バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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レオ視点


送られ狼と眠れる獅子

 

 僕はレオとして生まれ、エレオノーラとして育てられた。

 

 男であることはひた隠しにされ、髪は切らずに伸ばし続け、女物の服を着せられる。喋り方や振る舞いにもそれを求められ、それが当然であるようにも教えられてきた。

 

 当時、僕の暮らしていた村ではとても悪い代官がいて、村の子供、それも男の子ばかりが攫われていた。

 代官は顔立ちの美しい男の子ばかりを近くに侍らせて、……それだけならまだしも、きっと酷い目に遭わせていたのだと思う。攫われた男の子達が帰ってきたという話は聞いたことがなかったから。

 だから僕も、自分の親が必死に僕を着飾らせようとすることもなんとなく理解できたし、大人しく従っていた。

 代官もずっといるわけじゃない。いつかは死んだり、いなくなったりする。それを待つだけ。

 

 ……男が女の子の格好をするのはおかしい。

 父さんは家でよく嘆いていた。

 

 もう少しの我慢だぞ。僕は何度も励まされ、暮らしていたんだ。

 

 

 

『見て見てーエレオノーラ! 髪留めもらっちゃったの! 可愛いでしょー』

 

 男が女の子の格好をするのはおかしい……そう多くの人が思っていた中で、何も辛く思ってなさそうな子が一人だけいた。

 それがウルリカだった。

 

 あの子は恥ずかしがることも気持ち悪がるようなこともなく、なんというか自然体のまま自分の姿を受け入れているように見えた。

 

 ……けど、それは多分ウルリカがもともと可愛いからだと思う。

 あの子は他の子よりもずっと顔立ちが綺麗だし、体格もどちらかと言えば華奢だし、声変わりしても高い声を維持できていた。

 昔からそうだ。大人から気に入られる仕草や声色を作るのが上手で、彼は色々な人から色々なものを貰っていた。そんな過ごし方をしていれば、まあ、楽しいだろうなと思う。

 

 他の子が成長と共に男らしくなっていく自分の取り繕い方に悩んでいる中で、あるいは女の子の中に混じっている時だって、ウルリカは一人だけ明るく輝いていたんだ。

 

 僕は羨ましかった。何も苦労せずに女の子を維持できるウルリカが。僕は色々と思い悩み、頑張っていたのに。

 ……実のところ、少し嫉妬していた部分もある。

 けどそれ以上に、ウルリカは誰にも優しくて、明るくて……希望になっていた。

 

 

 

「いやー、久しぶりだねーレオ。あはは、なんか呼び慣れないなーこれ」

「慣れてよ。僕はもう普通の男として暮らしてるんだから」

 

 ウルリカと二人で、レゴールの静かな酒場に来ている。

 久々の再会だから、二人で色々と話したかったんだ。

 

 ウルリカと再会した時に思ったのは、“綺麗だ”ってことだった。

 

 正直、驚いた。僕らくらいの歳になったらもう、流石に女の子にはなれないだろうと思ってたし。

 けどウルリカは未だに女の子としての自分を維持している。

 

「これからは同じ“アルテミス”のメンバーだしねー……うん、また昔みたいに一緒に狩りできるわけだ。楽しみだなぁー」

「うん、僕も楽しみ。けど、まだまだギルドマンになって日は浅いから……みんなの足を引っ張らないように頑張るよ」

「うーわ。相変わらず真面目ー」

「普通だよ」

 

 僕とウルリカは故郷でよく狩りをして遊んでいた。

 ウルリカは弓が上手で、僕は剣の扱いが上手かった。どちらも父親からひっそりと教わっていたものだ。大人になった時、男として強く暮らしていけるようにと、そんな願いを込めて教えていたんだと思う。

 

 結果、ウルリカは力強い弓の扱いに長け、僕は素早く手数の多い剣技を身につけるに至った。僕らが力を合わせれば、どんな魔物とでも戦える気がした。

 

「村の近くじゃあまり良い獲物出なかったからなぁー。やっぱりレオも出てきちゃったかぁー」

「……うん。家族を置いて行くのは少し心苦しかったけどね」

 

 問題は、僕らの狩人としての実力が村周辺の狩場では持て余し気味だった事だ。

 魔物が少なくて平和なのは家畜にとっては良い事だけど、狩人にとってはいまいち物足りない。特にウルリカはそんな環境に早々に飽きがきてしまったのか、村を飛び出してしまった。今の僕だって似たようなものだ。より良い獲物を狩るために、故郷を捨ててやってきた……。

 

「バロアの森は良いよー。歩きやすいし、獲物は多いし」

「うん、聞いた。街の近くに大きな狩場があるのって良いよね。ドライデンも規模はあるけど……」

「歩ける場所が限られてるから、他の人と鉢合わせること多かったなぁー。ずっと同じ水場で野営してる山賊みたいな人もいるし。私も何回か潜ってたけど、すぐにレゴールに移っちゃったよ。ライナも似たようなクチだねー」

「あはは……きっと今でも変わってないと思う。僕がいた時も、似たようなものだよ」

「サイテー。私あの支部好きじゃなーい」

 

 懐かしいな。ウルリカと一緒に狩りの話をしてる。とても楽しいや。

 それに、お互いにエールまで飲んで。……僕たちもお酒を飲めるようになったんだ。時の流れって早いよね。

 

「……ウルリカはさ。とても……綺麗になったよね」

 

 ウルリカの長いまつ毛を見ていたら、つい、ポロッと本音が出てしまった。……どうしよう、少し恥ずかしいな。

 

「え? ええー……? それって……昔は綺麗じゃなかったってことー?」

「ちっ、違うよ。ごめんいきなり。……もうこの歳なのにさ、ウルリカが綺麗なままで驚いたんだ。ほら、僕なんてもう……男らしくなっただろ?」

「……ふーん? えへへ、ありがと。私も日々頑張って維持してるわけですよ。レオは……」

「僕が着たらもう、変態になっちゃうよ」

 

 背もウルリカより高いし、色々と骨張ってきたし、声も低くなってるし、手もゴツゴツしてる。

 今の僕にはウルリカみたいな服は絶対に似合わないだろうし、そんなのを着て街中を歩いたら衛兵さんが飛んできそうだ。

 

「ふーん……でも、まだレオは顔とか肌の手入れ続けてそうだね」

「……え、いや、それは」

「ま、良いんじゃない? 綺麗な顔立ちの男の方が汚いより良くしてもらえるだろうしさ。うちらのパーティーも、その方が一緒に居て不快感も無いから」

 

 ……手入れを続けてるのがバレた。すごいな。……そうだった。ウルリカはそういうところが変に鋭い子なんだった。

 ど、どうしよう。話を変えないと。

 

「あの、モングレルさんだっけ。今日僕と戦った人。あの人も結構身綺麗にしてたよね。ギルドマンの人って汚いイメージあったけど、あの人は清潔な感じがしたよ」

「ああ、モングレルさん? やっぱレオもそう思うよね。そうなんだよー、あの人すっごい綺麗好きなの。私と同じくらいかもね」

 

 良かった。話に乗ってくれた。

 

「最近よくお世話になっててさー……アルテミスで任務する時も、たまに一緒に居たりもするんだよ。適当なこと喋ってる事も多いけど、結構優しい良い人だよ」

「そうなんだ。……模擬戦も、僕もまだ本気は出さなかったけど……強い人だったね」

「うんうん。いつもソロでやってるし剣一本で戦ってる人なんだけどね、戦うと強いよ。ランクは上げてないだけで、実力は多分シルバーかその上くらいはあるかも」

「……すごい。そうだったんだ……いや、でも納得かな。あれだけ僕の攻撃を防いでたから、そのくらいはあってもおかしくない。……これからもお世話になるかもしれないから、仲良くしないとだね」

「うんうん、それが良いよ。モングレルさんは色々なことを……私にたくさん、教えてくれるから……」

 

 ……ウルリカ? 

 あれ、ウルリカ……なんで、そんな顔を……。

 

 頬を赤くして、そんな、まるで恋でもしているみたいな……。

 

「あーお酒美味しいっ。すみません、おかわりー」

 

 ……お酒のせいかな。いや、でも……。

 

 モングレルさんと……なにかあるのかな。

 

「……ウルリカは、モングレルさんと仲良いの? あの人、ウルリカが男だってことを知ってたみたいだし……悪くはないよね」

「えっ? やーまぁ、そうだねー、良い……んじゃない? 一緒に任務も行くし……」

「アルテミスとして?」

「いや、個人的にも一緒に行ったことあるよ。うん」

「……大丈夫? 正直僕は……心配だな。ウルリカは綺麗だから、相手が男の人でも油断できないよ。そのモングレルさんに何か変な事とかされたりしてないだろうね?」

 

 ……あ、またウルリカの顔が赤く……。

 な、なんでそんな顔をするんだ。モングレルさんと一体、何があったんだ……? 

 

「な、何も無いよ。モングレルさんは優しいだけだから」

「本当に……?」

「ああでもたまに激しく痛く……でもそれも……」

「痛く!?」

「じゃなくて。いつもお世話になってる人だよ? そんな疑うのは良くないんじゃないかな……」

「……ごめん。ウルリカが変わらずやってるかどうかが心配だったから」

「……レオ」

 

 ああ、根掘り葉掘り聞きすぎた。良くなかったな。失礼だ。

 ……モングレルさんとの関係はちょっと気になるところはあるけど……再会して全てを聞き出そうとするなんて、急すぎるよね。

 

「でも僕は……うん、ウルリカがあまり変わってなくて、安心したよ。昔と同じ、綺麗なままで……ちょっとだけ、なんでまだ女の子の格好を続けてるのかなって思っちゃったりもしたけど……それだけウルリカが頑張ってるってことなんだよね。やっぱりすごいや、ウルリカは」

「……私、変わってなくなんかないよ」

「え?」

 

 ウルリカがにんまりと笑っている。

 ちょっと生意気そうな、昔みたいな……でも、昔とは違って、どこか色っぽいような……。

 

「確かに昔ほど何もしないままでは綺麗でいられなくなっちゃったけどねー……けど、今まで知らなかったことをたくさん教えてもらって……私、昔よりもずーっと女の子になれたんだよ……?」

「……ウルリカ……?」

「レオも……ううん、エレオノーラも。また“女の子”になりたかったら、私に相談してね? 私に聞いてくれたら、エレオノーラにだったら……色々、教えてあげるから……」

 

 今まで見たことのないウルリカの表情。

 

 背筋がゾクッとする。

 

 けど……女の子。また僕が……こんな、僕が? また、エレオノーラになんて……。

 

「あ、ありえないよ、そんなの。ちょっと飲み過ぎだよウルリカ」

「えへへ。久々にこんな飲んじゃった」

「全くもう……ほら、そろそろ帰ろう? クランハウスでしょ。送って行くから、立って」

「ん、ぁ……」

 

 え。

 

「ちょ、ちょっとウルリカ。なんて声出すんだよ……立ち上がらせただけで……」

「……ふふ、ごめんごめん。なんでもないよ」

「本当に……心配だよ。ウルリカ……」

 

 ウルリカは変わってないと思った。

 けど、彼は綺麗になった。そして……昔は感じなかった、色気も備えている。

 

 ……モングレルさん。まさか、貴方がウルリカに何か変なことを……? 

 ……い、いや。考えすぎか。あの人とは話して、悪い人じゃないのはわかってる。でも……。

 

 ……僕も飲み過ぎかな。今日は早めに寝ておこう……。

 

 

 


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