「お?」
「あ」
二日後の朝。宿の部屋を出た俺は、ウルリカの幼馴染だというレオとばったり出くわした。
向こうもどうやら俺と同じ“スコルの宿”に泊まっていたらしい。
この宿は個人泊だから結構お高い。自分で言うのもなんだが、俺は結構稼いでいるし、それに連泊の分割引きされてるから払えている。普通のギルドマンが個人で泊まるにはちと割高じゃないかね。
「一昨日の……えっと、独奏のモングレルさんだったかな」
「その異名は一昨日で終わったよ。モングレルで良い。そっちはレオって呼んでも?」
「うん、そうしてほしい。よろしくね。……まさか同じ宿に泊まっていたなんて。昨日は気付かなかったよ」
「ほんとにな。ああ、俺は数年前からずっとこの宿だぜ。けどこの宿は高いだろ、ブロンズ2で大丈夫なのか?」
「ふふ。モングレルさんだってブロンズじゃないか。平気だよ、こう見えて結構稼いでるから」
レオは爽やかな笑みを浮かべながら、二本差しのショートソードの柄を軽く叩いた。
よほど自分の剣の腕に自信があるらしい。
朝食は宿屋一階のクソ狭い食堂スペースで食う。
値段は格安だが味はまぁ普通というかいまいちなので、俺は日によって食ったり食わなかったりだが、今日はレオと一緒に食うことにした。
女将さんの手伝いをしてる長女のジュリアがイケメンなレオ君を時々アホみたいな顔でチラチラ眺めてるけど、お前彼氏いただろ。浮気するんじゃないぞ。
「ドライデンからレゴールに拠点を変えようと思って来たんだ。ドライデンも討伐の仕事は多いし悪くなかったんだけど、横柄な連中が増えてね。それが嫌でさ」
「そうか……人間関係が上手くいかないのはしんどいよな」
「うん。で、せっかくなら知り合いを頼ってみようかと思ってさ」
「それがウルリカってわけか」
「おすすめのパーティーとか狩場とか、早めに色々知りたいからね。本当は秋にするつもりだったんだけど、戦争があったから」
「あー」
予定してたものが色々とずれ込んだらしい。
けど冬に来ても討伐の任務なんてほとんどないしなぁ。
「ギルドマンになってどれくらいだ?」
「まだ一年も経ってないかな。春から始めたから」
「え? はっや。そっからもうブロンズ2かよ」
スピードで言えばライナ以上じゃねーかそれ。
「元々地元で狩猟はしてたからね。あと、戦争前に試験の前倒しがあったおかげですぐにブロンズになれたんだ」
「あーあー、そうだった。あったなそれ。そうか、ドライデンでも試験のテコ入れはあったのか」
「レゴールもあったんだね。妙だと思ったよ……嫌だね、戦争は」
聞けば、レオは元々地元の村で魔物を討伐していたらしい。
ウルリカと一緒で小さな頃から狩人だったわけだ。
どうもウルリカの方が先に村を出て、レオはしばらく残っていたのだと。
「ウルリカは昔からなんでもできる子だったんだ。こんなに小さな頃から屠殺の手伝いもやって、弓を使えるようになったのも早くて……物覚えが良いってやつなんだろうね。身体がすぐに動きを覚えるっていうか」
「天才肌ってやつか」
「それに村の子の中でも一番可愛かったからさ。いつでも皆の中心的存在だったんだ。大人におねだりしてお菓子を貰うのも一番上手だった」
「相変わらず調子良いとこあるなぁ。昔からか」
「今もウルリカは変わらないのかい?」
「時々生意気だし甘えん坊なとこあるよ。まぁ、アルテミスには怖い団長さんがいるからな、ちょくちょくそういうのも叱られてるみたいだが」
「あはは、相変わらずだね」
「でもあいつは後輩のライナってやつをよく面倒見てるぞ。俺から見るとあれは姉妹って感じだな」
「姉……ウルリカが姉かぁ。ふふ、想像できないや。そのライナって子とも話してみたいな」
レオは優美に笑った。
……こらっ、ジュリア! 物陰から見とれてないで働け!
そろそろ婚約しましょうって話になってんだろお前は! 知ってるんだからな! マジで浮気はやめろよ!
俺達はダラダラと話しながらギルドに向かった。
前に聞いた通りならそろそろアルテミスが戻ってくるはずだが、はてさて。
「あ、ウルフ……ウルリカ」
「げっ」
どうやらアルテミスは早めに帰還していたらしい。
冬の朝の寂しげなギルドの中で、酒場の隅っこにいつものメンバーが固まっていた。
シーナ、ゴリリアーナ、ウルリカ、ライナ。
ウルリカはレオを見て気まずそうにしている。
「……ウルリカ、久しぶり。手紙だけじゃなくて、たまには顔くらい出そうよ。ウルリカのお父さん心配してたよ」
「ふーん、別にいいもん。どうせお父さんは私のこの格好やめろって言うし」
「それはしょうがないよ……だって普通だろう? 代官は居なくなって、僕達はもうやらなくて良くなったんだ。ウルリカだって……」
「だから、私は好きでやってるんだってば。もう、うるさいなぁエレオノーラは」
「ちょっ、その名前やめてよ……! 今はレオ! レオとしてしか名乗ってないから!」
俺はアルテミスの会話に聞き耳を立てつつ受付で今日の依頼を確認し……良さげな任務が無いことを悟ると、エールとナッツを注文した。よし、今日は休日だ。
「君たち楽しそうだねぇ。俺も入れてよ」
「あ、モングレル先輩。おっスおっス。席一つあるんで、せっかくなんでどぞっス」
「……エレオノーラ、いえ、レオね。何度かウルリカから話を聞いたから、一方的に知ってはいるわ。故郷では二刀流で魔物を討伐してたんですってね。私はアルテミスの団長、シーナよ。会えて嬉しいわ、よろしくね」
「あ、はい。僕のことはレオと呼んでください。シーナさんのことも、ウルリカからの手紙で聞いてます。すごい弓の名手で、自分もそのくらい上手くなりたいってよく褒めてましたから」
「あら、そうなの? ウルリカ」
「ちょっとーやめてよー」
エレオノーラ。で、レオと。
ウルリカの故郷では少年好きの悪代官がいたせいで村の子供に女の子のフリをさせてたって言ってたが……レオも同じような境遇だったんだなぁ。
俺の開拓村にそんな奴が居なくてよかったわ。まぁ、いてもいなくても滅んだのは変わらないけど。ハハハ。
「レオはどうしてこっちに? 拠点を移しに来たの?」
「うん。ドライデンに嫌な人たちが増えてね。自分勝手だし乱暴だし、空気が悪いから抜け出してきたんだ。あの様子だとすぐに身の置き所を無くして追い出されそうではあるけど……それを待つより先に、レゴールに来ちゃった」
「ドライデンっスか……あいつらクソっスね」
「あ、君がライナかな? 僕はレオ。よろしくね」
「っス、ライナっス。よろしくっス。こっちの人はゴリリアーナ先輩っス」
「よ、よろしくお願いします……レオさん……」
「うん。よろしくね、ゴリリアーナさん」
おいおい、随分と溶け込むのが早いなレオ君。
女に囲まれた黒髪ショートでソロの二刀流剣士……君もしかしてこの世界の主人公だったりしない? 前世の記憶とか持ってたりする?
「へぇ、レオは春にギルドマンになったばかりなのね。それでブロンズ2なら随分と早いわ。……貴方、修練場で少し剣の腕を見せてくれない? 今アルテミスは新入りが欲しくてね。本当なら今年一人くらい取る予定だったんだけど、どれもいまいちで」
「えー? シーナ団長、レオに唾つけるの?」
「レゴールに来たばかりの有望株なら、よそに取られる前にこっちで取り込んでおきたいでしょ。実力があって人格もウルリカのお墨付きがあるなら問題ないわ。……本当は誰かさんのために開けてた近接役の枠だったんだけどね」
シーナが俺を睨んでいる。コッワ。
別に入りたいなんて言ってねーもんよ俺。非難される謂れはねぇぞ。
「うん。僕もウルリカと一緒のパーティーに入れるなら安心かな。……是非、僕の剣を見てください。ご期待に添えるかどうかはわかりませんが」
そんな言葉とは裏腹に、レオの表情は自信ありげだった。
「って、対戦相手俺かーい」
「暇なら良いでしょ」
「モングレル先輩、応援してるっス」
「ゴリリアーナと打ち合った方が実力はわかりやすいんじゃねぇ?」
「わ、私も見学してみたいので……すみません、モングレルさん……」
なんだよ全く……まぁ良いや。暇してたしな。
ウルリカの幼馴染がどんな実力なのかを見るにはちょうどいい機会だ。
何より相手は二刀流とはいえショートソード。
俺のバスタードソードの圧倒的リーチで蹴散らすには申し分のない相手だ。
久々に格下リーチの相手と戦えるぜぇ。ケッケッケ。
「モングレル先輩なに片手に盾握ってるんスか! 普段そんなの持たないじゃないっスか!」
「うるせえ、二刀流相手に一本で挑めるか! 両手でも片手でも扱えるのがバスタードソードの強みじゃい!」
「ふふふ、仲が良いね。けど僕の実力を見せる場だから、しばらくは防御に回って貰えると嬉しいな」
「ああ、そりゃ当然だ。俺をゴーレムか何かだと思って本気で打ち込んで来いよ、レオ。全部受け止めてやるからな」
「ふぅん、格好良いこと言うね」
レオが二本の木剣を構える。
今にも舞でも始めそうな、どこか美しい構えだ。
まぁ最初だし、俺は盾受け中心にしておこう。
「では……始め!」
シーナの声と共に、レオは一気に距離を詰めてきた。最初はスキル無しの純粋な打ち合いだ。
しかし速い。強化使ってるなこいつ。
「はッ!」
「うお」
レオは二本の剣を流れるような動きで操り、素早い連撃を俺に叩き込んできた。盾が絶え間なくバシバシと叩かれ、圧力が掛かっている。
「まだまだ、だよ!」
「っと」
そしてステップからの方向を変えた乱撃。盾を一瞬で避けて無防備な右側からの攻撃が来た。こいつはすげえ。手慣れてやがるな。
バスタードソードがなかったら即死だった。
一撃の重さは軽め。しかし手数と速度、そして身体強化で戦うなかなか見ないタイプの剣士のようだ。面白い。
てかもう現時点で既にブロンズ超えてるだろ。そら昇級早いわ。
「よし、じゃあ反撃してくぜ! カカシ叩きだけが能じゃねぇだろうな!?」
「おっ、と!」
ラッシュは見たので、今度はこっちからも攻撃を入れていく。
カイトシールドをガン待ちだけでなくバッシュにも使い、バスタードソードはリーチを生かして遠間から攻めていく。
が、レオの剣捌きは器用なもので、こっちの突きや斬りを上手くずらしたり、弾いたりしてくる。で、無防備を作り出したそこに飛び込んでまた果敢に攻めると。
なるほど、優秀なアタッカーだ。スキル無しでも充分に強いぞ。けどもちろん、なんも無しってことはないだろう。
「よーしじゃあレオ、使えそうなスキル使ってこい! 装備を壊さない範囲ならなんでも良いぞ!」
修練用の装備なんで壊されちゃたまらんが、その心配が無ければ使っても良し。
これで実力の全てが引き出せるはずだ。
「! 良いね、モングレルさんも強いじゃないか……わかった、行くよ! “
「うわ、レアスキル」
レオの目が緑色に光り、身体が穏やかな風を纏う。
このスキルの発動中は術者の身体が軽くなり、身に纏った風は飛び道具の攻撃を受けても何発かを吹き飛ばしてくれるという。
「はぁッ!」
「はっや!? うおおっ」
再びラッシュを叩き込んできた。しかも今度は最初よりも速い。一撃一撃は更に軽くなってはいるが、回り込み攻撃の頻度と速度が抜群に上がっている。スピード特化だなマジで。
このままだといつか隙を突かれて身体に一発もらいそうだ。その前に……。
「オラッ!」
「!? くッ……打ち上げか……!」
“
軽いもんだから簡単に吹っ飛ばせる。手軽に距離を取れるし相手のスキルの時間切れも狙えるから好都合だ。なんなら空中にいる相手に石でも投げれば更に鎧を剥がせるしな。
レオがゆったりと着地して、同時にスキル効果が切れた。
燃費がどうだったかまでは覚えてないが、さほど軽くはなかったはず。連続でも使えなくはないだろうが……まぁ、こんなもんだろ。
「……はい、そこまで! うん、うん……良いわね、とても良い……ウルリカから聞いてた以上だわ」
「でしょでしょー。レオは速いし綺麗に戦うんだよ。身内贔屓ってわけじゃないけどさ、ゴリリアーナさんとはまた違った活躍の場があるから、入れるのもアリだと思うよ」
「剣舞みたいでカッコいいっス!」
「は、はい。そうですね……! 鮮やかでした……!」
アルテミス内での評価は高い。
そうだな、俺から見てもシルバー2以上はあるように見える。特に対人戦なら相当有利が取れそうだ。敵の飛び道具を何発か受け止めるタンクになれるのも良い。
ツラも良いし性格も良いし最高の物件なんじゃないか? 俺がリーダーなら迷わず取るね。
「はぁ、はぁ……驚いたな、モングレルさん。まさか僕の攻撃が、一発も通らないなんて……」
「いや、お前の剣も速くて怖かったよ。良い勝負だった」
「ふふ、ありがとう。ウルリカと一緒に任務するだけのことはあるね」
イケメンは汗だくになってもイケメンだ。
俺くらいの歳になると汗をかいた時に爽やかってイメージがまず出てこないからな。ただただしんどいだけだ。
「レオ。他にもメンバーはいるから、みんなの意見も集めておきたいと思ってはいるけど……私は貴方の入団を歓迎したいと思っているわ。どうかしら?」
「是非。……ウルリカと同じで、男ですけど……それでも大丈夫でしたら」
「問題無いわ。アルテミスも少しずつ柔軟になっていかなきゃいけないもの。……これからよろしくね」
「はい!」
「やった! 後輩ができたっス!」
「えー? でもレオは狩人としてはライナよりも先輩だと思うなー」
「後輩じゃなかったっス……?」
「よ、よろしくお願いします……!」
「歓迎するぜレオ! これから頑張っていこうな!」
「貴方は部外者でしょうが!」
こうしてアルテミスのメンバーが一人増えたのだった。
ぱっと見女ばかりのメンツに突然現れたイケメンの男……。
これは……荒れるぜ! 間違いなく!