俺は久々に黒靄市場を訪れていた。
徴兵もあって金がねーって感じでは全く無いのだが、何も物を売ってないというのも味気ない。
ケイオス卿として地道に生活のクオリティを高めるアイテムをばら撒いてはいるが、そういう道具は確実に売れたり流行るものを厳選しているからな。
ちょっとした変わり種とか地味な発明品はそういうわけにもいかない。そういう物に関しては、俺が発明しましたってことにしてるわけ。
誰からも妬まれない、強引に横取りもされない。そんくらいのバランスの発明品だ。まぁ仮にパクられたとしてもそれはそれで良いしな。
そんなわけで、いつもメルクリオが露店を出してる場所までやってきたのだが……。
「おいおいどうしたんだメルクリオ、その顔」
「ああモングレルの旦那、久しぶりだな。いやこれはちょっとね。この前の戦争の時によその若い奴らに絡まれてな。殴られちまったんだよ」
「マジかよぉ」
久々に会ったメルクリオの顔には、包帯が巻かれていた。
メルクリオの髪は薄い色の金髪だ。これは銀髪に次ぐサングレール人特有の髪色で、レゴールではなかなか悪目立ちする。そういう意味じゃハーフの俺よりも風当たりは強いだろう。だからこそメルクリオは黒靄市場で商売せざるを得ないのだが……。
「まぁその日にすぐポーションで治したんだがね。ほら、この包帯も付けてるってだけで下はもう無傷だ。けど高い薬で治したってのがバレると面倒だからよ、覆ってるわけさ」
「あ、なら良かった。いや良くはねぇけど」
「戦争中はピリピリするからなぁ、腹は立つが仕方ねえ。必要経費と思ってるよ」
メルクリオは明るく笑ってみせた。たくましい商売人だ。
「まぁそういうこともあったからな、薬代くらいは稼ぎたいわけさ。モングレルの旦那よ、何か良い商品は持ってきてないかねぇ」
「あー……この流れでメルクリオに見せるのは申し訳なさが来るんだが……はい、孫の手」
俺が差し出したのは一見すると
「なんだいこれ」
「背中掻けるぞ背中。ほら、ポリポリーっとな」
「……うーん」
やって見せて孫の手を渡すと、メルクリオは気が乗らなさそうな顔で受け取り、背中を掻いてみせた。
「うーん、うぅーん……」
「どや」
「まぁ使えないでもないかなぁ……けど高値じゃ売れないだろうなぁこれは」
「ですよねー」
こんな孫の手なんてどこでも作れるだろうしな。
買う側も馬鹿じゃないからそんな高い金は出さんだろう。今金が欲しいメルクリオにとってはちょっとマッチしない品になるか。
「ああそうだ、モングレルの旦那。例の洗濯板はすっかり真似されちまってな、あれではもう稼ぐのは無理そうだ。出来そのものは旦那が作ってくれた物の方が良さそうだったがね」
「おー、そりゃ残念だ」
「あまり残念そうじゃないぜ旦那」
「ああわかる? あれ自分で作ると鼻が木屑まみれになるからな。あまり気は進まなかったんだよ」
「へぇ。……ああ、でもあれだ、モングレルの旦那が作った折り畳みのナイフな。あれ一個売れたよ」
「え!? あれ買うやつまだ居たのか!」
「戦争ンなる前だな。どことなくだが、偉そうな人だったね。だから金払いも良かったのかもしれんね」
「マジかぁ、物好きだな」
俺の何徳か死んでる十徳ナイフがこの期に及んで売れるとはな。
街に人が増えると謎の買い物してく人も増えるんだろうか。
「こっちの事情もあって悪いが、次はもっと高く売れそうなもんを持ってきてくれると嬉しいぜ。前のいかがわしいようなやつでも構わないぞ? あれはなかなか良い金になる」
「いかがわしい道具なぁ……性は商品になるとはいえ、俺のブランドに傷がつくからなぁ」
「気にしすぎだぜ旦那。傷つくほどの看板は掲げてないだろう?」
まぁ俺がモングレルとして掲げてる看板なんて、長年泊まってる“スコルの宿”の看板くらいしかないもんな。その人様の看板ですらボロっちいのだが。
あの看板もなぁ。剥がれてどっかいった花弁の飾り、修理しときゃいいのにな。時間ねぇのかやっぱ。
「おや? モングレルさんじゃありませんか。お久しぶりですねぇ。近頃来られてなかったので心配してたんですよ?」
「やぁケンさん。今日もタンポポ茶を飲みに来ましたよ」
「ぬふふ、お菓子も是非どうぞ。今日のは卵をたくさん使った美味しい焼き菓子ですよ」
久しぶりついでに、ケンさんのお菓子屋にも顔を出した。
が、久々に来るケンさんの店は前に来た時よりも明らかに内装が豪華になっている。高価そうな調度品が増え、椅子も安っぽかったものが高級感あるしっかりした造りの椅子になっていた。
「調度品を良くした甲斐がありますよ。これだけで色々なお客さんが喜んでくれますからねぇ」
「儲かってるなぁケンさん……我ながら恐ろしい才能の持ち主に手を貸してしまったぜ……」
「いやぁ、私の作る菓子は世界一ですからねぇ。ぬふふ」
タンポポコーヒーをもらい、ちびちび飲みながら卵ボーロじみたお菓子をいただく。
バニラエッセンスも使っていないのに何故か美味い。普通のボーロとは違うけどこれはこれで美味しいわ。
やっぱり甘いものはいいねぇ。
周りを見ると、昼間だからか客が多い。席は半分以上が埋まり、もう店の経営は軌道に乗ったんだなと思わせる雰囲気だ。
「なぁケンさん」
「はいはい、なんでしょう」
「店とかでさ、こういう時あったら良いなーって道具、無い?」
「道具ですかぁ。私はどんな道具を使っても美味しいお菓子が作れますので、現状特に欲しいものはありませんねぇ……」
「えー、本当?」
「本当ですとも。強いて言えば、窯の温度管理くらいですかね?」
「窯となると簡単には出来ねぇなぁ……」
ケンさんはすっかり今の道具によるお菓子作りに慣れきっているが、もっと効率良くする道具はあるはずなんだよなぁ。ケンさん自身、まだそういう道具と出会っていないから気付いていないだけでさ。
まぁ焼き窯の方は流石に俺でもどうこうできないが……。
「そうだ、こういうのはどうだケンさん! 金属製の針金を曲げたやつをこう、四本を丸くするように並べて取っ手をつけるんすよ。それがあれば卵を掻き混ぜるのが楽になると思うんですが……」
「……ふーむ? そういうものですかねぇ……?」
駄目だ、実物がないとイメージしにくいか。
相手がその道のプロだとしても、道具の案を出すだけじゃわかりづらいか。うーん。
……まぁさっさと作って現物持ってきた方が早いか!
「しょうがねえなケンさん。じゃあ今度その道具を持ってきてやるよ。きっと便利で咽び泣くぜ」
「そんなに劇的なものでしょうかねぇ……? まぁ、楽しみにお待ちしておりますよ。モングレルさんのアイデアは当たりますからね、ぬふふ」
と、ケンさんに期待されたはいいのだが……ふと気付いた。
泡立て器の需要ってあんまり無いんじゃ?
いやいや、何もあれは卵だけのものではないだろう。俺は他の使い方はあまり覚えはないが……まぁギリパン屋とか……粉物扱う店でも使われるかもしれないし。
やってみる価値はあるはずだ。うん。
「磨いた針金だぁ? モングレル、うちは金物屋じゃねーぞ! 鍛冶屋だ!」
「そういやそうだ。悪いね」
「たまにはうちに研ぎに出せ!」
「ああ。いつかな、いつか」
ジョスランの鍛冶屋に追い出され、金物屋に行って普通に針金をゲット。そういや俺前もここで買った気がするわ。忘れてた。
この世界、普通に針金があるのが地味にすげーなと思う。針金の他にグロメットとかもあるんだよな。
金属が稀少だからそれを有効利用する加工法がわりと発達しているんだ。そこらへんはマジでありがたい。
自分の宿に戻り、買ってきた磨き済み針金を曲げて加工する。
使い勝手を考えてなるべく水洗いが楽になるよう、衛生的に……とはいえ限界はあるので頑張って綺麗にまとめておこう。
「一応出来たは出来たが……まぁ、ケンさんが使ってみてどうかって感じだな」
ケンさんが使ってみて不便だと感じたのなら諦めよう。
この世界じゃ洗い物で面倒になることもあるかもしれないからな。泡立て器は洗いにくいし、それ次第だ。
と、俺は結構心配しながらケンさんに渡してみたのだが。
「良いですねぇモングレルさんこれ! なかなか便利ですよぉ! 緩い生地作る時に最高じゃないですか!」
「あ、マジすか? 良かったー無駄にならなくて」
ケンさんは凄くいい笑顔でボウルの中の卵をジャカジャカかき混ぜている。その泡立て器の扱いたるや既に俺より上手そうなんだが。さすがプロはちげーわ。
「見てくださいこの泡立ち! いいですよモングレルさん! これは世界で売れますよ!」
「お、おおそりゃいいな。すげぇ喜びようだ……ありがとなケンさん。ケンさんがそう言うってことは大丈夫なんだろう。こいつはいくつか作って売り物にしてみるよ」
「良いですねぇー! 作ったらもう一つ買いますよ! ぬふふふ……!」
どうやらこの商品は上手いこと売りに出せるみたいだ。やったぜ。
値段がどんなもんかはわからないけども、幾つか量産してメルクリオに販売委託してみるかぁ。
まぁ即金になるかっていうと怪しいところだが、今話題のケンさん愛用とかなんとか言っとけば刺さる人には刺さるかもしれんしな。
「というわけでメルクリオ、新しい商品を持ってきてやったぞ」
「おおモングレルの旦那! それが新作のいかがわしい道具かい? これはまた……随分と凶悪な形をしているねぇ」
「ちげーよ!」