バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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狩猟本能の捌け口

 

 アーレントさんの第一発見者だからといって、俺とライナはまだまだ下っ端のギルドマンだ。

 それからの話は特に報告されることもないし、こっそり伝えられるものでもない。元々が極秘の話でもあったしな。

 

 けれども、ここ最近のギルドの妙な来客を見ていると、“やっぱマジだったんだな”と察せられるだけの材料は揃っているように思われた。

 

 

 

「……また“月下の死神”が来てらぁ。いやー、怖いねぇ」

 

 バルガーがギルドの片隅にいる黒いローブを見て軽口を叩いた。

 “月下の死神”はこの国の最強戦力と言われている。そんな奴らが、普段いるはずもないギルドにいる。これは十分異常事態だが、それも数日続けば冗談交じりにもなってしまうわけだ。

 

「また戦争でもあるのかねぇ……」

 

 染み入るようなバルガーのぼやきだが、俺はなんとなくそうはならないだろうとは思っている。

 多分この物々しい人の出入りは、副長が色々と手回しした結果起きてるものなんだろうしな。

 修練場でどんな風にアーレントさんを“白頭鷲”だと判別したのかは知らないが、上の人らが“こりゃ間違いねえな”と思うだけの何かがあったんだろう。で、色々と動き始めたと。

 

 なるほど大変そうだ。

 まぁ、そこらへんは偉い人達に任せておくぜ……頑張ってくれよな!

 

「戦争……起こるのかな。僕はなんというか、戦争というと間を開けて起こるものだと思っているんだけど」

「ねー。前のは楽勝だったみたいだし、しばらくないと思うんだけどなー」

 

 今日はバルガーの他に男連中も同席している。

 レオとウルリカだ。なんとなくバルガーと一緒にウルリカがいるのは珍しい気がするな。

 二人は他の“アルテミス”のメンバーがちょっとした仕事で出ているので、ギルドでお留守番になっているらしい。女性専用クエストでも受けてるのかね。

 

「レオとウルリカは若いなぁ。まぁ以前のが七年くらい前だっけか。そのくらいだったしわからんでもねえが。モングレルはわかるだろ? 戦争なんてその前はちょくちょくあったよな?」

「あったあった。おかしいのはむしろ最近だと思ったほうが良いぜ、二人とも。最近が少なすぎるんだ」

「……そうなのか」

「うぇー。やだなぁ戦争」

 

 サングレールにもっと余裕があれば毎年起きてもおかしくないくらいだ。相手が農業国じゃなくてマジで良かったと思う。

 まぁ逆に山が無かったらハルペリアが逆撃して攻め滅ぼしていたような気もするけどな。

 ただ昔は逆侵攻を試した事もあったらしい。その時はこっぴどくやられたそうである。馬も入れねえんじゃ大変だったろうなぁ。

 

「嫌だ嫌だとは皆言うが、行かなきゃならねえのが戦争なんだよな……そういやそっちのアルテミスではどうなんだ。俺はモングレルほど話聞いてないんだが、ちゃんと対人訓練してるのか」

 

 バルガー、俺はそんな真面目なことわざわざ訊かないぜ!

 

「弓は対人って言うほどやることないからなぁー。あ、でもレオはやってるよ、対人訓練っていうか、打ち合い? ゴリリアーナさんとねー」

「うん。ゴリリアーナさんはとても太刀筋が良いから練習になるよ。一対一ばかりで集団戦はないけどね……」

「あーあー、いいんだよ集団戦なんざ。一対一がまともにできてからの話だそんなもんは。……けどレオはあれだろ、二刀流だろ。重量武器を受け止めるのはどうしてるんだ。お前“鉄壁(フォートレス)”とか持ってるタイプじゃないだろ」

 

 おいおい、随分突っ込むじゃねえかバルガー。

 

「あんまり人のスキルを訊くんじゃねえよ……」

「うるせぇ。何持ってるのかわからなきゃ助言もできねえだろが。皆お前みたいな秘密主義者とは違うんだよ」

 

 そう言われると何も反論できねえ。

 

「いや、同じギルドマン相手に隠すつもりはないよ。……そうだね、僕に“鉄壁(フォートレス)”は無い。だから重めの一撃を振り下ろされるとどうしても二刀を使って十字に受け止めるしかないんだ」

「スキルで受け止められないなら厳しいな。サングレールの一撃は重いぞ」

「……うん、そう聞いてる。だからなるべく受け止めないよう、回避に専念してるよ」

「そうか……連携が厳しくなるな」

「同じことをアレックスさんにも言われたよ。どうにかしたいとは思ってるんだけどね……」

 

 回避盾。回避アタッカー。現代的な感覚で聞けば超高火力の尖ったアタッカーて感じの役職だが、戦争中はほとんど歓迎されないスタイルだ。

 なにせ戦争は一人でやらんしな。ある程度の人数が横並びになってやるもんだ。そんな中じゃ蝶のように舞ってなんつー芸当はそれそのものが難しくなる。蜂のように刺したい奴にはなかなか難しい場所だわな。

 

「矢除けのスキルは二種類もあるんだけどな……」

「二つ? おいおい、風系が二つってことかよ。すげぇな。モングレル、風二つはレゴールには居なかったよな?」

「居ないな。聞いたこともない。……へー、レオはなかなかスキルに恵まれてるじゃないか」

「そ、そうかな。うん、ありがとう。自分には合ってると思ってるから、気に入ってはいるんだ……」

 

 前に見せた“風の鎧(シルフィード)”と……じゃあもう一つは“風刃剣(エアブレイド)”か。

 良いな属性剣。俺は水刃剣(アクアブレイド)が欲しかったぜ……ちょびっと水分補給できるし……。

 

「むー。私の地味なスキルと違って良いよねーレオは」

「い、いや。ウルリカのは地味ではないでしょ……」

「地味でしょー、補助と“強射”だよ? あーあ、3つ目早く欲しいなー。さっさと春来ないかなー」

 

 ウルリカがテーブルの上に突っ伏して駄々を捏ねはじめた。

 ……おい、さりげなく俺のエール取ろうとするんじゃない。

 

「冬場は魔物を殺せないから停滞感がどうしてもあるからなぁ……金もねぇし焦りばかりが募る嫌な季節だ」

「バルガーの金がねぇのは娼館絡みだろ」

「うるせぇ。娼館と賭場だ」

「尚の事悪いわ」

 

 まぁギルドマンは魔物を退治しないことにはスキルも生えて来ないしな。

 ストイックにやってる奴ほどこの季節に焦りが生まれるのはわからないでもない。まぁ俺はその焦りを想像する他ないんだが。

 

「そうだ、二人とも知ってるか? 対人訓練をやってると少しずつだが魔物を退治しているのと同じような積み重ねが得られるんだ」

「え、そうなんだ……僕は知らなかったな、それ」

「私は知ってるよぉー。でもそれ、私弓だから無理じゃん。人撃てないしさー」

「矢除けできるレオを撃ってりゃいいだろ?」

「バルガーそれな、綺麗に防がれちゃ意味ねえらしいぞ。だから矢除けで完全に防御されてるとどうにもならないそうだ」

「あ、そうなの? じゃこれ駄目だな」

 

 そんなこと言って、バルガーは話が終わったかのようにエールを飲み始めた。

 おいおい、適当だなお前。

 

「あーもう、的あてだけじゃ強くなれないよぉー!」

「ウルリカ……僕が鎧着て受ければ大丈夫かな……?」

「馬鹿レオお前そこまでするなよ。危ねえだろ。そういうのは身体強化ができる頑丈な奴にやらせないとだな……」

「あ」

 

 ウルリカが俺をじっと見ている。

 

 ……いやいや。

 

「いや俺もさすがに撃たれるのは嫌だぞ?」

「……嫌なの? なんで……? 私がこんなに可哀想にしてるのに……」

「痛いから」

「……私にはあんなに痛くしたくせに……」

「なっ……モングレルさん、やっぱりウルリカに何かしてるんじゃ……!?」

「おいおいモングレル、手ぇ出したのか? やるなぁお前。ライナちゃん泣いちゃうぞ?」

「待て待て、何か早急に解決しなきゃいけないタイプの誤解が生まれてるぞ。……わかったウルリカ、少しだけな。少しだけ手伝ってやる。だからそういう紛らわしい言い方をやめろ」

「やった!」

 

 このガキ……いい笑顔しやがって……。

 

「なんだ修羅場になんねーのか……つまんね」

「おいバルガー。ベテランギルドマンなら一緒にレオの対人訓練手伝ってやれや」

「酒飲んだ後だから無理だぁ俺は」

「嘘つけいつも酒飲んでるだろ。さっさと行くぞ。道連れだ」

「ぐぇ、いててて。わかった、わかったから引っ張るなよ」

 

 うるせぇおっさん。いつもこういう時“酔ってて立ち上がれねえ”とか言って数分ゴネるんだろ。知ってんだよ俺は。今日はさせねえからな。

 

「……なんかモングレルさんとバルガーさんって仲良いよねー」

「うん。いい友人って感じがする」

「私達も行こっか。ふふふー、モングレルさん撃っちゃお」

「……強く撃つのはやめてあげなよ?」

「えー? どうしようかなー」

 

 

 

 修練場にやってきた。

 まぁ、用意するものは鎧くらいのもんだ。人の使った汗臭い鎧なんて好んで着けたくもないが、今から矢を撃たれるとなればそうも言ってられん。

 練習用の先の柔らかな矢とはいえ、速度は一緒だ。当たる所に当たれば失明することもあるだろうし、股を抑えてうずくまることにもなるだろう。念のためのガードは大切だ。

 

 ……いやまぁでもやっぱ臭いから胴鎧とヘルムだけにしておくか。こいつらが一番臭いがマシだわ。

 

「モングレルさーん、そんなんで良いのー?」

 

 遠くの方からウルリカの声がする。実戦的な距離だ。森の中というよりは平地を意識してる距離かな。このくらいの距離で当てられれば戦場でも役立つだろう。まぁ戦場にしちゃ近すぎる距離ではあるが、修練場の限界だな。

 

「おー、良いぞー。どんどん撃ってこーい」

「……うわー、モングレルさん撃っちゃうんだ……なんか不思議な気分……」

 

 既に修練場の片隅ではバルガーとレオが打ち合いをしている。盾と短槍の堅実な攻めに、レオはやや苦戦気味のようだ。

 防御は上手いからなぁバルガー。

 

「うおっ」

 

 なんてこと考えている間に、矢が到来した。

 矢は思いの外早く俺の胸元に到来し、ゴッと良い感じの音を立てて地面に落ちる。

 ……真正面から受けるとわりとインパクトあるな。こりゃ鏃付けてたらつえーわ。

 

「まだまだ行くよー」

「おー」

 

 ウルリカが撃ってくる間、俺はその矢に向かって模擬刀を突き出して防御を試みてみる。

 剣による突きだ。突きで真正面からくる矢を撃ち落とそうと頑張っている。が、まぁ無理だな。さすがに当たる気がしねぇ。

 俺がスタイリッシュに突き出す後にボスッと矢が体に命中している。実戦でやったらすげーかっこ悪いだろうな。

 

「肩、胸、腹、脚……モングレルさん、もう何度も死んじゃってるよ……」

 

 次々に矢が飛んでくる。どんどん当たる。

 いやー、こりゃ厳しいな。身体強化全開でも鏃アリを防げるかは大分怪しいわ。

 

「……ねーねーモングレルさーん、補助スキルだけ使うねー?」

「おー、良いぞー」

「……良いんだ……じゃあ……“弱点看破(ウィークサーチ)”……」

 

 遠くのウルリカの目が仄かに光っている。

 生き物の弱点を見つける補助スキル。乱戦中に刺突武器を使う時なんかでも活躍できそうなスキルだよな。人によっては重宝するかもしれん。

 

「あ、見える……モングレルさんの弱い所……そっか、へえ……」

「おーい、撃っていいぞー」

「! わかったー!」

「うおっ!?」

 

 それから良い所に飛んでくるようになった矢の対処に苦労して、暫くの間ウルリカの射撃訓練に付き合ってやった。

 まぁ軽い対人戦っていうだけだから案の定これだけでスキルが生えてくるなんてことはなかったが、ウルリカは矢を沢山撃てて満足したらしい。

 俺はビシビシ当たってそこそこ痛かったぞ。

 

「はぁ、はぁ……駄目だ……若い奴の動きにはもう、ついていけん……!」

「ご、ごめん。バルガーさん……」

 

 レオの相手をしていたバルガーは逆に稽古付けられたみたいな汗のかき方しててウケた。

 まぁ酒飲んだ後の運動は辛かろうよ……。

 

 


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