の剣術を駆使するだけあり、その練度は凄まじい。今回の戦争では敵の星球部隊と真正面からかち合い、敵を半壊させる場面もあったそうだ。つよい。

 

「そうですねぇ……去っていった方々の穴埋めではないですが、“大地の盾”の厚みは減らないようで安心してますよ。その分、入団試験や育成で忙しくはなりそうですが……」

「なあ、モングレルよ。こっちのことは良いが、他のパーティーの様子はどうだった?」

「“収穫の剣”も似たような損害らしい。特に怪我人が多いな。あいつらは対人戦には不向きだからどうしても押されるのは仕方ない。まぁ自覚ある分、後退も早かったらしいけどよ」

「そうですか……どこも大変そうですね」

「弱小パーティーは特に酷いよ。あちこちでメンバーが欠けてるせいで、バディや仲間を探してるのが多い。まだ葬儀待ちも多いけど、拾ってやるなら早めに動いてやってくれ。この時期にソロで働くのは酷だ」

「……うむ。わかった。そういう奴らは仮にでもうちで働かせてみよう。まぁ、俺たちのパーティーの気風はお世辞にも柔らかくはないからな。合わないやつも出てくるだろうが……」

 

 ちなみに“アルテミス”や“若木の杖”は無傷で帰還している。

 後方の弓使いと魔法使いだからな。特に防衛戦では積極的に前に出ることもないから、損耗率は当然低い。

 

 かといって、後衛が活躍しなかったかというと全くそんなことはないそうだ。

 特にアルテミスのシーナはなんかすげー数の敵兵を撃ち殺したらしく、かなり武勇が広まっている。聞いた話ではその功績を鑑みて昇級するんじゃないかって噂だ。

 あとは若木の杖のサリーも、光魔法による撹乱が気持ち良いくらい決まって活躍したらしい。まあ、敵兵が前進してる時に視界を真っ白に染めて何も見えなくするだけでも効果はデカいだろうな。それだけでドミノ倒しのように崩れ、相討ちするようなことになってもおかしくない。殺傷力のない光とはいえ、対人戦では紛れもなく強い魔法だ。

 

 後衛じゃないけど他の近接ゴールドクラスの働きもよく耳にする。

 ディックバルトは仲間が押され気味の中で奮戦し、無双ゲームばりに敵兵を薙ぎ倒したって話だ。酒場で喋ってるとただのスケベ伝道師予備軍な人だが、戦いになれば滅法強い。

 それと副団長のアレクトラも派手に暴れてたって聞くな。ディックバルトとアレクトラ、二人が揃っていたからこそ“収穫の剣”は被害少なめに撤退できたんだと思う。

 

「じゃ、落ち着いたらまた酒場でな。……アレックスも、あまり気を落とすなよ」

「ええ、また酒場で」

 

 同じパーティーの仲間が死ぬってのは、最悪な気分なんだろう。

 それこそいくら戦果を挙げたところで、仲間の死の悲しみには釣り合わない……と、俺は考えている。

 

 けど、どうなんだろうな。この世界じゃ仲間の死の悲しみよりも、勝利の名誉や喜びの方が優先されるのかね。

 ……まぁ、わざわざ聞いて訊ねることではないけどさ。

 

 

 

 仕事が片付いて、俺は酒場へ向かった。

 野営や炊き出しの飯も良いが、やっぱ俺は酒場の飯が一番好きだ。金出してサッと出てくるこれに勝るものはない。

 

「うえ、やっぱ混んでるな」

 

 しかし今はどこもギルドマンやら兵士やらが戦勝会をやってるせいで、なかなか店に入れない。

 ギルドの酒場も森の恵み亭も満員御礼だ。

 

「おうモングレルか! お前もこっちで飲むか!?」

「お前どこにいたんだよ!」

「いやお前らこれ、座るとこねぇじゃんか」

「立って飲め!」

「ガハハハハ」

「馬鹿野郎俺さっきまでずっと仕事してたんだぞ? さすがに立ってらんねぇよ。また今度だな」

「なんだよつまんねぇなー」

「店が空いてたら明日だな、明日」

 

 こういう場に溶け込んで盛り上がるのも良いんだが、なんだろうな。

 俺はあまり、戦いに勝って盛り上がるようなタイプじゃない。

 もっとこうしんみりと、故人を偲ぶくらいでも良いんだけどな。なんていうか、「勝ったな! ガハハ」みたいな盛り上がり方をしてるような場所にはあまり居たくはなかった。

 

「……ここは空いてるな」

 

 色々と店を回って、最後に行き着いたのは狩人酒場だった。

 馬鹿騒ぎするには店主がちょっとうるさいのと、値段がややお高めなせいもあるんだろう。店内は満員というほどではなく、空席もいくつか残っていた。

 うん、そうだな。俺はこういう店を探していた。ここにしよう。

 

「……あ、モングレル先輩」

「え? あー本当だ。モングレルさん、こっちこっち」

「おう、三人いたのか。良いのか? 相席しても」

「はい……どうぞ、お座りください」

「あ、どうも」

 

 店内にはライナとウルリカ、そしてゴリリアーナさんがテーブルについていた。ちょうどゴリリアーナさんの隣が空いていた形だ。なるほど、彼女がいれば下手な男はナンパしてこないだろう。

 

「戦争が終わって、アルテミスの祝勝会でもやってたか?」

「あーまぁはい、そっスね。貴族街の方のお店でやったっス……今日はなんていうか、若いメンバーだけでやってるんス」

「シーナとかナスターシャも若いだろ。24だっけ」

「もうお二人とも25っスよ」

「若いな。まぁそうか、お前ら三人ともアルテミスでは若手なのか」

 

 今アルテミスで活動しているのはほとんど若手ばかりで、歳いってる人らは家庭持ちだ。

 こいつらはその中でも一番若い三人組ってことになる。

 

「……ねえねえモングレルさん、ライナから聞いた? 今回の戦果」

「あーいや、聞いてないな。ゴリリアーナさんは出番はなかっただろうけど、二人は弓だからあるんだろ? どうだったよ」

 

 ライナもウルリカも自慢するような顔ではない。

 

「私は、仕留めたって確実にわかるのは五人っス」

「ライナは凄いよねー。私は二人だけ。もう中途半端に遠くて、私のスキルじゃ全然当たらないの」

「……まぁ二人とも初陣でよく働いたなとは思うんだが、二人の様子だとあまり褒めて貰いたいって感じでもないのか?」

「あー……モングレル先輩にはわかるんスか」

「……私はなんとなーく踏ん切りついたけどねぇ。ライナの方はどうも思うところあるみたいでさ」

「思うところって?」

 

 ライナが答えをどう言葉にしようか悩んでいる間に、エールを注文する。

 ……うん、この店はまぁまぁ濃い。悪くない。

 

「あの……砦とかだと兵士さんとかいるし、こういうこと絶対に言えないんスけど。確かに私はサングレール軍の兵士を撃って、仕留めたりもしたんスけど……人を撃つのって、無駄だなぁって」

「無駄、ねぇ」

「だってほら、獣や魔物なんかは大体食べられるじゃないスか。でも人は違うんスよ……仕留めても食べられるわけじゃないし、なんか……撃ってて虚しいなって、思ったんスよ。はい……」

 

 自分の出した答えに自信がないのか、ライナは膝に手を置いて俯いていた。

 

 そうか、人を撃つと虚しいか……。

 猟師として弓を使ってるライナらしい考え方じゃないか。

 

 確かにこういうのは、砦の中じゃ言えなかっただろう。士気を下げるような物言いに結構厳しいところがあるからな。

 だけどもう、戦争は終わった。好きに文句言って良いんだぜ。

 

「良いんだよ。ライナが戦争をクソだって思う気持ちは間違ってない。俺はライナの考え方は正しいと思ってるぜ」

「クソって……汚いスけど」

「戦争に駆り出されてる連中は誰も畑仕事ができない。狩りも、工作も、全ての労力を戦いのために注ぎ込んでるからな。金も食料も湯水のように消えていく。この1ヶ月で浪費した資源、時間、なにより命……もしそれを金貨に換算できたら、きっと誰もが青褪めるだろうぜ」

 

 実際、軍費を計上した偉い人は顔を青くしていることだろう。

 戦争はあらゆる面で史上最強の無駄遣いだ。サングレールから一方的に攻められてなきゃ誰もやりたくなんてなかっただろうさ。

 

「けどな。兵士は国を守るために戦ってる。必死で戦って守らないと国を守れないからな。……だから、敵兵を殺すことは名誉なことだ。ライナ、確かに戦争はクソだが、勘違いしたらダメだぞ。人を殺すのは虚しいことかもしれないけどな。国を守るために敵を殺した名誉を軽んじたらいけないぜ。それさえ奪っちまったら……自分の命をかけて戦った兵士に、何も残らなくなっちまうからさ」

「……名誉」

「戦争は虚しいし、クソだ。まさにその通りだ。でも始まったものは仕方ないし……そこで頑張った連中には、敬意を払ってやってくれ。もちろん、ライナ自身にもな。……お前は頑張って働いたんだから、もっと自分を誇っても良いんだぞ。少なくとも他の奴らにとっては、紛れもない名誉なんだから」

「……っス」

 

 人を殺した後味は悪い。たとえ極悪人だと教え込まれているような敵国の人間相手でも、それはどうしようもない。まともな奴にはまともな良心が備わっている。

 けどだからこそ、この戦争が終わった後には、そんな後味の悪さをさっぱり拭い去った方が良いんだ。

 せっかく親しい仲間も失わず、無傷で戦果を上げて帰ってきたんだ。

 そこまでやったのなら、せめて良い気分でなくちゃ報われんだろ。

 

「……なんかモングレルさん、良いこと言うなぁー」

「ま、戦争そのものはクソなんだけどな。ははは、すいませーんエールおかわりー」

「あーほらそういうクソって言うの下品だよー! なんか良い話だったのにさぁ!」

「いやいやクソなもんはクソなんだよ。それはそれよ。そういう意味じゃライナの言い分は全面的に正しいぜ。どうせサングレールもまたいつか攻めて来るんだろうしな」

「え、ま、また来るんですか……」

「絶対に来るさ。連中が再び準備を整えたら、すぐにでもな」

「また戦争……あいつらクソっスね」

「もー! ライナに汚い言葉覚えさせないでよぉ! ライナは良い子なんだからさぁ!」

「クソっス! 私もエールおかわり!」

「また言った!」

「よーし飲め飲め! 今日は三人におごってやるからな! 終戦祝いだ!」

 

 俺たちハルペリアは多分、戦争にうまい具合に勝って、ここに帰ってきた。

 中にはその勝利を祝う人もいる。殺した敵兵の数を胸張って誇る奴もいる。それは正しい。

 

 けどそれはそれとして、戦争の終わりそのものを祝っても俺は良いと思うんだよな。

 色々……個人によって思うところは違うんだろうけどさ。

 少なくとも俺は……ライナ達には人じゃなく、獣や魔物みたいな、獲って食えるような奴を仕留めて欲しいと思ってるよ。いつまでもな。

 

 


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