バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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食欲と平和のハト

 

 火は盛大に燃やしてる。ついでにそこらへんの枝を集めておいたし、熱源としてはしばらく保つだろう。寝っ転がれるように毛皮も渡しておいたから、あそこで寝ていればそれなりに暖まるはずだ。

 なに、一晩薄着で過ごせるくらいの忍耐力があれば問題なかろうさ。アーレントさんのマッチョさが見せ筋でないことを祈る。

 

「三匹は欲しいところっスね。逆に言えば三匹獲ったら終わりにしてさっさとアーレントさんのところに戻らないと心配っス」

「だな。まぁしばらくは暖かくして仮眠もとったほうが良いだろうから、極端に急ぐことはないが……水は飲ませてやったし、まぁ肉が獲れなくても今日は問題ないだろう。あの筋肉ならしばらくは耐えられるはずだ」

「でもせっかくだし新鮮な何かを食べさせてあげたいっス。可哀想っスよ」

「ああ。何かしら用意してやって、腹拵えさせてからレゴールまで送っていってやろう」

 

 そういうわけで俺たちはセディバードを探すことにした。

 こうやって確固たる目標が出来ると、逆に張り切っちゃうのが狩人ってもんなんだよな。漫然とボアとかディアを探して狩るよりもよっぽど身が入るぜ。

 

 

 

 一応弓剣を手にしつつ、森の中を歩いてゆく。

 俺とライナは小川を挟んで移動だ。こうすると二つの視点から獲物を見つけやすくなる……ということらしい。まぁ、俺がいざという時はひょいと川を跨げるからこそできるやり方ではあるな。

 

「セディバードは川の端にいることが多いんスよ。貝を探してトットットって歩いてるのがよく見つかるっス」

「ほーん」

「だからその辺りの茂みなんかに隠れてることもあるんで、見とくと良いっスよ」

「慎重に歩くようにしてみるか」

「それは基本っスね」

 

 森の中の川にも貝があって、案外それがまた茹でると美味かったりする。数は少ないし洗うのが地獄みたいに面倒くさいけどな。

 セディバードはそんな貝を見つける名人なわけだ。

 

「あ、いた」

「マジか。……どこ?」

「岩陰で水中を見てるみたいスね。……まずは私から狙うっス」

「どこだ……?」

 

 俺が風景の中から鳥っぽい影を探している間に、ライナは矢を放った。

 それがドスッと鳥に命中したのを見て、なるほどそこにいたのかとようやく気づけた。結構堂々と居たのに、自然の景色の中にいるとわからんもんだ。

 

「セディバード一匹目っス!」

「よくやったぜライナ。スキルも無しで撃ったのか」

「このくらいの距離なら余裕っスよ」

「お前もなかなか強そうなセリフを持ってるじゃねえか……次俺の番な? 外したら第二射は任せる」

「飛び去る鳥に当てるのはいやー……キツいっス」

 

 放血させつつ移動。

 ちょっと歩いただけでセディバードと出会えたのだ。ひょっとすると森の中に結構いるのかもしれない。

 

「お、いたぞ鳥」

 

 てなこと考えてたら発見した。ライナ側の草陰に隠れているセディバードで、浅い水たまりを睨みつけているようだ。そこに貝でも潜んでいたのだろうか。

 

「……おおっ、モングレル先輩マジっスか。私より早く見つけるなんて……!」

「驚き方が釈然としねぇけど……じゃあ撃つぞ」

「あ、モングレル先輩。私のところからだと茂みが邪魔で狙いがつけづらいんで、そっちがわに移動して良いスか」

「おお……じゃあライナを抱えて川をまたげば良いか」

「え」

 

 ひょいっと川を飛び越えて、ライナの側へ着地。

 そのままライナの脇の下に手をやって、ひょいと持ち上げる。

 

「ちょ、先輩っ!? なにやってるんスか……!?」

「二人で一緒に、ほッ」

「あわわわ」

 

 と、抱えたまま向こう岸にジャンプ。なに、ライナくらいの重量なら余裕だぜ。フルアーマーを装備して移動するよりも軽いんだしな。

 

「……つ、次からはちゃんとまえもって言ってほしいっス……」

「悪いな。でも鳥に逃げられる前にさっさと撃っちゃおうぜ」

「あっ、確かに……!」

 

 俺は弓剣に矢を番え、引き絞った。

 狙いは水たまりを眺める呑気な鳥。……よく見たら今はもう川に首突っ込んでやがる。完全に油断してる無防備な状態だ。よしよし、念入りに狙って……。

 

()っ!」

「それ毎回言うんスか……あ、外した。えいっ」

「あっ……」

 

 俺の矢はセディバードの上をひゅーんと通り過ぎ、相手は水に顔を突っ込んでいることもあって気付かれもしなかった。

 そして即カバーに入ったライナが軽く第二射ですかさず仕留めてみせた。……やっぱ弓はゴミ武器なんじゃねえかなぁ?

 

「いやでも狙いは良かったっスよ。ちゃんと歩留まり良くなるように頭を狙えてたんで……」

「胴体を……狙いました……」

「あっ……次行きましょモングレル先輩」

「はい」

 

 俺の悲しみとは裏腹に早くも二匹目だ。

 まぁ次の三匹目はきっちり仕留めていこう。

 

 

 

「いいかライナ。これはチャクラムっていう武器でな。こう持って……まぁ横でも縦でも投げやすいやり方で投げれば良いやつなんだ。横向きにした方が多分飛距離は出ると思うけどな」

「もう弓使わないんスか!」

「せっかくだしこいつを使えば俺にも遠距離攻撃ができるってことをライナに見せておきたくてな。俺が一切飛び道具使えないっていう誤解をされてそうだし」

「……そんなこと思ってないっス」

「お前は正直者だなぁライナ……まぁこれも武器の使い方を覚えるつもりで、見てなさいよ」

「っス」

 

 三匹目のセディバードを発見した。そいつは水辺近くの丸石が転がる河原に巻き貝をいくつも集めて、嘴でガツガツと突っついているようだった。

 どうやらあまりにもデカい貝だと一飲みにできないためか、ああして啄んで砕く必要があるらしい。

 鳩みたいなサイズのくせしてなかなかパワフルな嘴の使い方をしやがる。

 

「チャクラムは飛び道具の中でも完全に斬撃特化のものだ。当たれば鳥くらいならスパッと首を落とせるはずだ」

「下手に内臓は傷つけたくないっスね……」

「まぁそん時は急いであの川で丸洗いってことで」

 

 ガツガツと貝をいじめるのに夢中なセディバード。その横っ面めがけてチャクラムを……投げるッ!

 

「おおっ!?」

 

 フリスビーのように投げた俺のチャクラムは、ヒューンと飛んでセディバードの首下辺りを綺麗にすっ飛ばしてみせた。

 ……まじか当たったわ。すげー、正直当たるとは思ってなかった。

 あのくらいのサイズの獲物に当てたのは初めてかもしれん俺。

 

「すごいっスモングレル先輩! 超綺麗に当たったっス!」

「だろ? 俺も驚いたわ」

「なんで先輩が驚くんスか!?」

 

 いやーほとんど当たらないから半分近く諦めてたんだけどな。上手くいくこともあるんだなこれ……。

 

「見てみろよライナ。俺のチャクラムの切れ味が鮮やかすぎるせいで、首から下の部分がバタバタと暴れてやがるぜ……」

「いや、鳥って首落とすと大体はあんな感じっス」

「そっか……」

 

 翼と脚をバタバタと活きよく動かし続けるセディバード。

 ちょっと残酷な光景ではあるが、これだけ生命力に溢れた肉ならアーレントさんのスタミナも回復することだろう。

 ちょうど昼過ぎくらいだろうか。かなり早いタイミングで狩りに一段落がついて良かったぜ。

 

 ……このまま狩りを続けてれば大猟なんだろうなーってことは考えないわけじゃないが、まぁ人助け優先ってことでね。さっさとアーレントさんのところに戻るとしましょ。

 

「ぶぇー、羽根が鼻に入る。くっそ、こうなりゃ後ろ向きながら羽根毟りつつ歩こう」

「絶対転ぶからやめたほうが良いっスよそれは!」

「いやいや、俺はこう見えてハルペリアで一番うおぁあ!?」

「ほらもぉー言ったのに!」

 

 

 

 川沿いを歩き、目印に突き立てておいた枝から森を抜けるように進んでゆく。

 すると火で温まっているであろうアーレントさんと再会できるはずなのだが……。

 

 俺たちが目にしたのは、想定とは少し違った光景であった。

 

「……やあ。“また”なんだ、すまない……」

「ひ、火が消えてるっス!?」

「マジか」

 

 アーレントさんは最初に見かけた時と同じように、スタイリッシュに木に寄りかかっていた。

 どうやら焚き火は鎮火しているらしく、ぷすぷすと小さな煙を上げるだけ。……アーレントさんは火を保つことができなかったようだ。

 しかし敷物にしていた俺の毛皮を上半身に掛けてはいる分、寒さで凍えそう……というほどではなさそうなのが唯一の救いだったか。

 

 いや、てかどうしたのよこれは。

 

「火の近くで横になって休んでいたら、いつのまにか火の勢いが弱くなっていてね……モングレルさんが用意してくれた薪を足しつつ、私も近くの枝を折って足してはみたのだが……この通りさ。難しいね、焚き火というものは……」

 

 よく見ると焚き火の残骸には手でへし折ったような新鮮なバロアの生木がいくつも打ち込まれている。しかも結構太いやつ。

 こりゃ無理ですわな。火がもうごうごうに燃えているくらいならこれでもいけるだろうけど、バロア材は燃え始めるまでが大変なんだ。しかもそれがもぎたてフレッシュな生木となれば焚き火の勢いを弱める要因にすら成りえてしまう。

 ……慣れてないんだろうな、こういうことに。

 

「仕方ないですよこれは。ていうか寒くなかったですか? アーレントさん」

「今は寒いが……君たちの用意してくれた最初の火のおかげで少し休めたよ。今ではかなり元気が戻ってきた。改めて、礼を言わせてくれ。……その鳥は、もしや?」

「っス。セディバードを獲ってきたんで、一緒にご飯にしましょ」

「おお……すまない。私はこういうことも苦手なのだが、何か手伝えることはないだろうか」

「えと、じゃあ鳥の羽を根本から毟って欲しいっス」

「そのくらいのことなら是非やらせてほしい」

 

 まぁちょっとしたトラブルはあったが、アーレントさんが無事なようで何よりだ。

 ……しかしアーレントさんがバロアの樹木からもぎ取った枝……人の腕より太いのがゴロゴロしてるな。

 この人のはマジで見せ筋じゃなさそうだ。

 

 世間知らずなことといい、育ちの良い貴族っぽさも感じるんだが……何者なんだろうな、本当に。

 

「ぶぇーくしょんッ!」

 

 しかしふわふわと舞い上がる羽毛にくすぐられて出てきたくしゃみは、年相応のおっさん感に溢れていた。

 

 

 

 火を焚き直し、下処理を済ませて適度なサイズにカットした鳥肉を焼いていく。

 鳥串焼きだ。調味料は塩だけだが、ハツとレバーの味わい深さはそれだけでも充分に楽しめる。

 なんとなく栄養失調になっていたら困るので、モツ系はアーレントさんに渡しておいた。

 

「おお、鳥串焼き……なるほど、こうやって作っていたのかぁ……」

「っス。都会の人やお貴族様なんかは結構見たこともないって人も居たりするんスよね。こんなもんっスよ」

 

 まじまじと串焼きを眺めたり、恐る恐る齧りついてみたり。そして眉をハの字にしてうんうんとうなずいてみたり。表情そのものはあまり変わらない御仁だが、なかなか感情表現そのものは豊かな人のように見える。

 

「美味い……うん、とても美味い……ああ、このスープも体の内側から暖まる……」

「えへへ……そう言ってもらえるとなんか嬉しいっスね」

「どれどれ、俺も食おうかな」

 

 チャクラムで獲ったセディバードの脚肉……いただきまーす。むしゃぁ……。

 ……うん、うんうん。なんだろ、香りが普通の鳥肉とは違うな。癖はあるけど臭いって感じじゃない。苦手な人はいるかもしれないけど好きな人は好きになるタイプの味だな。

 あー、もも肉タレで食いてえ。タレどこ……? ここ……?

 

「……荷物を盗まれて、置き去りにされて……そのまま当てもなく歩き続け……道に迷って……そのまま死んでしまうんじゃないかというところで、君たちに出会えた。この幸運を齎してくれた神にも感謝しなければならないが、君たちには感謝してもしきれないほどだ」

「良いんですよ、困ってる姿を見かけたら助けるのが人間ってもんです。これから火を消したら街道に向かって森を出るんで、そうしたら馬車に乗せて貰ってそのままレゴールに行けますよ。……あ、身分を示すものとかって持ってます?」

「……うーむ」

 

 アーレントさんはズボンをまさぐり、ポケットの中からホコリと糸くず、そしてハンカチのような布切れを取り出した。

 どうやらそれはハンディタオルのようなものらしい。綺麗好きなんだろう。

 

「あとはこれくらいしか……」

「……? あ、武器っスか」

「おー、メリケンサックか」

「うん、まぁこれが私の武器だね。手が傷まないのが良いんだ」

 

 アーレントさんが腰から取り外したのは、一見すると円形の金属の塊にしか見えないものだった。しかしそれを二つに割ってみると、それぞれが半円型のメリケンサックであることに気付ける。半円の外周部にはそれぞれ六個の穴が空いており、なんとなくパンクな感じのデザインでかっこいい。

 

 ……しかし神様に感謝したり、打撃武器を持っていたり……。

 この人、サングレールの関係者か何かなんだろうか。

 

 でも自分の身の上話をしないってことは、隠したいってことか。こっちから正体をガンガンに追及すると万が一暴れたりするってことも……無くはないだろうし、訊くのは怖いなぁ。

 スパイにしては随分とおっちょこちょいだけど、果たしてどんな人物なのか……。

 

「……今の私はこんな姿だし、こう言っても信じてもらえないかもしれないが……私はね、サングレール聖王国からのあの……国交の何かを頼まれている者なんだよ」

「……ん?」

 

 なんかこのおっさんすげえこと言い出したぞ。

 

「ええと、国交というか交易というか……それを結ぶための書状とか……そういうものを渡すように頼まれていてね……」

「おいおい超重要な外交官じゃねーか!」

「そう、外交官っていうやつだね」

「なんスか外交官って」

「偉すぎて敵国の人でも国王並みに迂闊なことしちゃいけない相手ってことだよ!」

「マジっスか……え、でも既にもう……」

 

 オイオイやべーよ。本当か嘘かはともかくベイスンにいるバカがマジでバカやったんじゃねーのかこれは。

 戦争おかわりは勘弁してくれよマジで。

 

「まぁ、確かにちょっとひどい目には遭ったけどさ、私はあまり気にしてはいないよ。……私は見ての通り、あまり政治には詳しくないからね。ただ国から書状を持たされて、ハルペリアとサングレールの友好のために働いてくれって言われたからこの任務を受けただけでさ。……けど、私には向いていない仕事だったのかもしれないな……満足に連絡係すらできないなんて……」

「……いや、そもそもなんでギルドマンなんかを雇ったんです。重要な書類だったんでしょう。もっと軍を護衛につかせて動くべき人なんじゃないですか、貴方は」

「……かなぁ?」

 

 いや、かなぁって……。

 

「私は道がわかれば一人でも移動できるし……お金もある程度持たされたから……なんとかなると思ったんだけどな……旅というのは難しいね」

 

 ……別に外交官だって話を疑うわけではないが。

 なんかもう別の意味で外交官だって信じたくねえ人だなぁ……。

 

「肝心の書類は無いけれど、とりあえずレゴールには向かってみるよ」

「……モングレル先輩、大丈夫なんスかねぇこの人……」

「駄目かもしれん」

 

 なんだってサングレールはこんなぽわぽわしたおっさんを外交官に任命したんだか。

 

 ……いや、しかし……サングレールが国交。友好……か。

 そういうことを考えているお貴族様もいるって話は当然あるんだろうが……マジでいるとはな。

 

 ……両国がさっさと国交正常化してくれればそれに越したことはねえけども。

 交渉のテーブルに着く前に招待状を紛失しちゃってるんだが、マジで不吉すぎないっすかね……。

 サングレールからの“お前たちへの大使はこいつで充分だろハハハ”っていう遠回しな挑発とかじゃないよね……?

 





当作品の評価者数が3300人を超えました。

いつも「バスタード・ソードマン」を応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

お礼ににくまんが踊ります。


ヾ(*・∀・*)ゞ フニッフニッ

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