王都インブリウムはハルペリアの全ての田舎者にとって憧れの地だが、同じくらいの挫折の地でもある。
レゴールが近年活気を増したことで地方から若者がポコポコと一旗揚げにやってきたが、王都は常にそんなお上りさん達でいっぱいだ。
そして王都ではお上りさんを相手にした詐欺まがいのぼったくり商売が色々ある。観光案内やらキャッチやらはまだマシだが、薬草商売なんかでなけなしの金を失う若者は非常に多い。
小銭を握らされて故郷を追い出されたガキが速攻で有り金をだまし取られてスラム行き……そんな話も珍しくはないのだ。王都はマジで怖い。特に商売人が怖い。
あと王都の商売人はみんな性格が悪い。俺みたいなサングレール人のハーフには露骨に悪い態度を取ってくる。正直そこらへんが一番ダルい。
今更人種に関係することで中傷されてナイーブになるような俺じゃないが、買い物でいちいち交渉難易度が上がるのはシンプルに面倒なんだ。それがあって俺はあまり王都が好きじゃない。
好きじゃないけどまぁ、別に絶対行きたくないって程でもない。
ケンさんが頼ってくれるなら王都行きでも喜んで護衛はするさ。重ね重ね好きじゃないけども。
「へぇ、王都のお貴族様にお菓子を振る舞うんですか。スゲーじゃないですか」
「ぬふふ、しかもレゴール伯爵直々のご指名ですからねぇ。レゴールを代表する菓子職人として、王都で再び私が腕を振るうわけなのですよ」
ギルドの別室で話を聞くと、内容は俺が思っていた以上に大規模なものだった。
かいつまんで説明すると、ケンさんはレゴール伯爵から“王都にいる貴族に美味しいお菓子を振る舞いたいので良い感じのもん作ってくれ”と依頼されたそうだ。
前にケンさんが言っていたお菓子コンペでの活躍を見込まれたのである。つまりアイスクリームだ。
やべーなー、俺もついに異世界でアイスクリームを作って成り上がっちまうのかー。
まぁ成り上がるのは俺じゃなくてケンさんだけども……。
「モングレルさんから教わったレシピに独自の改良を加えまして、様々な味のアイスクリームを作りました。前回伯爵様からお褒めいただいたアイスなどは、モングレルさんと試作したものとは大分違っていると思いますよ」
「マジですか。気になるなぁ……それってお店で出したりはしないんですか?」
「さすがに原材料費が高く付くので、店で売り出すのは難しいでしょうねぇ……あくまでお貴族様用のお菓子ですな。それにこれからは氷も高くなっていきますから、アイス自体も提供は難しいでしょうね」
あー、まぁそうか。冷蔵技術がアレだもんな。
夏にこそキンキンのアイスを食べたいもんだが……まだまだ贅沢か。
「しかし王都では大きな氷室もありますし、場所によっては魔法使いによって低温を保っている食料庫もあります。向こうではふんだんに材料を使えますから、色々と試せますよ。ぬふふ」
「楽しそうだなぁケンさん」
「ええそれはもう、久々の王都ですからね。……レゴール伯爵の食事会の数日前に王都入りして、材料を吟味したいところです。ある程度の要望はレゴール伯爵付きの料理長に話して用意していただけるそうですが、一般的な食材に限られるでしょうから。完璧を目指すのであればやはり、自分の目で選ばなければなりません」
ストイックな料理人だ……。
妥協の無さがマジで料理漫画の世界の人なんだよな。
「まぁケンさんの菓子作りはわかったよ。護衛の話に戻りますけど、護衛はレゴールから王都までの道中、そして王都内の散策、ついでに荷物持ち。これで良いんですね?」
「ええ。私はあまり旅の経験も無いですし、お金を持って王都を歩き回る都合上万全を期しておきたいですから。少々長くなりますが、よろしいですかな?」
「これだけジェリーを貰えるなら不満なんて無いですよ。是非やらせてください。俺も腕っぷしには自信があるので、必ずケンさんを守り抜いてみせます。もちろん、荷物持ちも」
「おお、頼もしい! モングレルさんがいると心強いなぁ」
纏まった金が貰える良い機会だ。逃す手は無いぜ。
それに俺もケンさんと一緒に色々食材見て回りたいしな。ケンさんが一緒なら知らない食材でも解説してくれそうだ。
へへへ……レゴールに帰る頃には荷物が膨れ上がってそうだぜ……。
「ただ、やはりモングレルさんの他にもう一人護衛が欲しいところですね……」
「あー、まぁ交代で気を張れるようにした方が俺としても良いと思いますけどね。護衛費用もばかになりませんよ? お金は大丈夫なんですか?」
「ええ、お金はいくらでもありますから」
すげー、一昔前のケンさんからは想像できない成り上がり方だ。
しかもケンさんあまりお金に執着してないからすげーわ。この人本当にお菓子作りにしかお金使ってない気がする。
「できれば魔法使いが良いですな」
「魔法使い? それはまたどうしてです?」
「水魔法と火魔法が使えればお菓子の試作が楽になりますからねぇ。特に水魔法は助かりますよぉ」
「あーまぁ確かにそうですね。けど魔法使いかぁ。護衛になるような魔法使いは結構高いですよ?」
「お金はいくらでもありますから。モングレルさん、どなたか魔法使いのギルドマンでおすすめの方はいらっしゃいませんか?」
ケンさん最初からお金で頬叩く前提でいやがるぜ……。
うーん、そうだな……まぁそりゃ魔法使いの知り合いは多いけども……。
「火と水を一人で使えるというと真っ先に思い浮かぶのはサリーって奴なんですけどね。あいつ大体なんでも使えるんで」
「おお、じゃあその方にしましょう」
「いやいや即決過ぎますって。そのサリーって奴はゴールド3なんですよ」
「ゴールドですと高くつくのでしたっけ」
「……はっきり言って桁が違うんじゃないすかねぇ。しかもサリーは“若木の杖”を率いてる団長ですしね」
「なるほど。まぁでもお金に糸目はつけませんから」
「そればっかりだなケンさん! さすがに護衛にしては過剰じゃねぇかなぁ……」
「けど火魔法使いと水魔法使いを個別に二人雇うよりはお得ですよね?」
「そうかなぁ……そうかも……」
そりゃ二人分の人件費よりはあれだけども……けど水魔法はともかく火魔法はあんま使わないと思うんだけどな……?
「うーんケンさんが良いなら構わないんだが……本人に聞いてみたほうが良いだろうなぁ」
「そのサリーさんという方に話を通して貰っても良いですか?」
「マジなんだなケンさん……わかった。じゃあちょっとサリーに聞いてみるよ。ただ“若木の杖”も忙しいだろうから、駄目かもしれないってことだけは覚悟しておいた方が良いですよ」
「その方が駄目だった場合は火と水の魔法使いを一人ずつ探しましょうか」
覚悟決まってんなぁ……。
個室から出て、ギルドのロビーに出る。
すると酒場の片隅でサリーたち“若木の杖”がお茶を飲んでいるところを目撃した。
ちょうどいい。運良く居てくれて助かったぜ。
「おーいサリー」
「ん? なんだいモングレル」
「“若木の杖”じゃなくてサリー個人の指名で護衛の依頼があるんだけどさ。五日後出発で、レゴールから王都までの道中と王都内数日の護衛なんだけど、どうよ」
サリー個人への指名ということで、パーティー内はちょっとざわついた。
「団長一人で向かわせるのは危ないんじゃ?」
「護衛対象の人を怒らせそうで怖いわね……」
「予定はまだ決まってないけど、サリーさんだけかぁ」
「母だけが護衛なんて……心配ですね」
うん。サリーもパーティー内で慕われてるんだか慕われてないんだかよくわからないな。
「まだパーティーとして動く予定は無いし、僕としては報酬が満足いくものであれば構わないけど。詳しい話を聞いてみないことには返答が難しいね」
「じゃあ個室来てくれよ。依頼人と話してみてくれ」
「そうしようか」
というわけでサリーを伴って個室へと戻ってきた。
「やあどうも、私はケンと申します。菓子職人です」
「僕はサリー。護衛依頼ということだけど、任務の危険度にもよるね」
「危険度ですか。王都では私の才能を羨む人も多いのでおそらく最も難しい任務になってくるかと思うのですが……」
「よし、ケンさん説明は俺に任せてくれ」
「おや? そうですか、ありがとうございます」
ケンさんフィルターを通してない客観的な任務の内容と危険度を説明した。
報酬もゴールドの護衛相場は出すという話も一緒だ。
まー実際のところそこまで危なくはならないだろうから、王都観光するだけで金が貰えるくらいの認識でも良いんじゃねぇかなぁ。
そもそもサリーは三年ほど王都で活動してたんだから、勝手知ったるって感じだろ。
「なるほど、モングレルと一緒に仕事するわけだね。久しぶりで面白そうだ。やってみようかな」
「おお! 受けてもらえるのですか! 助かりますねぇ」
「うん、よろしく頼むよケンさん。でもできれば僕も試作したお菓子を食べてみたいな」
「ええ、ええ。もちろん味見していただいて構いませんよぉ。ぬふふ、これで王都での憂いはなくなりました。五日後が楽しみですねぇ」
サリーは特に渋ることも迷うこともなく任務を快諾した。
結構暇だったのもあるだろうが、やはり割の良い任務だからだろう。
「前衛はモングレルに任せるよ。後衛は僕がやるから」
「おう。近接相手は全部なんとかしてやるわ。けど俺がなんとかする前に遠くから片付けて貰えると楽で助かるね」
「うーん、魔力消費がもったいないからなぁ。気が向いたらそうするよ」
サリーとペアを組んでの任務か。何年か前にはちょくちょくそんな機会もあったが、最近はそういや無かったな。久しぶりだ。
けどまぁ大体のアクシデントはサリーがいるだけで全部なんとかなるからな……俺の仕事は荷物持ちだけになりそうな気がするぜ。
「レゴール伯爵やそのご友人を失望させぬよう、今からお菓子の構想を練っておかねばなりませんね……ぬふふ、楽しくなってきましたよ」
「随分と変な笑い方をする人だね、モングレル」
「こらこらこら」
……しかし、そうか。レゴール伯爵とお近づきになれるわけか。
いや、俺たちはあくまで護衛だからレゴール伯爵とは会えない……か? 無理そうだな。一介のギルドマンを近づけさせてくれるかっていうと微妙かもしれん。
そもそも会えたとしても、他の人に気づかれないよう言葉を交わすなんてことは無理だろうな。それじゃどうしようもないわ。
何か色々上手くいって、レゴール伯爵と一対一で会話する機会でもできれば良いんだけどなぁ。
……まぁ別に良いか。