バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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森のおやつと水場の哨戒

 

 翌朝、ウルリカはむっとした顔で俺を睨んでいた。

 

「……モングレルさんのこと、もっと優しい人だと思ってたのに……」

 

 どうやら夜のマッサージのことでお怒りらしい。

 

「ああいうのは優しくすれば良いってもんじゃないからな。ウルリカだって、昨日のあれは良かっただろ?」

「そ、それは……でも、乱暴な感じだったし……」

「正直に言えって。気持ちよかったです、ってな」

「……確かに、気持ちよかったけどさー……でも、痛かったし……」

「ああいうマッサージは痛いのも気持ち良いのうちなんだよ。やれやれ……ウルリカもまだまだ子供だな」

「ちっ、違うし! 大人だし!」

 

 上着を羽織り、眩しい朝日を浴びて目を細める。

 うん、今日も清々しい朝だ。

 

「なぁに……また身体が凝った時は俺に言えよ。マッサージして欲しかったらまたやってやるからな」

「……また、あれを? そんなの……」

「時間がある時ならだけどな。俺の宿でやってやってもいいぜ。もちろん金は取るけどな?」

「お、お金取るの……!?」

「そりゃレゴールにだって似たようなことやってる店はあるわけだからな……健全な市場を維持するためにも、取るものは取るさ。なに、大した金じゃない……腕の良いシルバーランクのギルドマンなら端金みたいなもんさ。それでまた施術されるのなら、悪くないだろ?」

 

 ウルリカは複雑そうな顔をして……やがて頷いた。

 

 クックックッ……まぁ俺も仕事があるし、本当に暇な時にって感じになるだろうけどな。

 一度疲れが吹き飛ぶ快楽を味わったら、なかなか嫌とは言えないだろう……。

 

 三月に一度くらいの頻度で待ってるぜ……お前がちょっとしたお金を落としてくれるのをな……! 

 

 

 

 しかし今の俺はマッサージ師ではなくギルドマンだ。

 ギルドマンはギルドマンらしく与えられた仕事をやるしかない。今日も頑張ってやっていこう。

 

「小屋周辺の藪漕ぎはやっとくから、哨戒だけウルリカに頼めるか? 俺はそういうの下手だから任せたいんだが」

「良いよー。私も力仕事よりは索敵のが好きだしねー。ついでに水場も見てくるよ」

 

 俺たちの仕事は、この辺鄙な作業小屋とその周辺の環境を整える事だ。

 予定では明日辺りにこの小屋で作業する林業関係者がやってくるとのことだ。俺たちはそれまでに小屋を安全、快適に使えるようにしなければならない。

 まぁこの手の仕事は適当にやる奴も多いんだが、俺は模範的なギルドマンだからな。真面目にきっちりやらせてもらうとしよう。

 

「秘剣、草薙の剣」

 

 またの名を草刈りバスタードソード。

 強化を込めた刃先でサクサクと小屋周りの雑草を削ってゆく。

 秋なので大した量はないが、ここを中心に活動する以上残ってると邪魔になるからな。下草は入念に刈っておく。

 

「あとはまぁ、適当に薪でも集めてやるか。どうせ俺たちも使う分だし……」

 

 ついでに邪魔そうな藪を漕いだり、枝を払ったりして燃料を集めておく。

 俺の扱うバスタードソードならスパスパ切れるので楽だ。

 

 こうやってこまめに切っておかないと、成長の早い樹木に飲まれて大変だからな。

 特にバロア材なんて一月に年輪が一つ増えるとかいうアホみたいな成長率を持つ謎植物だ。この世界の人々はバロアの木を普通の植物の一種だと考えてるようだけども、俺はこの木を魔物の一種なんじゃねーのかとうっすら疑っている。

 

「……お?」

 

 そうして適度な間伐作業をやっていると、下草刈りをした場所から物音が聞こえてきた。

 目を向けてみると……長く白い耳に、愛らしく枝を抱きかかえたふわふわの毛並み。

 

 間違いない。マレットラビットである。

 

「おー……雑草を搗いて食うのか?」

 

 マレットラビットは抱え込んだ枝を刈られた草にドスドスと叩きつけている。

 その姿は餅つきをするウサギそっくりだ。キネというよりはスリコギに近いけども。

 

 このウサギはほとんど人間を襲ったりはしないものの、一応魔物扱いされている。危険度で言えばゴブリンよりもずっと低い連中だろう。

 しかしこのマレットラビット、手にした“キネ”によって殻のある木の実や穀物を砕いて食べるという食性から、人間様にとても嫌われているのだ。

 

 食い物が人間と被っている。農作物に被害を及ぼす。その一点だけで魔物扱いされるには十分過ぎたのだろう。可哀想だけどまぁ仕方ないって感じだな。

 

「しかしこう見ると、なかなか愛嬌のある奴じゃないか……」

 

 ふわふわな体で木の枝を抱きかかえ、猫じゃらしのような粗末な雑草をドンドンと叩き、頑張って食い物にありつこうとしている。

 なんとも健気で愛くるしい姿だ。

 

 魔物を無許可で繁殖させようとしたり飼育しようとするのは重い犯罪なので飼ってやることも、餌付けしてやることもできないが、こうして偶然が重なって食事シーンが見られるというのは、結構レアだし良いものだ。癒される。

 これはマレットラビットだからまだマシだけど、ゴブリンを繁殖させようとしたらワンチャン大変なことになるからな。

 あいつらからは変異種が産まれやすいし……。

 

「キュ?」

「あらやだかわいい」

 

 俺が見ていることに気づいてか、マレットラビットがこっちを見て鼻をヒクヒクさせた。

 何を考えているのかは知らんが、大丈夫だぞ。俺は優しいギルドマンだからね。

 その猫じゃらしみたいなのは好きに食っていいぞ。俺たち人間にとっては食い物じゃないからな。

 ……こうやって食性の棲み分けが出来ていれば、俺とお前は仲良く暮らせるかもしれないのになぁ……。

 

「あ、マレットラビットだー。えいっ」

「ブギュッ」

「ぁああああああ!」

「ええっ!? なになに、どうしたのモングレルさん!?」

「……いや、なんでもない……なんでもないんだ、ウルリカ……良い狙いだな、よくやった……」

「そ、そう? なら良いんだけど……」

 

 マレットラビットは頭部をさっくり貫かれ、即死していた。

 ……ま、まぁあれだな……痛みを感じる間も無く逝けたってことで……な。

 

 

 

「いやー、でもあれだな。内臓取って皮剥いだらもう肉だな」

「? それはそうでしょ。まぁ食べてもあんまりお腹膨れないけどねー。毛皮はどうしよっか」

「ウルリカが獲ったんだから好きにしろよ。マレットラビットのはそこそこ売れるんだろ?」

「そうだねー。手袋とかに人気みたい。買うとすごい値段するけど」

 

 一瞬愛着の湧いたマレットラビットだったが、肉になってしまえばもう飯扱いだ。

 適当にサクサクと切り分け、塩をかけて簡単な焼き肉にしていただく。これが今日の朝食兼昼食だな。

 

「やっぱり脚が引き締まっててうめぇな」

「うんうん。普通のウサギより食べ応えがあっていいよね」

「酒欲しくなるな……」

「あ、ライナから聞いたんだけど、コーンウイスキーってやつ? あれ美味しかったんだって?」

「おお、シーナから飲ませてもらったよ。そこそこ良かったぜ。ウルリカは飲まなかったのかよ」

「私はパスしたー。ウイスキーって辛くて苦手だし」

「慣れたら良いもんだぞ?」

 

 小さなウサギはあっという間に骨になり、完食してしまった。

 この後は魔物を探してみて、いたら狩るっつー流れになるかな。

 

「水場はちょっと荒れてたから、そっち一緒に見回ろうよ。近くの魔物が使ってそうな感じがするし、モングレルさんいた方が万全かな」

「おう、任せろ。……水場は汚れてたか?」

「流れがあるから汚れてはいないかな。ただ真新しい足跡が多いのと、泥の跡が残ってるのが気になるね」

「泥ってことはクレイジーボアか」

「多分ね。ただ泥の方は古めだから、もう移動してるって可能性もあるけど……」

 

 自然界のものだから、どうしても水場は人気になってしまう。

 どんな動物でも水は飲むからな。周りに魔物が出現してもおかしくはない。

 

 

 

 ウルリカと一緒に川のある方面へと歩いていく。

 やや離れていて不便だが、魔物が集まる危険地帯であることを考えるとこのくらい遠い方が作業員にとっては安全だろうな。

 

「ディアの糞がある。けど、古め」

 

 道中、ウルリカは魔物の痕跡を次々に指差しながらフィールドの情報を暴いていく。

 まるで鑑識みたいだ。ちょっとカッコいいなと思う。スキルでもなんでもないし俺にもできるとは思うんだが、何年経ってもここまでプロっぽい判断力を培える気がしない。

 

「この樹皮はツノの跡、向こうまで下草が食べられてる……けど、やっぱ古いね」

「いるのはディアとボアか?」

「うん、でも両方とも古い痕跡ばかりだからなんとも。……モングレルさん、試しにちょっと声で誘き寄せてみる? 好戦的なのが縄張りにいれば近寄ってくるかも」

「ああ、いいぜ」

 

 どちらかといえばその方が俺にとって得意なやり方だ。

 魔物は人を襲うから、わざと声を上げて呼び込み、狩る。慣れたもんだぜ。

 

「うぉ〜い、ここの土地全部まっさらな駐車場にしちまうぞ〜」

「あはははっ」

 

 バスタードソードでベンベンと木の幹を叩き、大声を出す。

 これをやれば大体の魔物は切れて襲いかかってくる。

 前世のクマとかならこれで逃げていくんだけどな。魔物って不思議だよな。

 

「んー、来ねぇな」

「……いや、来てるよ。音がする」

 

 マジか、全然わからないんだが。

 

「結構大きい……うわ、二本足だ、何か来るよ!」

「ええマジかよ、オーガか? ゴブリンか?」

「向こうの茂み奥! “弱点看破(ウィークサーチ)”!」

 

 ウルリカがスキルを発動するのに合わせ、前に出て剣を構える。

 その頃になってようやく俺にも足音と茂みを強引に掻き分ける音が聞こえてきた。

 

 なるほど確かにデカい。バキバキと枝葉を破って歩いてくる気配……。

 

 やがて茂みの向こうから見えてきたのは、大きな一つ目だった。

 

「サイクロプスだ」

「わぁーお、結構な大物だね……あれ? でも痩せてるね」

「……ああ、本当だ。すげえ痩せてる」

 

 藪の向こうから現れたのは、何日も絶食したかのようにガリガリに痩せ細った貧相なサイクロプスだった。

 以前ライナと一緒に遭遇した個体と比べると、威圧感も脅威も雲泥の差である。

 

「フゥー……フゥー……!」

「なんか、走ったら逃げ切れそうだな。既に死にかけだ」

「ね。病気してるのかな、目もうっすら濁ってる……モングレルさん、仕留めちゃって良い?」

「ああ、良いよ。やっちまえ。俺は剣を汚したくねぇ」

「だね。けど死体埋め用の穴は用意してくれる?」

「それくらいならいくらでもやってやるさ」

 

 多分こいつは食いっぱぐれた個体だったのだろう。狩りをしても獲物が見つからず、食べられるものも近くになく、巨体を維持できないまま死にかけているのだ。

 そりゃ3m近い巨体だしな。維持するにも相当な飯がいる。飯が無けりゃ相応に弱体化し、死にかけるのも当然だろう。

 実を言うとこういったコンディション最悪の人型魔物はそこそこ見かける。こいつらも苦労してるんだろうな。労ってやることはできないが。

 

「ごめんね、呼び出しちゃって。“強射(ハードショット)”」

 

 詳しい描写は避けるが、病弱なサイクロプスはウルリカが腹目がけて放った弓矢の一本で絶命した。

 

 本当なら物音を立てた俺たちを食って再起を果たすつもりだったんだろうが、残念だったな。

 

「目玉の回収やだなぁ……病気になりそう……」

「軽く燻しておくと良いぞ。日が空くと腐るしな」

「だねー……」

 

 結局、この日の水場周辺の哨戒はサイクロプス一体との遭遇で終わった。

 ひょっとするとここはサイクロプスの狩場で、近くにいた魔物たちも全てこのサイクロプスに狩り尽くされた後だったのかもしれないな。

 

 


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