バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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レオの風聞と冬の仕事

 

 “アルテミス”の新入りである青年、レオは話題の人だ。

 これが大地の盾とか収穫の剣ならまだ話題性は無かった。男所帯に男が入ってもこれといってどうも思われんからな。

 しかしレゴールにおけるアイドルパーティー、“アルテミス”に男が入ったとなれば話は変わってくる。

 

 仕事も出来て綺麗所の女の子達が集まっているパーティーにある日突然黒髪二刀流イケメンが加入するのだ。しかもレゴールに移籍してすぐにだぜ?

 これでアホだらけのギルドマンたちにレオを妬むなっていうのは無理っつーか酷な話だろう。

 既にアルテミスには男メンバーが居るなんて説は霞むほどである。いや、むしろそっちをもうちょい掘り下げろよって話ではあるんだが。噂とか都市伝説とかじゃなくて普通にいるぞ。

 

 レオが加入してすぐの頃は、それはもうギルドは荒れたもんだ。

 酒場がアイドルに恋人がいたことが発覚した時みたいな荒れ方してたな。お前らアルテミスの誰よって感じの無関係な男たちが勝手に苦しんでいる様を見ながら飲む酒は美味かったが、同時に連中が暴走してレオやパーティーに被害が出ないかどうかは心配だった。いつの世もどこの異世界でもストーカーじみた男はいるのである。

 

 が、それも本当に最初だけ。

 レオが丁寧な物腰の青年であることや、ウルリカの幼なじみであるといった情報が伝わってゆくと、次第に周囲の態度は軟化していった。

 特に他の大手のパーティーはアルテミスと揉め事になりたくもないだろうから、“よそ様のパーティーに失礼を働いた奴はぶん殴るぞ”と早々に内部に通達していたのも大きいだろう。大手の姿勢を見習うように、次第に他のギルドマン達も彼に対する態度を改めていったのだった。

 

 かくしてようやくレオ青年に平穏が訪れたわけである。

 まぁここまで面倒くさい拗れ方をしてたのは、冬でみんな暇だからってのもあるかもしれないな。

 

 

 

「……でもなんかさぁ。なんとなくレオが俺にそっけない気がするんだよな……?」

「そうなんスか?」

 

 俺とライナは森の恵み亭で酒を飲んでいた。

 今日はおじさんの愚痴を若い女の子に聞いてもらうという、前世だったら数千単位の金を取られるサービスを提供してもらっているところだ。

 お互いにというか冬の間はアルテミスが暇してることが多いので、こうして飲む機会も増えた。俺としては気楽で良い季節だが、若いライナにとってはちょっと退屈すぎるかもしれないな。

 

「レゴールに来たばかりだし色々案内してやろうとはしたんだけどなぁ。なんか丁寧に断られることが多いっていうか……けど別に俺みたいな男を避けてるってわけでもないし……」

「レオ先輩にそんなことするような印象無いんスけどねぇ……アレックス先輩とはよく話してるし……」

「だよなぁ」

「モングレル先輩がまた何かしちゃったんじゃないスか」

「またって何だよまたって。俺は過去も未来も現在もなにもやらかしてねえぞ」

「っスっス」

 

 しかし改めて思い返してみても、レオに嫌われるようなことをした記憶がない。

 おっさんは無自覚におっさんムーブをかますことで世間から嫌われる生き物だが、もしやそれだろうか。モングレル30歳。精神年齢はもはやおっさんから結構超えてるレベルだと思うが、マジで俺が厄介おじさんと化しているんだろうか……やべえな。将来くるかもしれないハゲよりも怖くなってきたぞ。

 

「それよりモングレル先輩、私達ちょっと春にデカめの仕事もらったんで、王都まで護衛に行く予定なんスけど……」

「おー、インブリウムか。そういやライナは王都行ったことなかったんだっけか」

「っス。向こうでちょっと観光もするみたいなんで、超楽しみっス」

 

 王都インブリウム。言わずもがなハルペリア最大の都市だ。

 人も物も金もなんだって集まっている超重要都市であり、ハルペリアの田舎者にとって最大の憧れの地である。

 レゴールから王都行きの乗合馬車もかなりの数出ているので行こうと思えば行ける都市だが、ギルドマンにとっては活動圏がちょっと離れすぎてるせいで馴染みが薄い。レゴールにはバロアの森があるからな。王都周辺にはマジでそういう魔物が湧く場所が無いから退屈だ。向こうの任務は護衛ばっかでなぁ。

 

「せっかくなんでモングレル先輩も王都一緒に行かないっスか。護衛任務も一緒に……」

「俺は良いや。アルテミスの皆で行って来いよ。土産はなんか面白そうな図鑑で良いぞ」

「そんなの買うお金は無いっス! ……一緒に王都巡りしてもいいじゃないっスかぁ」

「王都なぁ……まぁシーナ達が一緒なら大丈夫だとは思うんだが、気をつけろよ。向こうは田舎者を騙そうとする商売人も多くて危ないからな。俺はそういうのが嫌で行きたくねーんだ」

「マジっスか」

 

 特に髪のせいなのかすぐにぼったくろうとしてくるんだよ王都の商人は。

 蚤の市みたいなところでちょっとした物買おうとしてもふっかけられるんだぜ。普通に不愉快でやってらんねーよ。

 サングレール人のハーフ+ギルドマンの食い合わせがあまりにも悪すぎる。

 

 けどまぁ、王都の荘厳な建造物を眺めるのはなかなか楽しいもんだぞ。

 レゴールでも貴族街くらいにしかない総石造りのバカでかい建物もたくさんあるし、土地柄魔物避けの香草がそこらへんに生えてたりもしておもれーぞ。

 特に薬草栽培農場の近くのポーション工房から漏れ出る煙とか一度匂い嗅いでみてほしいな。楽しいぞ。見てる側は。

 

「ちなみに俺が今欲しい図鑑は魚のやつな。資料室にあるやつよりも詳しい図鑑頼むぞ」

「そういうお高いのはさすがに自分で買って欲しいっス……」

 

 ライナちゃん冷たくておじさんショックだなぁ~(泣)

 もっと社会人として目上の人に対する敬意を持ったほうが良いと思うよ? これ、おじさんからのアドバイスね(笑)

 

 

 

 そんな飲み会から数日経ったある日のこと。

 俺はクソ寒い空の下、バロアの森で追加の伐採作業を手伝っていた。

 

 冬の伐採作業は寒すぎて普通にキツいが、魔物が居ない分いつもより人件費をかけずに作業ができるのだ。

 まぁキツいから誰もやりたがらない仕事になるんだがね。魔物が居ないってことはそれだけ肉や毛皮が穫れないってことでもあるので、秋の伐採はそういうところでそれなりに旨味もあるんだが、冬はそういうのもない。

 けど冬のレゴールでギルドマンが金を稼ごうと思ったら、こういう寒くてキツい仕事もちっとはやっていかないとな。

 衝動買いしたウイスキーのせいでまた金欠になったから形振り構っていられねえんだ俺は。

 

「モングレルさん」

「お? ……おー、レオか。お前も伐採作業に?」

「うん。シーナ団長からよく“バロアの森に慣れておけ”って言われてるから、ちょっと前から慣らしがてら任務を受けてるんだ。今日はゴリリアーナさんと一緒だよ」

 

 レオの後ろには動物の毛皮を豪快に身にまとったゴリリアーナさんが仁王立ちしていた。

 なんとなくこう、冬の景色が似合う女性ですよね。ゴリリアーナさん。雪が降っていれば尚それっぽかった。

 しかし俺に気付いて小さく頭を下げる仕草はものすごいギャップである。あ、どもどもこちらこそ……。

 

「モングレルさんがよければだけど、話しながら作業しない?」

「ああ、良いぞ。人数も少なくて暇だったんだ。話し相手が居るのはすげー助かるぜ」

 

 そういう流れで、俺とレオは駄弁りながら作業することになった。

 ……どうやらゴリリアーナさんは木材の運搬役らしい。さっきちょっと常人には持てそうにない丸太を担いでいたんだが……シュワちゃんかな?

 あのパワーで今回の昇級試験駄目だったらしいけど、何があったらそうなるんだよ。絶対あの人知識試験とかで引っかかってるだろ……得手不得手はあるかもしれないけど、もうちょい苦手分野も克服した方が良いと思うぜゴリリアーナさん……。

 

 

 

「レゴールのギルドは賑やかだね。かといって悪い感じはほとんどないし、とっても過ごしやすいよ。ドライデンの酒場は常連の大手パーティーが幅を利かせてて、窮屈だったからさ」

 

 手斧で横倒しになったバロア材の枝をサクサク払いつつ、レオ君が語る。

 俺は印のつけられた幹を斧でガツガツ殴って伐採中だ。役割分担してると作業が効率化されて助かるぜ。

 

「まぁな、レゴールはほんと平和だよ。“大地の盾”が秩序立ってるのが一番の理由だろうなぁ。チンピラが上に居ないっていうのはありがてえことだ」

「そうだね。軍人気質っていうのかな。あそこに所属してる人はみんな真面目で驚いたよ。ギルドマンじゃないみたいだ」

「実際半分くらいは軍人みたいなもんだしな。軍人からギルドマンに転向したり、逆に大地の盾から軍に入ったりとかな。まぁ真面目さで言ったらアルテミスも同じくらいのもんだろ。レオは良い所に入ったな」

「うん。皆良くしてくれて助かってるよ。クランハウスも綺麗だし……まだ働けてないのに個室も貰っちゃって、ちょっと心苦しいくらい」

 

 ああ、まだ冬だから討伐任務もやれないしな。それはしゃーない。

 

「春になれば仕事らしい仕事も増えるし、そう焦ることはねえよ。シーナは目つきと性格と言葉が厳しい奴だが、身内にはダダ甘だしな。真面目にやってりゃ問題ないさ」

「……ありがとう、モングレルさん」

 

 アルテミスが人員を切ったって話は聞いたことがないな。

 所帯持って半分引退しているようなメンバーは多いが、その人らが今でも裏方としてアルテミスを支えてる辺りなかなか強い絆で結ばれた所だと思う。その辺りの性質は少数の仲間内パーティーに近い。

 

「モングレルさんは……実はちょっとだけ、悪い噂も聞いたりしたんだ。暴力的だとか、嫌な奴だとか、そういう……ね」

「マジかよ? 事実無根も良いところだぜ。俺ほどこの世界に奉仕してる人間もなかなか居るもんじゃねえんだけどなぁ。その噂流してた奴を教えてくれよ。嫌がらせしてぶん殴ってくるからな」

「ハハハ……そうだね、僕もモングレルさんはとても良い人だと思ってるよ。……今、思い直した。ごめんなさい、僕もちょっとだけ、噂に流されてたかもしれない。だからその、最近少しモングレルさんのこと避けてて……」

「ああ、やっぱそういうことか」

 

 良かった。俺のおじさんオーラが知らない間に漏れまくってたのかと思ってたわ。

 

「噂ではその、ウルリカに酷いことしてるんじゃないかとかそういうのも聞いたから……」

「俺が? ウルリカに? 無い無い。ガキ相手にそんなことするかよ。それどころか今まで俺があいつにどれだけ美味い飯食わせてやったと思ってるんだ」

「だよね、うん」

 

 カニ料理、肉料理、魚料理。この世界がハーレム物のラノベだったら俺の飯で惚れてるレベルだぞ。

 いや、ウルリカに惚れられても困るが。

 

「まぁ、あんま気にするなよ、レオ。別にお前に何かされたってわけでもねーしな。改めてまた仲良くしてくれりゃそれでいいさ。というかアルテミスじゃ男はウルリカしかいないし、それはそれで窮屈だろ? パーティーに言いづらい悩みがあったら俺にでも言ってくれて良いからな」

「うん……ありがとう。悩み……とかはまだ無いけど、嬉しいな。何かあったら相談に乗ってくれると助かるよ。僕も、何か手伝えることがあったら言ってくれていいからね」

「おー。嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 

 ほんとよく出来た青年だよ君は。

 ウルリカもお前くらい真面目な感じだったら良かったのにな!

 

「あ、モングレルさん……その丸太、運んでも大丈夫ですか……?」

「おう、ゴリリアーナさん。重いけど大丈夫かい?」

「平気です。よ、いしょ……」

 

 普通はよいしょの一言でどうにかなるレベルの重さじゃないんだが、ゴリリアーナさんは脚立でも運ぶような気軽さで担ぎ、再び歩き去っていった。

 後ろ姿があまりにもたくましすぎる……。

 

「……なあレオ。あのゴリリアーナさん、最初見たときに男と間違えなかったか?」

「え? いやそんなことはないけど……? ちょっと失礼だよ、モングレルさん」

「あっはい、ごめんなさい」

「格好いい人だよね、ゴリリアーナさん。試験に落ちて悲しそうにしていたから、この仕事が気晴らしになっていると良いんだけど」

 

 ……やっぱ真面目すぎるとちょっと息苦しいかもな?

 お前はもうちょいウルリカっぽいフランクさがあっても良いと思うぞ!

 

 


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