バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ライフ・イズ・シュリンプ

 

 今日の釣果は川エビ10匹とサイクロプスの目玉だった。しかしエビを釣ったのは全部ライナだ。これじゃあ先輩風を吹かすこともできない。次からはもうちょっと釣り方を研究する必要がありそうだな。

 

「サイクロプスなんて物騒だな。常駐依頼なんて出してなかっただろ?」

「なんかシルサリス橋近くの川向こうにいましたよ。丸腰で一体だけ」

「そりゃ参ったな。調査に向かわせにゃならん」

 

 処理場でサイクロプスの部位を確認してもらい、ギルドに明け渡すための交換票を書いてもらう。

 それに加えて今回は不意の遭遇、しかもサイクロプスなので、それについても書き添えてもらう必要がある。そこらへんは解体のプロの役目だ。

 

「モングレル、死体の胃袋は掻っ捌いたか?」

「あ、忘れた」

「そうか。次あったら内容物の確認を忘れんようにな。胃袋に人や家畜がいれば扱いの重さも変わる」

 

 とはいえ正直、人型魔物の内臓なんて好き好んで見たくない。

 覚えていたらにしておこう。

 

「ウチらのパーティーも、オーガの時は胃袋と腸を確認したっス」

「うげー、気持ち悪い」

「ほんとっス。ああいうタイプの魔物は解体してても違うスよね」

 

 やや待ってから交換票が書き上がり、俺たちはレゴールへ戻ることができたのだった。

 

 

 

 エビがゴンゴンと鍋の内側で暴れる感触を楽しみつつ、ひとまずこいつらは俺の宿の中に放置。一日うんこしてもらって綺麗になるのを待つ。

 

 で、面倒なのがサイクロプスの報告だ。

 遭遇したのが俺一人だったのなら適当に黙ってても良かったんだが、ライナもいるしな。模範的なところを取り繕わなきゃいけないのが先輩のつらいところだ。

 

「シルサリス橋の向こうでサイクロプスか……参ったね。ここ最近ルーキーが好き勝手採取に駆け回るものだから、どこか辺鄙なところを刺激しちゃったか」

 

 交換票を受付に見せた後、俺たちはすぐギルドの副長室に通された。

 ギルドの副長はだいたいいつも不在のギルド長の代わりに面倒くさそうな仕事の一切を受け取っている苦労人の男だ。

 彼の頭の中では今、シルサリスの川の地理が克明に映し出されているのだろう。ギルド支部の人間は大抵、周辺地理に滅茶苦茶強いので。

 

「この討伐は、二人が?」

「ええまあ。ライナが川の向こうにいるサイクロプスの頭を弓で撃って、あとはよろよろと川を渡ってきたとこを俺が適当に」

「いや、まあそうなんスけど。私の弓は別にそんなでもなかったっス」

「ふむ……川辺に依頼なんて出していたかな。すまないね、ちょっと覚えがなくて」

「エビ釣りしてたんですよ。この時期あそこらへんにウジャウジャいるんで」

「ああ……そういうことか。なるほどね」

 

 副長は少し悩んでいるようだった。

 

「うーん、気は進まないが再調査が必要だね。シルバー以上の人員を向かわせて、ざっと敵を探ってみるとしよう。二、三回空振りしたらそれで良しってところかな」

「え、ギルドでやるんですか。衛兵さんは動かないんで?」

「時期が悪くてねぇ……レゴールの中の警備や諍いの対処でいっぱいいっぱいみたいなんだよ。近頃は外部は全部こちらに委託さ」

 

 あー街に人が大勢増えたせいで大変なのか。ご愁傷さまだわ。俺のせいだけど。

 

「あれ、そういえばモングレルもライナもまだブロンズだったか。モングレルはともかく、ライナはそろそろ昇格できる頃じゃないのかな」

「俺はともかくて」

「昇格する気ないくせに良く言うよ」

「ないけど」

「ええ……私っスか。昇格……うーん……まだ最近ブロンズ3になっただけなんで、早いと思うっス。まだまだっス」

 

 ライナの首に提げた銅のプレートには、3つの星型の飾りが嵌められている。

 この星の数によって、そのランク帯での細かな良し悪しがわかるわけだ。

 ブロンズの3はシルバーの一歩手前。俺と一緒だ。

 そしてこのプレートの素材が変わるランクの動きこそが、最も審査の厳しくなる場所でもある。俺の場合は逆にさっさと昇格するようにせっつかれてるけど。

 

「そうか。まあ地道に力を伸ばしていくと良い。優秀な弓使いは貴重だからね」

「うっス」

「モングレルは……まぁ貢献値稼いでるからとやかくはいわないが」

「へへへサーセン」

「ただギルドの沽券もあるからね。自ら昇格を拒む以上は、周囲にその旨をしっかり言い伝えるように振る舞うように。ギルドが人種によって昇格を渋っているなどと噂されては困るからね」

「ええまあそこらへんはもちろん。これまで通りアピールさせてもらいますよ」

 

 本当はギルドとしてもこういう時のためにシルバー以上の使える人材を一定数確保しておきたいんだろうが、貢献値を稼いで模範的に活動してる相手を強引に取り立てることはできない。

 まぁ勘弁してくれよ。ルーキーは大勢いるんだからそこから育ててやれば大丈夫さ。

 

 

 

「ふう、やっぱ偉い人相手だと息が詰まるな」

 

 副長の部屋を出ると、重圧から開放された気分になる。やれやれだ。

 

「わかるっス。これが貴族相手だとなおさらっスよ」

「ああ、アルテミスは結構話す機会もあるのか」

「詳しくはちょっと言えないスけどね……まあ、私みたいな田舎者はボロ出さないようにみんなの後ろに隠れてるスけど」

「それが一番良い」

 

 この世界の、というかハルペリア王国の貴族は普通に怖いからな。

 マジで目をつけられないように生きるのが最良の選択だ。

 特にスキル持ちは狙われやすい。いい意味でも悪い意味でも。俺みたいに“強化しかできませぇん”みたいなフリしてればその他大勢に埋没できるんだが。

 

 

 

「で、これがもう食えるエビっスか!」

「おうよ。油で揚げると殻も脚もパリパリしてて美味いんだこれが」

 

 翌日の昼。

 俺たちは「森の恵み亭」でエビの素揚げを食うことにした。

 調理の油や調理器具の支度が面倒なので、店に金を払って作ってもらう。本来ならここらも自分でこなすのが一番なんだが、面倒だしね。なによりエールもじゃぶじゃぶ飲みたいじゃん。

 

「うわー色鮮やかで綺麗……いい匂い」

「食ってみ食ってみ」

「んむっ……んー! 美味しい! うっま!」

 

 あら美味しそうな笑顔。じゃあ俺も……。

 

「ライナさん。エビ、食わしていただきます!」

「調理費出してもらったんで遠慮なく良いスよ」

「あざーす、へへへぇ」

「笑い方キショいっス」

 

 釣ったのは全部ライナだからな。俺は美味いもののためならいくらでも謙るぜ。

 

 どれどれ……ああ揚げたてのいい匂い。

 殻も……うんうん、サイズ大きめだから心配してたけど、まぁ普通に食えるレベルだな。

 

「エールが進むぜ……」

「すんませんエールおかわりー!」

 

 しかしライナはよく酒を飲むな。強いタイプなのは知ってたけどグデングデンになってるところは見たこと無い気がするわ。

 この世界の酒がそもそもあまり濃くないっていうのもあるんだろうけど、体質なんかね。

 

「そうだライナ。ついでに(ビネガー)かけてみ」

「えーこれスか……酸っぱくして大丈夫なんスかね」

「まあ柑橘系を絞るのが一番だけどな。これかけないと人生の半分損してるぞ」

「先輩の人生観がエビとビネガーで出来てるんスけど……まぁいいや、どれどれ……んー! 美味しい!」

「だろ?」

 

 まぁフィッシュアンドチップスにも酢かけるしな。揚げ物には合うんだよ。

 個人的には肉系の揚げ物にかけるよりも好きだね。

 

「はー……エビ釣り良いスね……」

「だろ?」

 

 昼から飲む酒。そして美味いツマミ。なんて文化的な日だ。

 

「まあ別に人生全てを賭けるほどじゃないスけど……」

「また今度釣り行くか」

「うっス! あ、でも次はモングレル先輩もちゃんと釣ってもらわないと困るっス」

「はい」

 

 次はちゃんと俺もリベンジしますとも。

 こういうのは自分で釣り上げるからこそ美味いんだしな。

 


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