まず、ヤツデコンブを適当なサイズに切る。
目安はそうだな、だいたい2cm角ってとこかな。
それを陶器製のカップに入れて、塩をひとつまみ。……もうひとつまみ。まぁこれはお好みで。塩味濃いめのほうが俺は好きだな。
で、あとはここにお湯を注いでしばらく待つだけ。すると……。
「ふぅ……梅は無いけど、まぁ大体梅昆布茶だな」
昆布茶の完成だ。すげー落ち着く味がする。
このね、塩味が効いてるのがまた良いんだ。お茶ってよりはスープに近いんだろうが、俺にとってこの味はお茶だね。
ここに梅を入れれば梅昆布茶になるんだろうけど、肝心の梅がない。プラムはある。もちろんプラムじゃ無理だろうからやろうとは思っていない。てか酸っぱけりゃ良いってもんでもないだろうな。梅っぽい風味……何を入れたらいいのやら。
個人的にこの味で満足しちゃってるとこあるから特に改善はしねぇかなぁ。
「でも多分売れるかって言うと売れねえんだろうな……」
以前湖に行って作った昆布だしの評判も、“アルテミス”では賛否が分かれていた。
というのも、確かに出汁は出ていたのだがこういう海藻特有の生臭さみたいなものに慣れていないせいで駄目だったんだと思う。多分慣れとかそこらへんの問題なんだろうけどな。
ま、こういう地域性のある飯なんてもんは俺のエゴで広めたって意味はない。
世間に受け入れられないなら俺だけが楽しめればそれでいいさ。
「モングレルさーん、ちょっと良いー?」
宿で昆布茶を飲んでまったりしていると、扉向こうの女将さんから声を掛けられた。
なんだろう。また何か力仕事でも任されるんだろうか。
「ほいほい、なんすか」
「あら、休憩中? 邪魔して悪いわねぇ。モングレルさんに頼みたいことがあったんだけど」
「ああ別に大丈夫ですよ。暇してるだけなんで」
よく見ると女将さんの後ろで末っ子のタックが女将さんのケツをばしばし引っ叩いていた。何やってんだお前。俺も大概だけどお前も暇そうにしてるな。
「ほら、今日って
「あー、そうか今日お祭りでしたっけ」
「まぁ駄目よモングレルさん、独身なんだし普段からもっと色々な服着なくちゃぁ」
「ハハハ……」
衣祭りとは、ハルペリアにおけるちょっとしたお祭りだ。
いや、お祭りっていうと少しあれだな。実態は古着市みたいなものだ。
ドレスを着飾った貴婦人の肖像として描かれることの多い月の神ヒドロアは、衣装持ちの神としても知られている。
日ごとに忙しなく満ち欠けする月を見た昔の人々が、月の神様にそのような性格を見たのだろうか。ヒドロアは常に新しい服をとっかえひっかえして着飾ることに余念がなく、彼女の周りには常に美しい端切れが舞っているのだという。
この祭りはその美しい端切れ、つまりは反物や服などを皆で交換し合おうというお祭りだ。しかしさっきも言ったが神事みたいな堅苦しいことは一切なく、店や個人なんかが古くなった服や人気のない服を放出するバザーみたいな行事として親しまれている。
初日なんかは貴族が使ってた豪華な古着なんかも売られるので、その時はなかなか華やかで人気である。けどそこから翌日になってしまえば後は平凡なよくある古着市って感じだな。
この世界の、少なくともハルペリアの人々は結構着飾るのが好きだから盛り上がるイベントではある。俺はそこまで興味ないからアレなんだが。……まぁ今はちょっといい感じのズボンが欲しいくらいかな?
「モングレルさんが忙しくなかったらで良いんだけどねぇ、そこでうちの部屋で使うベッド用のシーツを買ってきてほしいのよぉ。ほら、そろそろシーツ替えたいでしょ? でも何枚もとなると重いし忙しくてねぇ」
「あー」
「だからちょっと何枚かまとめて買ってきてもらえない? お金は出すから。ほら、モングレルさんの部屋のシーツも替えたいしねぇ」
「まぁ俺の部屋のこと言われたら確かに……わかりましたよ。何枚くらい買ったら良いすか?」
「五枚までお願いね。白くて綺麗なの選んでちょうだい。汚いのは嫌よ?」
「はいはい、わかりました」
スコルの宿も娘のジュリアが手伝っているとはいえ、人手が足りないからな。こういうおつかい事になると結構いつも不便そうにしているんだ。だから俺が手隙の時はよく手伝いを引き受けている。
まぁ部屋に私物を滅茶苦茶置きまくってるし、半分以上賃貸になってるからな。家具の固定とか改造とかやりまくってるもんでどうしても女将さんには頭が上がらない。日頃世話にはなってるし、力になれる時は手を貸すつもりだ。
「こらタック! 暇なら洗い物手伝いな!」
「いでででででで!」
「んじゃ、行ってきまーす」
「はぁい行ってらっしゃーい」
ほっぺを抓られてる末っ子を横目に、祭りをやってる広場へと向かうことにした。
「おー、今年は結構出てるんだな」
数年前はこの衣祭りも結構地味めなイメージがあったんだが、今年は随分と賑やかだった。
交易も活発になったし、衣類も沢山運ばれているからだろうか。前はどっかで見たなーって感じの服がちらほら目についていたんだが、今年はまた印象が違う。
「大きめのシャツあるよー、腹出てても入るよー」
「おいそこの人、あんまりベタベタ触らんでもらえるか?」
「色付きボタン二十個入りだよぉ」
「刺繍用の飾り糸安売りしてますよー!」
広場には各所に店が出て、布やら糸やらボタンやら、様々な衣類用品が沢山売られていた。
もちろん出来合いの服もたくさんあって、特に女物の売り場は非常に活気に満ちている。
この世界じゃ出来合いの服もなかなかサイズが合わないから、買った後もこまめに裾直しやサイズ直しをするんだよな。けどここまで沢山の服があれば、買ったそのままで使える服も多いだろう。その手軽さを考えると、なるほど賑やかになる理由もよくわかる。
「おや、モングレルじゃないですか!」
「マジっスか? あ、ほんとだ。モングレル先輩ー」
「おー、なんだなんだ。モモにライナか」
頼まれていたシーツそっちのけでふらっとウィンドウショッピングに興じていると、衣紋かけの向こう側にいたモモとライナから声をかけられた。なんとなく珍しい組み合わせだな。
モモは母親譲りの眠そうな目。ライナはデフォルトでジト目。背丈も近いこともあって、並んでいると姉妹っぽく見えないでもないペアだ。まぁライナの髪は青だしそこまで似てはいないんだが。
「モングレル先輩も古着探しっスか」
「いや、俺は宿の女将さんから頼まれてベッド用のシーツをちょっとな。二人は?」
「もちろん服探しですよ! あっ!? いえ違います! 私はローブの下に着込める便利なシャツを開発するための材料を集めているんでした……!」
「良いじゃないスか普通に服探しで。私はなんか安くて良い感じの探してるとこっス。モモちゃんともさっきそこで会ったんで、一緒に見て回ってるんスよ」
「私はあくまで材料探しですから!」
モモがなんか色々言ってるけど二人も服を見て楽しんでいるところらしい。
やっぱ女の子してるんだな。ライナもこういうことに興味があって良かったわ。もっと色々と可愛い服を着なさいお前は。
「モングレル先輩も新しい服とか買わないんスか」
「おー、まぁズボンとかは欲しいかなって思ってるんだけどな。けど無かったら無かったで別に良いかなって感じだわ」
「ギルドマンの男の人ってみんなそうですよね。なんでそんなに服に無頓着なんでしょう」
まぁ着て快適なら良いかなって感じではあるからなぁ俺は。この世界じゃ快適性を求めるだけで全部終わっちまうんだよ。
下手にデザイン凝りすぎたり高い素材使ったりしても金持ってると思われて厄介だしさ。レザーで装備を自作する時もわざと地味めに作ったりしてるぞ俺は。
「そうだ! モングレル、先程までライナにどのような服が似合うかを見繕っていたところなのです。モングレルも一緒に意見を出して下さい」
「え、いやぁー、私はいっスよ別に……」
「ほらこっちです! 秋と冬用のが売り切れる前に見て回りましょう!」
そう言い切って、モモは一人でつかつかと女性物売り場へと早歩きしていった。
……すげーなモモ。俺とライナの二人の意思を無視していきやがった。つーか結局服選び楽しんでるじゃんよ。
「……しょうがないから、モングレル先輩も一緒に付き合ってもらえないスか」
「ああ、付き合うよ。今年はいつもより賑わってるし、見てるだけでも結構面白いからな」
「っス」
そういう流れで、ライナを着せ替え人形にする買い物が始まった。
「うーん、ちょっとぶかぶかですね」
「っスかねぇ。中で装備を取り回しやすいスけど」
「装備のことは考えなくて良いんです!」
しかしライナくらい小柄でも冬用や秋用の人気の品は既に多くが買われていて、数が少ない。
残っているのは買う人がちょっとつかないくらいダッセェ物か、見た目は悪くないけど実用性にちょっと難がある物が多い。モモとしては意外とデザイン重視のようだが、ライナはあくまで実用性メインに考えているようで、着替えるたびに二人の意見が衝突してるのが少し面白い。
今着てるモコモコしたマトリョーシカみたいなシルエットのクロークも、ライナは気に入ってるけどモモからは大不評だしな。
「もっとおしゃれしようって話じゃないですか! モングレル、どう思いますこのダサい服!」
「いやー……俺もこれはこれで暖かそうだし良いと思うけどなぁ……」
「でもダサいもんはダサいですよ!」
いやまぁ確かにダッセェけど、店番してるおっさんが切なそうな顔してるからあまり貶すのはやめなさいよ。
「あーじゃあもう一旦実用性を考えずに選びましょう! モングレル、防寒具としての性能を無視して選んでみてくださいよ!」
「お前なぁ、ライナの好みも大事だろうよ」
「いや……その、モングレル先輩が選んでくれるならそういう服もちょっと興味はあるっス」
「えぇ? まぁライナがそう言うなら選んではみるが。任務で使うのは性能で選べよ」
「っス」
正直こう、女性物が並ぶところで服を漁ってると周りの視線が前世の女性向け下着売り場並に痛いんだが、付き合うと言ったのは俺だしな。ライナに似合う服を頑張って選んでみるとしよう。
「うーん、裏地がモコモコの……違うな。ロングスカート……これもちょっとイメージと違う……。実用性を無視してデザイン全振りならまぁここらへんは排除だろうが、まぁうーん……」
「意外と熱中してるじゃないですか、モングレル」
「っスね。っスよね」
ちみっこいとはいえ細い身体してるんだから、着ぶくれさせるのはちょっともったいない。それはそれで可愛らしくもあるんだろうけども。
本人の体格はともかくもう17歳なんだし、大人っぽい奴をチョイスしてみるか。
「……こういう感じでも似合うんじゃないか?」
「え」
「ほほー。な、なんだか大人っぽいですね」
俺が目をつけたのは冬場に着るにはまぁだいぶ厳しい露出度のトップスだ。
白い長袖ではあるが裾が短くへそが見えるような丈で、肩もちょっと出るタイプのやつ。これだけ着て外出てたら今の時期は間違いなく風邪引くだろうな。
けどデザインと作りはここらへんにある物の中ではかなり良い。目立った汚れもなく、眩しいくらいの白だ。多分、陳列されてるところが悪かったのとセクシーさの割にサイズが小さいのが原因だろうな。そのせいでこれまで売れ残っていたのだろう。
俺はあんまこういうの詳しくないけど、こう、ヒラヒラとレースついてるのも良いしな。名前はなんていうのかわからんけど。
「……モングレル先輩はこれが良いと思ったんスか」
「まぁ全然冬物ではないし、俺のセンスだからなぁ……」
「いや、これ買うっス」
「マジかよ」
「すんません、これ買いたいんスけど」
「はいよー」
俺の現代人としての感性も混じっていたから受け入れられるとは思っていなかったんだが、ライナは思いの外素直に即決した。
女の買い物は悩んだり比べたりが多くて長い印象があったが、男の買い物並みの迷いの無さだ。俺としては無限に繰り返される「どれがいい?」に付き合わされなくて良いのは嬉しいけど、本当にそれでいいのかお前。
「な……なんだか大人っぽいものを買いましたね、ライナ……」
「モモはあんな大人っぽいの着ないのか」
「大人だし着ますけど!? ……いや着ないです、持ってないです」
「勢いで嘘つくなよ……今度同じパーティーの奴らに見てもらえ。女連中も結構いるし、相談すれば色々教えてくれるだろ」
「むむ……むむむ……」
買い物を終えたライナがどこかほくほくした顔で品を抱え戻ってきた。
「あんましこういうの着たことないんスけど……私に似合うっスかね」
「ライナだったら似合うんじゃないか? この時期は暖炉のついた屋内でもないと寒いだろうけどな」
「……っス。あざっス」
けどまぁライナが気に入ってくれたなら良かったわ。服を選んでって言われて“センスない”とか言われたら悲しみに包まれるところだったぜ。
味覚では食い違うところの多いこの世界だけど、服飾の美意識が近いのは嬉しいもんだね。
「あっ、やべ。女将さんに頼まれてたシーツ買わないと」
「私も探すの手伝うっス」
「でしたら私も見ます。なにか便利なものがあるかもしれませんしね!」
「売り切れてるってことはねえよなぁ……?」
幸い、ベッド用の清潔なシーツはたんまりと残っていたのでおつかいに問題は無かった。
けど結構なお値段するんだな……びっくりしたぜ。やっぱり異世界の布地はたけーな。