雪が降りはじめた。
どこまでも続く鼠色の空を見る限り、おそらくかなり積もるだろう。
遠出を諦めて街でのんびりするには良い季節になってきた。
そんな寒空の下、俺はバルガーと一緒にギルドに向かっている。
朝っぱらにバルガーと出会って、話しているうちに俺がウイスキーを買ったことがバレたので、宿の部屋で一杯……いや二杯だけ一緒に飲んでいたところだったのだ。いらんところで自慢したい気持ちが出ちゃったわけだ。口を滑らせたぜ。次からは絶対言わねえ。
まぁそんなこんなで部屋飲みしているうちに、いつの間にか雪が降ってることに気付いてこうして慌てて出てきたわけだ。
俺も早朝に終わらせた馬車駅での積み込み作業の報告をギルドにする前だったもんで、やむなく外出だ。
畜生、さっさと報告して宿に戻っておけばウイスキーが減ることも、雪の降る中往復することもなかったってのに……。
「寒いなぁークッソォ……なんだこの雪は……ここ最近穏やかだと思ったら急に降ってきやがったなぁ……」
「俺のウイスキー飲んだんだから少しはマシだろー……うおー寒い寒い」
ただでさえハルペリアは寒いってのに、冬はマジで死にかける寒さだ。
自作の防寒着じゃ限界があるわ。
「見ろよモングレル、ラトレイユの頂で女神が地団駄踏んでやがる」
「……うっわぁ」
遠くに聳えるラトレイユ連峰の霞んだ山頂に、バカでかいオーロラがはためいているのが見えた。
女神の地団駄。ヒドロアの乱れた裾。信仰心の薄いハルペリアの人々が畏れる数少ない自然の姿である。
「こいつは積もるぞー……」
「積もる前にさっさとギルドで用を済ませて宿に帰るぜ俺は」
「馬鹿野郎モングレル、何のために俺たちがこの寒い中、重い装備を抱えて走ってると思ってんだ。報告だけ済ませて帰るなんて許さんぞ」
「あーあ……なんでよりにもよって今日装備の交換会なんてやらなきゃいけねぇんだ」
「お前が参加するって言ったからだろうが。天のご機嫌なんか読めるもんじゃねえよ、諦めろ」
憂鬱なドデカい白い息を吐き出し、俺はバルガーの後を追った。
今日はギルドの酒場でちょっとしたイベントが行われる。
装備交換会。
ギルドマンが各々使わない装備を持ち寄って、それを交換し合う集まりだ。
装備更新で使わなくなったけど、二束三文で売るのもちょっとなーっていう武器や防具を互いに持ち寄って、逆に自分が欲しいもんが出てればそれをもーらいってする奴だな。
この交換会では現金は使わず、物々交換だけで取引を行う。
もちろんピッタリと同価値の交換が成立することなんてほとんどないので、価値のすり合わせ端数は大体投げナイフとかリベットとか革の端材だとか、そこらへんで調整する感じになっている。むしろそっちをメインに集めてる連中もいるので、まぁなかなか活気付く会だ。
ブロンズやアイアンの連中が空いた時間にせっせと作ったダートも地味に人気がある。こういうところで地道な努力をした奴が装備を更新できるわけだな。
「おうバルガー、遅かったじゃねえか」
「さっみー……いやぁ今まで飲んでてな」
「もう始まってるぞー。お、モングレルもいるのかよ。ちゃんと交換できるもん持ってきたんだろうな?」
「失礼な物言いだなオイ。俺が取り扱うのは新品同様の美品だけだぞ」
「使ってねぇだけだろお前のは!」
既にギルドの酒場には多くのギルドマンが集まっていた。
普段は引っ張り出されないテーブルまで並べられ、各々が多種多様な装備をじっと値踏みしている。
市場のような光景だが、並ぶ品も客も物々しい。けど俺はこういう光景がわりと好きだ。異世界ファンタジーの塊って感じがしてすげー興奮する。何より、俺の欲しい装備品も出てくるかもしれないしな。
「あ、モングレル先輩。……なんか顔赤いっスね。飲んでたんスか? まだ昼っスよ……?」
「バルガーと飲んでたんだよ。あー寒い……ライナ、出品装備につける名札どこだ?」
「受付で配ってるっス」
「おうありがとう。ああ、報告も済ませなきゃな……」
ちらっと品揃えを見る感じ、武器は使わなくなったショートソードとかが多いかな。
あとは使ってみてイマイチだったやつとかだろうか。
しかし並んでるものの多くがジョスランさんが作った物なので、眺めてる連中は“どっかで見た剣だな”と苦笑している。まぁいつものことだ。ちなみにジョスランさんの打つ刀剣類は特別優れているわけでもない。マジで普通の武器だ。あの人は別にレゴールに生きる伝説の鍛冶屋ってわけではないのでね。
防具はボコボコになった盾を始め、ハードレザー系のものを中心に色々と出品されているようだ。靴系はなんか臭そうだけど、胴回りとかはまぁ悪くないかな。
レザーは新品よりも使い古されている方が着心地は良いから、他人の使用感を全く気にしないのであれば満足いく買い物になることだろう。俺は絶対に嫌だけど。
それよりも気になるのは、やっぱ小物系だな。
端材とか飛び道具とか砥石とか、細々とした数合わせの商品たち。ここらへんの補充が俺の狙いだ。
「チャクラムねえかなチャクラム」
「ないだろそんな骨董品」
俺の独り言が後ろにいたアレクトラに勝手に拾われていた。
いや確かに正式採用されなくなった飛び道具ではあるけど、だからこそこういう所にあるかもしれんじゃん……。
「アレクトラ、そっちの“収穫の剣”はどういうもん出してるんだよ」
「えー? 知らないよ。出してるやつもいれば出してない奴もいる。アタシらのとこは一括で交換品を管理するような協調性は無いからねぇ」
「……こういう時くらい結束しろよお前ら」
「やりたいやつがやりゃ良いのさ。そういうパーティーなんだよ」
相変わらず好き勝手やってるパーティーだ。
ハーベストマンティスを討伐した時のチームプレイはどこに置いてきちまったんだ。
「こっちの盾はリベットを打ち直せば使えるかもしれんな」
「暇だったし丁度いいか。おい、こいつを交換してくれ。“大地の盾”の投擲武器なら一通りある。欲しい物があれば選んでくれないか」
「お、そいつ貰ってくれるのか。ありがてぇ」
貧乏性な“大地の盾”は直せば使える系の防具を積極的に漁っている。
物々交換のプール品もパーティー共通で管理しているので交換成立件数も多い。この会を賑やかにしている一番の功労者だ。
「杖、人気ありませんねぇ」
「ないですね……わかってはいたことですけど……」
「ヴァンダールさんの装備の魅力を理解しないなんて! これだからレゴールの人たちはまったくもう!」
“若木の杖”は魔法使い用品を出してはいるが……まぁ、魔法使いのそもそもの数が少なすぎるので、閑古鳥が鳴いている。これは仕方ない。
品そのものは間違いなく良いんだろうが、その分交換レートも高そうだしなぁ。レゴールにいる魔法使い同士でコミュニティ作って個別に交換会やった方がまだ目がありそうだ。
「……間違いない。森の中でロストしたうちの矢ね。この五本で全部?」
「は、はい。森で事切れていたボアに刺さっていたもので……まさかアルテミスの人のものだったとは……」
「いえ、別に良いのよ。半矢で逃した獲物は私達のものではないわ。……その五本、交換していただけるかしら?」
「! え、ええ喜んで! 大丈夫です!」
アルテミスのシーナ達は主に弓関係のものに目をつけて取引に勤しんでいるようだ。
矢も消耗品のくせに意外と高いからな。こういう場所で細々と回収するのも大事なんだろう。
「えー? 私の使ってたこの胸当てそんなに価値無いけど良いのー? 本当にー?」
「お、おう! ちょうどそんくらいの物が欲しかったからな!」
「やった! ありがとー! 後で返せって言われても無理だからねー?」
……ウルリカが使用済みの防具をぼったくりレートで交換している場面を目撃してしまった。交換相手が持ち出したのは鏃のセットか。
しかしぼったくりレベルの交換だというのに、相手の男の方はとても満足そうな顔をしている。
「……これがウルリカの使っていた防具……グフフ……」
……まぁ、うん。
幸せってのは……決まった形をしてるわけじゃあないからな……俺は良いと思うぜ……。
「もー! 防具がなんもサイズ合わないっス! みんなぶかぶかっス!」
人混みのどこかでライナの鳴き声が聞こえた気がしたが、ちっさくて見つからんな。頑張れライナ。
「さーて。一通り見たが……うーん、あんま面白い装備はねぇなぁ」
結局俺は自分の出品してるテーブル前に戻ってきた。
ここにいれば俺の装備を欲しがる連中が集まってくるかもしれないからな。素早く対応するにはここにいるのが一番なのだ。
まぁさっきから一度も俺の名前を呼ぶ声は聞こえてこなかったので、今のところ欲しがってる奴はいないみたいだが……。
「あ、モングレルさんも出品していたんですね」
「アレックス、冷やかしなら帰ってもらおうか」
「いきなり酷い……まだ僕何も言ってないですよ」
最初に来たのはアレックスだった。
特に欲しいものは無かったのか、何も抱えている様子はない。ウインドウショッピングでもしに来てるのか。せっかくなんだしお前もちゃんと交換しろ。
「で、モングレルさんの品は……うわ、どこかで見た金属札」
「一から自分で組み上げるラメラーアーマー。創刊号はチャクラム10枚分」
「何を言ってるのかは解らないけど高いことだけはわかる……」
「どうせ冬場は暇なんだから組み立てちゃえば良いだろ!」
「自分でやれなかったくせに……」
「おうおうモングレル……ってお前、本気でそれ持ってきたのか」
アレックスと同じく特に何も交換してなさそうなバルガーもやってきた。
冷やかし要員が一人増えちまったぜ。
「バルガーさんこんにちは。バルガーさんは何を出品したので?」
「ボコボコになった盾。投げナイフ三本希望」
「売る気がないのでは……?」
「おい、バルガーの廃品なんてどうでもいいだろ。それよりこっち見ろよ、こっち」
「……あれ、このグリーブってモングレルさんのだったんですか? モングレルさんにしては驚くほど真面目ですね」
「お前シルバー3になったからって態度までデカくなってないか?」
アレックスが眺めているのは金属製のグリーブだ。
なんと鉄製である。膝近くまで覆う本格的なもので、これだけ装備してればパイクホッパーを蹴っ飛ばして討伐できる程度には頑丈な装備品である。
「そのグリーブなぁ……」
「なかなか良い感じじゃないですか……って、これ……拍車付いてるじゃないですか!? ええ、なんで騎兵の防具を持ってるんですか!?」
「あ、それ拍車って言うんだ。へー。騎兵の防具なんだ」
「知らずに買ったんですか!?」
「見たことはあったけどなんだか知らずに買ってたわ」
このグリーブ、かかと部分にこう……ウエスタン映画とかでよく見かけるアレ。ピザカッターみたいなコロコロがついてるんだ。ここが意外と革装備を作る際の罫書きに活躍してくれる。
ふーん。なるほどな、このピザカッターって拍車っていうのか。勉強になるなぁ。
「この拍車は騎兵が馬に乗ってる時、馬を脚で制御しやすくするためにつけてるんですよ。刺激を与えやすいですからね」
「え……それ痛くねえの?」
「馬は多少の傷なんてなんともないですけど……まぁ痛がることもあるんじゃないですか? けどこれを使うような場面だと、急加速が無ければ馬もろとも危険な状況でしょうし……」
ああ、なるほどな。まぁそうか。軍馬ならそんなもんだよな。
動物愛護団体が居たらキレそうなデザインだが、この世界の理には適っている。
「モングレルはいつも変な装備を買ってくるから飽きねえよな」
「こいつはすげぇ大真面目に買ったんだけどな。かかとで攻撃すんのかと思ってたわ」
「……品自体は良いですし、一応うちも騎兵がいますから扱えますね。モングレルさん、これ売る気あります?」
「チャクラムとかある?」
「ないです」
「じゃあ面白い武器とか」
「ないです」
「じゃあ無理だな」
「ええ……どっちかといえばモングレルさんの方が冷やかしに来ている気がするのですが……?」
俺のニーズを満足させられねえ交換会が悪いんだ。俺のせいにしてもらっちゃ困るなアレックス。
「モングレル先輩ー」
「おうどうしたライナ」
「向こうになんか面白い形のナイフがあったっスー」
「マジか! どれどれ、ちょっと見てくるか!」
「自由だなぁ……」
「こういう集まりは何杯か飲んでから参加すると面白いぞ、アレックス」
「バルガーさんも楽しみ方を弁えてますねぇ……」
ライナに呼ばれて変なナイフがあるというテーブルを見に行ってみると、なるほど確かにそこには変なナイフが出品されていた。
「おうモングレル、このナイフが欲しいのか? 酔っ払った時に面白いかと思って買ったはいいんだがよぉ、思っていたより不便でなぁ。お前こういうの好きだっただろ。なんか適当なナイフ一本で良いから交換してやるぞ」
そう言ってケラケラ笑う男が指差す先には、俺が作った十徳ナイフが置かれていた。
「……このナイフは……ナイフは……滅茶苦茶便利そうだしカッコ良いしすげー欲しいけど、交換しないッ……! 買ったお前が末永く大事にしろッ……!」
「え、なにその壮絶な顔……怖……」
「なんなんスかねこれ」
結局、俺はこの交換会で特に何も得るものなくそのまま帰宅した。
おのれ……どいつもこいつも面白みのない真面目な装備ばっかり並べやがって……。