バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


ナイトオウルの来訪

 

 戦争も終わり、レゴールの街にも日常が戻ってきた。

 幸い、敵の侵攻による被害は極々軽微であり、いくつかの備えは使わずに済んだ。嬉しい誤算だ。色々と計算のやり直しは必要になったが、前向きな修正作業ほど気楽なものはない。

 それに、近頃は街の外れに美味しい菓子屋もできたのだ。

 貴族街の菓子屋が大慌てらしいが、それも納得の味である。以前聞いた所によれば、店主のケンという男は王都の菓子職人だったらしい。

 貴族街の菓子職人はかわいそうだが、私としては美味ければどこでも良しだ。

 

 ああ、廊下から忙しないアーマルコの足音が聞こえてくる。

 今まさにお菓子を食べたい気分だったのに、また仕事を運んできたのだろうか。

 もう少し主人を労ってはくれないだろうか。

 

 

 

「ウィレム様、来客にございます」

「うむ。どなただろうか」

「ナイトオウル・モント・クリストル様です」

「!? ええ、な、ナイトオウルが!? き、聞いてないぞ!?」

「私もでございます。馬に乗ったクリストル様がやってきた時は目を疑いました」

 

 しかも馬で!

 

 おいおい……勘弁してくれよ。いくら親しい仲だからってこっちにも貴族としての体裁ってものがあるんだから……。

 とにかく、早く身支度を整えなければ。今この執務室を見られるのは少々まずい……!

 

「そしてウィレム様。申し訳ございません。実は既に扉の向こうに控えておいでです。クリストル様が」

「えーッ!?」

「失礼するぞ」

 

 バーンと扉が開かれ、その男は私の許可もなくやってきた。

 

 2mを超える長身。ススキじみた細身。しかし上等な服の上からでもわかる、鍛錬を疎かにせず磨かれた肉体。

 どこか細長い顔と、フクロウのようにギョロッとした恐ろしい目つき。

 何もかもが私とは真逆の男だ。

 

「……ハァ。またかウィレム。仕事と菓子漬けの暮らしばかり……たまには身体を動かせと常日頃から言っとるだろうが」

「いやぁ……まぁ……たまに外には出てるよ? 街中に……」

「どうせお前のことだ、菓子を食いに出てるんだろうが」

「ははは……ま、まぁ座りなよ、ナイトオウル。馬に乗って来たなら疲れているだろう?」

「……やれやれ」

 

 彼の名はナイトオウル・モント・クリストル侯爵。

 ハルペリアの王都インブリウムで暮らすやり手の宮廷貴族であり……こんな私の、数少ない友人……でもあるらしい。少なくとも彼は、そう言ってくれている。

 

 

 

「久々に麾下の騎馬部隊の訓練に付き合ってな。ハービン街道を突っ切ってきた。よく道を整備してるじゃないか。おかげで旅程に余裕ができたぞ。こうしてここでワインも飲める」

「まぁ……道は整備しているからね。人が増えたから、手が回るんだ」

「必要な所に手を回せるのはひとつの才能だろ」

 

 せっかくナイトオウルが王都からやってきたので、長めの休憩に入ることにした。

 彼と話す時は仕事しながらというわけにもいかない。彼は“力を抜ける時は抜け”というのが口癖だから。

 

「ナイトオウル。私に“月下の死神”を遣わせたのは君だろう」

「さて、どうかな」

「あれは助かったよ。報せもそうだが……彼の訓練のお陰でうちの兵たちの練度が上がった。きっと戦場では役に立ったのだと思う」

「……なるほど、そういうことがあったのか」

 

 彼はあくまで知らぬ素振りでパイプをふかしている。

 “月下の死神”は機密性の高い部隊だ。誰の指示でどう動いているかを知られてはいけない。だから私と彼の仲であっても、明言はできないのだろう。

 まぁそれでも構わない。私の感謝が伝わってくれていればそれで良いんだ。

 

「王都はどんな様子かな」

「いつも通りさ。良くもなく悪くもなく。レゴールを目の敵にする連中も減ってはきたが、相変わらず商売人は疎んでいるな」

「……そればかりは私にはどうしようもない」

「だろうな。既にレゴールは周辺都市に十分に配慮している。騒いでいるやつは無能ばかりだ。言わせておけば良い」

「騒がれるのも嫌なんだけどなぁ……」

「伯爵になって何年だよ。もっとドンと構えろよ」

「無理だよ……いつまで経っても慣れる気がしない。胃が痛くなりそうだ……」

「お前はそんなに軟弱な胃袋してないだろ」

 

 ナイトオウル。

 彼との出会いは幼少の頃まで遡る。

 

 学園に通わなかった私は、常に屋敷に籠もって人と関わることがなかった。

 そんな中で、客人としてやってきたクリストル一家とは顔を合わせる機会が多かった。もちろんそれは私相手というよりは、私の兄達との顔合わせがメインだったのだが……それでも私にとっては、友人を得る貴重な機会だったのだ。

 

 ナイトオウルは昔から変わらない。

 今でもこうして颯爽と駆けつけてきては、引きこもりがちな私の部屋の扉を強引に開け、話しかけてくれる。

 ……良い友人を持った。本当に。

 

「それで、ナイトオウル。何か私に話があって来たんだろう? ただ騎馬部隊の訓練に付き合うほどそっちも暇じゃないはずだけど……」

「ああ、まぁそうだな。……いや、話は用意してたんだがなぁ。これを言うのが少し……もうちょっとクッションを置いて話したいというか」

 

 珍しいな。ナイトオウルがこれほど躊躇するとは。

 それほど気が進まない話なのか。……いや、私の方が気が進まなくなる提案をしているのだな。

 

「ああ、なんとなくわかった……ケイオス卿絡みの話だろう? ナイトオウル」

「……あーいや、まぁそれも無いではないんだが……」

 

 おや、違うのか。てっきりその方面での交渉や取引を持ちかけに来たのかと思って身構えていたのだが。

 

「話というのはだな、ウィレム……うちの妹と結婚してもらえないかという話でな……」

「…………は? 結婚? 妹?」

 

 妹。クリストル家は大所帯だ。しかし家族構成は頭に入っている。

 ナイトオウルの妹と言えば何人もいるが、その中で結婚や婚約をしていない妹は……該当するのは一人しかいない。

 年の離れた末っ子。うちの次兄とも婚約していたが、死んだことで“呪い”などと不名誉な仇名を噂されてしまったかわいそうな子……。

 

「末妹のステイシーだ。お前も昔は顔を合わせたことがあっただろう? 婚約した相手が亡くなったせいで未だ嫁げないままでいるし、変わり者の妹だが……あいつが、お前に興味を示しているようでな」

「え、えええッ!?」

「おう、元気だな」

 

 思わず席を立ってしまった。

 ど、どど、どうしよう。どうしようどうしよう。

 

「わ、罠かい!?」

「……失礼な奴だなとは言わないでおこう。まぁ、お前からすりゃ確かに寝耳に水だろうしな……」

「いや、私も、私としても、レゴールとしてもありがたい話ではあるけども……! ナイトオウル、ステイシーさんの気持ちを蔑ろにするのは酷いだろう! よりによって、私相手だなんて……」

「卑下するな。貴族だろ」

「あ痛っ」

 

 ナイトオウルの長い脚による蹴りが頭に飛んできた。

 いてて……久々にやられたなこれ……手加減はしているんだろうけど、暴力は反対だよ……。

 

「今をときめくレゴール伯爵が未婚なんだ。そういう話は山ほど来ているんだろ」

「……まぁ、それはもう、本当に山ほど。断ってるけど……」

「もっと自分に自信を持てよ……お前がそうやって独り身でいるから、周りも態度を決めかねてヤキモキするんだろ。常識的に考えて……」

「……女の人が怖いんだよ」

「……今更すぐに直せとは言わないがな。そうも言ってられん歳だろ」

 

 私は女性が苦手だ。男だって苦手だけど女はもっと苦手だ。

 私よりも背の高い女性に嘲笑われるのも、嫌そうな顔を必死で堪えて見合いをされるのも……色々と、嫌なんだよ。

 

「ああ、それとさっきのな。ステイシーがお前に興味を持っているという話……あれ別に嘘じゃないぞ。どうもステイシーが最近雇った親衛騎士が面白い奴らしくてな。ステイシーはよく周りの奴と話をするのが趣味なんだが……名前はブリジットだったかな。その女騎士がよくお前のことを褒めているから、興味を持ったんだと」

「ブリジット……ああ、ブリジット・ラ・サムセリア。そうか、彼女がステイシーさんのところについたのか……」

 

 驚いた。こんな縁の生まれ方があるなんて……。

 確かにブリジットという女騎士は知っている。彼女達騎士団と話すこともあったし、忠誠心が高いことも覚えている。彼女は実直で、とても真面目な騎士だった。

 ……一時期はどうなるかと思ったけど、王都でも上手く仕事をしているようでなによりだ。……いやそれよりも。

 

「そ、その……ステイシーさんは、怖くないのかな。うちの次兄と婚約して、兄は亡くなっただろう? それで次に私が死んだらまたいらぬ噂が出回るんじゃ……」

「いやお前な……それはお前が心配することじゃないのか」

「だってあんまりだろう? 次兄が死んだのは……呪いなんかではない。だというのに呪われた令嬢だなどと噂されて……その上またレゴールである私と結婚だなんて……」

「あいつはそんなこと気にしとらんよ。それにな、そう言うくらいならお前が証明してやってくれりゃ良いだろう。呪いなんてものは無かったんだと、お前がステイシーを幸せにすることで証明すれば良い。違うか?」

 

 ……参ったな。いやぁ参ったなぁ。困るなぁ……。

 

「……あ、あの。ナイトオウル。それでもいきなりはアレだから……ひとまずお茶会からということで……どうだろう……」

「んー……」

 

 パイプをくわえたまま、ナイトオウルの眉間の皺が深くなる。

 

「まぁ、お前にしては前向きか。その答えで満足しておくよ」

「……ああ、緊張で震えてきた。ど、どうしよう」

「早い早い。……こりゃ重症だな。お茶会を挟んで正解かもしれん」

 

 女の子とお茶会……しかも相手は、ステイシーさん。

 昔は遠くから見ることしかできなかったあの……可憐な子。

 

 ……今は一体どれほど綺麗になっているんだろう……なんて思いもあるけれど。

 

 それ以上にやっぱり怖いよ。どうしよう……。

 王都の女の子はどんなお菓子を食べるんだ……!?

 


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