“若木の杖”のクランハウスがようやく完成したらしい。
春から随分と時間かかったなーって感じだが、ボトルネックは風呂場の完成だったようだ。特注の湯沸かし器の製造からやってるんだからそら時間かかるわな。
魔法なんて使わずにもっと手軽な焼き石風呂で良いじゃないっすか〜wって言いたかったところだが、俺はその肝心の焼き石風呂に入り損ねた。もうなんも言えねぇ。グナク、次に会う時は殺し合うことになるかもしれん。お覚悟を。
「えー、それでは遅まきながら。僕達のクランハウス完成を祝って、乾杯」
「乾杯!」
「かんぱーい」
「乾杯〜、いやー長かったね」
「もうほぼ全部完成してたから今更かよって感じだけどね」
「あ、私はお茶で……」
「私も水で」
ギルドの酒場では珍しく“若木の杖”のメンバーが勢揃いし、クランハウスの完成を祝っていた。
せっかくクランハウス出来たんだからそっちでやれよと思うんだが、酒場でやった方が楽らしい。聞いたところによると所属するメンバーがみんなあまり料理や片付けが好きじゃないんだとか。
お前らそんなんで共同生活できるのかよって感じだが、その辺りは金で人を雇ってなんとかしてるそうだ。結局世の中金なんですわ。
「えー、そしてこちらのナスターシャさん。僕の学友でもあるが、今回の湯沸かし器を開発した功労者でもある。彼女にもなんか拍手とかそういうのを」
「わー」
「おー……」
「乾杯〜?」
「パチパチ」
拍手があったり歓声があったり乾杯してたり。まとまりがない。
そしてそれらバラバラな何かを受け止めているナスターシャは無感情にエールを飲んでいた。
「やはりあまり好みではない」
「炭酸抜こうか」
「それは必要ない」
言うまでもなく、魔法使いという連中は変人が多い。
何故魔法使いは変人扱いされているのか。
それは俺が魔法を使えないことからもわかるように、真人間では使えないものだから……ということなんだと思う。
生まれ持っての考え方とか感性とかが違うんだろうな。かわいそうに。
「って向こうの席でモングレル先輩が言ってたっス」
「コラッ! ライナ! 人にチクるのやめなさい! 俺はそんな風にお前を育てた覚えはないぞ!」
「魔法使いに変わり者が多いという話は確かに良く聞きますけど……このギルドではモングレルさんの方が変人ですよね……」
ミセリナ、お前の気持ちはよくわかった。夜道に気を付けろよ。
「しかしクランハウスにお風呂ですか……贅沢ですねぇ。僕らのクランハウスではそこまでの余裕はありませんよ……」
「ククク……水浴びに慣れちまえば問題ねぇさ……」
「まぁそうですけど……ミルコさんも冬場は水浴びしないでしょう? この時期に身体を流せるというのはやはり良いと思うんですよね……」
「フッ……それは確かに」
“大地の盾”は大手パーティーだが、いつもカツカツでやっている。
なんでだろうな。やっぱり馬の維持費が割りに合ってないんだろうか。防具も揃いの使ってるしそういうのも金かかってそうだ。
まぁよく考えてみりゃギルドマンの報酬で軍と同等のクオリティを維持できるわけないから、カツカツなのも仕方ないんだろうな。
育った連中もちょくちょく兵として引き抜かれてるし……。
「やっぱ魔法使いがいると仕事に幅ができるよな。水でも火でも便利だ」
「っスね。ウチらもナスターシャ先輩がいるだけで快適性がダンチっス。飲み水の確保も運搬もいらないのは最強っスよ」
「ねー。ナスターシャさんいてくれて本当に良かったよー」
「……そうか? そうか」
今日は“アルテミス”の連中もテーブルに付いている。ライナとウルリカとナスターシャの三人だ。今は酒を飲みつつ、革装備にオイルを塗っているところらしい。
冬だし暇だからな。この時期は色々なパーティーがギルドで暇してるのだ。
俺? 俺は一人でテーブルについてます。
テーブルの上に金属札がいっぱいに広がってるせいで誰も一緒に座ろうとしない。
「……モングレルさん、さっきから何やってるんです? それアーマーの札ですよね」
「おう。前から黒靄市場で不定期にバラ売りしててな。それをマメに買いだめしてたんだよ。ちょうど良い数が集まったから編み込んで鎧を作ろうと思ってな」
アレックスが野次馬のような距離感で見にきた。なんなら座って手伝っても良いんだぞ。
「鎧ですか……モングレルさんもいよいよ金属鎧を使うんですね」
「いや、完成したら売る」
「売るんですか!? え、でも持ってないですよね金属鎧」
「一応あるぞ? ただ普段使いするには不便だからなぁ」
「普段使いしていきましょうよ……あ、これトワイス平野から集めてきた廃品ですかね……?」
「だろうなぁ。近くじゃ売れなかったからここまで流れて来たんだろ」
この金属札は秋の戦場で散っていった兵士たちの装備品。その寄せ集めだ。
多分サングレール兵かサングレールのプレイヤーのものだろう。
ああ、プレイヤーってのはゲームのプレイヤーとかではなく、ハルペリアにおけるギルドマンと同じような連中だ。サングレールのはみ出し者だな。冒険者制度がそれぞれの国で名前を変えて存在しているものと思ってくれれば良い。両方ともそんなに夢のあるもんではないが。
「こいつを完成させて売ればかなり纏まった金になるぜ……最近金欠だからな、可能な限り早めに仕上げたいところだ。そろそろ完成間近なんだぜ」
「ククク……これどうやって編み込むんだ?」
「これね、この穴に紐を通して、こう」
「重いですよ、この手の鎧は……」
作るのもしんどいし出来上がっても重い。音も出るしメンテもだるい。はっきり言ってなんで存在してるのかわからない鎧だが、それでもハルペリアでは金属鎧は高価だ。出来上がれば売り物になる。
「……俺たちもああいうもの作って金稼ぐか……?」
「金ないしな……」
「こら、そこのルーキー。お前たちはそんなことする前に任務やれ。清掃と下水道の仕事は残ってるぞ」
「な、なんだよぉモングレルさん。わかってるよそんなこと」
「一発でかいの当ててぇって話だよ!」
服の構造のなんたるかも知らない学無しの田舎小僧が材料買っただけで鎧なんか作れるか。大人しくブロンズになるまで地道な任務でもやってろ。
「鎧ねぇ……僕ら魔法使いはそもそも近付かれない戦いを心掛けているから身軽でいいけど、近接役は装備にお金がかかって大変だろうねぇ」
「ヴァンダールさんも装備の整備に時間もお金もかけてますからね。魔法使いとはまた違ったコストがあるんでしょうね」
「ええ、まぁはい。けど私はそういう整備が結構好きなものですから、苦ではありませんよ?」
「さすがです! ヴァンダールさん!」
「いやぁ特に褒められる程のことでは……本当に……」
まぁ……金属だしな。錆びるとなるとマジで大変だ。
現代人は知らんだろうな。身の回りの鉄と評されてるもののほとんどがステンレス製になってるもんだから、純粋な鉄の錆びやすさがわからないんだ。すげーぞ鉄の錆びやすさは。切れ味と強度が許すなら銅製の武器に変えたくなるレベルだ。
油によるメンテを欠かすとすぐに錆びる。俺のバスタードソードもそれだけは常に警戒してるくらいだ。だから革鞘の中に仕込んだウールは結構ギトギトにしてある。やったことはないけど鞘を火に投げ入れたらかなり景気良く燃えるんじゃねーかな。
「くそぉー金が欲しいよぉ。アイアンの任務しんどいよぉ」
「やっぱ冬場は俺たちも何か作るべきだって! せっかく発明の街に来たんだから、俺らも何か作って一山当ててぇよ!」
「けど“アルテミス”のナスターシャさんみたいな複雑そうなものは作れないし、モングレルさんの作ってる鎧だって金属札は元手がいるし……もっと手軽に作れるものじゃないと……」
なんかルーキーたちが起業してすぐにコケそうな大学生みたいなこと言ってるな。
落ち着けお前たち。気軽に起業して良いのはコケてもケツモチしてくれる太い家に生まれた奴だけだぞ。
「この時期は革なめしとか建設とか、キツいけど稼ぎの良い仕事はあるんだ。そういう手もあるぜ。当たるかどうかわからん発明よりそっちの方が安定してるだろ」
「いやだってそれキツいじゃん!」
「俺たちは楽して稼ぎたいんだ!」
「筋金入りのアイアンだなこいつら……世の中そうそう楽な仕事なんてねーよ。難しい仕事でも楽そうにこなすスゲーやつがいるだけだ。そのスゲーやつの一人が俺だ。俺を見習ってもっと地道な仕事をやっとけ」
「モングレルさん今鎧で稼ごうとしてんじゃん!」
「いやこれはまぁこれよ」
「金欲しい〜! 風呂付きのクランハウスなんて言わないからせめて宿の個室で暮らしてぇ〜!」
あーあー、騒がしいギルドだ。
やっぱり冬場はこうなるわな。バロアの森のまったりとしたソロキャンが早くも恋しいぜ。
「おーい暇そうなギルドマン諸君ー、緊急だぞー」
そんな時、ギルドの入り口から衛兵の一人がやってきた。
緊急。その言葉にさっきまでダラダラしていた連中の空気が引き締まる。
「東門近くにゴブリンの群れがやってきた。数は30以上だな。集団で寝床を探そうとしているのか、略奪に来たのかは知らん。連中が拡張区画で汚いクソをする前に駆除してくれないか。……おお、ここは暖かいな。癒される」
よし、緊急任務だ! 襲撃かどうかはわからないが大量のゴブリンがいるとなれば何体かは手柄にできそうだ。
「僕らはクランハウスの完成祝いしてるから良いや」
「寒いので扉閉めてくれます!?」
「あ、すまんね。受注する奴は俺から参加札を受け取ってくれ。東門でも配ってはいるが」
「行きましょうか、ミルコさん」
「ククク、30以上か。まぁ近場なら行こう」
「ウルリカ先輩、ナスターシャ先輩、行かないっスか?」
「門の上から撃ちたいねー。ポジションとられる前に早めに行こっかー」
「私は行かない。寒い」
「ええ……マジっスか……」
続々と立ち上がるギルドマンたち。
緊急の任務が入ってこうして動き出す連中を見るの、結構好きなんだよなー。仕事が始まるって感じがして。まぁ今回はゴブリンだから結構空気が緩いけど。
「モングレル先輩もどうっスか」
「おお、俺もこの鎧を誰かに預けて……」
と、俺が鎧を持ったその時。
掴み上げた場所が悪かったんだろう。あるいは繋ぎ方が悪かったのか。
たくさん繋げていた金属札が、ジャラジャラとけたたましい音を立ててテーブルや床に散らばった。
「……あーあ」
誰かの声。静まり返るギルド。
鎧だったものが辺り一面に転がる。
「……おのれ……おのれッ、ゴブリン風情がよぉッ……!」
「いやゴブリンのせいではないと思うっス」
「ゴブリンは皆殺しだ! お前ら、一匹たりとも生かして帰すなよッ!」
「まるでゴブリンに家族を皆殺しにされた人みたいになってますけど……」
「うぉぁああああああッ! ゴブリンてめぇええええッ!」
俺は参加札を貰ってギルドを駆け出し、門外のゴブリンを5匹討伐した。
金属札は宿屋の隅っこに重ねて置かれている。