ということで王都行きが決定し、準備もさほどやることもなく当日がやってきた。
俺のやった事といえば宿屋の女将さんに“お土産何がいいです?”みたいなこと聞いたくらいだ。
ちなみに女将さんのご希望はエッセンポートのお皿である。知らん知らん。なにそれ、ブランド名? それすらわからん。
無かったらお香でも良いとのことだったのでそっちにする予定だ。つーかお高い皿を遠路はるばる運ぶのはさすがにしんどいわ。見つからなかったことにしてお香を買って帰ることにしよう。
で、今は普段あまり使わない西門の馬車駅で待ち合わせしているのだが……。
「なんでモモまで居るんだよ」
「王都旅行です!」
サリーの隣に荷物を背負ったモモがいた。
いやいや。だったらさっさと向こうに停まってる乗合馬車に行けよ。
「モングレルと一緒の任務だと話したら一緒についてくると言って聞かなくてね」
「なんだよモモ、お前母ちゃんが心配なのか」
「母に単独行動させるなんて正気じゃないでしょう!? ましてや同行するのがモングレルですよ!?」
「お前全方面無差別に失礼な奴だな……親の顔が見てみたいわ」
「この一連の流れで僕は何もしていないんだけどな」
黒髪ボブのサリーと黒髪二つ結びのモモ。サリーのほうが若々しいせいか、親子二人で並んでいても歳の離れた姉妹のように見えてしまう。
モモの目が眠そうなのは遺伝だなぁ、こう見比べてみると。
「遅れましたー、すみませーん」
「お、ケンさんもようやく来たか……って、すげぇ荷物だな」
待ち合わせ場所にようやく依頼主が来たかと思ったら、ケンさんは両手に大荷物を抱えていた。
革袋に入っていて何だかはわからないが……こっちから持ち込む材料にしたってちょっと多いんじゃないか?
「これは卵と小麦粉、その他必要な材料です。王都で私の求める品質の物が見つかるとは限りませんからねぇ」
「はー……妥協しないなぁケンさん」
「荷物持ちはモングレルとモモに任せようかな。僕が身軽になる」
「え!? ちょっと!」
まぁこっちは任務でやってるんでね。それにくっついて行こうってんならそれなりの働きをしてもらうべきだろう。
もちろんケンさんの重要な荷物は俺が持つから、サリーの荷物を分担でもしてるんだな。
「おや、そちらのお嬢さんはどなたで?」
「僕の娘だよ。今回の任務に随行したいとのことらしいんだけど、問題はないかな? 勝手についてくるから追加の費用も特に必要ないんだけど、いざという時は一緒に戦えるだけの力はある」
「おお、サリーさんの娘さんでしたかぁ。どうも、菓子職人のケンと申します」
「あっ、はじめまして。魔法使いのモモです……」
「魔法使いが更に増えるのであれば心強い限りです。とはいえ報酬は出せませんが、それでもよければ」
「はい! 邪魔はしないので!」
そうかなぁ……なんか邪魔そうだけどなぁ……。
けどまぁモモも魔法使いだし、居ればそれだけで旅を快適にしてくれるか。
なんだかんだサリーよりもしっかり者だし、本人もサリーの抑えに回ってくれるそうだからせいぜい手伝ってもらうことにしよう。
まぁ、護衛の人数が増えたからと言っても移動方法が装甲車になるわけではない。
王都行きの馬車に乗って、ゴトゴト揺られながら向かうのは誰でも同じだ。
今回は馬車に過剰な荷物を積載していない移動用の定期便なので、護衛も一緒に荷台の上でくつろげる。王都間の街道は綺麗に整備されているおかげで速度も出るから快適だ。
とはいえ護衛任務で宿場町をひとつすっ飛ばすような無茶ができるわけじゃないから、旅程が縮まったりはしないんだけどな。
「次は宿場町ブレイリーですな。宿はとれるのでしょうかねぇ……すみません、旅慣れていないもので……」
「安心してくれよケンさん。宿場町は宿だけは多いからな。宿と飼い葉で生きてるような町なんだ、むしろこっちから好きな宿を選ぶことだってできるぜ」
「ほほう!」
宿場町は中継地点としての機能を成長させることで栄えている。すると自然と近くで育てる作物も飼料系になっていくんだなこれが。
馬車の修理だったり、馬を売ってたり、貸してたり……もちろん飯屋も多い。
扱っている物そのものは違うが、道の駅とかパーキングエリアと似たようなもんだろうな。
「なんだったら俺が安全な宿を選びましょうか? こう見えて点々と宿暮らしをしていた時期もあったんでね。ブレイリーの悪くない宿には詳しいんですよ、ケンさん」
「おお……では次のブレイリーではモングレルさんにお願いしましょうかねぇ」
「立ち寄った客から盗みを働くような悪い宿屋もあるらしいからねぇ。僕はそういうのに当たったことはないけれど」
「……他の客が夜部屋に忍び込もうとしたことは何度もあったでしょ」
「あー、そういうのはあったね」
怖っ。女ギルドマンだとそういうのマジでおっかねえよな。
その点男だったら金目の物奪われる以外ではほとんどトラブルに見舞われることはないから楽だ。ここらへんの男女差は世知辛いもんである。
……しかし相変わらず馬車の揺れひでぇな。
そこそこ綺麗な道のはずなんだが、長時間乗ってるとやっぱケツが痛くなりそうだ。
「モモ、馬車の揺れを抑える何かすごい発明とか考えといてくれよ」
「はぁ? この程度の揺れで音を上げていたら生きていけませんよ、モングレル」
「俺としては完全に揺れない馬車が良いね。発明できたら売れるぞこれは」
「そりゃあ売れるでしょうけど……うーん……」
この世界においては贅沢な悩みだったとは思うが、それでもモモが暫くの間真剣に考え込んでくれたのだった。
真面目な奴である。
道中の護衛は、基本的にヒマだ。
いや、そりゃあ馬車に傾国の美女レベルのお姫様が乗っていたりとか、明らかに金目の物を積んでるような馬車だったりしたら狙われやすくなるかもしれないだろうが。
王都とレゴールの間を走る馬車は数多くあるし、それを守るための衛兵も定期的に巡回している。
この世界は盗賊も結構な数いるが、フィクションでよくある“積荷をよこせ!”みたいな連中は一瞬でお縄になるだろう。そういう馬鹿な連中はあまり居ないのだ。少なくともこんな人通りの多い街道では滅多に出るもんじゃない。
「そこの馬車、停まれ」
だから馬車を引き止めるように声をかけてくる奴なんて滅多にいないんだが……たまーにそういうのも現れるわけだ。
「な、なんでしょう。どなたか来たようですね……? 馬車も停まってしまいましたが……」
「ケンさん、慌てることはないよ」
「まさか私への刺客が……!?」
「落ち着けケンさん。ほらよく見なって、幌のここが開くからさ。御者を呼び止めた人を確認してみな?」
「えぇ……? ……おや……?」
外を見ると、そこには馬に乗った衛兵さんがいる。
そう、馬車を呼び止めたのは街道を警備している衛兵さんなのだ。
定期的に不審な積荷が無いかどうかだけ、ランダムに声を掛けて調べてるってわけだな。
まぁ呼び止められること自体は珍しくはあるんだが。
結局、衛兵さんは馬車の中をちらっと見ただけで深く検めるようなこともしなかった。
お務めご苦労さまですわ。
「はぁー良かった……てっきり暗殺者集団が現れたのかと……」
「ケンさんの世界はスケールがでけぇなぁ……」
「ふふふ。暗殺者なんて昼間はそう現れないさ。仮に昼間に襲撃するつもりなら、大きめの木を横倒しにするか馬車を横転させて道を塞いでからになるだろうね。僕たちは何度かそういう手合いに襲われたことがあるよ」
「おお……恐ろしいですなぁ」
「だから怪しい何かが道を塞いでた時は、近づきすぎないように手前で停めるのを心がけた方がいいってことだね」
「なるほどぉ……これからは要注意ですな」
いやそんな物騒な連中にはそうそう出くわさねえって。フラグでもなんでもねえから……。
「仮に盗賊か何かが出てきても、ちゃんと私も戦いますからね!」
「モモがねぇ……ちゃんと人に向かって魔法が使えるのかぁ?」
「使えますけど!? 水と闇の制圧は私の得意分野なので!」
あ、闇魔法使えるのか。へー。闇は珍しいな。
「幼少期から魔法教育を施していたからね。モモにはせっかくだから闇魔法を覚えてもらったんだよ」
「せっかくだから闇なのか……」
「僕は光だったからね。親子だし対極にしてみたかったんだよ」
闇魔法と聞くとおどろおどろしい黒魔術を想像する人もいるかもしれないが、この世界における闇魔法は基本的になんか暗い感じのやつである。
メジャーなものは物や人にまとわりついて黒いモヤで見えなくするやつかな。地味だがやられる方にとってはひとたまりもない妨害魔法である。結構取り付くタイプの魔法が多いんだ。
「母は闇魔法使えないくせに私に覚えろって言うんですよ」
「あー……まぁ、親はそういうものだからな……」
親は子供に期待するものだ。しかもそれは結構ナチュラルに親を超えることを目標として期待をかけてくる。しょうがない。自分と同じかそれ以下で頑張れ! なんていう親はなかなかいるもんじゃないからな。愛だと思えよ、愛だと。
「ぬふふ、魔法ですかぁ。良いですねぇ、魔法。私も今でも憧れますよ、魔法を使う事にね。幼少期に教育を受けただけでも、大変よろしいことではありませんか」
「……まぁ、感謝はしてますけど」
「僕にかい? 初めて聞いた」
「言ってない」
「僕の教育方針は間違ってなかったかい? そういうことなんだろう?」
「……」
それから数分、サリーはモモに無視されていた。
サリーは露骨にがっかりしていたが……まぁ、仲の良い親子だよな。
「ブレイリー、ボーデ、クリーガー……宿場町、か。王都は遠いなぁ」
「モングレルさんは詳しいですねぇ」
「そりゃまぁギルドマンですからね。地理には強くなきゃ駄目なんすよ」
「野営しなくていい分、僕としては快適だし旅程も短く感じるけどね」
そりゃまぁこの世界に慣れきった連中からすりゃそうなんだろうけどな。
新幹線や飛行機で即日中に国内のどこにでもいける国出身の俺としちゃ、それでも長く感じるわけよ。
馬車の揺れくらい完全に無くなってもらわないと困るってもんだぜ。
「……ブレイリーねぇ」
「モングレル、ブレイリーに何か用でもあるのかい?」
「いーや? 別に何も」
宿場町ブレイリー。
ここには俺の親父……の、父親。つまり俺の祖父にあたる人物が暮らしていた。
今はあの人も亡くなっているんだろうが、やってた宿屋は家族の誰かが引き継いでいるんだろうな。
宿屋の手配は俺に任されている。
なるべくあの宿から遠い場所の宿を選ぶとしよう。
“もう顔を出さないでくれ”と言われたのを未だに律儀に守ってるわけじゃない。
嫌な連中に近づきたくないってだけの話だ。
それが大人げないと言われれば、その通りではあるんだが。