バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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春前の任務受注

 

 春目前。気の早い商売人らは既に動き出し、通りが賑やかな季節になりつつある。

 啓蟄したバッタどもを安全靴で蹴っ飛ばして二度寝させる仕事が始まるぜ……。

 

 まぁパイクホッパーが湧き出すにはもうちょいかかるだろうけどな。もうしばらくは平和が続くだろうか。

 しばらくはポコポコと現れ始める小物を相手に順次ちまちました討伐で小銭稼ぎって感じかなぁ。山菜取りの気分でやれるからこれはこれで面白いんだが、いかんせん稼ぎが少ない。

 これから物流も活発化して買い物が楽しくなるから、もっと金がいる。拡張区画の工事の手伝いもやってはいるが、キツめの力仕事のくせしてあまり金にならねぇんだよな……。

 

 あーあ、どっかに良い仕事転がってないものか。

 

 別に楽じゃなくても良いから飽きないタイプの仕事が良いな。

 

 

 

「ここがギルドですかぁー」

「お? おお? おーなんだなんだ、ケンさんじゃないすか」

 

 緊急依頼が舞い込んでこねーかなとギルドで張ってたある日、入り口から見覚えのある顔が入ってきた。

 ケンさんである。ギルドに入ってくるようなタイプの人ではないと思ってたので、なんだかすげぇ意外だ。

 

「どなたです? モングレルさんのお知り合いですか?」

「お、アレックスは知らないのか。この人はケンさん。レゴールで美味い菓子屋をやってる人だよ」

「へぇ、お菓子職人さんでしたか。僕あまり食べないので知らなかったです。なんというか、モングレルさんにしては随分と普通なお知り合いですねぇ」

「お、喧嘩か?」

「レゴールに住んでるのに私のお菓子の存在を知らないのですか……? 一体どうしてレゴールに住まわれているので……?」

「あれっ!? この方あまり普通じゃない感じですか!?」

「わりと頭のリベット飛んでる人だぞ」

 

 特に自分の菓子に対する自信がヤバい。いやすげー美味いけどね。

 

「しかしケンさん、なんだってギルドに? バロアの森の奥地に幻の食材があるとかならわかりますけど」

 

 お菓子作りに対してストイックなケンさんならそれもあり得るだろう。クオリティのためなら原材料費を度外視しそうな凄みがあるからな……。

 

「いえいえ、私がここに来たのは護衛依頼を出すためですよ。護衛ってギルドで雇えるんですよね?」

「そりゃまぁ雇えますけど……って、なんで護衛。まさかケンさん、店に変な奴が入ったりしてんのか」

「ぬふふ、まさかそんなことはないですよぉ。実は色々あって、私一度王都に行くことになりまして。相乗りせず個別馬車で行くのでそのための護衛が必要なのですよ」

 

 ああ良かった、不穏な事があったわけじゃないのか。

 わりと敵作っててもおかしくない言動が多いから万が一があり得るんだよなケンさん。

 

 しかし王都か……しかも個別馬車。なるほど、まあそのための護衛ならわからんでもない。相乗りと違って大人数で守りを固めてるわけじゃないから、護衛がいるんだよな。

 

「あ、どうせならモングレルさんいかがです? 護衛」

「え? 俺がケンさんの護衛かい?」

「おー、モングレルさん良かったですね。指名依頼じゃないですか」

「ぬふふ、私もモングレルさんなら安心して任せられますからねぇ。何よりお菓子に理解がある。それが最も大事なのです」

「いやぁ大事なのは護衛としての戦力だと思うが……まぁそういう意味でも俺を選んだのは間違いないけどな?」

「二人とも自信家ですねぇ……」

 

 俺としても頼られるのは悪い気はしない。いや普通に嬉しい。

 ケンさんも今じゃ有名菓子店の店長。重要人物だ。ケンさんを守るためなら一肌脱いでやるさ。それに、俺はケンさんのお店のコンサルタントだしな……! 

 

「ただモングレルさんお一人では少ないので、後一人か二人護衛を雇いたいのですが……そちらの方はいかがです? モングレルさんのお友達でしょう。護衛依頼を受けていただけますか?」

 

 ケンさんはアレックスにも声をかけてきた。

 が、アレックスの表情は渋い。

 

「あー……すみません。僕の所属するパーティーはこの時期から広範囲の討伐でかかりきりになりますから、王都はちょっと……」

「おや、それは残念ですな」

 

 大地の盾は馬を使って駆けずり回る季節だもんな。個別の護衛を受ける暇は無いだろう。

 

「……じゃあなんだ、ケンさん。俺は護衛大丈夫だから受付行って来なよ。あの綺麗な人に任務の発注について話せば奥の部屋に通してくれるからな。そこで料金とか期間とか俺の指名とか、色々打ち合わせしてきてくれ。あ、報酬は相場の一割くらいまでなら安くしてくれても良いよ」

「ぬふふ、お気持ちだけ受け取っておきますよ。わかりました。ではギルドの方にお話ししてきますね」

 

 そう言って、ケンさんは受付のミレーヌさんのところへフラフラ歩いて行った。

 

 任務の発注。受注があるのだから当然発注もあるわけで。

 ギルドとしてはまぁ依頼側にはとても親切だから、良いように計らってもらえるだろう。

 

「インブリウムか……アレックス、王都は行ったことあるだろ?」

「まぁはい、ありますよ。任務でも行きますし買い物もしますから」

「最近行ったか?」

「護衛もありますからね、年に何回かは……どうしてそんなことを?」

「いやな、最近の王都のトレンドってやつを履修しておきたくてな。王都に行って浮くのは嫌だろ?」

「その発想自体がお上りって感じですけど……」

 

 ほっとけ。俺からしてみりゃお前ら全員原始人じゃ。

 

「そうですねぇ……やはり王都でもレゴールのような発明品評会が盛んですかね」

「は? マジか、それ王都でもやってんの」

「やってますよ。レゴールに追いつけ追い越せですかね。懸賞金があったり、色々とやってるみたいです。名の通った発明家には貴族もよくお金を出してますからね」

「ほー、王都もなかなかわかってきたじゃねえの。そうだよ、やっぱ発明こそが世の中を豊かにしていくんだよな」

「うーん……同意できるけどモングレルさんにはなんとなく同意したくないような……」

「こら、アレックスお前はもっと素直になれ」

「同意したくない……」

「お前の心は汚れてるぞ」

 

 発明は人類の進歩そのものだ。停滞に良いことはない。誰かがバカやってなんかすげーこと見つけることに勝るものはないんだよ。

 インブリウムはその点かなり保守派だったがそうか、発明の楽しさに目覚めたか。

 

「首都か……堅苦しい都市だが、たまには遊んでみるか」

「お土産ありますか?」

「土産なぁ。食い物はたいしたことないしなぁ。あ、インブリウムの魔除け香木とかどうだ」

「あ、良いですねそれ」

 

 魔除け香木。魔除けの薬草を香木に染み込ませたインブリウムの特産品だ。

 わりとお香の文化も発達しているのか、ハルペリアでは奥ゆかしい香りを楽しむ文化がそこそこ発達している。

 沈香苔石なんかもそのひとつだな。俺はその香りを良い物だとは思ったことはないんだが、文化としては良い香り扱いされているらしい。

 ちなみに匂いは薬局の漢方みたいな匂いがする。ドクターペッパーを5倍濃縮した感じ。

 

「香り付けされてると依頼主の受けもいい感じですからねぇ」

「金持ちの依頼主ならそうかもなぁ。普段はそんな匂いなんて気にしねえよ」

 

 文化的な違いもあるんだろうな。俺はあまり香木の香りは好きじゃない。

 前世で言えば伽羅とか新伽羅とかかね。実際当時の香木もどうなんだろうって感じではあるが。

 

 

 

「モングレルさん、依頼を発注してきましたよ」

「おおケンさんマジかー、俺は受けますよ。王都くらいだったら道中快適で余裕だし」

「ええ、よろしくお願いしますね! まぁ王都での予定も数日ありますけど」

「おーなるほど……え? 数日?」

 

 それはちょっと未確認情報だわ。

 

「ぬふふ、詳しいことはここでは言えませんよモングレルさん。ただ護衛の日数が数日になることだけ覚悟していてくださいね」

 

 いやぁまじか。数日か。……まぁせっかく王都に行くなら数日時間を潰してもしゃーないか。

 

「……あとで詳しい任務の日程、教えてもらえます?」

「ええ、もちろんですよ。ぬふふ、モングレルさんも喜びますよぉ……」

 

 なんかすげぇ早まった感があるけど……ケンさんほどの人がそう言うなら……。

 

「モングレルさんが王都ですか……なんか似合いませんね」

「アレックス、お前はお土産無しだ」

「モングレルさんは都会派ですね」

「お前結構調子いいな……」

 


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