バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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嗜好の検証

 

 一ヶ月も戦争に駆り出されていたものだから、その間の地味な作業は滞っている。

 レゴール拡張地区の工事もそうだし、多くの産業も無関係ではない。

 

 何よりも、冬に向けた伐採作業が全然だ。

 暖房用建材用、まだまだバロア材が足りてない。

 今年はもう終わりまでバロアの森入り口付近での伐採作業の手伝いが主になりそうだな。

 でも警備ばかりは飽きる。俺は討伐がやりてぇんだ……。

 

「近いところの警備は取られてるかぁ」

「近場はブロンズなりたての方を優先して採用しています。モングレルさんの場合は慣れているでしょうし、バロア奥地の任務ですねー」

「俺もピカピカのブロンズ3なんだけどなぁ」

「大分くすんでますよ、モングレルさんの銅プレート。新しいプレートに交換致しましょうか」

「戻ってきた時に銀色になってそうだからいいよ」

「ふふふ」

 

 こうしてギルドでミレーヌさんと駄弁っているが、近頃は似たような任務ばかりで少し飽きている。

 残っている場所も地味に遠いのばかりだし、伐採作業の警備って退屈なんだよな。作業員の人に合わせて動くのが地味にしんどいんだ。

 かといって俺のバスタードソードで木こりするわけにもいかんだろうしなぁさすがに。

 

「ミレーヌさん、ここらへんにキマイラとか出没してない? 」

「ありがたいことに、それほどの魔物の目撃情報は何年もありませんねぇ……他の魔物も今ここにこれといった話はありませんし……」

 

 俺は討伐が好きだ。けど致命的に獲物を追いかける技能というか、居場所を推定する技能が残念なんだよな。こういうのは闇雲に探してもなかなか見つかるものではない。

 だからいつもギルドの依頼に頼って目ぼしい場所を目指していくわけなんだが、それがないと結構厳しい。魔物はこっちを見つけたら積極的に襲い掛かってくるとはいえ、出会えなければ意味がない。

 うーん、どうすっかなー俺もなー……。

 

「あれ? ひょっとしてモングレルさん暇な感じー?」

「ん? おおウルリカ。今日は一人なのか」

 

 受付で悩んでいた俺に声をかけたのはウルリカだった。周りに他のアルテミスのメンバーはいない。

 

「そーだよ。団長はライナを乗馬に連れて行っちゃったからねー。今忙しいんだよ」

「乗馬ってなんだよ。アルテミスも馬とか買うのか?」

「ライナは馬上弓術を練習したいんだってさ。一応覚えといた方が良いかもって」

「そんなもん身につけてどうするんだか……まぁ乗れないよりは乗れた方が良いんだろうけどよ」

「まぁ乗馬は置いといてさっ、モングレルさんが暇だったら私と一緒に任務行こーよ。バロアの森の北部第三作業小屋までの搬入と掃討任務を受けたんだー」

「お、搬入か」

 

 搬入とは、まぁ前世で言うところの山小屋に徒歩で物資を送り届ける歩荷(ぼっか)みたいなもんだな。

 森の辺鄙な作業小屋まで必要な物資を持っていき、補充する。ついでに周囲の安全を確保したり、自然に呑まれそうになっていたらそういうのも掃除する。魔物が近くに居座ってたらその討伐も仕事のうちだ。

 

 ……北部第三作業小屋は結構奥の方だ。二日かかる距離になるだろうか。

 

「本当はゴリリアーナさんといく予定だったんだけどさー。ちょっと予定が合わなくて……だから、ね? 一緒に行かない?」

「おー良いぞ良いぞ。ちょうどそういう仕事をやりたかったしな」

「やった。じゃあミレーヌさん、手続きお願いしまーす」

 

 こうして俺はウルリカと一緒に搬入任務をやることにした。

 任務の特性上、出発時点で既に大量の荷物を担いでいくことになるが……俺の身体能力があれば全く問題ない話だ。

 もっとこういう仕事やりたいもんだね。滅多にないのが残念だ。

 

 

 

「なんかごめんねモングレルさん。私が受けた任務なのにそんなにたくさん持ってもらっちゃって……」

「ああ、気にすんなよ。俺にとっては大したもんじゃないからな」

 

 馬車に乗ってバロアの森の北部寄りまで近付いてから下車。

 ここからは大荷物を背負っての徒歩だ。

 

 俺なんかはもうデスストランディングが始まりそうな見た目になってるが、ウルリカの方は秋用のちょっとした防寒装備にそこそこの荷物。

 俺の方が三倍以上は担いでるだろうな。けど、行軍速度を考えるとこのくらいの方が二人で良いペースで進んでいけるはずだ。

 

「一応いざという時は剣も使うが、魔物が出たら基本的にはウルリカに任せるけど良いか?」

「うん、任せといて! ……けど基本的には魔物を避けて効率重視で進んでいくから、相手にしなくていいならどんどん無視していくよ?」

「おーそれで良い。討伐やるとしたら作業小屋に着いてからだな」

 

 方針も決まり、いざ出発。

 ウルリカを先頭に、ガシガシと森を進んでゆく。

 俺の背負う荷物は割れ物も入ってるから、マジで無茶はできない。いきなり荷物をドンと下ろして交戦なんてのも難しいだろう。戦闘があるとすればウルリカ任せだ。

 

「あ、こっち括り罠あるから気を付けて。迂回して進んでいこっか」

「おう。……さすがにここらは罠も多いなぁ」

「秋だもんねぇ。もう少し先に進めば数も減るから、我慢だね」

 

 この罠ってやつも前世ではなかなか効果があったが、この世界だと普通に引きちぎられたりする、軟弱なワイヤーだと結構危ないかもしれないな。

 だからワイヤーの代わりに魔物の素材で作った頑丈な紐に引っ掛けるわけなんだが、この紐がまた古さによって強度がピンキリで怖いんだ。

 ギルドで売ってるものではない安物を使うと引きちぎられたりする。

 獲物を引っ掛けたは良いが、いざ近づいてみると獲物が興奮して暴れ、最悪のタイミングで解放……なんてケースも多くある。

 

「わぁ、クレイジーボア引っ掛かってるじゃん!」

「おっかねぇな、迂回しようぜ。違法罠でもなさそうだが、念のためにな」

 

 だから他人の罠に獲物が引っかかっているのを見つけても、無闇に近づいてはいけない。

 横取りは犯罪だし、罠の調子が万全とも限らないからだ。

 

 俺たちは興奮したボアの鼻息を聞き流しつつ、作業小屋を目指して歩いていった。

 

 

 

「そう言えば、ちょうど去年だったよねー。モングレルさんと最初にバロアの森に入ったのもさ」

「あー、そんなこともあったな。あの時も作業小屋絡みの任務だったか」

「そうそう。密猟者が居たやつ!」

「ウルリカ知ってたか? あの時の密猟者のリーダーだった奴、最近犯罪奴隷から解放されたんだぜ」

「ええ!? そうだったんだ、全然知らなかった……」

「話す機会があってな。またアイアン1からギルドマンをやり直すみたいだぞ」

「へー……」

 

 一日目は途中で火を焚いて野営する。やっぱり大荷物を背負ったままだと一気に目的地ってわけにはいかないな。

 

 荷物を下ろして毛皮を敷き、二人で焚き火を囲んで干し肉とパンを食べる。

 デカい荷物が丁度いい風除けになってくれるおかげか、この季節でもあまり寒くはないな。

 

「一年か。まさかアルテミスの連中とよく話すようになるとは思ってなかったわ」

「あはは。これまではどうしてたの? モングレルさん、シーナ団長とも他人ではなかったんでしょ?」

「知らない相手じゃないっつーだけで、それだけだな。特に話すこともなく、一緒に任務に行くなんてこともなく……ライナが居なきゃ絡みがあったかはわからんね」

 

 特にシーナ。目つきがキツいというか、近寄り難い雰囲気が強かったからな。今でもそうだけど。

 

「ライナのおかげだねー……ねえモングレルさん、ライナのことどう思ってる?」

「どうって? いや、答えなくていいわ。その顔見りゃわかるわ。男と女の話だろ」

「あはは」

 

 恋バナを面白がって聞く女子の顔してたからすぐにわかった。

 懐かしいなこういう雰囲気。

 

「ライナはなぁ……男と女の前に、先輩後輩……とかのさらに前に、俺の子供かもしれないからなぁ……」

「いやそれは違うでしょー……」

「わからん。最近俺の姪だったか親戚の子だったような気がしてきてな……そう言う目で見れないわ……」

「なんとなく気持ちはわかるけどさぁ」

 

 もっと飯食って肉付きが良くなれば女っぽくなるか……? 

 それよりは髪を伸ばした方がって思いもあるけど、髪の伸びたライナが全然イメージできないんだよな。

 てかそんなライナが俺の前に爆誕したとして、色っぽい感情が生まれるかって言うと大分怪しいぞ。ライナはライナだし。

 

「むしろライナに歳の近いウルリカこそどうなんだよ、ライナは」

「え? えええぇ私!? 私とライナ!? ないない、ありえないよそんなの! あはははは!」

「いやぁ俺よりは普通にあり得るんだけどな?」

 

 大爆笑されちったけど男と女で歳が近くてって意味じゃ間違いなくウルリカの方が身近だろうよ。

 

「私にとってもライナは可愛い後輩だよー。あーおかしい……」

「まぁなぁ。ライナとは何年経ってもずっとそんな関係が続きそうな気がするわ」

「あはは……」

 

 焚き火がパチンと鳴り、火花が舞い上がる。

 

「……モングレルさんは結婚とかしないのー? もういい歳なのにー」

「俺が結婚? 全然考えてねーなそんなことは」

「ふーん……女の人には興味ないの?」

 

 ウルリカがブーツを脱ぎ、足を焚き火の近くで温めている。

 気持ちいいのはわかるけどな、それ低温火傷に気を付けろよ。足の裏は火傷すると辛いぞ。

 

「興味ないってわけじゃないけどな。結婚なんて面倒だから考えたくないんだよ。相手を探すのも将来設計するのも億劫すぎる」

「じゃあ……男の人に興味があるんだ……?」

「いやそうはならんだろ。だいたいサングレールとのハーフだぜ? 俺の子供はクォーターになるわけだろ? 別に人種を差別するわけじゃねえけどよ、わざわざ生きるのがしんどそうな特徴を子供に与えたくないだろ」

「あ……ご、ごめんなさい」

「ああいや待て、そういうマジな感じじゃないから。理由の一つってだけだから。大部分は他人と一緒に暮らすのがしんどいってだけだから気にするなよウルリカ」

 

 危ない危ない、また雰囲気が重くなるところだった。

 ……私生活になると隠し立てするのは難しいからな。衛生観も文化も。

 こういう価値観がズレてると一緒に暮らしていくのはマジでしんどいと思う。俺は確実にしんどいだろうが相手だってしんどいだろうぜ。誰も得しない結婚になるぞ。

 

 それにいざという時に身軽になれないってのも良くない。

 俺が土地に根を張る時は家庭よりも先にお洒落な喫茶店って決めてるんだ。

 

「ほら、もう暗いし寝とけよウルリカ。また明日から歩くんだから、今よりふくらはぎがパンパンになるぞ」

「……んー」

 

 さっきから毛皮の上で足をパタパタさせている。俺の思っていた以上にペースが早かったせいだろうか。

 明日はマッサージしないとキツいかもな。

 

「魔物除けの香は焚いておくから、さっさと眠れよ。俺ももうちょっとしたら寝るからな」

「……はぁーい」

 

 今日は雨も降らないし、風も少ない。凍えるほどでもないし、まぁ比較的過ごしやすい野営だな。

 明日も予定通り歩いて行けば、夕暮れには小屋に着くってところか。その日は小屋を軽く掃除して終わりだが、屋内で眠れるのはありがたい。

 

 やがてウルリカが静かな寝息を立て始め、俺も少し遅れて眠りについた。

 

 


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