バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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エビ釣りと外道

 

 ギルドマンなりたての新入りは、はっきり言ってどんな任務でも戦力にならない。

 

 まず警備系の任務ができない。田舎から出てきた誰の後ろ盾もない奴らだからだ。

 村長の親類とかだったら紹介状があればギルドから任務の融通はしてもらえるかもしれないが、基本的に誰もそんな奴に重要な仕事を任せようとは思わない。

 

 採取系も厳しい。伊達に国民のほとんどが農民経験者じゃない。金目になるような目ぼしい野草類はだいたいが誰かに根こそぎ取られているし、集めるには森の奥深くに行くか、それなりに遠出しなければならないだろう。

 

 普段は人気のない都市清掃任務もこの時期だけは新入りたちが日銭を稼ぐ仕事として群がってくるが、これも有限だ。

 

 あと他にあるとすれば下水道などクソ汚い仕事か、建設に関わるような滅茶苦茶キツい肉体労働系か、慣れない討伐クエストに漕ぎ出してゆくかの三種類になる。

 いつの世も3Kの仕事は大変だ。マジで。

 

 ……まぁキツいんだけどさ。何故か討伐系はいつも人気なんだよな。

 村から出てきた若いやつは、腕っぷしに謎の自信があるせいなのか。ギルドマンに夢を見すぎているのか。身の丈に合わない討伐任務を受注する奴が後を絶たない。

 

 で、こういう討伐任務で毎年うんざりするほどの若者が死んでいくわけだよな。

 安全マージンが取れないっていうか、ノウハウが無いっていうか……。

 

 そこらへんギルドの初期講習でもしっかり習うはずなのに、講習が終わった後は“よし、じゃあ一狩りいこうぜ!”ってクエスト開始する奴らばかりなんよな。

 既に言って聞かせた直後にこれだから救いようがねえ。

 

 なんでみんなモンハンやってないくせに「2乙までなら平気やろw」みたいなノリで森に入っていくのかね。

 ゴブリンに餌やってるようなもんだからマジで勘弁してほしい。スケルトンが後から湧いてくるのも勘弁。

 

 

 

「賑やかすぎて仕事ないっス」

 

 ギルドの掲示板前で、後輩のライナが項垂れている。

 アルテミスは討伐任務を中心に動くパーティーだが、こうも一気にルーキーたちが森に入るとやり辛いことこの上ないのだろう。

 狩人にとっては素人に不用意にうろつかれるだけで森の様相が変わるっていうしな。今は魔物の棲息圏もかなり流動的に変わってそうだ。

 

「俺も仕事がないわ。レゴールの都市清掃全滅してやがる」

「いやそこらへんは初心者に譲らないと駄目スよ……」

「冗談だ。さすがにガキを餓死させる趣味はねーしな。……本当なら森の奥の方で何日かキャンプしたかったんだが、今年は人多すぎてそれも厳しそうなんだよな」

「あー。レゴールはずっと景気良いスからね。今年は近隣だけじゃなくて、結構遠くからもここを拠点に活動しようって人らが来てるんスよ。賑わってる原因はそれスね」

 

 レゴールの好景気。

 それはつまり、ケイオス卿によってばらまかれた発明品の生産が好調なために起こり続けている怪奇現象だ。

 

 要するに、俺のせいだ。

 やっちまったぜ。

 

「一応、色々な工房から期間工の募集も出てるスよ。ギルドの仕事じゃないスけどそこらへんでもお金は稼げるんで、厳しくなったらそういうのやっても良いと思うっス」

「あー工房か……どこも拡張工事しまくってるもんな」

「どこもずっと工事工事、そして人手不足っス。ま、賑やかなのは良いことスけどね」

 

 レゴールは今をときめく交易都市……に、なりつつあるらしい。

 前まではどの場所からも中途半端な位置にあるせいでわりとどうでもいい中継都市みたいな扱いを受けていたのだが、一気に特産品が複数ニョキニョキと生えてきたものだからさあ大変。急に色々な都市と交易をするようになった賑やかタウンになってしまった。

 この都市を管理しているレゴール伯爵は、全く計画に無かったであろう多忙さにてんてこ舞いだそうだ。ウケる。

 

「……よし。じゃあライナ。暇ならどうだ、一緒に川にでも行かないか」

「川っスか。この時期何かいるんスか」

「素人が狙わない穴場ってやつだよ。これは一人より複数人で行ったほうが良いからな……ま、装備を整えて東門まで来てくれればわかるさ」

「ん……まあ、行きますけど」

 

 

 

 こうして俺はちょっとした準備を終え、ライナと一緒に都市近郊の川へと足を運んだのだった。

 石がごろごろとする自然の只中。聞こえる音は木の葉の擦れる音と、川のせせらぎ。

 

「よし、一緒にエビ釣るぞ!」

「ええ!?」

 

 俺が荷物から自作の釣り竿セットを取り出してみせると、ライナは右手に持っていた弓を二度見した。

 

「……何か狩ると思ってたのに!?」

「この時期ここらへんめっちゃエビいるんだ」

「え、これ私じゃなくても良くないスか!?」

「暇だったんだろ? 釣りって一人だと暇っていうか、虚しいんだよ」

 

 この世界はスマホもないしな。楽しめる人は一人で何時間も楽しめるのかもしれないが、俺は駄目なタイプだ。誰かが近くに居て話し相手になってくれないと結構キツい。

 

「ええー……あ、これ私の分もあるんスか」

「もちろん。俺特製の超高性能釣り竿だぞ。近々交易品になる予定だ」

「いや普通に棒に糸つけてるだけのやつじゃないスか……ありがたく使わせてもらうスけど」

 

 レゴールだと魚介類は滅多に食べられない。あっても干物とか、燻製とかがほとんどだ。たまに物好きが川魚を釣って、酒場の料理として出してくることもなくはないが、基本的にはほぼ無い。

 その点、自給自足すればいつでも食える。この辺の川は魚もエビも豊富で俺の中ではかなり熱いスポットだ。

 

「エサってここらへんの虫で良いんスかね?」

「そうそう。流れの急すぎない岩の近くに落としてやると結構かかるぞ」

「へー」

 

 餌釣りの基本は待ちだ。

 ルアーなら慌ただしく竿を動かしたりしなきゃならないんだろうが、あいにくこの竿にはリールなんて便利オプションは備わっていない。いつかはやってみたいが、今日のとこはじっくり待つ釣りをしていこう。

 

 

 

 二人並んで釣り糸を垂らし、ぼさーっと待つ。かかるまではひたすらに待ち。

 しかもかかった直後には釣れなかったりする相手なので、多少対処に遅れても問題ない。それ故にいまいち緊張感のない時間が流れる。

 

「ライナは故郷で釣りはしなかったのか?」

「ないスねー。専ら罠か弓かで。やってるおじさんは居たんスけど、興味もなくて」

「エビ食ったことは?」

「無いっス」

「え、無いの?」

「無いスよ。食ってる人は居たらしいスけど、私の分まで回すほど数はなかったんスかね。あ、カニはあるっス。カニは好きっス」

「人生の半分を損してるな……」

「先輩は人生の半分がエビなんスか……」

「正確にはエビチリだな」

「いや意味わかんないス」

「その意味を今日知ることになるだろう」

「知りたくないなぁ……お?」

 

 そうこう言っている間に竿に反応が来た。俺じゃなくてライナの方に。

 

「まだ待て。十数秒くらいそのままだぞ」

「いやこれ引いてるっスよ!?」

「落ち着けそのままで良い。まだ完全にはかかってないからな」

 

 おかしいな、これがビギナーズラックってやつか。まさか手本を見せる前にライナの方にかかるとは。

 

「……十五秒っス、もう良いスか?」

「よし、じゃあそれをゆっくりスーッと持ち上げてみ」

「スー」

 

 ライナが何気なーくふわりと竿を持ち上げると、糸の先には小さな影がぶら下がっていた。

 川エビである。まぁなんてことない、ザリガニより少し小さいサイズの普通のエビだ。

 

「おーっ」

「よしよし、じゃあこっちの鍋に入れて急いで蓋しとけ」

「っけっス。結構簡単スね」

「だろ? ていうかライナお前上手いよ。初めてで上手くいくとは思ってなかったわ」

「ふうん」

 

 なにその“ふうん”は。

 見てろよテナガエビ釣りで培った俺の力を見せてやるからな。

 

 

 

「あ、またかかった」

 

 二度目か。まぁ良いポイントを見つけたらそういうこともあるか。

 

「おっ、引いてるっス」

 

 まー二度あることは三度あるしな。

 

「っと入れた瞬間来たぁ! っとダメダメ、落ち着くっス……慎重に待ってから……」

 

 ……おいちょっと待てやコラ!

 

「ライナ!」

「え? なんスか?」

「今何匹目!?」

「10てとこスかね」

「場所ごと竿交換して!」

「……まぁいいスけど」

 

 おかしい。絶対おかしい。餌すら居食いされてないのは意味わからん。距離的に何メートルも離れてないんだぞ。

 つまり場所の問題だ。ライナの場所で糸垂らしてればきっと不思議な力で……。

 

「モングレル先輩モングレル先輩」

「ええ!? そっちで来た!?」

「違うっス。あそこ、川向う」

「……ああ」

 

 ライナがどこかピリっとした顔つきで見つめていた先に目線をやると……川の向こう側には、一体の魔物が立ちすくみ、こちらを睨んでいた。

 

 立ち姿は一見すると人間のように見える。

 しかしごわごわした長い体毛が。猿のような極端な猫背が。そして何より、頭部に存在する一つ目が。そこにいる存在が人ではない何かだと主張していた。

 

 川の向こう側にいるので距離感は掴みにくいが、肉眼で血走った目玉がはっきりと分かる程度にはそのサイズはでかい。

 仮に近づいてみれば、その一つ目野郎が3メートル近い巨人であることがわかるだろう。

 

 サイクロプス。言うまでもなく、非常に危険な魔物である。

 

「あれ、どうします」

 

 ライナは竿を下に置いて、弓を手に取った。さすがの俺も釣りは中断だ。

 腰に備えたバスタードソードを抜き放ち、考える。

 

 サイクロプスは危険度の高い魔族だ。馬鹿だが腕っぷしが化け物じみている。

 ゴブリンは人を恐れることも多いが、サイクロプスは強いので絶対に恐れない。人間を見かけたらとりあえず敵として見なすし、捕食対象だ。川向うのやつの口から滴るよだれを見ればそれはよくわかる。

 

「始末する。このくらいの浅い川じゃサイクロプスは余裕で渡ってくるからな」

「まじスか」

「まじっす。言っておくが足は人間より速いし、力は五倍くらいあるからな」

「ヤバ」

「でも頭は悪い。ライナが今弓を持っててもボサっと突っ立ってるくらいにはな。弱点は言うまでもないな?」

「あの気持ち悪い目玉、っスね」

 

 ライナが弓を構え、ギリギリと音を立てて巨人を狙う。

 

「狙えるか」

「……川の風が怪しいとこっスかね。頑丈そうな体してるンで、ちょっと外してもキツいスよね」

「目玉以外は耐えるだろうなぁ」

 

 これがライナではなくもっと剛弓を扱う奴であれば、サイクロプスの分厚い体でも急所を撃ち抜けるかもしれない。

 だがライナは狙いは良いが力はまだまだ子供に毛が生えたようなものだ。目玉以外で仕留めるのは難しいと思ったほうが良いだろう。

 そして俺は力はあるけど、弓の練習に途中で飽きたから遠距離攻撃はできない。

 

「まあ、とりあえず撃ってみろよ」

「……外せない場面でそんな軽く言われても」

「外しても大丈夫。俺がどうにかする。練習だと思えばいいだろ」

 

 俺がバスタードソードを見せると、ライナは苦笑した。

 

「……次はもっと長い剣持ってきてくンないスか」

「次がくるなら、“これ”で良いってことじゃないか?」

 

 サイクロプスが川の向こう側で吠えた。

 血走った単眼と、人間には真似できない大口。ぐちゃぐちゃに乱れた歯列。

 ああヤダヤダ。不潔な魔物はそれだけで嫌になる。

 

「“照星(ロックオン)”」

 

 ライナがスキルを発動し、目の奥が仄かに光りだす。

 神により与えられる(とサングレールで言われている)絶技、スキル。

 

 その効果によってライナの引き絞る弓の震えは完全に止まり、矢じりの先は寸分の狂いもなくサイクロプスに向けられた。

 

「穿て」

 

 矢が放たれる。

 川の上を流れる風を切り裂き、瞬く間にサイクロプスの元へと到達する。

 

 が。

 

「グオッ」

 

 矢はサイクロプスの頬骨あたりに命中し、弾かれた。風のせいでちと逸れたか。こればかりはしょうがない。

 

「ォオオオオッ」

 

 刺さらなかったからといってサイクロプスが許してくれるというわけはなく、奴はより強い怒りを露わに吠える。

 じゃぶじゃぶと浅い川を踏み進み、どんどんこちらへ迫っている。

 

「ど……どうします。任せて良いんスか先輩」

「任せろ。まぁ一応、念のために離れててな」

「……一応、遠くから弓で援護……」

「いや待て!」

「なんスか!?」

「奴にそこの(エビ)を蹴っ飛ばされたら敵わん。そいつを持って離れてるんだ」

「今これスか!?」

「俺たちが今日何のためにここに来たのか考えろ!」

「わりと今は命のためなんスけど……!? ああもう、信じるスよ!?」

 

 そう言って後退していくライナを尻目に、俺は剣を構える。

 

「さて……とんだ外道が釣れちまったわけだが」

「グオッ、グオッ!」

「リリースするようなサイズでもないからな。悪いがここでくたばってくれ」

 

 迫る巨体。三メートルともなればまさに圧巻の巨人だ。

 だが相手に武器はなく、こちらには武器がある。

 中途半端な長さのバスタードソードでも、十分な先制圏内だ。

 

「先輩っ!」

 

 せめて棍棒でも持ってりゃ多少は勝負になったろうに。

 無手で川越えとか戦国時代でもやらない負けパターンだぞ。

 

「ガ――」

 

 川を渡り切る直前で、相手の伸ばした腕に剣を翻す。

 腱斬り。これで掴めない。そのまま斜めに振り下ろし、脚を裂く。

 

「グァアッ」

 

 傷は巨体からすれば浅いが、思わず膝をついた。ついてしまった。

 

「ァアッ!?」

 

 いくら巨体だからって、片足に怪我を負い、川にしゃがみ込んで流れの当たる面積が増えれば踏ん張りはきくはずもない。

 サイクロプスは間抜けにすっ転び、わずかに流された。

 

「えいえい」

「グボボッ、グァアッ!」

「怒った?」

 

 あとは無防備なところをザクザク刺して出血を強いるだけ。

 反撃に気をつけつつ、弱点である血管や相手が力を入れるのに使う腱や筋を狙ってトドメを刺していこうな。

 

「……すごい」

 

 サイクロプスが弱りきってほとんど動かなくなる頃には、ライナも近くまで戻ってきていた。

 

「エビは逃げてないか?」

「逃げてないスけど……今それどころじゃなくないスか」

「こいつはもう死ぬよ。別に食うわけでもないのに血抜きしてるみたいになっちゃったな」

 

 腿、腋、脇腹、首。川にうつ伏せになったままほとんど動かないサイクロプスの体の急所らしい急所を刺していく。

 こういうデカいのは見た目なりに生命力も馬鹿デカい。油断せずオーバーキルするくらいの気持ちで痛めつけるのが一番だ。情はいらない。どんな馬鹿な生き物でも死んだふりはするからな。

 

「こんなもんだろ。……ぁあヤダヤダ、これだから人型の魔物の解体は……」

 

 サイクロプスの討伐証明は、一つ目の……虹彩? 瞳? とにかくその部分だ。目玉らしいところを半分以上そぎ取っておけばそれが証明になる。

 基本的に討伐証明は“そこを取ってしまえば部位的にダブることはないし、なおかつ死んでいるに違いない”という場所をこそぎ取るので、こいつの場合は目玉ってわけだな。まぁわかりやすいけどさ……うえーグロい。

 

「……先輩、やっぱ剣の扱い上手いスね」

「おう、だろ?」

「釣りは下手なのに」

「おい待て、それは今日の調子が悪いだけだぞ」

「ほんとっスかぁー?」

 

 おのれビギナーズラックが調子に乗りやがって……。

 

「いい度胸だお前……わかった、また今度釣りやるぞ。そん時に俺の本気を見せてやる」

「……ふふ、楽しみにしてるっス。あ、てかエビってどう食うんスか? 焼くんスか? 茹でるんスか?」

「いや、こいつは苔石を中に入れたら一日水に晒しておく。食うのは明日以降だな」

「えー、めんどくさっ」

「まあそう言うな、明日になったら取っておきのを食わせてやるからな」

 

 まあその前に、この突然降って湧いたサイクロプスの報告で忙しくなりそうだけどな。

 

 厄介な時期にとんでもなく危ない魔物が湧いてきやがった。

 こいつがもしはぐれじゃなく群生しているんだとすれば、今年のルーキーが大量死するかもしれんぞ。

 ギルドの対応次第だが……さて。どうなるかな。

 

 


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