バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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風呂と調理と来訪者

 

 特注品の携帯スコップで穴を掘る。スコップの金具部分と取っ手部分だけのやつだ。それを現地の枝なり何なりを使って完成させるって感じの道具な。折り畳みとかそんな利口な代物では全くない。一応棒さえ突っ込んで適当なリベットをガンガン打ち込んでおけばハンディスコップにはなるので重宝している。

 

 人間一人が入る穴ってのはなかなかでっかいもんで、小さなスコップで掘っていくのは苦労した。必要な力よりも掻き出す回数の方に難儀する。

 けど休まずに黙々とやってると集中できるもので、あっという間に風呂としては充分な深さにできた。よしよし。

 

 ……つーか壁から水が染み込み始めてるからそろそろ木材で補強しないとヤバい。せっかく掘った穴が埋没する。

 

「よし、長さもピッタリ……まぁだいたいピッタリだな。これである程度は大丈夫だろう」

 

 穴の外壁を囲むように、木材の棒を縦に敷き詰めていく。形はなんでもいいが、薪と同じようにした。こうすることで砂の壁が崩壊して風呂スペースに交じるのを……ある程度防いでくれる。あくまである程度な。

 また、この木材には断熱材としての役割も期待している。地面ってのは熱を無限に吸収し続けるからな。こうして木材を敷き詰めればまぁ……多少は冷えるのも遅くなってくれるだろう。

 

 当然、穴の底にも木材を敷いておくのは忘れない。

 

 形はなんだろうな。バスタブって感じかな。

 あまり壁とお湯が接する面積が広いと冷めるのも早くなるから、本当は半球形くらいにしようかとも思ったんだが……木材で内側を覆う作業の手間を考えると、自然と四角くなってしまった。

 まぁこっちのが風情はあって良い。檜風呂っぽいしな。

 せっかくなので足を伸ばせるだけの広さにしてしまったが、これだけの容積の水を温めるのは結構大変そうな気もするぜ……まぁ、燃料はいくらでもあるしなんとかなるか……?

 

「川近くの地面すげー、水めっちゃ染み込んでくる」

 

 鍋使ってガンガン汲む必要あるかなーと思ったけど、待っていればジワジワと風呂桶の中に水が溜まりはじめた。川に近い砂地がたくさんの水を含んでいる証拠だ。

 きっとこのまま放置していけば風呂桶満杯になってくれるだろう。楽でいいや。……まぁその分お湯が冷めるのも早くなるわけだが。

 

「焼石作りはさすがに薪ストーブじゃなくて焚き火の出番だな。丁度いいや、風呂の近くでやっちまおう」

 

 暖房も兼ねて、即席風呂の近くで焼石を作ることにする。この焼石こそが風呂を温める唯一の熱源だ。

 石は蓄熱性が高い。蓄熱性というのは、乱暴な言い方をすると冷えにくくもあり、温まりにくくもあるもののことだ。石を充分に温めきるには結構な熱と時間が必要だが、それは逆に温まった後に冷えにくいという事でもある。なので火に焚べてクッソ熱くなった石は古くから色々な場面で使われてきたわけだ。

 直接火にかけると割れてしまう素焼きの土器なんかでも、焼石を放り込むだけで熱湯が作れるしな。便利だよ焼石。

 

「まぁ火加減とかは見た目じゃ全くわからんけども……」

 

 焚き火の中にデカい丸石をゴツゴツ重ね、大量の薪で一気にゴーッと燃やす。

 熱されたこいつらを一気に風呂にぶち込むわけだ。こういう熱い石を運び出したい時も携帯スコップが活躍してくれる。

 

「うおっ」

 

 焚き火の中で熱せられていた石のひとつがすげー音を立てて割れた。

 どうやら石の中に入っている水分だか何だかのせいで石が熱に耐えかねて割れてしまったようだ。結構デカい音するからビビる。

 

「そろそろかね」

 

 割れたってことはもう結構良い感じに焼けたんじゃねえのかな。

 火の中からスコップで焼石を掬い上げ、すぐそばの風呂桶へボチャンと放り込む。

 

 すると、石を起点にジュワーと水蒸気が発生する。もちろん焼石一個で大量の水が温まりきるわけもないのですぐに音は止んでしまったが、繰り返していくと結構変わってくる。

 

 二個、三個と次々に石をぶちこんでいくと、水中の石が上げる水蒸気の音が鳴り止まなくなってきた。

 ぶくぶくと景気の良い泡が上がり、寒い外気に冷やされて白い湯気が見えてくる。

 良いね良いね。露天風呂って感じになってきたじゃないの。

 

「湯加減はどうですかなーってどぅあちゃァッ」

 

 指を突っ込んでみたら普通に熱湯だった。くそ熱い。

 ……よし、冷まそう。しばらく待つしかねえ。

 

 古代の風呂にきっちり42度で保ってくれる機能など備わってはいないのだ。

 

 

 

「バター持ってくりゃ良かったかなぁ」

 

 さて。お湯が適温になる前に昼飯を食おう。運動したら腹減ったぜ。

 今日の食事はまぁ朝食のサンドと似たようなものになるが……サンドはサンドでもホットサンドである。

 

「ま、普通の油でも同じか。へへ、これさえあれば美味いホットサンドになるぜ」

 

 今日はホットサンドメーカーを持ってきている。これは鍛冶屋のジョスラン……の娘に作ってもらった道具だ。部品点数も無く、ただ銅板の構造に一手間加えるだけのものなので鋳造ならば難しい物でもない。まぁ機構がシンプルな割に金属の量がちょっとあれなので、無駄に高かったけどな。後悔はしていない。

 

 前世でもこういうホットサンドメーカーを持っていたんだが、重いのと実際そこまでホットサンド作らなかったせいで倉庫の肥やしになっていた。

 しかしこの世界じゃクソ不味いパンをわりと美味くしてくれる神アイテムとして活躍してくれる。

 ……くれるが、やっぱ重いし嵩張るので今生でも満足に使えてはいない。今日も久々の出番だしな。

 

「油ひいて、適当なパン置いて、肉乗せて、油かけて、パンで挟んでーの……よしよし」

 

 これで上下で挟んだものを焚き火に置いとくだけで完成するわけだ。

 挟んでいる時は灰とか煤もあまり気にならないってのも良い。隙間から油がジューッと漏れ出したら良い感じ。

 

「さーて……焼き上がりは……」

 

 と、呑気にホットサンドメーカーを取り出して、気まぐれに辺りを見回した時にようやく気付いた。

 

「どう……かなぁ……?」

 

 薪ストーブの近くに、いつの間にか魔物が佇んでいた。

 風上ってこともあったかもしれないけど全く気付かなかった。

 

 しかもそいつがただの魔物じゃない。

 

「……オーガか」

 

 オーガ。ゴブリンやサイクロプスと同じ、人型の魔物である。

 身長は2m半前後。サイクロプスよりも背丈は控えめなことが多いが、戦闘能力はサイクロプスを凌駕する。

 浅黒い肌。深い体毛。長く縮れた髪の毛。筋骨隆々な全身に、この世界の全てを恨んでそうな皺の刻まれたおっかない顔と、その上には見るからに不吉な二本の角がついている。

 日本人が鬼と聞いてイメージする鬼は、きっとこんな感じになるだろう。

 

 そいつが今、薪ストーブの近くで俺のことをじっと見つめている。

 超怖い。……ていうか、やべえ、あのオーガなんか装備着込んでる。

 

 ……古くてボロボロになったズボン? の成れの果てに……刃がガチャガチャになった古いロングソード。そして上半身には古い毛皮を被ってマントのようにしている。どう見ても知性のあるタイプのオーガだ。

 

 一般的なオーガは、結構賢い。しかしそれもサイクロプスやゴブリンよりは厄介だなって感じる程度で、結局のところ棍棒を持って殴りかかる程度のものでしかないのだが……あいつは明らかに全身に装備を“身に付けている”。しかもそれらが年季の入った物とくれば、偶然の産物ではないだろう。

 

 いや、というかこれ聞いたことあるぞ。

 何年か前にお尋ね者ならぬお尋ねモンスターとしてレゴールのギルドの片隅で指名手配されていた特定危険種。

 

 剣持ちのオーガ“グナク”。

 

 昔、シルバーランクのパーティーを半壊させて逃げ遂せたまま、未だに見つかっていない魔物だ。

 ……時間と共にその指名手配も自然消滅したが……まだ生きていたのか、こいつ。

 

 いやいや……俺が最初にお尋ね者のこいつを見つけたのも何年か前だぞ。

 その時の情報すら古くて、“もう死んでるだろ”ってことで剥がされたんだ。……間違いなく俺よりも長くこのバロアの森にいるな。

 

 よく見ると顔に刻まれた深い皺は老年を感じさせる。ただ形相がおっかねえだけかと思っていたが、歳によるものだったか。老年のオーガなんて遭遇したことないから初めて見るわ。すげぇ……。

 

 ……オーガは戦闘意欲が旺盛だが、まだ俺のことをじっと見つめている。襲いかかる素振りもない。これも年季がそうさせているのだろうか。

 ……いや、もしかしてこれか、ホットサンド見てるのか。

 

「えー……オープン」

「!」

「うわっ、すげえ反応した」

 

 それまで仏頂面でこっちを観察していたのが、ホットサンドメーカーを開けた瞬間に“えっ! なんか入っとる!”みたいに目を見開いて驚かれた。

 ……どうしよう。魔物に餌やるのって本当は駄目なんだけどな……なんかこの老獪そうなオーガにちょっと興味が出てきた。

 

「……食う?」

「!」

 

 ホットサンドを差し出したらすげぇ身構えられた。警戒心は強い。そりゃそうだわ。

 ……こいつからしたら俺はどう見えてるんだろう? 一瞬でくびり殺せる獲物とか? 少なくとも圧倒的強者を前に身の程をわきまえている感じではなさそうだが。

 

「これ、食い物……ムシャァ……うん、美味い」

「……」

「これあげたいけど悪い、もう一口食わせてくれ……うん、まぁ普通の油でもいけるな。スクリューキャップ作って良かったわ。……残りはやるよ」

 

 立ち上がり、川辺の大きな石の上に食べかけのホットサンドを置いてやる。

 すると老オーガは俺を視界に収めたままジリジリとホットサンドに近づき……しゃがんで、匂いを嗅いだ。

 

「フン、フン……」

「すげぇ体勢だな……」

 

 石の上のホットサンドを嗅ぎながらメンチ切るオーガ。シュールである。

 しかし俺が目の前で毒見したこともあってかさして悩むこともなく、オーガはホットサンドを手にとって齧りついた。

 

「……!」

 

 まずいってことはないだろう。が、笑顔にはなっていない。ただカッと眼を見開いただけだ。普通に怖い。けどなんかこういうリアクション見るのが新鮮で楽しいわ。

 

 オーガはガツガツと小さなホットサンドを口に収め、一気に飲み込んだ。

 

「ッフー……」

「美味かったか」

「……」

「あ、薪ストーブの近くのが良いのね……」

 

 腹ごしらえすると、オーガは何故かさっきの薪ストーブの横へと戻った。そこが定位置らしい。……まぁ近くは暖かいからな。気持ちはわからんでもない。

 

 ……よく見ると、オーガは怪我を負っていた。

 右目は潰れているし、左半身も火傷を負っている。

 目の方は古傷のようだが、火傷はそう古いものでもなさそうだ。……バロアの森の奥地で、主にこっぴどくやられたのかもしれない。まぁそうでもなきゃ火傷なんて負わないだろうな。

 

「……」

 

 正直、ちょっと情が湧いてしまった。

 オーガなんて超危険な魔物でしかないし、ギルドマンとしては今すぐ全力で討伐すべきだろうし、実際今も俺のことをまだ食ってないだけの食料として見てても何もおかしくはないんだが、なんというかこうも人間臭いところあると、ちょっとね。

 

 ……反撃。そうだな、こっちからは手を出さず、なにかされたら反撃するようにしよう。何かやられたら殺す。そうだな、それが良い。

 実際、俺にはそうするだけの力もある。今は周囲に人間もいないしな。

 

 もちろん、多少賢いとはいえオーガと友情を育めるだとか、そういうことは思っちゃいない。ただオーガの生態に興味が出ただけだ。

 長年バロアの森に潜んで生きてきた知性の深い老オーガがどんな行動を取るのか。それを観察してみるのも、ギルドマンとしては有意義な研究……というのは後付けの理由でしかないが。

 幸い、ここに俺を咎める奴はいないしな。

 

「よろしくな、グナク」

「……」

 

 老オーガは、何を考えているのかわからない険しい目で俺を睨み続けていた。

 ……この観察はそう長く続かないかもしれん。いつ襲われてもおかしくねえな……。

 


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