宿の部屋を片付けている。
一応普段から誰が入り込んでも大丈夫なようにこまめに掃除したり整頓してはいるが、今日はこの部屋に来客があるからな。ケイオス卿絡みのアイテムが目に着くわけにはいかない。いつもより気合い入れてやっているところだ。
それに、あまり部屋に生活感が出てると客も落ち着かないだろう。
金を取る最低限の礼儀として、そこらへんは気を遣ってるわけよ。
「モングレルさーん、お客さんよぉー」
「うーわっ、モングレルさん女の人連れ込むんだ! うーわっ!」
なんか娘のジュリアが騒いでるが、どうやら客が来たらしい。
まぁここは宿屋なんでね。来客はフロントを通さないといけないから仕方ない。今回は事前に言ってあるから問題ないんだが。
しばらく待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
準備は整っている。
「入って、どうぞ」
入り口がやけにゆっくりと開き、奥から客人の姿が見えた。
暖かそうな上着を羽織り、どこか緊張した面持ちでやってきたのはウルリカだ。
「……来ちゃった」
「よう、待ってたぞ」
俺は椅子から立ち上がり、用意していたタンポポコーヒーをカップに注ぐ。
「モングレルさん……約束通りお金、持ってきたよ? だから、今日は……」
「わかってる。まぁせっかく来たんだ。まずはこいつを飲めよ」
タンポポコーヒーを差し出すと、ウルリカはおずおずと手を伸ばした。
「あっつい……」
「外が寒かったから余計にそう感じるんだろ。ほら、飲めって」
「……うぇー、苦い……」
「まだまだ舌が若いな、ウルリカは。ま、慣れればその味にも病みつきになるさ……」
「……全部飲まなきゃ駄目……?」
「好みもあるから飲みたくないなら残しても良いが……」
「……ううん、ちゃんと飲むよ」
一応味はそこまで苦くはしていないはず。熱さもある程度抑えてある。飲み頃のお茶みたいなものだ。
ウルリカも腹を決めたのか、カップのタンポポコーヒーを一気に飲み干した。
「……えへへ、どうー? 全部飲めたよ」
「よしよし。良くやった。……じゃあウルリカ、早速だが……その服、脱いでもらおうか」
「……うん。するんだよねー……これから……」
「ああ。今日はたっぷりとウルリカの身体をほぐしてやるからな……」
「ぁ……」
上着を取り去り、ハンガーにかける。
暑そうな冬物の上着を取り去ったウルリカは、夏場でも見ないような薄着姿だった。
「さあ、そこのベッドに寝ろ。尻をこっちに向けるように、うつ伏せにな」
「う、うん……でも、モングレルさん……あまり痛いのはやめてね……?」
「おう、考えてやるよ」
じゃあ、始めようか。
マッサージを……!
「いだだだ……! い、痛い……足、足いだだ……!」
「足が痛いのはなぁ、あれだよ、なんかこう、内臓の……なんかどっかが悪いんだよ!」
「どっかってどこぉー!?」
「忘れた」
「忘れたっていだだだだっ!」
以前、ウルリカと一緒に任務を受けた時にマッサージをしてやった事がある。
その時に「有料だったらマッサージしてやるぜ」とまぁ俺としては冗談のつもりで言ったんだが、ウルリカはマッサージが気に入ったのか、本人の希望もあったので再びこうしてマッサージをしてやることになったのである。
実際にこの素人マッサージに効き目があるのかどうかはわからないが、なんとなく“気持ちよかったり痛かったりすれば効いてるだろ”みたいなふわふわした基準でやっている。
「はぁ、はぁ……ご、ごめんね、ちょっとうるさいよね……?」
「あー、宿の女将さんにはちゃんとマッサージの事は伝えてあるから大丈夫だよ。いくらでも声出して良いぞ」
「そっ、そんなこと、言われたらっ……! んッ……!」
ベッドのシーツも新しくなったからこうして来客用として使う分にも心が痛まないので助かるわ。
前のはさすがに俺の使用感が出てたからな……。
「そ、そういえばさ……ライナ、新しく服買ったんだよ。モングレルさんが、んッ……衣祭りで、選んだんだってねー……?」
「おー、ウルリカは見たか? あれ春夏用だからな。俺は選んだけどまだ見てないんだ」
「見た見たー……すっごい可愛いよ? いつもと雰囲気違ってさ……あ、そこ良い……そこもっとして……」
「はいはい」
値段見たらあれそこそこしたんだけどな。即決でびっくりしたわ。
俺も新しい服なー……まぁ夏用のは汗かくし色々あって良いんだけど、この時期は汗もかきにくいからいらんかな。
「ん……私も、ああいう服とか……似合うかなぁっ……?」
「おー、似合うんじゃないかウルリカでも。あ、でもあれだな。ライナのあの服は結構丈短いからな。腰回り隠せなくなるのがウルリカには痛いかもな」
「え、あ……やっぱモングレルさんってそういうのわかる……?」
「男は腰のくびれとかないしな。ウルリカはいつもコルセットみたいな装備で抑え込んでるけど、あれないと男っぽい特徴は出るだろ」
「……やっぱそうかぁー」
腰回りは特に性差は出るからな。誤魔化したいなら服でやるしかない。薄着になればなるほどその辺りは大変だろう。
「う、あ、モングレルさんそこ……! 背中、良い……」
「もっと筋肉つけろ筋肉」
「えー……ヤダ……」
「筋肉がないと……ふんっ! こういう組み伏せられた時とか、いざという場面で、困るぞ!」
「いっ!? ちょ、ちょっとそこ痛っ……!」
「これが男の力だ」
「はぁ、はぁ……! お、男の人の力……じゃあ、私っ……力、ないしさぁっ……女の子でいいよー……」
「いやお前は男だよ」
「えぇー……?」
施術完了です……。
ふう、やれやれ。結局やり方合ってるのか合ってないのか全くわからんな。
気がつけば俺もウルリカも汗だくになっていた。暖炉がついてる部屋でこれは結構暑いぜ。
「どうだ、前回よりは荒っぽくないだろ」
「うん、気持ち良かった……前のすっごく痛いのも、あれはあれで気持ちよかったけどねー……?」
うーん……こうしてウルリカがベッドで寝そべっている姿を見ると、割とアレだな。
「なんかウルリカお前、エロい言い方するよな」
「……えへへ、色仕掛け。どう? 効いたー……?」
「体拭いて服着ろマセガキ」
「きゃふっ」
ニヤッと笑う顔に綺麗めの手ぬぐいを投げつけてやった。
うちはそういうサービスやってねえんだよ。
というのが、ついこの前の話。
宿の一室でマッサージしてちょっとした小銭稼ぎ。俺自身は特に動くこともなく、相手が部屋に来るのだから時間的には余裕のある副業だ。一回のマッサージでそんな時間かからんしな。
旅館のマッサージチェアと数回だけ行ったことのある整体を思い出しながらの素人技術だ。正直効果があるかっていうと無いと思うけど、やられる側としてはそれなりに満足感があるのかもしれない。少なくとも、ウルリカは終わった後満足した様子だった。
そんなウルリカの口コミを聞いたのか、新しい客がやってきたのである。
「……おっス、お願いしまっス」
なんかライナが宿にやってきた。いやいや。
「うちは男しかやってないんで……」
「ええっ!? で、でもウルリカ先輩にはやったんじゃないスか!? モングレル先輩こういうの上手って言ってたっスよ!?」
「落ち着け、ウルリカは男だ。女の子がみだりに他人に身体を委ねるんじゃないよ」
「えぇー……」
もっと恥じらいと慎みを持て。男を男としてちゃんと意識しろ。さすがにあぶねーぞ。
「……じゃあ服とか全部は脱がないんで、モングレル先輩がやれるとこだけやってほしいっス」
「まぁそれなら50ジェリーで」
「安いっスね」
「うちは誠実さで商売をやってるんでね」
「何に対してっスか……」
呆れながらライナが上着を脱ぐ。
するとその下は、この前買った白いトップス姿だった。いきなり露出度が上がってちょっとビビる。
「えと……これ、どっスか」
「おお、やっぱ着てみると良い感じじゃないか。都会の子って感じで似合ってるぞ」
「マジっスか? えへへ……」
俺の前世の感覚だと派手すぎるけど、この世界は暑い時の露出度は高いからな。こんなものだろう。
ライナが気に入ってるようなら何よりだ。
「よし、じゃあやってくかー。ライナ、身体凝ってるとこあるか?」
「え? いや無いっスけど」
「は? なんか重いとかだるいとか……」
「うーん……?」
いまいちピンときてない様子。いやいや。お前何しにうち来たんだよ。
「まぁとりあえず肩……いや柔らかいな」
「おー」
「ちょっとうつ伏せになってみ」
「っス」
「背中……うーん……」
「うわっ、くすぐったいっス!」
毛ほども凝ってないんだが……。
ほぐすというか既にほぐれきってるというか……。
「足とか……」
「あ、あはははっ! せ、先輩! そこ触られるとなんか無理っス! あははは!」
「……よし! 異常無し! 金は返すぞ! お家に帰れ!」
「えーっ!?」
結局ライナの身体は全く凝っている部分も何も無く、そのまま“アルテミス”に返却することになった。
お前はマッサージするの10年は早い。良い子はとっとと帰れ!
というのがまぁ、ライナをマッサージした時の出来事である。
いやマッサージになってたかっていうと何も無かったな……何も無い人体ってあんな感触なんだなってちょっと感動したけど、それだけだわ。
まぁ別にこのマッサージも好きでやってるわけでもないし、暇つぶしくらいのつもりでやったことだしな。
やらないならやらないで別にいいくらいのものなんだけども。
しかしスコルの宿の女将さんは俺が部屋でマッサージをやってることをちょっとばかし街で言いふらしたらしく……。
それから数日後のある日、その客人が俺の部屋を訪れたのであった。
「――二時間コースで頼む」
「……」
ディックバルトが、俺の部屋に、来た。
「――聞いたぞ、モングレル……お前の手によって、極楽のような心地にさせてもらえるのだろう……?」
「……えーっと、まぁ色々言いたいことはある。あるけどな。一応聞いておくぞディックバルト。これはマッサージって言ってな、身体をほぐすだけの施術なんだ。わかるか? ほぐすっていうのは一般的な筋肉のことな? そういう建前でやってる店っていうわけでもないからな? わかるな?」
「――もちろんだとも……通常のお値段で、通常の施術……そういうことだろう? わかっているとも……――」
いやなんかお前の言い方だと裏を読んでそうでなんか怖いんだよ。
……え、マジで? てかお前どういうルートでマッサージの噂聞きつけて……ああもういいや。
「じゃあ、まぁせっかく来てもらったし……上脱いだらそこのベッドにうつ伏せになってもらって……」
「――ああ、わかった……ヌンッ」
「静かに脱いでな?」
2m越えの大男である。俺のベッドも狭くはないはずだが、ディックバルトが寝そべるとすっげー狭く感じるわ……。
しかしこの男、別に見惚れる趣味はないが近くで見ると筋肉がやべぇな。傷だらけってのもそうだが、歴戦の勇者って感じがする。
……よく見ると人の爪で引っかかれた痕とかも多いけどそこらへんはあまり注意深く見ないようにしよう。
「えー……まぁこれから普通にマッサージしていくんでね。まぁ俺も素人だからあまり期待しないでくれよ?」
「――フフフ……謙遜するな……モングレルよ……――」
「ん?」
ディックバルトが顔をこちらに向け、不敵に微笑んだ。
「――お前は男の人体を知り尽くしている……その知識量たるや、この俺に匹敵する程だ……そんな男が、普通のマッサージなどするまい……――?」
「普通のマッサージです」
「――遠慮は要らん。俺の巨躯であろうとも、お前の力と知識があれば上り詰めるだろう……――更なる高みへ、な――」
「普通のマッサージです」
ディックバルトの中で俺が一体どうなってるのか全くわからないが、考えても良いことはなさそうなのでもう無心でやっていこうと思う。
「まぁほぐしてほしいところがあれば言ってもらえればやるんで……」
「――ああ、承知した」
俺は、その言葉を後悔することになる。
「――さあ、こいっ……フンッ……! ぉおおっ! ――いいぞモングレルっそこだッ!」
「……」
「――ォオオッ、イイッ! フンッ、フンッ……! もっと――もっとだァッ!」
「……」
「――もっと責めるようにッ! 抉るようにッ! もっと痛く、もっと激しくッ! ンォオオッ!」
「……」
「――フハーッ……ンォオ……ォオー……良いぞモングレル……焦らさなくて良い……いや、焦らしてくれ……!」
「……」
「――オフッ! まさかッ! ンホォオオッ! 男だからこそッ! 責め所を知り、力があるからこそのッ! そこだァアアアアッ!」
「……」
「――俺は豚だ……もっと豚をいたぶるようにッ! ブォオオオッ!」
「……」
「――ヌゥン! ヘッ! ヘッ! ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!! ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!! フ ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ン!!!! フ ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥン!!!!」
「……」
「――善かったぞ……モングレル。これは代金だ……――少々色を付けておいた。その分は俺からの気持ちと思ってくれ――」
「……」
それから数日後。
ウルリカが俺の宿にやってきた。
「モングレルさーん……遊びにきたんだけどさー……マッサージとかってまたやってたり……」
「俺は……俺はもう二度とッ! マッサージ屋をやらんッ!」
「えっ、えぇええええっ!?」
俺は副業をやめた。
「バスタード・ソードマン」の評価者数がなんと3000人を越えました。すごい。
これほどの応援をいただけたのは読者の皆様のおかげです。
いつも応援ありがとうございます。
これからも当作品をよろしくお願い致します。
(ヽ◇皿◇)……この話でこのお礼を言うことになるのか……