バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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美味しい酒と美味しいアイス

 

「ほ?」

 

 冬の寒い市場を歩いていた俺が、それを見つけた時の声である。

 

「ウイスキー特別価格だよー」

 

 ウイスキーが、売っていた。

 値段は見てない。なんなら店の様相も見てなかったので覚えてない。

 

「ほぁあああああ!?」

「うぉっ、なになに」

「よこせええええ!」

「うわっ、なんだなんだ! 欲しいなら買え!?」

「買ったぁああああ!」

 

 危うく衛兵を呼ばれかけたものの、俺は無事にウイスキーを購入できた。

 値段は言えない。値段を聞いても笑わなかった奴だけが値段を聞いても良い。

 お前は値段を聞いても笑わない人間か? 心して答えろ。

 

 

 

「ケンさんケンさん。見てくれよこいつを」

「えぇー? なんですかモングレルさん。まさか今の値段じゃタンポポ茶が高いって言うんじゃないでしょうねぇ……」

「いやそんなこと言わないですって。コレほら」

 

 俺は自腹で買ったクソ高級なウイスキーをケンさんに見せびらかしていた。

 ケンさんの店は日を追うごとに店内が高級感を増してゆく。そろそろ俺の貧乏性な利用法が場違いになってきたが、ここらへんがテコ入れの時期だろう。

 俺の有用性を示さなければならない。

 この世界に恒久的に使える株主優待券は無いのだ。

 

「これは……お酒、ですか?」

「飲んでみてくださいよこれ。てかウイスキー知りません? 今年の祭りとかで出てましたけど」

「いやぁ知らないですねぇ。あまりお酒は飲まないもので……趣味でもないですし……」

「飲んでみな、飛ぶぞ」

「怖いなぁ……」

 

 ケンさんに小指の厚さの半分くらいの量のウイスキーを注ぎ、飲ませた。

 その僅かな酒をケンさんはおそるおそる飲み、口の中で律儀に味わい、暫く考え込んだ。

 

「……どうですよ、この酒」

「……モングレルさん」

「はい」

「なんてものを……飲ませてくれたんですか……!」

「お、おお……? これは良いのか悪いのか……」

「このウイスキーを作った人を出してくださいッ!」

「いやすいませんそれは知らない!」

 

 ケンさんがいつになく興奮している……! これは一体……!?

 

 

 

「モングレルさん……貴方はいつも私の欲しいものをくれる……コレは素晴らしい」

「お気付きになられましたか」

「ウイスキー……菓子に合う酒とは……さすがは私の見込んだお菓子ソムリエです」

 

 菓子ソムリエ……甘美な響きだ……けど多分それは俺じゃなくてケンさん貴方だぞ。

 

「この煙臭い香り……焦げ付いた木のような風味……しかし不思議と菓子に合う……何故でしょうか……?」

 

 俺が持ってきたウイスキーはケンさんのお気に召したようである。

 よしよし、これで良い。これで俺の計画が更にもう一段階進む……。

 

「ケンさん……最近儲かってるんですってね、この店……」

「おや……耳ざといですねぇ、モングレルさん」

「いや耳ざといというか……」

 

 そもそもこの店に入る前に、なんかもう隣にあった個人料理屋が潰れてケンさんの店に吸収されてたし……どう見ても儲かってるから……。

 

「ええ、確かに私の店は大きくなりました……調度品もこれ以上の物を買えば雇った人らに持ち出され大損害を出しかねないほどの品ばかりです」

「ケンさん、そういうことお客に言わないようにな?」

「おっとそうでした」

「不用心だな……いやそうでなくてね。ケンさん、儲かっているのならこのウイスキーを店に置くってのをおすすめするぜ。味見してもらった通り、この酒は菓子と抜群に合うんだ。値段のわりに嵩張るものでもないし、客には高値で捌ける。ケンさんくらいの店になったなら、そろそろこいつを揃えておくべきだと俺は思うね」

 

 そして常に俺にウイスキーを提供できるバーになってくれ。

 俺が個人で酒を仕入れるより絶対そっちの方が間違いねえから!

 

「いえ……確かにこのお酒を仕入れたい気持ちはあるのですが……実は今、それどころではないといいますか……」

「ええーなんだよぉケンさん。また何かトラブルでもあったんすか」

「トラブルと言いますかねぇ……」

 

 ケンさんは店内を見回し、俺との会話を盗み聞きするような奴がいないことを確認した。

 

「……実は、最近さるお方より“新しい若い女性貴族向けの菓子”を開発するようにお達しが来てましてね……」

「さるお方が貴族に向けて何か作れったらそいつはもう貴族なんよ」

「まぁ包み隠さず言えば貴族です」

 

 包み隠さず言っちゃったよ。まぁわかりきってるから別にいいんだけど。

 

「しかしどうもこの話、私だけでなくレゴールの他の菓子店にも通達されているらしいのですよねぇ。依頼主の方はどうやら各店を競わせて最も良い菓子を採用し、その女性に提供する予定なのだとか……」

「おおー、これはまた料理漫画的なコンテストじゃねえか……」

「どう思いますか? モングレルさん」

「どうってそりゃ、とっておきのお菓子を」

「無駄だと思いません?」

「無駄……え?」

 

 ケンさんは、死にかけのゴブリンを眺めているような呆れた顔をしていた。

 

「レゴールで一番美味しい菓子職人といえば私じゃないですか? それをわざわざ審査など……ねぇ?」

「いや、ねぇって……ケンさんどうしたんだ。いつのまにそんな自信家に……いや最初からか?」

「私以外の参加者は必要なく、もうそのまま私だけを必要な時に呼べばそれだけで」

「いやいやいや落ち着きましょうケンさん」

 

 自信があるのはいい。実力があるのも知ってる。でもビッグマウスは時に身を滅ぼすぞケンさん。

 というかケンさん絶対そこらへんの性格で王都から追放されただろ!人柄に問題あるオーラ出てきちゃってるぞ!

 

「ケンさん……そいつは甘いぜ。確かにケンさんの菓子作りはすげぇよ。でもいつまでもその実力のまま序列が変わらないだろうってのは……さすがに甘すぎる考えだぜ。ミカベリーのドライフルーツより甘ぇよ」

「ミカベリーのドライフルーツより!?」

「最近、レゴールじゃ連合国の素材も扱うようになった……料理屋も各地の食材を使った面白い飯を考えて作ってる……だが、ケンさんの店はどうだい? 何か考えたんですかい?」

「ええ、まぁ三種か四種ほど……」

「そっか……結構勉強熱心だな……」

 

 俺はウイスキーを一口飲み、甘酸っぱいカルメ焼きみたいなデザートを一口齧った。

 

「……そのままじゃ駄目だって話だぜケンさん!」

「ええ!? 駄目なんですか!?」

「ケンさんが新しい商品を作ってる間に、他の店は倍くらい新しいの開発してるに違いねえんだ!」

「ええー……いやぁそうですかねぇ……? そんなに作れるようなら私の店がここまで成長してないような気も……」

「それに勝つためには! 今までにない画期的なお菓子が必要なんだ……! というわけで俺がこの前市場で立ち読みした本からとっておきのお菓子のレシピをケンさんにお伝えするぜ!」

「お、おお……!? 話の流れはともかく、それは気になりますね!」

 

 よし、自然な導入ができたな!

 

「菓子名は……アイスクリーム! この冬とっておきの冷たいデザートだぜ!」

「おお……!」

 

 というわけで、俺はケンさんにアイスを作ってもらうことにした。

 ウイスキーがあるからね。アイスが出来て、そこにウイスキーが掛かってみなさいよ。

 飛ぶぞ。

 

 

 

「なるほど、材料はほとんど酪農系ですね」

「冬場は雪を使ってもいいんですけどね。ケンさんが氷室と契約してて助かったよ」

「ぬふふ、良い菓子作りには氷室は欠かせませんからな」

 

 必要な材料は牛乳、生クリーム、卵黄、砂糖だ。

 作り方は基本的に全部混ぜるって感じだな。何も難しいことはない。ご家庭でもできる簡単スイーツだ。

 バニラエッセンスがあったほうがそれっぽくはなるが、この世界にそんなものはない。諦めよう。プリンの香りと一緒にな。

 

「で、鍋で加熱したこれに入れて混ぜるわけですな」

「そうそう」

「モングレルさんの泡立て器のおかげで捗りますよぉ」

「えーまじっすかぁ。いやいやぁ」

「ぬふふふ」

「でへへへ」

 

 男同士で気持ち悪い笑い方をしているが、ここから数時間ほど冷やし、その間適度にかき混ぜなければならない。

 氷室の氷に塩をぶっかけた即席急冷システムで、そこそこ良い感じに冷えてくれるだろう。しかし俺もその間ずっと店にいるわけにもいかない。

 

 

 

「おいチャック、試合しようぜ試合」

「ぁあ~!? なんだよモングレルてめぇ~!? ってなんかちょっと酔っ払ってるな~?」

「いいから修練所でちょっとやろうぜ。一杯奢るからよぉ」

「しょうがねぇなぁ~やるかぁ~!」

 

 詳細は省くが、俺はチャックを適度にボコボコにしてやった。

 

 

 

 さて、もうすっかり夜になってしまったが……アイスの出来栄えやいかに。

 

「モングレルさん……これです、これですよ……! これは素晴らしいお菓子です……!」

「おお……!」

 

 ケンさんのお店に戻ってみると、ついにアイスが仕上がっていたのだった。

 ケンさんは既に味見したのか、上機嫌でスプーンを振り回している。危ないからやめて欲しい。

 

「どうですか、モングレルさん。私はこのお菓子に可能性を見出しましたよ……!」

「うん、うん……」

 

 香りはちょっとあれだが、使っているのは新鮮なミルクと地鶏の卵だ。不味いわけがない。超うめぇ。

 

「最高ですよケンさん! 俺はこんな美味い菓子を初めて食った……!」

「わかります、そうですよねぇ! いやぁ。まさかまだ世の中に私の知らないお菓子があるとは……私に権力があればモングレルさんの見たその書とやらをこの世から抹消しなければならないところでした……」

「世界は広いよな……よーし、アイスにウイスキーかけちゃお。えーい」

「ちょっとモングレルさん? それは現時点で既に完成してるお菓子でしてねぇ……後から何かを足すなど……」

「いいから一口食べてみてくださいって、ほれ」

「ぬぐ、んむんむ……こ、これは……なかなか……!」

 

 よし、ケンさんがアイスとウイスキーのコンボにかかった。

 

「……これは……審査後は真剣にウイスキーの導入を検討する必要があるかもしれませんねぇ……」

「ッシャオラァッ」

 

 俺はガッツポーズした。やったぜ。

 

「ひとまず料理の審査に受かった後、ウイスキーを融通してもらえないかどうか掛け合ってみることにします。店に並ぶのはそれからですね」

「受かるのは前提なんですね」

「負ける要素がないので……」

 

 言いてぇ~そのセリフ今度ギルドで使うわ。もしくは任務中ゴブリン相手に使う。

 

「ぬふふ、これならレゴール伯爵もお喜びになるでしょうねぇ」

「はははは……なにて?」

「ああいえ、なんでもありませんよ。ぬふふふふ」

「あはははは……?」

 

 レゴール伯爵……レゴール伯爵!? 伯爵御用達スイーツの審査かよ!?

 それ先に言ってくれよぉ……! 提案するものは特に変わらなかった気もするけど……!

 

 


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