収穫期を終えると穀物類の物価が一気にドカンと下がる。
すると何が起こるかっていうと、粥とかパンがちょっとだけ安くなるわけなんだが。
嬉しくねえ。これっぽっちも嬉しくねえんだこれが。
美味しくないんやこの世界の炭水化物は。いや別に元日本人だから白米を食いたいってわけではない。あるならフランスパンでもナンでも良い。
ただでさえ娯楽に乏しい世界なんだ。せめて美味しいもんくらいは食わせてくれよ。
「で、これがモングレルの作った携帯食料か」
「ああ。モングレスティック3号と呼んでくれ」
「普通に気持ち悪い名前だな……」
「もうちょっと食欲出る名前にしませんか……?」
「口付ける前からズタボロすぎないか?」
「てめえの顔思い浮かべながらこれを食う側の人間の気持ちを考えろよ」
今、ギルドの酒場スペースでは俺主催の品評会が開かれている。
参加者は短槍使いのバルガーと、剣士のアレックスの二人だ。
アレックスは元ハルペリア軍の軍人で、退役してからは軍仕込みのロングソードさばきで数多くの任務をこなしているシルバーランクの若者である。ゴールドランクも決して夢じゃないところまできているらしい。ホープってやつだな。
あとは受付のエレナちゃんも誘ったけど普通に断られた。俺は悲しいよ。
机の上にあるものは前世でよく……いやたまに口にしていたエナジーバーのようなものだ。それを参考に作った携帯食料である。
小麦粉と複数のナッツをメインの材料に、そこに油、蜂蜜、スパイス各種や塩を盛り込んで四角いスティックに焼き固めたものだ。グラノーラバーみたいなもんかな。
ギルドのバーにちょうど暇してるバルガーとアレックスがいて助かった。とりあえず味とかのレビューをやってもらおうと思っているんだが。
「なぁモングレル。これそんな腹膨れないんじゃないか? 小さいし」
「ナッツが多いのであれば多少は腹持ちも期待できるかもしれませんが、この大きさだと一食分としては不安ですね……」
「あ、やっぱりか。多分4本食えば一食くらいはなると思ってるんだが。まぁとりあえず食ってみろって」
「……いやさ。既に持ってみた感じからして、明らかに硬いんだが。本当に大丈夫なのかこれ」
バルガーが皿の上のモングレスティックを二つ手に取って、カチカチと打ち鳴らす。陶器のような澄み切った音が実に美しい。耳にも良い携帯食料だよな。
「モングレルさん、これ自分で食べましたか?」
「なんだアレックス。俺を疑ってるのか?」
「前に生臭い自家製干し肉を食べさせられた時から結構強めの疑いをもってますけど……?」
「過去に囚われないで前を向いて生きていこうぜ?」
未だに躊躇してる二人に、俺はエールを一杯ずつ奢ってやった。
「……なんですこれ」
「無言で酒を奢るなよ……怖いだろ」
「深い意味は無いって。まぁそれ使いながら食ってくれ。味は悪く無いからほんと」
「……まぁタダなんで、一応少しは食べておきますけど」
嫌そうな顔をするバルガーをよそに、アレックスがモングレスティックに齧り付き……動きを止めた。
「はが……はがが……歯がはひらない……」
「今アレックスが噛んだ瞬間硬い音がしたんだが?」
「だからエールに浸しながら食えば大丈夫だって。柔らかくなるから。少しは」
二人が無言でスティックをエールに浸し、待つこと十数秒。
もう大丈夫だろうと一足先に引き揚げたアレックスが再び齧り付くと、今度は硬い音はしなかった。
……齧り切れはしなかったが。
「んぐぐぐ……一応外側の少しだけはふやけて食べられますね……本当に一応」
「味はどうよ」
「エールのお粥って感じの味付けがしますけど……」
今はそのエール成分は良いんだ。エール成分を差し引いたイメージでレビューが欲しい。
「しっかしモングレルもまた変なことを始めたな。ケイオス卿の後追いか? 今は色々なとこで似たような真似をしてる連中がいるからやめといた方が良いぞ。誰も大して儲かってないからな」
「発明ブームですね。まあ、色々な店が成り上がっているので真似したい気持ちはわからないでもないですけど」
「俺はこのモングレスティックをゆくゆくはハルペリア軍の公式携帯食として認めさせてぇんだ。そしてその金でカウンターでグラスを磨いてるだけのカフェのマスターになるんだ」
「なんで金持ちになって行き着く先がカフェの店主なんだよ」
「こんな携帯食料を採用したら軍人が敵と戦う前に歯を折りそうですね……」
大丈夫だってギリギリいけるだろ。
どうせ軍人のほとんどは魔力で強化できるんだから。前歯くらい強化すればいけるって。
「しかし得体の知れないもんをまた数作ったなぁ……」
「全部で40本くらいありますよね……材料費だけでも結構したんじゃないんですか?」
「言えない。お前たちがこのモングレスティックを誉めてくれなきゃ値段は言わない」
「いくら散財したんだ……今は多少安いとはいえ良くやるわ」
「焼き過ぎだったんじゃないですか? エールの底に沈んでますけど全然形が崩れる気配ないですよこれ」
いやー。大量に作っておけば安く済むし、俺も自分好みの炭水化物を普段から食えるだろうと思ってたんだけどな。
まさかここまで硬くなるとは俺も予想してなかったよね。多分下手な木材よりもしっかりしてるよ。
「発明ごっこもいいがモングレル、金は大丈夫なのか? 最近あまり討伐にも出てないんだろ」
「ごっこ言うな。んーまあ都市清掃ばっかりだな」
「モングレルさんまだ清掃してるんですか」
「この街を 綺麗に使おう いつまでも」
「何かの詠唱か……?」
「ただでさえモングレルさんは無駄遣いが多いんですから、そろそろ大きめの依頼を受注した方が良くないですか?」
「俺はそんなに無駄遣いしないぞ? 賭場には行かないし」
「でもお前定期的に変な武器買うじゃん」
あっこいつ。俺の武器を変なもん呼ばわりしやがったな。
「変なもんとはなんだ。こいつを見てもそう言えるかな? 二ヶ月前市場で見つけた俺の新しい相棒ナイフだ!」
「やっぱり散財してるじゃないですか!」
バン、と机の上に置いたのは一本のナイフ。
長さは解体用とほぼ同じだが、鞘の上からでもわかる肉厚な刀身が特徴だ。
「……え、なんだこれ。櫛か?」
「知らんのかバルガー。そいつはソードブレイカーと呼ばれる戦闘用のナイフだ」
バルガーが鞘から抜き放ったそれは、刀身に櫛のような長い切れ込みがいくつも入った肉厚のナイフである。
「この櫛の部分で相手の剣を受けてだな……思いっきりグッ! って捻るとあら不思議。敵の剣をポキッと折ってしまえる対剣士用の究極兵器だ」
「ええー……そんな上手くいきますかね……?」
「肉厚すぎて刃物の方はめちゃくちゃ切れないから、ナイフとしては突くことしかできないけどな」
「弱点でかすぎないか? そもそもモングレルお前、対人の依頼なんか受けないだろうが」
「人の血とか浴びるのなんか汚いじゃん」
「だったらなんでこんなナイフ買ったんですか……っていうかモングレルさん、この櫛の部分」
アレックスは何かに気付いたのか、壁に立てかけていた自前のロングソードを抜き放ってみせた。
ハルペリア軍で採用されているロングソードは長い。
身体を強化できる軍人にとって長剣の採用基準は重さより、遠間の相手を斬りつけることのできる可能な限り長いリーチにあるためだ。だから身につけて運べるのに苦労しない最大の長さを持つ刀剣がロングソードと呼ばれ、各地で使われている。
で、その長さの分厚みもそれなりにあるわけで……。
「あーほらぁ! やっぱり! このソードブレイカーとかいうの、そもそも櫛のとこにロングソードが入りませんよ!」
「う、嘘だろ!?」
「いや見りゃわかるだろ……いいとこサブのショートソードでギリギリって感じじゃないか?」
「俺のソードブレイカーは雑魚専だったのか……」
「……ちなみにモングレルさん、このソードブレイカーとかいうの、いくらで買ったんです?」
「言えるか……! この流れで……!」
畜生。じゃあもうこのソードブレイカー、クレイジーボアの肋骨と頸椎を櫛の部分でゴリゴリ削るしか能がないじゃないか。
「……あっ。エールの底のやつ結構柔らかくなってますよ」
「お、そうか。しょうがねぇな、崩して粥みたいにして飲むか」
「今日の俺、ちょっと散々すぎやしないか……?」
「……何か良い任務があれば、誘ってやるよ」
「僕も機会があれば……」
ちなみにエールに溶かしたモングレスティックの味は、別に悪くは無いけどエールを使うのであれば酒はそのまま飲んだ方がいい。という見解で一致した。
マジで何も良いことがないぞ今日。厄日か?