小屋でまた香を焚いて寝て、翌日。
今日は作業員が小屋に入る日なので、俺たちはここを明け渡すための最終確認を行う。
といっても、最大の障害になり得たであろうサイクロプスはもういない。
結局あのサイクロプスはディアだかボアだかに反撃された時の傷が化膿し、それが原因で弱っていただけだった。あるいはもうちょい飯を食って体調を整えれば復活したのかもしれないが、運悪く弱っていく一方だったと。
おかげで小屋周辺が楽にさっぱりしたわけだが、俺としては食い甲斐のある魔物の相手をする方が良かったぜ。
「マジでやるの?」
「うん。一応、護身用としてね?」
今、俺とウルリカは片手に木の棒を持って向き合っている。
長さはショートソード程度の短いもの。
正直護身用と言うからには普段持っているサイズのナイフで練習する方がためになるとは思うんだが……ウルリカがこうしたいと言うのであれば仕方ない。
「剣術の練習ならアレックスに聞いた方が良いんだけどな……」
「いいよ、かるーくやってみるだけなんだからさー。別にこういう系のスキルが欲しいわけでもないしね」
ウルリカが言ってきたのは、剣術の練習相手になってくれないかって話だ。
いざ敵に近付かれた時、弓以外が使えないのでは困る。なので、簡単なもので良いから何か技を教えてくれとのことである。
そうは言われても俺だって我流なんだけどな。
まぁ素人が適当にブンブンするよりはマシだとは思うけども。
「よーし、じゃあ初心者向けソード講座。まずは自分の弓が使えなくて近くにあるのがショートソードしかなかった時編」
「わーい」
「基本的に素人が剣使ってもどうにもならんから、小賢しい剣術は諦めとけ」
「ええええ!?」
驚かれても困る。付け焼き刃って言葉も生兵法って言葉もあるくらいだ。中途半端に聞き齧って無意味な自信を持つよりは別の逃げる手段とかを模索した方が良いよ。
「何かしらは覚えたいよぉ。私の弓じゃすごい遠くの相手には対応出来ないし、近付かれる危険もあるからさぁ」
「まぁそうだろうけどなぁ……じゃあ基本な? 基本の構えを教える。相手が剣を持ってなくて、こっちがリーチに余裕ある時の構えな」
そう言って俺はショートソードに見立てた棒を頭上に掲げ、構えた。
「おおー……? 変わった構えだね?」
「相手より先に届く場合は、上から思い切り振り下ろす。これを意識すりゃ良い。相手に走っていって、思い切り叫びながら全体重を掛けて打ち下ろす。で、一撃でぶっ倒す。これだ」
「すごいシンプル!」
「シンプルなのが一番強いからな」
試しに俺が構えたまま、ズサササと走りつつ木に向かって打ち込んでみる。
「キェエエエエッ!」
「あははは! ゴブリンみたい!」
叫びつつ木に向かってバシーン。で、たったか走って通り過ぎると。
「ふう、まぁこんな感じだな。一撃に全力を込めてやるわけだ。さっきの叫びもわりと真面目に必要だぞ? 声で相手を萎縮させるのと、自分を奮い立たせる効果がある。慣れてないうちほど声を出した方が良い。ゴブリンになった気持ちでやるんだな」
「……ゴブリン、ゴブリン……」
理屈っぽい説明を聞くと一応納得できたのか、ウルリカは棒を構えて再現し始めた。
「キャーーーッ!」
いやまぁゴブリンっぽくはあるけど、どっちかっていうとゴブリンに襲われてる女の悲鳴って感じかなぁそれ……。
「はぁ、はぁ……ど、どうだった今の!?」
「よし、まぁいざという時が来なきゃ良いな。できれば使わずに逃げることを考えた方が良い」
「……わかってますぅ、私がこういうの向いてないのは!」
うん、向いてなさそうだわ。振り方も全く様になってなくて驚いたもん。ウルリカに示現流は早かったみたいだ。
「じゃあ本命、こっちを覚えよう。こっちはナイフでもできるやり方でな」
「なになに?」
「まず剣、というかナイフを腰だめに構える。で、この時刃は上向きにする。その後相手を見て、さっきみたいに叫びつつ突っ込んで……腰をぶつけるように刃を敵に、こうぐっと押し込む」
「……うわぁ」
これぞ最強近距離攻撃。由緒正しい刺殺タックルだ。
良い子も悪い子も決して真似してはいけない。
「刺して相手が怯んだら後は捻るなり何度も刺すなり好きにしろって感じかな。相手が油断してる時とか後ろ向いてる時にしか使えないから気をつけろよ」
「……なんだかすごい、暗殺者っぽいやり方だね……」
「人間相手の刺し方だからな」
手を伸ばして刃物をブスッと刺すより、タックルの衝撃を使って刺すというのがミソだ。これだけで致死率が上がるぞ。
「一応練習しなくちゃ……ふーっ、ふーっ……」
「そうそう、集中して構えて。試しに俺に打ち込んでこい。これ木を相手にやると普通に怪我するからな」
具体的には腰だめに構えた枝が自分にブッ刺さるので危険。
「じゃ、じゃあいくよモングレルさん……」
「おうどんとこい! 声出していけ!」
「声……も、モングレルさん……モングレルさんが、悪いんだからぁああああっ!」
「うわっ」
なんかすげぇ迫真の叫び声と共に、ウルリカが俺に突進し……木の枝が腹に食い込んだ。
もちろん強化をしているのでダメージは無い。無いけども……。
「う、ウルリカ……何故……こんな……」
「ハァッ……ハァッ……! モングレルさん……ご、ごめんね……こうするしかなかったの……」
「が……ま……」
パタリ。腹に枝をブッ刺した(ように手で抑えた)まま俺は倒れた。
「え、えええ!? これはどういうことですか!? 何故先に小屋の保全にあたっているギルドマンが……な、仲間割れを!?」
「こ、殺したのか!?」
「マジかよ……!」
あっ、やべぇ! いつの間にか作業員の人来てるじゃねえか!
「えええ!? ち、違うの違うの! これはそう、ただの練習で……!」
「練習……そのために一人を……!?」
「本番は何人やるつもりなんだこの女……!」
「ウボァー」
「うわぁ! 刺された男が起き上がったぞ!?」
「アンデッドか!?」
「モングレルさん真面目に誤解といてよぉ!」
その後、俺とウルリカは必死に説明し、どうにかして誤解をといたのだった。
ややこしいことしてマジごめんなさい。
「結局近付かれたら難しいってことがわかっただけだったなぁー……」
「そういうもんだろ。むしろ近付かれても弓を構える気概があった方が良いかもな」
「人間相手にしか成り立たない使い方ばっかりだったしねぇ、モングレルさんの……」
俺たちはやってきた作業員の人達に小屋を引き渡し、無事に任務完了となった。
作業員の人達はこれから何日かにわたって作業小屋に籠り、付近の細木やこの辺りでしか採取できない素材の収集に勤しむようだ。
顔合わせはすげーややこしいものを見られてしまったが、任務自体は真面目にやってたので諸々を確認してもらい無事クエストクリアである。
今俺とウルリカは帰路についている。
また一泊だけ野宿して、翌日レゴールに帰着ってところになるだろうな。
「ライナも二つ目のスキルを手に入れたし、私も三つ目欲しくなってきちゃったなー。私の三つ目なんだろ?」
「ウルリカは威力系になりそうだな」
「ねー、みんなそう言う。私はもっと器用なスキルが良いんだけどなぁ……」
いやー、でも鏃を換えて散弾銃っぽい攻撃も出来るのは十分器用だと思うんだけどな。
「モングレルさんのスキルってどんなの? あ、聞いちゃダメなやつかなこれ……あはは」
「そうだな、人にスキルを聞くのは良くないな。一方的に俺がウルリカのスキルを知っているようでこっちも悪い気はしてるが、さすがに簡単には言えない。悪いな」
「ううん、いいの。ごめんなさい」
俺のスキルに関しては言えない。全く言えない。
方便はあるけど説明は最初から拒否するしかないのだ。マジですまん。
「代わりと言ったらなんだが、今度俺のとっておきの装備を見せてやろう。足用の防具でな……」
「ええ……いいよそれぇ。どうせまた変なのでしょ」
「いやそこそこ使われてるし有名なやつだから多分。結構便利なんだぞ。自分でレザークラフトする時に使ったりもするしな」
「防具の話?」
「防具の話」
「いやー全く読めないなぁ……」
履き心地が悪いから靴として使った回数がすげー少ないけど、出来自体は良いはずだ。
ギルドで見せびらかすのも良いかもしれん。
「……じゃあ、今度モングレルさんの部屋で……マッサージしてもらう時とかに、見せてもらおうかな」
「あ、それ本気だったのか」
「冗談だったの!?」
「いやいや、別にやってくれって言うならやるけどな」
「……そ。じゃあ今度遊びに行くから」
ウルリカはにやりと微笑んで、森の道を走っていった。
土の上の枯れ葉がワシャワシャと鳴り、離れてゆく。
「おいおい先走るなよ。どうせ今日は一晩野宿だぞ」
「置いてっちゃうよー!」
「……やっぱまだまだ子供だな」
「大人だから!」
おっと聞こえてた。
……でもまぁ、20歳前だしな。俺からすりゃまだまだ子供のうちよ。