バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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突き返された二人分の墓

 

 戦火に焼けたシュトルーベ開拓村を出て、俺は旅に出た。

 当時十歳。サングレール聖王国と戦争中の最中、白髪交じりの頭のガキが地理もろくにわからない国を彷徨い歩くのは、数多くの苦難に満ちていた。

 

 罵声や怒声、容赦のない暴力。まぁその全てを真正面から受ける義理も無かったし、だいたいは問題なくやり過ごしていたんだが、面倒な旅路だったのは間違いない。

 辺境の開拓村を出た経験も、ちょっとした買い出しのために最寄りの町に行ったくらいのもんだ。それが国の中央に行くに連れてどんどんひでぇことになるんだから、当時は参ったぜ。

 

 まぁ十年も生きていればサングレール人がどういう扱いをされてるかってのは薄々察することはできたし、覚悟は出来ていたんだけどな。ほんの少しだけどよ。

 

 街道を歩くのも大変だ。

 人に道を聞いても、無視され、断られ、嘘をつかれ、なんというかもうまわり全てが嘘つきで構成されてるはじめてのおつかいみたいな気分だったな。

 それでも目的地の宿場町、ブレイリーまで辿り着けたのは生まれながら強かった俺の身体と、大人の精神が宿っていたからだ。

 二つのうちどっちかが無ければ、数日以内にエルミート領のどっかで死んでいたことだろう。

 

 

 

 俺の父はハルペリア人で、母はサングレール人。

 ブレイリーには父方の祖父がいて、それが俺にとって唯一の親類のあてだった。

 

 父さんは若い頃に家を追い出され、開拓団の一員としてシュトルーベにやってきて母さんと結婚した。

 そっからはもう開拓村での生活だ。俺はブレイリーにいる親族についてよく知らなかった。

 

 ただ、ハービン街道沿いのブレイリーという宿場町があって、そこにいるビルという名前の老人が俺の祖父なんだって話を、なんかの……会話の時に、聞いただけだ。

 短い名前で良かったと思う。耳慣れない名前だったら、俺は覚えていなかったかもしれないからな。

 

 

 

『ヴァンの息子のモングレルです。シュトルーベ開拓村から来ました』

 

 祖父はすぐに見つかった。

 ブレイリーについてから祖父の名前を出して探していたら、ある宿屋の主人がその人だって早々に解ったからな。

 

 だが問題は、祖父と対面してからだった。

 

『ヴァンの……サングレールの混じり者じゃないか』

 

 まぁ、この時点で嫌な予感はしてた。

 なんなら村を出てから全体的に歓迎されてねえなってことはわかっていたので、心構えはできていた。

 しかし血縁上は実の祖父から“混じり者”なんて言葉が出たのはさすがにショックだったね。

 だが俺も当時は必死だった。全身ボロボロだし、行く宛も無かったし。そこで萎縮するわけにはいかなかったから、勢い任せだった。

 

『シュトルーベ開拓村は……サングレール軍に滅ぼされました。俺の父ヴァンと、母のイアは軍に攻め滅ぼされて……その、死にました』

『……ヴァンが死んだと』

『はい』

 

 俺の祖父は困り顔に険しい皺を加えたような、気難しい人相をしていた。

 ぱっと見た感じでは、その顔からは感情が読み取れない。

 

『イアというのは……ヴァンの妻か。サングレール人か?』

 

 俺はとにかく、まあ、身寄りもないし、厄介になるつもりで来てはいた。

 だから自分にとって不都合なことでも、誠実に答えるつもりでいた。

 なんとなく、相手の反応からしてその答えが歓迎されないだろうなとわかっていてもだ。

 

『はい。母はサングレール人です。開拓村に来た、』

『馬鹿が』

 

 戦争中である。まぁ、祖父が特別って時勢でもない。

 だからこれは一般的な反応だったんだろう。

 

『追い出された先で、よりにもよってサングレールの女に引っかかりおったか』

『……俺はハルペリア人です。あの、俺はこんな歳ですけどどんな仕事でもやれるんで、』

『帰れ! ……うちの宿に混じり者がいたら、いらん噂をされる。お前はうちの宿を潰すつもりか……!?』

 

 その時、俺は色々と言いたいことがあったんだが、呆気に取られたせいでほとんどの言葉は喉から出てこなかった。

 

『……帰るところが、無いって言ってるんですよ。俺には』

『……知らん。帰れ』

 

 まぁ、それは別に……最悪ではなかった。俺にとっちゃこいつは他人だ。

 親類と言っても俺にとっては面識のない相手だし、向こうからしてみても赤の他人に近い俺が転がり込んでも迷惑だろうなとは思っていたから。駄目なら駄目で、泣きつくようなつもりもなかった。

 

『じゃあ、亡くなった父の遺骨を引き取って下さい。それと、母の遺骨も。火葬は……もう、済ませたんで』

『駄目だ。知らん。サングレールの女を墓に入れるなんて、冗談じゃない』

『いや……でも、夫婦ですよ。夫婦で別の墓なんて、それは』

『聞き分けの悪い奴だな……! ええい、ほら、これ持っていけ!』

 

 そうして渡されたのが、銀貨の入った袋だった。

 重さでわかる。額はそう多いもんじゃない。

 

『それをやるから、もうウチに顔を出さないでくれ! ヴァンのことも知らん! お前のこともな! その金を使って、あとは勝手に暮らせばいいだろう!』

 

 だがその小額の銀貨こそが、手切れ金ということらしい。

 邂逅から断絶までは、俺自身びっくりするほど早かったわけだ。

 

 俺はバスタードソードと、二人分の遺骨の入った革袋を背負っていた。

 本当は、この遺骨を……父さんの肉親がいるブレイリーに埋めてやりたかったんだが。

 

 俺がここで暮らすことも、それどころか父は骨を埋めることすらできないらしい。

 

『ああ……わかったよ。勝手にさせてもらうさ。銀貨はありがたく貰っておく。それで……おしまいだ』

『そうだ。出ていってくれ』

『出ていくよ。二人の遺骨は……俺が責任を持って、シュトルーベに埋葬してやるさ。あんたの手は借りない』

 

 ほとんど他人である俺に金をくれた。それには感謝はする。

 が、両親の遺骨を受け入れられなかったのは正直……その時は、すげームカついた。当時の俺の精神状態からしてみれば、その場で喚き散らさなかったのは奇跡に近かっただろう。

 

『ふぅ』

 

 雰囲気の悪い宿を出て、外で立ち止まる。

 ここがゴールだと思って長旅を続けてきたものだから、大分参っていた。

 けどこの町にずっと居続けるのはもっと気分が悪い。……また長旅になるが、さっさとシュトルーベに戻るとしよう。

 戻ったらまた、サングレール軍が湧いているかもしれないが……。

 

『ちょっと、今の話聞いてたわよあんた!』

 

 その時、宿の中から女の声が聞こえてきた。

 歳のいった女のしわがれ声だ。おそらく、俺の祖母に当たる人の声だろう。

 

 俺はただちに故郷へとんぼ返りしようとしていたんだが、その言葉に立ち止まってしまった。

 一抹の希望でも抱いていたのかもしれない。

 

『お金を渡して帰ってもらったんですって!? まだ幼い子供相手に!?』

『あ、ああ……』

『そんな甘いことをして、またうちに戻ってきたらどうすんのよ! サングレールの欲深い血を引いた子供よ!? 絶対に後々厄介なことになるわ! お金を取り返してきなさいよ!』

『い、いやぁ、それは……』

 

 あるいは、可哀想だから引き止めてやりなさい……なんて言葉を期待していたのかもしれない。

 けど結局はそんな二人の窓越しのやり取りが決定打となって、俺は足早にブレイリーを立ち去ったのだった。

 

 俺の両親は死に、親族も居なかった。

 行く宛も帰る場所もなかったが……ひとまず、二人の墓を作らなければならない。

 

 シュトルーベに墓を作ろう。それで……二人の眠る場所を守ることにしよう。

 俺が二人にしてやれるのは、もうそれくらいしか遺っていなかったから。

 

 

 

 

「あ、モングレルが起きましたよ」

「んぁ?」

「モングレル、そろそろ王都に到着だ。仮眠はやめて、そろそろ僕と護衛の仕事に戻ろうじゃないか」

 

 目が覚めると、そこは馬車の中だった。

 

 ……グラグラと揺れる馬車の揺れに眠気を誘われたのか。それとも久々にブレイリーの街並みを見たからなのか。懐かしくもクソみたいな夢を見ちまったようである。

 

「あー……ひでぇ夢を見た。目覚め最悪だ」

「何の夢を見たんです? モングレル」

「殺意全開のキマイラに追いかけ回される夢」

「うわぁ……」

 

 なんだったら個人的にはそっちの方がマシだったかもわからんね。

 単純なホラーチックな悪夢と会社に遅刻する夢のどっちが良いかって話よ。俺は断然遅刻の夢が嫌いなんでね。精神に受けるダメージがデカすぎるんだアレは。異世界転生したのに今でもたまに夢に見て冷や汗をかくレベルだ。

 

「ほら、ケンさんも起きなよ。王都に到着だよ」

「ぬふふ……フガフガ……うわっ!?」

「やあ、おはようございます」

「ええ、まあ、おはようございます……いやぁ寝てました、すみませんねぇ」

 

 俺と同じように仮眠していたケンさんは、サリーの光魔法による眩しさで雑に起こされていた。かわいそうに。依頼人だぞケンさんは。ギリギリまで寝かすくらいでいいんだよ。

 

「ようやく王都に到着ですか……いやぁ、市場を見回るのが今から楽しみですね!」

「僕も魔道具店を見て回りたいな。久しぶりに本店も覗いておかないと」

「お前は護衛だろが。ケンさんから離れるんじゃねえぞ」

「……ほら、やっぱり心配です」

 

 随分と寝覚めの悪い夢をみてしまったが……久しぶりの王都だ。

 あの時よりはマシだと開き直って、久々に楽しんでみることにしよう。

 もちろん護衛を優先で。

 


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